第1章【コミュ症でモブで辺境の田舎者なのに英雄と呼ばれて申し訳ありません】6
第6話【魔物退治】
昼に次の村に着く頃、どんよりとしていた空がいよいよ泣き出した。
荷台の幌を全部下ろし、横風に吹かれて入り込む雨を凌ぐ。
そこまで激しくはないが、サァーと音を立てるぐらいの雨が降る中、途中の村に辿り着いたミッツたち一行。
予定にない行程で突然の訪問だったが、魔物退治の魔法使い一行だとわかると、村の者たちは歓迎してくれた。
生憎の雨だからと今日の宿を勧めてくれたが、モリスンのことがあるので、昼食だけありがたく頂き、昼休憩もそこそこに、ミッツ達は村を出発した。
雨はまだ降っているというのに、英雄達に期待を込めた、村人総出の見送りを受けて。
本来なら夕焼けでオレンジに染まる頃、昼よりも強い雨を降らす分厚い雲で真っ暗になった中、川を越えてすぐにある今日の目的地、北の森に面した村に着いた。
「誰かと思ったらミッツか。突然どうした」
「サモンか、ヤナクの町で職人になったんじゃないのか?」
出迎えたのはミッツのような髭面の大男、この村のまとめ役をしているというサモン。2人並ぶとどっちがどっちかわからなくなりそうだとレンは思った。
ヤナクの町に行き来するルートから外れるこの村には、ミッツは初めて来たのだが、サモンとは彼が一時期職人になると言ってヤナクの町に住んでいた頃に出会った。
「不慮の事故で兄が他界したのでな、3年前に村に戻って来た」
「そうだったのか」
「で、突然何の用だ?」
だが、ミッツとは旧知の仲だと言うのに態度がどうも冷たい。雨が降る中、建物にも案内せずに屋外で立ち話しなのも、なんだか村に入れたくないような態度に感じるし、他の村人も遠巻きに見ているだけで、歓迎してくれたさっきまでの2つの村とは随分様子が違う。
とりあえずミッツは旅の目的と、2つ向こうの村で聞いたモリスンの件の話をした。
「そういうことか」
ミッツの説明を聞いたサモンの表情が、まるでホッとしたように和らいだ。
「何か…あったのか?」
言いかけて、魔物の襲撃があったのを知っていて何を聞いているんだ、と自問しかけたが、言葉に出してしまったのでそのまま言い切った。
「付いて来てくれ」
返答の代わりに、歩き出すサモン。一行は馬車のまま付いて行き、ある一軒の家に通された。
「何年も使ってなかった空き家だが、今はデニーとモリスンが使ってる」
「何だって!?」
無事かどうかもわからなかったデニーとモリスンが、まさか一軒家を充てがわれて暮らしているとは思わなかったミッツは、思わず上ずった声を上げて驚く。
ミッツの後ろでは、レン、ユキ、セシリアがそれぞれに目を合わせる。
「ミッツはデニーとは顔見知りだよな?一緒に来てくれ」
サモンは玄関を開けて中に入った。
「デニー、魔物退治の本職が来た。こっちに任せるからあんた達は帰ってくれ」
「はぁ!?そんな話聞いてねぇぞ!!」
サモンが家の中の人物に話しかけると、中からは怒声が返って来た。
レンは萎縮してしまい、一行の最後尾に逃げるようにつき、ミッツは訝しんだ顔で中を覗き込む。
そこには、3人目のミッツがいた。
いや、ミッツやサモンと同じく髭面で大柄な男が、椅子に踏ん反り返って座っている。その隣には細身で怯えた顔をした若い男がいた。
大柄な髭面がデニー、細身の若い男がモリスンだ。
「こんなところで何してるんだ?」
「誰かと思えば、辺境の田舎モンのミッツじゃねぇか。何しに来やがった」
農村であるこの辺りも十分に田舎なのだが、町が近いせいか、どうやらこの辺りの村からしたら、ミッツ達が住む辺境は田舎らしい。
