第5章【モブ気質なのに何故かハーレム系主人公のような展開で申し訳ありません】7
第7話【ハーレム】
レン達の引っ越しも無事に終わり、数日が過ぎた。
新しく暮らし始めた元マーサーの家で、レンは食卓テーブルの椅子に座り、木の繊維で作った目の荒い紙に、油と炭を混ぜて作った墨で黙々と何か書いていた。
食卓と何の仕切りもなく繋がっている広間では、若い女性陣がキャッキャとはしゃいでいる。
まだ幼いミーユと、幼心を残した10代のミルクとサラは、誰に遠慮するとも無く無邪気に遊ぶ。
互いの体をくすぐりあったり、絡み合って転げ回る。
レンは木紙に集中していた目を閉じ、そっとため息を吐いた。
この世界にも季節がある。ジョージのノートによると、この地域はレンが住んでいたニホンに比べ年間の気温差があまりないが、概ね似たような気候のようだ。
カーズ達の農園では、水田で米──世界が異なるので厳密には米に似た植物と思われる──を育てていることから、それは裏付けられる。気候が変われば育つ植物も変わるからだ。
そして現在、季節は少しずつ夏に近づいていた。
陽が落ちて、まもなく夜が訪れようという時間でも、元気な若い娘と幼女は、半袖の肌着1枚とハーフパンツという薄着ではしゃいでいた。
そうするとまぁ、思春期のレンにとっては非常に目のやり場に困る光景が展開するのだ。
レンが元いた世界からすれば何百年も昔の文明のようなこの世界でも、女性の下着はちゃんと上下ある。
だが、仕事の汗を流し、くつろぎやすい部屋着に着替えると、上の下着は付けないのが普通のようだった。
ユキもこの世界での生活に慣れたせいか、家の中では下着もつけずに薄着で生活している。
「ちょっ、ミーユ!変なところ触らないでよ!」
サラの悲鳴のような、けど楽しげな笑い混じりの声が響き、レンは思わずチラリとそちらに視線を向けた。
ミルクのたわわな胸にはもちろん視線を奪われるが、サラのやや小ぶりな胸は、前のめりになると見えてはいけないポイントが、ゆったりとした肌着の襟元から覗き見える。
レンはあわてて木紙に視線を戻し、作業を続ける。
「レンは真面目ね。いっしょに遊べばいいのに」
ユキが、大皿に盛った出来立ての肉入り野菜炒めをテーブルに置く。
塩と胡椒だけの簡単な味付けだが、素材の味がいいので十分な香りが漂う。
もう食事の準備が整うようなので、レンは書いていた木紙と、カーズから借りたジョージのノートを片付ける。
ジョージがニホンゴで書いた、この世界での見聞録を書き写しているのだ。
この世界のことを知りたくてノートを読ませてもらっていたが、もし自分がこの兄弟妹の元を立つ時があれば、持っていける用にコピーが欲しいと思って始めた作業だった。
もちろん、この兄弟妹達のことは好ましく思うし、こうして世話になっているので恩返しもしなくてはと思っている。
けれど、ミーユと共にレベルアップする為に、森のもっと奥へも行きたいと思っているし、いろんな町があるようだから、ジョージの様にこの世界を見聞して回りたいとも思っている。
何より、元の世界へ還る方法を探さなくてはいけない。
ミーユには、魔法の力を極限まで高めれば、帰還の方法を得られると誤魔化してはあるが、当然手ががりすらまだ掴めていない。
なので、帰還の方法を探す為に、いずれはこの土地を離れるかもしれないとは考えていた。
そうして、ノートを書き写すことを思い付いたのだが……実はもう3冊目の写本だった。
理由は簡単。扇情的な格好の女性陣から視線を逸らす為に黙々と続けるうちに、これだけ出来上がってしまった。
最近は、追記として自分が見聞きしたことも書き加えていて、冊数を重ねるごとに少しずつ厚みを増していた。そろそろ全部内容をまとめ、自分なりの編集をしてみようと思うレンだった。
「不思議よね」
夕食が終わり、今度は木材の端材のような物で積み木遊びのようなことを始めた3人。ミーユの視線に合わせて前屈みになっているミルクとサラの胸元は、やはりレンにとって危険な状況になってるため、レンはユキに出してもらったお茶のカップと、正面に座るユキの顔とを交互に見ることしか出来ないでいた。
ユキは、レンとミーユに話しかける時でも、この世界の言葉を使う。
もうこっちでの生活の方が長くなっているので、ニホンゴよりもこの世界の言葉の方が馴染んでいるのもあるが、この方がレンとミーユが早く言葉を覚えられるからと考えている。そうレンに話したことがあった。
