第1章【コミュ症でモブで辺境の田舎者なのに英雄と呼ばれて申し訳ありません】4
第4話【魔法使い】
良く晴れた朝、今日も暑くなるだろうと、取り留めもない会話を交えながら、村長とジンにミッツが出立の挨拶をしている。
昨日の三男坊の嫁のことは、村長もジンも早々と酔い潰れていたのであまり記憶に無い様子で、朝食の時には何事も無かったかのように普通に挨拶を交わしていた。
ただ、やはりこの世界では禁忌とされている、不貞を犯したユキへの風当たりは何処と無く冷たい。また何故か、ジンの嫁がセシリアをいたく気に入った様で、朝からずっとベッタリとくっ付いていた。
次男と三男は、昨夜宴席がお開きになったそのまま、それぞれ帰宅していた。同じ村の中なのでわざわざ泊まることもない。
荷物を積み終わったレンが、ミッツに出発の準備が出来たことを伝え、世話になった村長一家と村のみんなに別れを告げて旅立つ。
ここから次の村までは丸一日かかる。まだ日がそんなに短くない季節ではあるが、それでも太陽の出ている時間はほぼ移動だ。
村を出ると、川沿いの平原を行く。右にも左にも峰が連なり、幅が広い谷間を行く道だというのがわかる。
この川はいくつも支流を束ね、やがてコセ・シティと北の森の間を抜けて、大河ベルスへと続くらしい。
元の世界でも、対岸が見えないぐらい広い河が外国にはあると聞いたことのあるレンは、この世界の人が言う大河ベルスとはそんな河なのだろうと想像していた。
平原は所々湿地であったり、森であったりと、進む毎に様々な表情を見せる。
野生の動物を見つけては、ミーユとセシリアがはしゃぎ、その様子にユキが笑みを浮かべる。
「ジンたちは、よくこの辺りまで狩りに来るそうだ」
そんなミッツの解説も交えながら、馬車は秋の色が付き始めた景色の中を進む。
「鹿の群れか。次の村への土産と、この先の食料調達でもするか。レン、頼めるか?」
「うん」
ミッツが言うと、レンは立ち上がって腰の石刀をスラリと抜く。
鞘や柄同様、刀身も日本刀のように黒と鉄色の二色に別れ、綺麗な乱れ刃の波模様を再現している。この為だけに、何日も魔物の森を歩き回り、納得のいく色合いの石を探して拵えたのだ。
はじめのうちは揺れる馬車にヒィヒィ言っていたレンだが、居合の稽古によって備わった体幹は、揺れる馬車でも立ち上がって構える程度の事は、ビビっていなければ本来造作もない。
そして、獲物を前にし戦闘モードに入ったレンは、人格が変わったかのように目付きが鋭くなる。
レンが握った柄から魔力を流すと、刃の先端にまるで銛や釣り針の返しの様な棘が生える。
刀というよりは釣竿の様に振りかぶって振ると、石刀はレンの意に従って鹿の群れに向かって放物線を描いて伸び、2頭の鹿の頭を続け様に貫く。
「戻れ」
軽く石刀を引くと、伸びた刀身は鹿を引っ掛けたままグンッと縮み、勢いよく引き寄せられた2頭の鹿が、馬車の上にドサドサッと横たわる。
ちなみに馬車は止まっていない。
普段魔物の森で、走る馬車の荷台からレンが勝手に魔物を退治しているのはいつものことなので、ミッツにとってはごく当たり前のことであった。
並足とはいえ走る馬車から獲物を捕らえる様子に、狩りに同行したことのないユキは目を丸くして驚いた。
「レン君、ほんと凄いのね」
「え?そ、そうですか?」
最近ではアークも同じ様なことが出来るようになってきたし、そんなに特別な技術ではないとレン自身は思っているので、ユキが驚いている理由がよくわからない。
釣り上げた鹿は、ミッツが捌いて、レンが土魔法で作った石の箱に納め、ミーユの凍魔法で凍らせて保存した。
ミッツ曰く、ちょうど中間地点という大きな木の陰で、ジンの嫁が持たせてくれた弁当で昼食を取り、日が沈む少し前に次の村へ着いた。
村へ着くなり、噂の魔法使い達がやって来たと、大人子供構わず魔法を見せてくれとせがむので、レンが村の広場に3mほどの岩山を作って見せた。