デニー達の村は、ミッツ達がヤナクの町に行く時必ず通るので、顔見知りだった。
「何してるはこっちのセリフだ。アンタ達、魔物退治に来てるんじゃなかったのか?」
「おう、よく知ってんな。俺たちゃ魔物退治してくれって、ここに呼ばれて来てんだ」
「で、何してんだ」
「ミッツ」
中で会話を進めるミッツの尻を、セシリアが蹴る。
「なんだよ」
「雨降ってるんだから、早く中に入いれよ」
巨漢のミッツが入口で突っ立ったまま喋っているので、後続は家に入れないでいた。
全員が入ると、家はとても手狭だった。
詰めれば多少は余裕があるのだが、先客の醸し出す不快な雰囲気に皆近寄りたがらず、テーブルを挟む形で、親子2人とミッツたちで部屋を半分ずつに分ける様子になっている。
6人掛けのテーブルのこちら側3つの席に、とりあえず女性陣と子共を座らせようとしたが、女性陣がデニーの正面を嫌がるので、デニーの正面にはミッツが座り、その隣にセシリア、端にミーユを座らせる。
レンとユキは、ミーユを挟む位置で後ろに立ち、双方の間を取るようにサモンはテーブルの端に立つ。
「で、魔物退治に来た奴がこんな所で何してんだ?」
「は?だから魔物退治だっつってんだろ」
ミッツの質問に即答するデニー。サモンが何か言おうとするがミッツが手で制した。
「連絡もないから嫁さん心配してるぞ、一度帰ってやれ」
「お前にゃ関係ねぇだろ」
「直接頼まれたんだ」
「ああ!?じゃ心配いらねーってお前があいつに伝えてくれや」
「わかった、じゃあモリスンだけ連れて帰る」
「バカかテメェ、モリスンがいなきゃ意味ねぇだろうが!!」
「代わりに俺たちが残る」
「一々うるせぇな!!すっこんでろ!!」
「お前…!!」
「ミッツ」
一言毎にデニーの言葉が荒くなり、努めて冷静を保っていたミッツも感情が漏れそうになった所へ、あまりヒートアップさせるのもまずいと思ったサモンが、話に割り込んだ。
「先に説明しよう。確かに、モリスンに助けを求めたのは、魔物の襲撃にビビって焦って飛び出したウチの村の者だ。だが馬で飛ばしたって往復するのに1日はかかる。当然だが、待つことなどできないから魔物は俺たちで何とか撃退した。
デニーとモリスンがやって来たのはその3日後だ。魔物に荒らされた畑の復旧作業も終わったところだったよ」
「だからよ、また魔物が現れたら危ねぇだろうから、俺たちが護衛として居てやってんだよ!!」
サモンの話に更に割り込むデニー。その言いように、ヒートアップしそうなのを諭そうとしたサモンの方がカッとなる。
「何が護衛だ!!散々食っちゃ寝してるだけだろ!!」
「ああ!?魔物が出ねぇからやる事ねぇんだ!!しゃーねーだろ!!」
髭面の巨漢達が怒鳴り合うのに、レンはすっかり萎縮してユキの陰に隠れて居た。まともにやりあえば魔法を使わなくとも剣術だけでレンが圧勝しそうだが、怖いものは怖い。
「わかった、じゃあ明日俺たちと一緒に来てくれ」
冷静さを取り戻したミッツが静かに言った。
「帰らねぇっつってんだろ」
ミッツの声音に合わせるように、デニーも威圧的だが静かな口調になる。
「村じゃない、北の森だ」
「はあ!?意味わかんねーぞ!!」
「魔物を退治するんだろ?だったら北の森に直接行った方が早い」
「何バカなこと言ってやがんだテメェ!!この村を襲う魔物だけ退治すりゃいいんだよ!!何でわざわざ魔物の巣に行かなきゃならねぇーんだ!?死にてぇーのか!!」
「安心しろ、お前達はこのレンが守ってやる」
