第5章【モブ気質なのに何故かハーレム系主人公のような展開になって申し訳ありません】3
第3話【ユキとジョゼフ】
2人の美女は、その美貌だけでなく立ち姿も美しかった。
田舎で農作業ばかりしている女達にはない、スッと伸びた背筋に、日焼けの跡も少ない白い肌。
背筋が立っていることで綺麗に上を向いた胸は、ミルクほどの豊満さは無くともその整った形に、女のアリルでも見とれてしまう。
アリルが呼んだ名に反応するように、若い方の美女が年上の方の美女の顔をチラッと見た。
年上の方の美女には、若い方の美女の視線を気にする様子はなく、名を呼んだアリルへ、ニコリと微笑み返した。
その、ほんの僅か傾げた首の角度や、夕日が浮き出す影まで計算されたかのような美しさに、アリルは数瞬息を止めた。
「ええ、私がユキでこっちは娘のサラよ」
「サラです」
歳上の美女──ユキが、アリルに応える形で自己紹介と娘の紹介をすると、娘のサラは少し緊張したような声色で名乗る。
この美人が、ユキさん…。
何度か話には聞いていたが、初めて見るその美貌に、アリルは言葉が出てこなかった。
そしてまた、その娘だというサラも母に似て美しく育っている。だが、よく見ると少しミルクに似た面影もある。
年齢も同じぐらいに見えることから、“同時期に生まれた異母姉妹” である事を感じさせた。
「勝手に上がり込んでごめんなさい。昔よく来てたのでつい、ね。ところで、お会いしたことあったかしら?」
その美貌によく似合う、小鳥がさえずるような愛らしい声で、ユキは軽い感じの謝罪と、アリルに名を呼ばれたことを不思議に思い尋ねる。
「あ、いえ…初めて、かな。カーズがよく話していたから」
「そう」
「とても綺麗な女性だっ…て」
「あら、嬉しい」
アリルは戸惑いを隠すこともできぬまま、頭に巡った言葉をそのまま口に出してしまう。
「じゃあ、やっぱり貴女がアリルね。カーズから手紙で聞いてるわ。よろしくね」
その美しい笑顔は、アリルの心を様々な角度から揺さぶった。
聞いていた話では、今のミルクぐらいの頃にサラを産んだそうだ。ということは今は37〜8歳のはずである。
だが、情緒的な西日に照らされた目の前の美女は、どれだけ上に見ても30歳そこそこにしか見えない。
ともすれば、25歳であるアリル自身と同世代と言われれば納得してしまいそうである。
そんな美貌に微笑みかけられれば、男性どころか女であるアリルも心揺さぶられてしまうが……アリルの心が落ち着かない理由はそれだけではなかった。
まだ新婚の頃、会話の流れからつい興味本位で聞いてしまった、かつてこの農園に住んでいた美人母娘の話。
それを語るカーズの表情に、女として見落とせない色を見たアリルは、カーズが少年だった当時の彼の心情を執拗に聞いてしまったのだ。
この人が──自分より10歳以上も歳上だと言うのに、息を飲むような美貌を携えるこの美女が──夫、カーズの初恋の人だということを。
こうして実際に会うまでは、そんなかつての想い人がこの農園に来るかもしれないということを、過去のことなど気にする事はないと思えば、気にせずに過ごして来れた。
しかし、この美貌を目の当たりにしてしまうと……冷静ではいられなかった。
昼寝から覚めたところにいつの間にか家に上がり込んでいたサプライズも手伝って、アリルの心は荒地を疾走する馬車よりも揺れていた。
「精が出ますなぁ」
畑で作業をしていると、不意に聞きなれぬ声で話しかけられ、カーズは訝しげに振り返る。
「誰だ?」
独り言のようなその呟きは、隣で作業をしているミルクには届くが、離れた農道にいる人物には届かない。
町で見るような、襟付きのパリッとした、農作業には向かない裾の長いゆったりした服装をした男。特筆すべきはその服が白一色──汗や土汚れでくすんだ様子もない純白──で統一されており、およそこの農園には似つかわしくない風貌の男は、カーズが反応したのを見ると続けて話し出す。
「私は商人のジョゼフです。こちらへ用事があったものですから、護衛も兼ねてユキさんたちに同行させていただきました」
広大な農地で話す声は、音を反射させる遮蔽物がないため、拡散してしまい思ったよりも遠くへ聞こえない。
