第5章【モブ気質なのに何故かハーレム系主人公のような展開になって申し訳ありません】2
第2話【1ヶ月後〜カーズ家〜】
「カーズ兄ィ、ご飯だよー」
正午の日差しが照りつける中、庭で作業をする長兄カーズに声をかけるのは、末っ子長女の元気っ子ミルク。
以前から、度々本家であるカーズ家に顔を出してはいたが、妊婦となったカーズの妻アリルの手伝いのため、1ヶ月前から住み込みをしている。
夜にはミッツ達と狩りに行っているレンとミーユも帰ってくるので、まだこの世界の言葉や習慣に慣れていない2人の生活の世話もしている。
カーズ達の父もレン達と同じ “ニホンジン” だったため、彼らの生活習慣に関してはレン達も馴染みのある部分もあり、割とすんなり溶け込んでいたが。
最近では言葉もずいぶん覚えて、簡単な会話ぐらいなら出来るようになって来た2人だが、まだこの世界に来て間もない頃はほとんどジェスチャーでコミュニケーションを取っていた。
そのジェスチャーによるコミュニケーションで1番意思疎通出来ていたのがミルクだったこともあり、2人の生活の世話を任されるようになった理由の一つだ。
そんなわけもあり、レンとミーユを預かるカーズ家にミルクは住み込んでいる。
ミルクに呼ばれたカーズは、キリのいいところで作業を中断し、手洗いを済ませて食卓に着く。
今日は農作業ではなく、木材で何か作っていたようだ。
カーズが食卓についたところで、全員で合掌して食事が始まる。
食事の前の合掌は、カーズ達の父、ジョージが持ち込んだ “ニホンジン” の風習で、ジョージと同じ “ニホンジン” のレンとミーユももちろん知っていた。
今日のランチは、魔猪肉のソテーと簡単な野菜炒め、玉ねぎを煮込んで溶かしたスープに白米の飯だ。
野菜は広大な農園で町に売るほど手に入るが、魔物の肉もここ最近の魔力向上を目的にした魔物狩りで、毎日大量に手に入る。
あまりにも取れるので、兄弟妹の集落だけでは消費しきれず、カーズ家の裏手の山を越えた村にも、頻繁に持って行っているが、それでも余るため、レンの土魔法とミーユの氷魔法で、巨大な地下冷凍庫を作り保存してある。
塩漬けでも保存できるが、ここは内陸のため塩が手に入りにくく、町へ行ったついでに買ってくるしかないため、あまり実用的ではない。
干し肉も手間がかかるので、本来最も困難な冷凍保存が魔法で簡単に出来ることから、そうしている。
それでもどんどん増えるので、肉もそのうち町まで売りに行こうという話が最近出た。
ちなみに、魔物は元は普通の動物だと言われているので、その肉も普通に美味しくいただける。
他に食べ物に関する事としては、レンはこの世界にも白米がある事に非常に驚いていた。
レン達の世界では“異世界”には米がないか、あっても不味いかのどちらかだと信じられているという。
ある程度言葉が上達してきた頃に、そうレンがカーズ達に話した。
白米以外でも、他の食べ物もよく似たものが多いようで、レンはこの世界と自分たちの世界には、何か繋がりがあるのかもしれないと思っているようだ。
「それにしても、レンもミーユも言葉を覚えるのがとても早いと思わない?セシリアはしばらくかかってたけど」
アリルがスープをスプーンで掬って口に持っていく姿勢のまま、最近のレン達についての話題を話す。
そのセシリアも、レンとミーユに感化されたのか、以前よりも言葉が上達している、とも。
「ほうらな」
ご飯に魔猪肉のソテーを乗せて掻き込んだカーズは、口をモゴモゴさせながらアリルの話しに相槌を打った。
ミーユが元の世界で同じ事をすると、親に叱られるやつだ。
「今朝だって、ねぇミルク。あなたの言った、なんだっけ?レンが大笑いしてた」
「ああ、油をアバラって言い間違えたやつね。「ミルク、僕より言葉下手?」って、流石にアンタよりはしゃべれるよっ!!て笑っちゃった」
話を振られたミルクが、箸を持ったままの手を振り回して、大振りな身振りで笑いながらその時の様子を話す。
ちなみに、レンは箸があることにも驚いていたが、これもジョージの持ち込んだものだと言ったら納得していた。
「言い間違いを指摘して冗談で返せるなんて、言葉がわかってないと出来ないことだな。確かにセシリアは同じぐらいの頃にはそういうことはなかったな」
魔猪肉のソテーを飲み込んだカーズが、次の肉をご飯に乗せながら言った。
「ミーユもまだ小さいのにレンと同じぐらい喋るし、2人とも頭良いのかもね」
と、ミルク。
「それもあるかもしれないが、性格や環境の違いもあるみたいだ。村長が言ってたろ、あの頃のセシリアは1人で全く知らない世界に来てとても不安にしていたから、ミッツ以外の俺たちにはまだ警戒してたって」
「それだけで喋れなくなっちゃうの?」
カーズもミルクも、もちろん他の兄弟たちも、兄弟妹だけの集落と隣村を中心に生活しているため、1人知らない世界に迷い込む不安感にピンと来ないところがある。
セシリアやアリルを見て知ってはいるが、あくまでも客観的なもので、主観での体験に欠ける感覚なのだ。
「私も、最初にここに来た時は不安でいっぱいだったのよ。ミッツもアークも、最初は挨拶ぐらいしかできなかったんだから」