落ち着いたミッツは余裕の笑みを見せ、背後にいるレンを指差して言った。
「え?え、僕?え?」
突然名指しれされて戸惑うレン。まぁ確かに見た目だけならレンよりよっぽどデニーの方が強そうではある。
「なんだそのヒョロい小僧は?」
「英雄だ」
「え、違…」
何で今それをここで言うの!?ていうか、それって勝手に言ってることだよね!?──とでも言いたそうな表情でキョドキョドするレン。
「はぁ!?ぶぁっはっはっはっはっ!!英雄!?そのヒョロッちいのが!?ぶぁっはっはっはっはっ」
笑われて恥ずかしいが、レンにとっては変に英雄とか言って持ち上げられるより、笑ってくれた方がまだ落ち着く。
見ると、サモンまでも笑いを堪えるように小さく肩を震わせている。
そんなレンの気も知らないミッツは、更に煽る。
「試してみるか?」
「〜〜〜!!?」
ついにレンの叫びは声にならなくなった。
「はっはっはっ、何をだ?」
「お前がこのレンと戦ってみるかって言ってんだ」
「はぁ!?バカかお前は!?こんなのと俺がやり合ったら殺しちまうぞ!!」
と、そこへ雨の地面を誰かが走る音が聞こえたかと思うと、勢いよく玄関の戸が開かれ、村人の声が響いた。
「魔物だー!!」
ミッツとデニーがニヤリと笑い、モリスンとサモンが緊張に顔を硬ばらせる。
レンは、腰の刀に手を掛けると同時に駆け出し、村人の横をすり抜け玄関を出る。
続くようにミーユとセシリアが椅子を蹴倒す勢いで飛び出した。
その様子を見てハッとしたサモンとデニー。サモンは直ぐに駆け出して、デニーはモリスンの腕を掴む。
「オラッ!!モリスン何ボサッとしてやがる!!とっとと行くぞ!!」
「え!?ちょ、ちょっと待って!!無理だよ!!魔物なんて!!」
無理に立たせようとするデニーと抵抗するモリスン。結局力負けしてモリスンは泣き叫びながら引き摺られるようにして玄関を出て行く。
「安心しろ。そろそろアイツらが魔物を倒してる頃だ」
そのモリスンを安心させるように優しく言葉を掛けながら、ミッツも2人に続いて家を出た。
日が落ちた上にまだ雨が降り止まないため、視界が悪い。レンは光球を生み出し前方の高いところへと投げた。
「クマ?」
光球に照らされて闇に浮き上がったのは、ツキノワグマの様な体型だが、ひと回りサイズの小さい獣。
だが、その顔立ちが熊とは少し違う。
潰れたおにぎりの様な形の顔に、ピョコンと立った角の丸い三角の耳。
体全体は茶系なのだが、顔は白く目の周りは大きく黒で覆われている。
鼻先がツンとしているので、この大きさなら確かに熊と見間違えてしまうが、それは狸の魔物であった。
「この前の奴と違う!!」
先に飛び出した幼女の後を走りながら、サモンが唸った。
「魔物なんていろんなのがいる。違うのが来ても当たり前だよ」
幼女と同時に飛び出したはずの女が、何故か後ろからかけて来てサモンと並んだ。
手にはいつのまにか、先端に鎌のような刃物がついた長い棒を持っている。おそらく馬車に取りに戻っていたのだろう。
「そうなのか。前回は鼠の魔物だった。大きさも、中型犬程度だったから俺たちでも撃退できたが、あんな熊みたいな魔物だと…!!」
仮に普通の熊だとしても、一般人の手には余る猛獣だ。それが魔力を帯びているのだから、防御力も攻撃力も見た目以上と見て間違いない。
「あんなの雑魚だよ。オッさんは危ないからその辺で見てな」
言って女はスピードを上げた。その脚力に驚くサモン。しかも女性が持つには不釣り合いな長い獲物まで持っての速度だ。
「何者なんだ?」