前の村は、まだジン達知った顔があったおかげでレンも多少の緊張で済んだが、ここは全く初めての人ばかりで、ガチガチに緊張していた。子供達との交流のお陰で、幾らかその緊張も緩和された。
この村は、カーズの嫁アリルの出身の村ということもあり、歓迎を受けた一行は、村の集会所として使われているという大きな建物を、宿泊用として充てがわれた。
寝具も用意してあり、何不自由なく宿泊することができた。
この村にも、世渡り人の兄弟妹達の噂は届いていても、ユキの個人的な事情までは然程知られていないようで、不快な思いをすることなく過ごせたのは有り難かった。
「この後しばらくは野宿になるから、しっかりこの心地よさを噛み締めておけよ」
ミッツが、特に旅慣れていないレンやミーユに忠告のように言う。
この先の道中は、川沿いを外れてまっすぐ東へ向かうため、町の周辺まで村がない。
川に沿って、北へ大きく迂回をすれば村落がいくつか集まっている地域はあるのだが、途中に馬車では通行が困難な場所があり、町へ行く時は村がない辺りを通るため、荷馬車に幌をつけて馬車泊が出来るようにするのだ。
翌朝は薄曇りであったが、今の季節はまだこのぐらいの方が暑さを凌げるので有難い。
ミッツ達一行は、村人達に礼と別れを告げて馬車を走らせて行った。
「はっ!!」
ガキン!!と金属音のような音を立て、石薙刀と石刀がぶつかる。
瞬間、受け止めた側の石刀がくるりと返り、薙刀を軌道の外へと打ち出す。
薙刀を持ったセシリアが、その勢いに振られて姿勢を崩し蹈鞴を踏むが、直ぐに体制を立て直す。
だが、その時すでにレンの石刀の先端がセシリアの顔の横にあり、峰が側頭部に軽く触れていた。
セシリアの顔が悔しさで歪むが、レンはどこ吹く風といった様子で間合いの外へと戻る。
「今のはもう一歩踏み込む感じで打った方が、次の攻撃にもこっちからの返しにも対応がしやすいよ。セシリアは、腕が先へ先へ出る癖があるから、まずは踏み込みを練習した方がいいよ」
「わかった。もう一本!!」
日が暮れる少し前に野宿に適した場所についたので、夕食前に体を動かそうとレンが素振りを始めた所、セシリアが相手をしろというので稽古が始まった。
ミッツはユキと夕飯の支度をし、ミーユは2人が打ち合う様子を見ていた。
セシリアはその活発な気質のせいか、攻撃を相手に当てたい気持ちが先んじて、踏み込みよりも腕が先に行ってしまう癖があるようだ。
レンにその事を指摘されたセシリアは、構えながらぶつぶつと指摘された事を反芻し、キッとレンを見据えると、「やあ!!」と何の合図もなく打ち込む。
しかし、レンにはその程度の不意打ちは特に問題なく、セシリアの打ち込みを簡単に捌く。
「今度は意識し過ぎて足だけ先に来ちゃってるよ」
「むう…レンのやり方は難しい!!」
「ええ…そんなこと言われても…」
感覚派のセシリアには、理屈屋のレンによる基礎練習は苦手なようだ。
頭上に浮かぶ光球に照らされ、鹿肉がジュウジュウと美味そうな音を立てて焼けている。
レンが土魔法で作り、火魔法でガンガンに熱した石鍋で鹿肉を焼き、ミーユの魔法で凍らせて持ってきた握り飯を粥にして夕食を取っていた。
香草や干し椎茸などで風味や出汁をとり、野外食だというのになかなか美味い飯にありつけている。
だがそれも3日目になれば、旅慣れぬ者では飽きてしまい、家で食べる味が恋しくなるのだが。
食事が終われば、あとは寝る以外にやることはない。
レンとミーユとユキが馬車の中で、ミッツとセシリアは持ってきた簡易テントでそれぞれ眠りに就く。
魔物の森での野宿も経験のあるレンやミッツにとっては、普通の動物が出る程度の野宿はそれほど警戒がいらない。
レンが土魔法で周囲に張った、落とし穴などの簡単なトラップで十分だった。
朝起きると、犬に似た動物が1頭落とし穴に落ちていた。食っても美味くないとミッツが言うので、逃がしてやった。
合計3泊野営をして、やっとヤナク周辺の村落地域が見えて来る。
