第1章【コミュ症でモブで辺境の田舎者なのに英雄と呼ばれて申し訳ありません】5
第5話【北の村の事情】
ブラド爺さん家の離れに通されたミッツ達。息子一家は居ないというが、そこにはまだ生活の雰囲気が残っていた。
玄関には靴が二足置いてあり、室内も食器棚やタンスがいくらか中身の入った状態で放置されている。
少し埃がたまっている感じもあるが、まだ1週間かそこら分といったところだ。
まるで少しの間留守にすると、必要な物だけを持って出た後のような、そんな印象を受ける。
「あるもんは好きに使ってくれていいからな。風呂に入るなら母屋の方に来てくれ、すぐに沸かせるようにはなってる」
「ああ、ありがとうブラド爺さん。だが、どうしたんだこりゃ?」
「あとで話すよ。とりあえず旅の疲れを取っときな」
そう言ってブラド爺さんは離れを後にした。
爺さんの言葉に甘えて、レンとミーユが先に風呂に入らせてもらうことになり、その後ユキとセシリアが風呂に入っている間に夕食を用意したブラド爺さん夫婦と、村長、それから村の主だったメンバー数人が集まった。
ユキとセシリアが母屋から戻ってくるのを待ち、話が始まった。
「さっきも話したが、北の2つ向こうの村に魔物が現れて、モリスンが魔物退治に連れていかれちまってから、とにかく村中パニックみてぇになっちまったんだ」
魔物が出たのは2つ向こうの村だが、馬車なら1日で着く距離だ。そこに魔物が現れたというのは、すぐ近くまで脅威が迫ったと感じるのに十分な範囲だった。
特に未成年の子供を持つ親達が、ここもいずれは危ないんじゃないかと騒ぎ出し、当てのある者たちは取る物も取り敢えず村を出て行ってしまったのだと村長は言う。
ブラド爺さんの息子夫婦も同じで、10歳にならない長女とまだ3歳になったばかりの息子を連れて、嫁の生家である南の村まで出て行ってしまったそうだ。
「儂ゃ言ったんじゃ、魔物は棲処から離れて動くことは出来ん、だからこの村まで来ることはないから安心していいと、夏の始めにこの村に来たコセ・シティの魔法使いが言っておったと。じゃが儂の言うことにまるで耳を貸さんアイツらは、いの一番に村を出て行ってしまったわい」
ブラド爺さんは、胡座をかいた膝の上で左の拳をギュッと握りしめながら語った。
夏の始めに来たコセ・シティの魔法使いとは、おそらくジョゼフのことだろう。本当にちゃんと各町村を回っているようだ。
「そんな連中が10組ほどいるんだよ、ミッツ君」
その話を村長が引き継ぐように続ける。
「まぁ、私は彼らを責めはしないけど、そんな行動が残った者たちにも少なからず影響していてね、自分も村を出ればよかったとか、嫁が北の村出身だから安全に逃げる当てが無いとか、誰に当てるでもないが嫌味のように毎日言うんだよ。終いには「村長なんとかしてくれ」って、なんとか出来るものならとっくにしているよ!!」
この村にはまだ実害は出ていない。当然、魔物の姿を見たと言う者すらいない。
強いて言えば、たった1人魔法使いが連れていかれただけだが、それだけで村中がこんな状態になっている。
皆を纏めている村長も精神的に限界が来ているようで、状況を知らせてくれているというよりは、溜め込んだ感情を吐き出しているという感じだ。
他に集まった面々も、おそらく村の中では良識ある者たちなのだろう。勝手な行動をとる村人の愚痴や、そもそもの元凶である魔物に関して、口々に喚く。
ただ1人、村人達の端の方で涙を拭う女性がいた。先程、ミッツ達の姿を見て泣き崩れていた女性だ。彼女がモリスンの母親なのだろう。
ミッツは深く溜息をついた。
ジョゼフか、せめてカーズならばこんな時に上手い言い回しで村長たちを宥めたのだろうなと、与えられた役回りに自分じゃ無い方がよかったのではないかと思った。
そんな時、ふと隣を見るとレンも困った顔をしてこちらを見ていた。
どう考えてもコイツもこういうのは苦手だろうなぁと思い、やはり自分が何か言わなければいけないのかと頭を巡らせる。
「ブラドさん、その手首のお怪我はどうされたんですか?」
不意に、黙って聞いていたユキがブラド爺さんの右手首に巻かれた、植物の葉のようなものを指して尋ねた。
鎮痛成分を含むとされるサパスの葉で、捻挫や打ち身などに貼るこの辺りではポピュラーな薬草だ。