そんな中で男の声はとてもよく通り、それでいて大声を張り上げている様子もなく、不思議な響きをする声だとカーズは感じた。
いや、それよりも
「ここへ用事?」
訝しむミルクと
「ユキさんが帰って来ているのか!?」
興奮するカーズ。
見知らぬ男を疑うことよりも、カーズには男が今しがた口に出した “ユキさん” の方に意識が奪われてしまったようだ。
「ちょっ…カーズ兄!?」
ミルクの方を振り返ることも「ちょっと行ってくる」と言うこともなく、カーズは手にした農具を放り出し、男の元へと急ぎ足で向かってしまった。
「ユキさんはどこに?」
ろくな挨拶もせずにユキの居所を尋ねるカーズ。その落ち着かない様子に思わず吹き出しそうになりながらも、ジョゼフと名乗る男は落ち着いて答えた。
「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。ユキさんなら家の中に…」
「ありがとう!!」
「あっ」
何か話したそうなジョゼフを完全に無視して、カーズは家へと走って行ってしまった。
「聞いていた以上ですねぇ」
走り去るカーズの背を眺め、独り言のように呟くジョゼフ。
「聞いていたって、何を?」
怪しんだかと思えば、“ユキさん” の名前を聞いただけで、疑うということをまるっと棄てて走り去って行ったしょうのない兄に代わって、いつのまにか間近まで来ていたミルクが、男に尋ねた。
警戒心の表れか、間近といってもミルクの立ち位置は、男の間合いの一歩外で留まっている。
もっとも、それは肉弾戦における間合いであり、相手が魔法使いであればその実力によってはまったく意味を持たない距離だが。
こんな辺鄙な所にやって来る “見知らぬ人物” はまずいない。
この先には魔物の森しかないこの農園は、ここの兄弟妹たちに会いに来る以外に訪れる理由はない。
もちろん、森と反対の村へ行く用事のある者がいるかもしれないが、それは逆に魔物の森の方から来たということで、その方がもっとあり得ない。
魔物の森に人が住んでいるなど、聞いたことがないからだ。
“人だったもの” なら、住んでいるようだが。
話を戻すと、この農園にやってくる見知らぬ人物というのは、平時であってもまず疑ってかかる対象である。その上今は 、“魔法使い狩り” にも警戒している。
この、商人を自称する見知らぬ男に対して、警戒を解く理由はない。
「これはこれは可愛らしいお嬢さん」
対して、ミルクに話しかけられたジョゼフは、戯けたような仕草で振り返る。
ジョゼフ──と名乗る男──は、カーズより頭半分くらい背が高く、肩幅の広さや胸の厚みなどから、程よく筋肉のついた体だと思われる。
そんな男が戯けて見せた所で、ミルクの警戒心が解けることはない。
「ありがとう。ところで、ジョゼフさん商人て言ったよね?私たちもたまに町に行くんだけど、ジョゼフさんの名前聞いたことないんだよね。ジョゼフさんて何者?」
ミルクの声音には明らかな警戒心…というよりも、直接その空気感が伝わっているジョゼフには、敵対心とすら感じる程の嫌を丸出しにしている。
しかし、ジョゼフはそれに臆することもなく、むしろ面白いイベントに遭遇したかのような笑みを見せ、より巫山戯た仕草をとってみせる。
「これはこれは大変失礼致しました。カーズさんが行ってしまったので、ちゃんとした自己紹介が出来ずに申し訳ない。私はコセ・シティという街で商人をやっているジョゼフです」
「え、コセ・シティ?」
「はい、コセ・シティです」
ミルクは、男の言う “コセ・シティ” という街の名を聞いた途端、拍子抜けしたようにきょとんとしてしまった。
それは、ミルクのある思い込みがあったためなのだが…
「お嬢さんがおっしゃる “町” というのは、ヤナクの町だと思うのですが」
ミルクの様子が変わろうと、変わらぬ調子で語り続けるジョゼフ。
その言葉に頭をカクンカクンと、上下に振るミルク。
「確かに、ヤナクには商人と名乗る者は数えるほどしかいませんから、あなた方のように農作物や狩猟で獲れた獲物などを町に売りに行っていれば、彼らと接する機会も多い。自ずと、全ての商人の顔と名前を覚えてしまうのでしょう」
再び、ジョゼフの言葉に頭をカクンカクンと上下に振るミルク。
