第1章【コミュ症でモブで辺境の田舎者なのに英雄と呼ばれて申し訳ありません】3
第3話【英雄と聖女】
「がっはっはっはっ!!いやはや痛快じゃ!!とんでもねぇガキを拾ったな、ミッツ!!」
夕飯の席は村長の独壇場だった。
村長夫妻と息子ジンの一家、ジン夫妻と10代の子供達が4人、ジンの弟2人とその家族それぞれの妻と子供達、そして農園から来たミッツ達の、総勢21人が集う大晩餐会は、一部屋では収まり切らず、隣の部屋へとつながる壁を外し2間を繋いだ大広間でも、身を寄せ合うほど狭かった。
跡取りであるジン一家はこの家に住んでいるが、弟2人は村の中で独立していて、今日は世渡り人が4人も来るというから歓迎も兼ねて見に来ていた。
そんな中、ご機嫌な村長が先ほどのレンとミーユの魔法の凄まじさを、もうかれこれ2時間以上話し続けている。当然だが、内容は4巡も5巡もしていて、みな聞き飽きていて、それぞれ別の話題で話し始めている。
あの後、冷凍庫──どちらかというと氷室となるが、伝えたレンが冷凍庫と呼んだので呼称がそれで定着──の仕上げとして、空気層と氷の層を挟んだ三層の天井を組み、その上から丁寧に土を被せた。
圧縮した石よりも、空気を含んだ土を被せた方が保冷性が保てるとのことだ。
あとは入り口の穴の上に小屋を建てて完成である。それは村の者達で十分なので任せた。
夏の1番暑い盛りは過ぎたので、ミーユが戻るまで十分冷たさは持つだろうということで、さっそくミッツから貰った氷漬けの肉を保存する。
広い空間に保存する物が少ないと保冷性が悪いので、ミーユの全力凍気で凍結させた岩石を詰め込んだのだが、張り切り過ぎたミーユが魔力欠乏を起こしかけ、お昼寝をして目が覚めたところで晩餐が始まった。
夕餉の席の一番隅で申し訳なさそうに佇むユキも、上機嫌な村長の様子を見てほんの少し緊張を解いて、ほんのり笑みを浮かべる。
「こいつぁアレだぜ、ミッツ。あのコセ・シティの聖女と英雄の再来かもしれねぇぜ」
この話ももう何度目かわからないが、実はミッツも村長から言われてから、あり得る話かもしれないと共感し始めた話題だった。
聖女の意味がよくわからないミーユはあまり気にしていないが、レンは英雄と言われるたびに両手を顔の前でブンブン振って否定の意を示す。
コセ・シティの聖女と英雄とは
コセ・シティは100年以上前に聖女によって造られた街だと云われているが、その聖女を支え続けた人物が、コセ・シティの英雄と呼ばれた男だと云う。
彼は、まだ名もない村だった頃のコセ・シティの出身で、当時流行っていた “天人郷還路” という旅に出た。
現在世界中に住む人類は、全て天人と呼ばれる古代人の子孫であり、天人は遥か西方の天山山脈から大河ベルスを辿って世界へ広がったとされている。
その、世界へ広まった天人の足跡を逆に遡る旅路を “天人郷還路” と呼ぶ。
コセ・シティの英雄は、その旅路で聖女と出逢い、村へ連れ帰り共に村の発展に尽くし、コセ・シティの礎を築いた。
聖女こそ、ジョージが世界の旅路で知った、ミルク以外の唯一の光魔法の使い手であり、はっきりと資料が残っている最古の世渡り人である。
だが、その聖女を支え続けた英雄というのもまた魔法使いだったというので、聖女以前にも世渡り人が存在していたのは間違いない。ただ、人物を特定できる資料がないだけだ。
「その英雄ってなぁよぅ、何でも何もない更地から魔法1つで家を建てちまうって言うんだよ。どーぅだミッツぅ、まるっきりその……なんつった?」
「レンな」
「そうそう、そのもやしみてぇーなボウズと一緒よ!!俺たちが10人がかりで掘っても3ヶ月はかかりそうな穴ぼこをよ!!ぽんっと手をついただけで掘っちまうんだからよ!!」
酔った翁の記憶力は、素面の時より更にタチが悪く、村長は一向にレンの名前を覚える気配がない。
そもそも普段から総勢8名いる孫達の名前も、まるで当てずっぽうのように呼ぶので間違えてばかりだ。
そんなことより……村長の話を聞いていたレンは思う。英雄なんて言われるのは嫌だから、町に行ったら土魔法は使わないようにしようと。
村長の話を聞く限り、コセ・シティの英雄というのは土魔法の使い手だったようだ。それも、今のレンよりもずっと優れている。