「ふしぎ?」
聞き返すレン。
「うん。サラはさ、私とジョージの子なの。つまり、純粋なニホンジンなのよね」
「あ、」
何がどう不思議かと言われると、うまく言葉で説明は出来ないが、レンはユキが言わんとしていることがなんとなくわかった。
サラは、ニホンジンであるジョージとユキの子だが、この世界で生まれ育った。
レンは学業全般にあまり興味がなかったのでピンと来ないが、ヨーロッパからの開拓移民同士がアメリカで結婚して、生まれた子供がアメリカ人として育つことに似ている。
まして、次元を越えて来たような異世界である。
元の世界との類似点が多くて気が付きにくいが、本来であれば生体としての構造や、突き詰めてしまえば空気中の成分など、同じであることの方がおかしい。
相違点は必ずあるはずなのだ。
そんな世界で、サラはニホンジン同士の子として生まれ、この世界の人間として生きている。
それは、小さな島国に生まれ育ったユキやレンにしてみれば、とても不思議なことだった。
「もしあの子がニホンに行っても、全然知らない世界なのよね」
遠い目をして語るユキに、レンはふと思って尋ねる。
「ユ、ユキは、ニホンに、帰りたい、思う?」
ユキの瞳に郷愁を感じたレン。聞くところによるとまだ中学生ぐらいの頃にこの世界へと渡ってきてしまったという。
レンと同じく、“ユキ” も本名を略した呼び方で、元の名を “坂本雪絵” という。
遠い目でニホンを語る “ユキ” に、“坂本雪絵” を感じたレン。
だが、レンに問いかけられた拍子に、その遠くを見つめていたような視線は手元に帰ってきて、“ユキ” に戻る。
「んー、昔は考えたけど、あの子が生まれてからは、子育てで精一杯でいつのまにか考えもしなくなっちゃったかな」
目を細めて笑う貌には目尻に細かいシワがよるが、それさえもそんな年齢不相応の美しさを感じさせるスパイスとなる。
「そう、なんだ」
今度はレンが遠い目をする。
おそらく、ユキから見ればまだこの世界に馴染みきっていないレンは、“藤田蓮次郎” としての空気感の方が強いと感じているだろう。
17歳という柔軟性が、たった1ヶ月と少しでこの世界への適応を可能にしているが、それでもユキにとって懐かしいニホンを感じさせる雰囲気がある。
「レンは?向こうに彼女とかいないの?」
今度は、そんなレンにユキが尋ねる。
「カノジョ?」
そんな普通の問いに、意味がわからなさそうに首をかしげるレン。
「彼女…ああ、わかんないか。『日本に彼女はいないの?』」
この農園での生活で必要無い言葉は、そもそも耳にすることも無いのでレンは分からない。
そういう言葉を見つけた時は、ユキはレンにニホンゴで話す。
「あ、彼女……いや、そ、そういうの、は…」
ニホンゴで言われて意味がわかった途端、彼女いない歴=年齢のレンは恥ずかしげに答える。
彼女なんて、陰キャラな自分には縁のないものだと思っているので、考えたこともない。
「そっか。でも好きな子ぐらいいたでしょ?」
なんだかユキは楽しそうだ。
女性はいつまでも、恋バナと胸キュンを求める乙女要素を心の片隅に持っているというが、14歳で異世界転移し、チーレム妄想の男の愛人となり子供を産んだ彼女も、純情な恋の物語りは大好きらしい。
レンは困ってしまった。
恋愛として誰かの事を好きだと自覚した経験がないのだ。
昔からクラスの隅っこにひっそりと生きていたレンからすれば、見た目だけで恋に落ちてしまうような美少女は、高嶺の花で自分とは縁のない存在だと思っている。
かといって、そうでない普通の女の子と恋が芽生えるほど、親しく接したこともない。
だが
──バーイバーイ!!──
一瞬、脳裏を過る声があった。
あの校舎の窓から大声で叫んだ女子生徒。
しかしレンは
「好きな女の子…いない」
俯きがちにボソリとそう答えた。
実際、好きなのかどうかと問われれば、好きではないと答えるだろう。
では、気になるかどうかと問われると、YESともNOとも答えられないのが本音だった。
恋愛対象としてではないが、インパクトはあった。帰り際に校舎の窓から大声で呼ばれたのなんて初めてだ。
それもあって声はよく覚えているが、だが遠かったので顔はもうちゃんと思い出せなくなっている。元々ちゃんと見ていないとも言うが。
なんでこんなに気になるんだろう…