出発した時ははしゃいでいたミーユも、馬車の揺れに慣れたレンも、疲れたような顔で馬車の壁にもたれてボンヤリしている。
ユキに話しかけられれば答えるが、その元気の無さに旅慣れたユキも気を使い、同じようにボンヤリと外の様子を眺めている。
ミッツは元々旅慣れているし、セシリアもずっとミッツの隣に座っているのが楽しいのか、御者席の2人はあまり変わった様子がない。
世渡り人といえど、異世界馬車の旅での様子はそれぞれ異なる様だ。
村落地域最初の村に到着した時、出迎えた村長はミッツ達を見るなり縋るような半泣き顔で走り寄って、馬車から降りたミッツの太い両腕をがっしりと掴む。
「よく来てくれた!!本当によく来てくれたよミッツ君!!魔物に対抗出来る魔法使いは君たちしか居ないんだ!!」
村長は、ジンとそう変わらない40前後ぐらいの歳のように見えたが、目の下の隈やどこか苦労を背負いこんだような表情が老けさせて見せているような感もあるので、実際にはもう少し若いのかもしれない。
そんな村長は、村民が見ているのも憚らず、ミッツに縋るように上擦った声を上げて訴えた。
他の村人達も、皆期待を込めた強い視線をミッツ達に向けている。中には拝む者や泣き崩れる婦人までいて、ここの前に寄ったアリルの実家のある村との違いに、ミッツ達は漸く事の重大さが飲み込めた。
ミッツやレン達、魔物の森の近くに住む魔法使い達にとって、魔物は狩の対象だが、抵抗手段に乏しい一般人にしてみれば脅威以外の何物でもない。近隣の町村に現れたというだけで、生活が脅かされるのだ。
ここから北の森までは馬車で丸一日ある。それでも、彼ら力を持たぬ者達にとっては魔物とはそれ程の脅威なのだ。
「それだけじゃないんだ、ミッツ君!!」
「ああ、わかった、わかったよ村長。とりあえずこいつらを休ませてやりたいんだけどいいかな」
村長の焦っているような様子に、ミッツはまず落ち着かせようという意図も込めて、努めて穏やかな口調でそう言うと、村長も自分が取り乱していたことに気づいたように、ミッツを掴んでいた手を離した。
「あ、ああ、すまなかった。ブラド爺さん家の離れが空いてるから、使ってくれ」
「ブラド爺さん?離れは確か息子夫婦が住んでなかったか?」
「……その話も、あとでしよう。夕食の支度をさせるから、それまで話を聞いてくれないか」
村長を馬車の御者席にのせて案内してもらい、村外れにあるブラド爺さんの家へと向かう一同。
その道中でも村長はポツリポツリと話し始めた。
「あの鍛冶屋の倅達が君らの村へ向かってここを出た、3日後の晩だよ。ここから北の村のもう1つ向こうの村から、若い衆が血相変えて走って来たんだ。村に、魔物が出たってな!」
「そうなのか」
「その向こうはもう北の森だ。本当に北の森は魔物の森になっちまったんだって、その若い衆も言ってたよ。ウチに1人、魔法使いが居たのを知ってるか?」
「ああ、デニーの息子だったか。流れ者の女との間に生まれたっていう」
「そうだ。デニーの息子のモリスンだ。まだ一昨年成人したばっかりの18歳だ。多分嫁さんの血筋だろうな、この辺の村じゃモリスンぐらいしかいねーんだよ、魔法使いはさ。町に行けば魔法使いはもっといるだろうけど、町の方へは北の森に沿って行くから、道中魔物が出るかもしれねぇって、こっちに助けを求めに来たんだよ」
「じ、じゃあモリスンが!?」
「モリスンは最初嫌がってたんだけどよ、あのバカ親父のデニーが調子に乗っちまってよ、嫌がる息子を連れて2つ向こうの村まで行っちまったよ」
「で…どうなったんだ?」
「まだ帰って来てねぇし、何の音沙汰もねぇ。行って帰って来るだけなら2日か3日だってのに、もう10日になるけどよ……」
村長は力なく項垂れてしまった。
そして馬車はブラド爺さんの家へと着いた。
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