「なので、商人を名乗った見たことのない私を訝しく思うのは当然のこと。私の言い方が悪かっただけなので、全く気にしていませんよ」
「あ、ありがとう」
思わず、「気にしていない」というジョゼフの発言に、感謝の言葉を使うミルク。
つまり、ミルクはジョゼフが「ヤナクの商人」を名乗っていると思い込んでいたのだ。
ミルクたち辺境の村人(一応この農園は、東の山向こうの村の、外れの集落ということになっている)は、近隣の町との取り引きをするのが普通で、わざわざ更に遠い町まで足を伸ばすことはない。
なので、ミルクや兄弟たちに限らず、山向こうの村人たちにとっても、「商人」と言えば「ヤナクの商人」を指す。
むしろ略語と言ってもいい感覚かもしれない。
ジョゼフが言うようにヤナクの商人は数えるほどしかいない。「ヤナクで見たことのない、ヤナクの商人を名乗る男」がいかに怪しく感じるか、推して知るべしなのだ。
なので、ジョゼフが「コセ・シティの商人」と名乗ったことで、ミルクは自分の勘違いに気付き、想定外の出来事に少々思考停止気味となってしまった。
「いえいえ、こちらこそ疑わせるような言い方をしてしまって申し訳ない」
ミルクに合わせて、気遣いを感じさせる、それでいて気を悪くさせない話し方をするジョゼフ。
あんなに疑わしかったのに、もう好人格の紳士に見えるのが恐ろしい。
ミルクはもう1つの…というか根本的な1番疑う理由が無くなっていないことに気付いていない。
むしろ、こんな辺鄙な田舎のより辺境へ、大都市であるコセ・シティの商人がいったい何の用があるというのか……
「私たちコセ・シティの商人は、普段近隣の町より外へ足を延ばすことはまずないので、接点のないあなた方にお会いする機会を下さったユキさんには大変感謝しております」
「はぁ」
展開について行けず気の抜けたような返事を返すミルク。
「あなた方の噂は、ヤナクの町からコセ・シティまで届いておりますから」
「……え?」
大仰な身振りで話すコセ・シティの商人ジョゼフの言葉に、散ってしまっていた思考が急速に戻ってきた。
噂? “あなた方” って?
「え、誰の噂が?」
「あなた方です」
ジョゼフが指を揃えた掌を上に向け、丁寧な所作でミルクを指す。
「私…たち?」
「はい。辺境の魔物の森の近くに住む、5人の優れた魔法使いの兄弟妹たち。その噂はコセ・シティまで届いておりますよ」
「え…?え?」
コセ・シティ
行ったことはないが、その街の名と噂はミルクも知っている。
100年以上昔に聖女が拓いた街として有名で、この地域の中核を担う最大の都市。
ミルクたちがよく行くヤナクの町は、人口が2,000〜3,000人程度で、農業を営む者もいるが多くは職人として暮らしている。
なのでヤナクの町は、イメージ的には大きめの村という感じだが、聖女が拓いたコセ・シティに倣い、道や住居、農地などがきちんと区画整理されているのところが、村落とは違う点であった。
そのような町が、コセ・シティを中心にいくつもある。
そんな “大規模な村” 程度の町でも、はっきり言ってこの辺境に比べて生活水準は高い。近隣の村の次男坊三男坊以下の、成人しても分けて貰える農地のない者たちが、町へ移住することはよくある話だ。
そういった町に住む者たちが憧れるのが、コセ・シティであった。
文化の発信地であり、人と物が集まる大都市で、人口は3万人を超えると言われている。
勿論戸籍は管理されているが、常に増え続ける人口と広がり続ける街の外郭のため、正確な管理はできていない。
ミルクたちは、ヤナクの町へ行く度にコセ・シティの何らかの噂話を聞かされるが、住む世界が違いすぎてよく理解できない。
最近では、6階建ての建物があると聞いたが、ミルクの知っているのは、懇意にしている商人の自宅にある倉庫の2階までで、それを6階も積み上げるというのはどんな技術かと、想像するだけで目を回してしまう。
そのコセ・シティで、自分たちが噂になっている?
ちょっと、想像がつかない。
目をパチクリさせるミルクを、コセ・シティの商人ジョゼフは、面白そうに見ていた。
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