「ああ、これか。さっき言った息子とやり合った時にの、蹴躓いて咄嗟に着いちまって、ちょっと痛めたんだよ。もうだいぶ経つけど、なかなか痛みが引かなくてよ…」
年寄りの怪我は、ちょっとしたことでも重傷化しやすく、回復力も低下しているためになかなか治らない。
「ちょっと、見せていただいてもよろしいですか?」
ユキの申し出に、不審な顔をするブラド爺さん。村の一大事に自分の怪我ぐらいどうでもいいのだが、助けてくれるかも知れない連中の申し出に逆らいにくいのか、渋々ではあるがサパスの葉を巻いている右手を差し出す。
膝立ちで寄っていったユキが、差し出されたブラド爺さんの手を取ると、爺さんは痛みに顔を顰めるが、女の前だからか我慢する。
「あら、折れてるじゃないですか」
「なんともねぇよ」
決して大袈裟ではない驚き方をするユキに、大袈裟だと言わんばかりに手を引こうとするブラド爺さんだが、ガッツリ掴んだユキの握力からは逃れられなかった。
ユキ、意外と力が強いようだ。
「ミーユ、お爺さんのお怪我、治してあげて」
ユキがそう言った相手は、魔物退治の一行だと聞かされているミッツたちに、何故同行しているのか皆が密かに疑問を抱いていた幼い少女。
集まった村人全員が「は?」という顔をする中、ミーユは「はーい」と元気よく返事をすると、立ち上がってトコトコとユキの正面に来て座り、ユキに掴まれたままのブラド爺さんの手首に、両手を翳す。
「なおれ〜なおれ〜」
幼子のおまじないのような呪文に、村人達は訝しんだ顔をするが、ミーユの小さな手からボンヤリと白い光が漏れ出すと、一同から驚愕の声が上がる。
ブラド爺さんも目を丸くして、光に当てられる自分の手首を見ていた。
「なおったよ!!」
ミーユのその言葉とともに光は消え、ミーユはサパスの葉が巻かれたブラド爺さんの手首をペチペチと叩いた。
「いっ!!……ありゃ?」
ブラド爺さんは、骨折箇所を叩かれた痛みを想像して、顔を顰めて肩を竦めるが、痛くない事に気付いた。
「い、痛くない!?な、な、治ったのか!?」
ユキが手を離すと、ブラド爺さんは驚きながら手を何度も握って開き、ブンブンと振り、左手で恐る恐る触ってみる。
「かつて、コセ・シティを築いた聖女も、光魔法の使い手だったとされています。ここにいるミーユは、西の村々では、既に聖女の再来と言われており、そこにいるレンは、聖女と共にコセ・シティの発展に貢献した英雄の再来だと言われています」
ユキ、おっとりしているように見えて盛大に盛った。聖女と英雄と言われたのは、酔っ払った老村長がはしゃいで言っただけの話だ。
それを、さも既に広く知られた話のように瞳をキリッとして話すのだから、見かけによらぬとは彼女のための言葉ではないかというほど、強かな女である。
しかし、情報伝達手段が口伝や手紙ぐらいしかないこの世界に於いては、こんなものは言ったもん勝ちであるし、どうせこんな調子で噂には尾鰭背鰭が付くのだ。
そしてユキが放ったその言葉は、村民たちに希望を持たせることに十分過ぎる効果を発揮した。
「聖女に英雄が揃って再来だって!?」
「す、凄い!!こりゃ本当に凄い!!」
「折れた腕を治しちまうなんて…」
「君は何が出来るんだ?英雄っていうからには、何か凄いことができるのか?」
「そういえば、見慣れない物を腰に下げているが、それは何だ?」
村人たちが口々に喚く。
「レンにいはねー、こぉーんなおっきなまものを、ズバッて切っちゃうんだよ!!」
「おおおおおおー!!!!!!」
聖女だと言われ、またそれに相応しい能力を披露したミーユの言葉に、村人たちは驚嘆の声を上げる。
「見たい!!是非見せてくれ!!」
そんな声が上がり始め、レンは困り顔でミッツの方を見た。
「どうしよう…」
騒ぐ村人の声で、レンの呟きは隣のミッツにしか聞こえない。
「うーん、適当に何か切って見せるか。ブラド爺さん、ここらに切り倒しても構わない木はないか?」
「ん?まぁ、ここは村の外れじゃから、あっち側の木なら何でも切って構わんぞ」
ブラド爺さんは、村と反対の方を指差した。その方向には都合よく窓がある。
「じゃ、みんなはここから見ててくれ。レン、行こうか」
「う、うん」
「ミーユも行く!!」
ミッツと共にレンとミーユは外に出て、手頃な木を見つける。
森にあるような大木ではなく、レンの胴回りと変わらない太さの木だが、常識的に考えて剣で切れるものではないが、魔法使い達には少々常識が異なる。