当たり前だ。英雄視されるような人物が、自分のようなポッと出の若造と比べること自体烏滸がましい。レンは想像の中で英雄に謝った。
「レンにい、どうしたの?」
「ん?あ、いや、英雄さんって凄い人だったんだなーって」
どうやら、想像の中で謝っていたのが、ペコペコと頭を下げる動作として出てしまっていたようだ。突然隣で見えない誰かに謝り出したレン兄を、ミーユは不思議に思った。
「レンにいも、えーゆー?」
「ち、ち、ち、違うよ!!全っ然っ違うよ!!僕なんか地面から壁を出したり柱を出すのが精一杯だもん。英雄っていうのは、地面から『ビル』とか建てちゃうぐらい凄いんだから」
「へぇ!!すごーいね!!」
ビルを建てたなどと誰も言っていない。そもそもミッツ達の農園やこの村の様子から、文明度は異世界によくある中世よりもずっと遅れていると推測できる。ビルと呼ばれるほどの高層建築物が存在するとは思えない。
ついつい自分を卑下するあまり比較対象を過剰に持ち上げてしまう、ネガティブなモブキャラ気質あるあるな癖は、異世界で順調にチート級へと成長しつつあっても、変わらないようだ。
もっとも、カーズ達やこの村の人達の話ぶりから察するに、コセ・シティとはこの世界最大級の街であることが伺える。少なくともこの地域の中心となっている大都市のようだ。
そんな街を作った英雄ともなれば、レンの知る日本史や世界史にも名を残す英傑達と比肩しうる存在であることは想像がつく。
村長の言っている“聖女と英雄の再来”というのも、比喩の域を出ないだろうと、レンは自分を落ち着かせるために心の中で自分に言い聞かせる。
「ミッツ、コセ・シティの聖女と英雄ってどういう関係なんだ?夫婦か?恋人か?」
遠慮というのをまったく知らない様子で、黙々と料理を貪っていたセシリアが、さすがに2時間も食べ続けて満足したのか、食べる手を止めミッツに尋ねる。
「さぁ、どうだったんだろう?ジンさん知らないか?」
話を振られたジンは壁に寄りかかり、既に目が半開きで時折頭がカクンと下がっては、慌てて持ち直してを繰り返していた。
こちらも、けっこう呑んでいるようだ。
「あ?何が?」
「聖女と英雄だよ。夫婦だったとか、恋仲だったとか、聞いたことないか?」
「んなこと俺が知るか、それこそ町に住んでたぁ…お前らの親父のめか…ああ、その人、その人の方が詳しいんじゃないのか?」
ジン、おそらく「お前らの親父の妾」と言いかけて慌てて止めたのだろう。誤魔化すようにユキを指差し「その人」と呼んだ。
出来るだけ空気で居たかったユキだが、名指しされては話さないわけにいかない。
せっかく今までの和んでいた空気が、何となく張り詰めてしまったような雰囲気を感じつつも、口を開こうとしたそのとき、
「あらジン義兄さん、それならウチの又従兄弟の家は、コセ・シティの商人とも交流のある職人よ。そういう話なら私に聞いてくださいよ」
ジンの末弟、村長の三男坊の嫁がユキが話し出そうとしたのを遮り割って入る。
随分遠縁を引っ張り出してきたが、コセ・シティに所縁があるというだけで辺境の田舎ではステータスなのだろう。
誰も聞いていないのに、三男坊の嫁はべらべらと喋り出す。
「聖女様はね、あちらの世界に最愛の人がいらしたの。だから、英雄様とは生涯を共に過ごしたと言われているけど、そういう男女の関係にはならなかったというわ。ね、素敵じゃない?帰れるかどうかもわからない生まれ故郷の愛しい人の為に、此方の世界では一切の男性を受け付けなかったなんて。聖女と言うほどだからとてもお綺麗な方だったのでしょうから、言い寄る男性も多かったはずよ。それでも、誰一人として床を共にするようなことはなかったそうよ。そんな聖女様の想いに英雄様も理解を示して、ずっとお側におられながらも、紳士で誠実な態度を保っていたわ。お2人とも、決して魔が刺すような行動に出ることはなかった、とても素敵な関係よね」
言いながら、三男の嫁は露骨にユキへと視線を送るが、伴侶が在りながら若い娘に手を出した男の息子もここに居ることを解っていないようで、ミッツも居心地の悪い表情をしていることに気付かなかった。