この世界の生活に慣れようと必死だったこの1ヶ月余り、思い出すこともなかったのだが、ユキの一言で揺さぶり出されるかのように記憶の表層へと引きずり出された。
「そっか、変なこと聞いてごめんね」
ユキはそんなレンになぜだか謝った。
恋愛未経験なレンにとって、なんとも理解しがたい感情に変に考えてしまっていた様子を、ユキは異世界から帰りたくても帰れない、逢いたくても逢えない想い人のことを思い出させてしまったのだと思ったようだ。
それからユキは、無難な話題を振ってレンとの時間を過ごした。もちろん、この世界の言葉で。
就寝の時間になると、レンは意を決して寝室へと入る。
ここは、元々マーサーが1人で住んでた家だが、少し大きめに造られている。
しかし、それは各部屋のサイズであり、部屋数は広間とキッチン、そして寝室が1つだけ。
マーサーは、将来は嫁と子供と同じ部屋で寝起きしたいと、子供が5人生まれても余裕で寝れる寝室を造り、さらにその大きな寝室にすっぽり収まる、キングサイズの更に倍以上ある巨大ベッドを置いていた。
そのため、レン、ミーユ、ミルク、サラ、ユキの5人が寝ても全然余裕なのだ。
もちろん、初めはレンは広間で1人で寝ようとした。
しかし、ミーユがみんな一緒がいいと言うので、無碍にすることができず一緒に寝ることになってしまった。せめてもの抵抗として、ミーユを隣にして1番端で寝かせてもらった。
まぁ、どれだけレンがこの状況を気にしていても、ここの女性陣はそんなレンを気にしてくれないのだが。経験値の低いレンは、自分が男として見られていないということに、思い至っていないようだ。
レンは、自分自身を本来なら主人公要素のカケラもないモブだと自覚している。こんな異世界転移なんてしたところで、ニホンに腐るほど溢れ返っていた創作ファンタジーのような、大冒険が待っているはずがないと信じ込んでいる。
チートもハーレムも、縁のないものだと思っていた。
しかし現実は、大きな街で噂になるほどの魔法使い兄弟たちの度肝を抜く魔法を使ってみせたり、美魔女、モデル級美少女、グラビアアイドル級巨乳美少女、そして天使のような幼女と、既に多様なジャンルの女子と同居している。
いったいこの先どうなってしまうのか。
隣で眠るミーユの寝顔を見ていると、その向こうにいるミルクと目が合った。
口パクで「おやすみ」と告げたミルクが、向こうを向いてしまった。
何かを期待したわけでは無いけど、何故かそれが少し寂しく感じたレンだったが、程なくして寝息をたて始めた。
朝起きた時、ミルクのミルクタンクがギリギリのはみ出し具合で目の前にあるなどと想像することもなく…。
魔物の森から東へ、馬車でも数日かかるような、魔力の気配の及ばぬ人間の住む町の近くにある、小さな森。
西を低い山地と、南北を川に挟まれた森と平地から成るこの場所は、時折人間が狩に訪れることもあるが、野生動物たちの領域だった。
ここに棲む生き物たちは、魔物という存在に遭遇したことがない。たまに来る人間の狩人に魔法使いがいることもあるが、魔物の森の近くに住むあの兄弟妹たちと違い、魔物狩りをする機会の少ない彼らの魔力は低い。
つまり、ここに棲む生き物たちは、“魔力” という気配を知らない。
そんな普通の森に、突然強力な魔力の塊が近付いたらどうなるか……
深夜の森は、昼間の生き物に代わって夜行性の生き物が蠢き出す。
だが、この夜は昼間の生き物たちも目を覚まし、得体の知れない物音と振動、そして感じたことも無い総毛立つような気配に、最大限の警戒を張っていた。
巨大な何かが大地を踏みしめるような振動は、西の山地から近付いて来る。
振動に驚き草叢から飛び出した野兎は、感じたことのない異様な気配に思わず立ち止まった。
匂いを嗅ぐ鼻先が、まるで猟犬のようにググッと突き出し、逆立った体毛が針のような鋭さを持って長さを倍にする。
警戒に震えていた前足は、猫の様に爪が伸び、肉食獣の様な強靭なものになる。
およそ兎と思えない奇妙な唸り声をあげ、その体躯が倍に膨れ上がった……直後、巨大な何かが野兎──だったもの──を、地鳴りとともに踏み潰して行った。
夜の森に、生き物たちの悲鳴の様な鳴き声が響いた。
流れる雲の隙間から覗いた、半身を欠いた弱い月光が、揺れ動く巨大な岩の上に佇む人影を西から淡く照らし、その人影が纏う白い服をぼんやりと暗闇に浮かび上がらせた。
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