「5匹か、ミーユとセシリアも来てるっぽいし、とりあえず1匹ずつやろうかな」
後ろを振り返ることなく1人呟くレン。やろうと思えば5匹全部を瞬殺できるが、せっかく仲間が来てるから獲物を残してやろうと思った。
正面の1匹に肉薄するやいなや、レンは抜刀と同時に魔狸の顔面を逆袈裟に斬ると、∞の軌道で刀を返し、深い十字傷を付ける。
斬撃が脳まで届いたのか、魔狸は糸が切れた操り人形のように崩れ落ち、動かなくなった。
まさに瞬殺である。
レンに一足遅れて到着したセシリアは、薙刀に雷を纏わせ別の1匹に斬りかかる。
「やー!!」
脳天をカチ割る様に石薙刀を振り下ろすが、いつもの腕が前へ出てしまう癖で、魔狸に避けられてしまう。
しかし、完全には避けきれなかった魔狸の頬を石薙刀が僅かに掠めた刹那、魔狸の身体に電撃が走った。
「ギャン!?」
電撃のショックで動けない魔狸の頭に、セシリアは大きく振りかぶった薙刀を全力で叩きつける。
魔狸はそのまま意識を失い、地に伏した。
「そうだ、あれやってみよ!!」
1匹の魔狸の前に立ったミーユは、正面にある円らな瞳ににっこり笑いかける。
「あめさん、あめさん、ミーユのゆうこときいてー!!」
ミーユが魔狸に向けて手を伸ばすと、魔狸は大口を開けてミーユに噛み付こうとする。しかし
「ギャン!?」
突如、何かに吹き飛ばされるように地面に転がりもがき苦しみ出した。
「おお、できた!!よーし、もっともっとー!!」
もう一度ミーユが魔狸に小さな手を向けると、ミーユの意志に従った雨粒が高速の弾丸となり、バチバチと魔狸の体を襲う。
必死に逃げ回る魔狸だが、ミーユの攻撃はどこまでも追跡していくようでずっと痛がり続ける。
「ガァウァ!!」
すると、別の個体が横からミーユに突っ込んで来た。
「危な…!!」
サモンが叫ぶが、次の瞬間の光景を目の当たりにして途中で声が止まった。
横から別の魔狸が突っ込んで来るのに気付いたミーユは、空いている方の手をサッと向けた。
「じゃま」
ドンッ!!
ミーユが呟くと、魔狸に向けた掌から見えない衝撃波が飛び出して、魔狸は盛大に吹っ飛んで行った。
吹っ飛んだ勢いのまま魔狸は地を滑り、ビクビクと痙攣していた。
「俺の出番はなかったか」
ミーユが雨粒を操って甚振っていた魔狸も、徐々に激しくなる攻撃に絶命し、残る1匹をレンが斬り捨てたところで、やっとミッツが追いついた。
時間にして1分もかかっていない。
「な、なんなんだ…」
「嘘だろ!?」
「凄い…」
辺境からやってきた世渡り人たちの、常識外れの戦闘シーンを生で見たサモン、デニー、モリスンが呟く。
レンの光魔法で照らされた光景は凄惨ではあったが、彼らにはそこに佇む世渡り人達の、正に英雄的活躍を照らし出す、スポットライトに見えた。
呆然とその様子を見ているモリスンの脳裏に、先ほどのやりとりが浮かぶ。
──安心しろ、お前達はこのレンが守ってやる
──なんだそのヒョロい小僧は?
──英雄だ
レン達の戦闘を目の当たりにして、すっかり力の緩んだデニーの拘束を抜け、モリスンがフラリと前へ出た。
そのままフラフラとレンの前まで歩いてくる。
光魔法で照らされたレンの姿は逆光でよく見えないが、モリスンにはそれがとても神秘的に見えた。
──英雄だ──
自分と歳も背格好も大して変わらない青年の前に、モリスンは徐ろに跪く。
「お願いです!!僕を弟子にしてください!!」
ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。