「こんな細い木を斬っても信憑性ないんじゃない?」
「ははっ、お前もだいぶ非常識が染み付いて来たな。この太さの木なら、斧で何度も叩かないと普通は切れないぞ」
「そうなの?」
「ああ。とりあえず、光で照らして向こうから見えやすいようにしてやれ」
「うん」
レンは光魔法で光球を生み出すと、それを適当な高さへ浮かせる。
そして木に向かって居合の構えを取り、気合い一閃で木をスパッと斬った。
レンの得意な下からの掬い上げで斬られた木は、一呼吸の間をおいてズルッと切断面でズレて、ドスンッと音を立てて地面に落ちた。
「おおおおおおー!!!!!」
家の方から歓声が響き、村人たちにレンの英雄っぷりが伝わったようだ。
「よかったなレン、これでお前は英雄だ」
「え?木を斬っただけだよ?」
翌朝、聖女と英雄として認定されたミーユとレン、そしてその仲間達は、大歓声で見送られた。
「もし、モリスンが生きていたら、何としても助けてやって下さい!!」
「お願いします、どうか、どうか息子を!!バカな亭主はどうでもいいので、どうか息子だけは!!」
特に村長と、モリスンの母親から熱烈な想いを込めて見送られた。
少し早めに村を出たミッツ達は、その日のうちに北へ2つ向こうの村を目指す。
「予定のルートから外れることになるが、いいよな」
御者席のミッツが後ろのレンやユキに問いかける。
「まだ気にしてるの?昨晩の内に解決したじゃない。アッサム君のお父さんには後で挨拶に行こうって」
「うむ、そうだが…」
元々ミッツたちは、ヤナクの町に向かうため、今の村から東に向かう予定だったが、モリスンを助けに行くために北へ回る事になったのだ。
ただ北へ回るだけなら2〜3日ヤナクへ到着するのが遅れるだけなので大きな問題にはならないが、問題は北へ向かうことだけではないのだ。
「おそらく、そのまま北の森へ入る事になると思うけど、ユキさんは大丈夫か?」
昨晩、ミッツ達だけで話し合った時に、モリスンを助けに行くことは構わないが、魔物が出た村からしてみたら、そのまま放置していかれては堪らないだろうという話になった。
けど、それなりに時間にも限りのある旅程なので、村に滞在して魔物退治をするわけにもいかない。
となると、元凶と思われる北の森へ魔物退治の体で向かうのが一番いいのではないかという結論に達したのだ。
しかし、そうすると問題が2つ。
1つは、農園を手伝いに来てくれたアッサム達の実家に礼の挨拶に寄れないこと。
そしてもう1つは、魔法使いだが戦闘能力を持たないユキも、北の森を同行する事になること。
その2つの問題を、アッサムの実家は帰りに寄ればいいとの結論に至り、その旨の伝令と謝礼の品を届けるのを、村人が請け負ってくれて、北の森にユキも同行するのは、浅い地帯を行けばレンやミッツで十分護衛できるだろうということで一旦解決していた。
しかし、夜遅くに思いついたことが、朝になってやっぱり違うと感じるように、変なところで心配性なミッツが今になってまたその話をし始めたのだ。
「レン君が守ってくれるもんねー」
そう言って、レンの腕に絡みつくユキ。
美人で実年齢と比べればかなり若く見えるユキだが、10代のレンからしてみればうんと歳上である。
柔らかみを感じる胸が当たっているが、どうしていいかわからず、戸惑うレンだった。
「しかし、世渡り人の子孫でも魔法使いにならないこともあるんだな」
話題を変えるように、御者席でミッツが誰に言うでもなく呟く。
「どういうことだ?」
隣のセシリアが反応する。レンとユキもミッツの方に目を向けて聞いていた。
「モリスンは魔法使いなんだろ?村人の話じゃ母親の血統だっていうけど、あの母親は魔法使いじゃないみたいなこと言ってたから」
「そう?」
そんなこと言ってたっけと、セシリアが首を傾げる。同じようにレンとミーユも頭を傾けた。
「あ、」
ユキは何かに気付いたようだ。
「モリスンて子が、この辺りの村では唯一の魔法使いって言ってたね」
「そうだ」
そんな事もあるのかと、納得できたようなできないような心持ちで、次第に話題は別の事に移っていった。
昨日よりも分厚く広がる雲の下で、巨馬が少し急ぎ足で馬車を引いて行く。
ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。