「そもそも、聖女様はコセ・シティを大きく発展させながらも、聖魔教の教義から外れないように新たな仕組みを整えたり、世渡り人でありながら聖魔教の教義をキチンと守り通した人なの。世渡り人の世界はこことは文化や考え方が違うというけど、世渡り人にもいろいろいるのね」
明らかにユキを口撃するような三男坊の嫁の語りに、場の空気は更にガッツリと悪くなった。
確かにユキは、聖魔教の代表的な教義の1つである “不貞の禁止” を破って子供まで産んだ女である。しかし、その責任を取って決して楽ではない暮らしをずっと続けていたのをミッツは知っているし、今も農園で共に生活するセシリアやレンたちも彼女を慕っている。
だが、知らぬ者からすればただの “泥棒猫” だ。
良からぬ空気が立ち始めたので、ミッツが席を辞そうと立ち上がりかけたところで、セシリアが呟いた。
「じゃあ、旦那がいるかもしれねぇ女を、その英雄ってのは追っかけ回してたってわけか。ははっ、おかしいな!!」
これには全員驚いた。
「追っかけ回してたって……!!そんなこと」
「ずっとくっついてたんならそうだろ。私なら好きでもないヤツの側にそんなに居たくない。それに聖女も聖女だ。そんなに好きな男があっちの世界にいたなら、なんでこの世界の街に一生懸命になってんだよ。まず自分が帰ることとか考えなかったのか?」
「それは、そこまで想う相手がいたなら、少しは考えたはずよ!!」
三男坊の嫁が喚くように言ったところで、険悪な感じに発展する予感がしたミッツは焦った。だがセシリアは止まらない。
「少しは?はず?なんか随分曖昧だな。コイツらが何でこんなに魔法が強いか知ってるか?コイツらはな、元の世界に帰れる可能性を魔法に託してんだよ。だからしょっ中魔物の森へ出掛けちゃ、魔物を倒して強くなろうとしてんだ。こんなちっこい子供がだぞ!?アンタ、考えた “はず” って言ったよな?てことは明確に文献に残ってるわけじゃねーんだよな?本気で元の世界に帰りたきゃそれなりに必死になるだろう。そしたら本人じゃなくても見てるやつらにわかるだろ。でもそのことがどこにも残ってねーんだろ?」
「そ、そういうアンタはどうなの!?アンタも世渡り人なんでしょ!!」
「もちろん最初は帰りたいって思ったさ。でもミッツがいてくれた。ミッツを好きになって、ミッツとならこの世界で生きて死んでもいいって思った。だから帰るのをやめた」
「そ、そう…」
返す言葉が見つからない三男坊の嫁と、ちゃっかり惚気られて顔を真っ赤にするミッツ。
「それは、よかったわね!!さ、みんな食べ終わってるなら、空いた皿片付けるよ!!」
乱暴に言い吐き、勢いよく立ち上がり、忙しない手付きで派手に音を立てて食器を積み重ね、キッチンへとやかましく足音を立てて去って行った三男坊の嫁。
「さてさて、世渡り人っていう私らとは常識も何もかも違うとっから来た人たちは、言うことが面白いねぇ。また楽しい話し聞かせとくれよ、セシリアちゃん」
ジンの嫁も、静かに空いた食器を重ねて下げる。次男坊の嫁も、村長の嫁もそれに続いて片付けの作業に移る。
「あの、私も手伝わせてください」
ジンの嫁が持って行こうとした食器に手を伸ばし、自分が持っていくとアピールするユキ。
あんな空気の中で息を詰まらせていたのだ。何かしないと落ち着かないのだろう。
「じゃあ、アンタは布巾持ってきてテーブル拭いとくれ。そしたら、男どもが片付けてくれるからさ」
「はいっ!」
ホッとした顔をして、ジンの嫁に着いて行くユキ。
一連の大人たちのやり取りを見て、不倫はいけないことなんだなーと、ぼんやり思ったレンだった。
なんだかもう、自分が英雄の再来だと言われたことなどどうでもよくなっていた。
特に、セシリアの言った「旦那がいるかもしれない女を追っかけ回してた」が強く響いて、歴史に名を残す偉大な人物も、裏では何をやっているかわからないんだなーと、闇深い世界に意味もなく怖がっていた。
「レン、片付けるぞ」
「あ、うん」
村長とジンは既に夢の世界へ旅立っていたので、ミッツはレンを伴い、村長の次男、三男と一緒にテーブルなど重い物の片付けを手伝う。
三男がミッツに「すまないな」と謝り、ミッツが「気にするな」と答えていた。
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