「そう?なんか最初から凄く馴染んでた気がしたけど」
「それは、ミルクのおかげよ。あなたの自然体にはすごく救われたんだから」
ミルクの、末っ子故の人懐っこさもあったのだろうが、おそらくはミルクこそ環境によってこの天真爛漫に見える性格が育まれたと言える。
幼い頃に母が家を出て行き、父と兄の男ばかりの生活の中、或る日突然現れた “おねえちゃん” に懐くのは必然だった。
同年代の女の子が少し離れたところに住んではいたが、やはり家族と友達は違う。
人は寂しさを知ることで、明るく優しくなれるのだ。
「そうかな、へへへっ」
思わぬ事で褒められ、照れるように笑うミルクを、アリルも微笑みながら見つめる。
「魔法使いばかりの兄弟妹の中に、私みたいな何の取り柄もない女が飛び込んで、迷惑じゃないかとか、いろんなこと考えたけど…貴女のドジ見てたら、魔法使いって言っても普通の人間と変わらないんだなって思ったの」
「もーヤダぁアリル姉!!」
幸せな笑い声に包まれる、カーズ家、昼の食卓だった。
食事が終わり、ミルクが洗い物をして、アリルが食後のお茶を用意する。
ミルクは全部自分がやるから、アリルは休んでいてと言うが、まだお腹も目立たないうちからそんなに気を使わないでとアリルは笑って返す。
食卓で待つカーズの元へお茶を運びながら、アリルはふと思ったことを口に出した。
「そういえば、あれからひと月になるけど、ユキさんから便りはまだ来ないの?」
「あ、ああ、そういえば、まだ、来てないな。手紙を頼んだ村の連中が返事を持って来てくれる事になってるから、そろそろ来てもいい頃だな」
アリルから出た “ユキさん” の名前に、一瞬戸惑い、しどろもどろになるカーズ。
普段は兄弟妹のまとめ役をしている彼にしては、珍しい挙動不審さである。
差し出されたお茶を受け取る手が若干震えているのを、アリルは気付いていたが気付かないふりをした。
「あー、3日前に肉を届けた時には、まだ何も言ってなかったな。ああ、そういえば村長が冷凍肉を見て…冷凍って言っても、村まで持って行く間に半分くらい溶けているんだが、村長が村にも “氷漬けにできる倉庫” が欲しいって言ってたな。ミーユに頼んでみないとな」
聞いてもいないことをベラベラと喋るカーズもまた珍しかった。
それほどまでに “ユキさん” とは、カーズにとって影響のある人物なのかと、会ったことのないその人物に、アリルはほんの少しだけ嫉妬した。
関係ないが、焦って話すカーズは語尾に「な」が多いようだ。
「村長さんの話はその日の夜にミーユにしてたじゃない。ちょっと話が難しくてミーユが理解できそうにないからって、今度直接村に連れて行くって言ってたの、忘れたの?」
アリルはフッと一息吐くと、挙動不審になるカーズとは違って冷静を保った。
「あ、ああ、そうだったな、そうだった」
ブツブツ言いながらまだ熱いお茶を一口啜り、熱さで湯呑みを取り落としそうになり、慌ててテーブルに置き、跳ね返った茶が手にかかりまた熱い思いをするカーズ。
慌てすぎにも程がある。
そんなカーズの様子を、アリルは苦笑しながらも「しょうがない人ね」と思いながら見ている。
「それにしても、最近本当にたくさんお肉獲ってくるけど、ちょっと獲りすぎじゃない?森に魔物がいなくなっちゃわない?」
話題を変えてみた。
「それはないだろう。親父が昔強くなるために、毎日100体の魔物を倒していたって言うからな。森はアリルが思っているよりずっと広い。ここから町までの全部より広いんだ」
「想像もつかないわ」
「俺たちが知っているのなんて、ほんの入り口までさ。今までは移動手段も歩きだけだったし、何より前までの俺たちの力じゃ強力な魔物がいる森の奥の方へは行けなかったからな」
「レンのおかげね」
「ああ、レンの発見は俺たち魔法使いにとっては歴史を変える出来事だ」
レンは、森の中に道を作る提案をし、それを実行して狩猟環境を一変させたが、彼が齎したものはそれだけではなかった。
それは、レンがまだあまり言葉を覚えていない頃、木板を使って一生懸命説明してくれたことだった。
これまでこの世界の魔法使いたちは、“倒した魔物の魔力が倒した者に宿る” と信じていたが、どれだけ魔物を倒しても魔力の成長を感じられない者もいた。
レンは、以前森で強大な虎の魔物を倒した。
だがその後、たいして魔力が増えておらず、その代わり強い魔物を倒していないミーユの魔力が異常に大きくなっていた事があった。
レンがその時の状況を思い返してみると、虎の魔物が絶命した瞬間、1番近くにいたのがミーユだった。
もしかすると、魔物の魔力は倒した者ではなく、魔物が絶命する瞬間に近くにいた者に宿るのではないかと疑問を持ち、ミッツたちと狩に出かけた際に実験してみた。
そこそこ強い魔物を瀕死の状態にして──それだけでもレンの戦闘技術の高さを思い知る──ミッツに抱えてもらい、その首を離れたところから長い石刀でレンが斬ってみたところ、その魔力はミッツに宿ったのだ。
「うおおおおおおおおお!!!!」
魔物が絶命した瞬間に魔力の流入を感じたミッツは大きく叫んだ。
今まで信じていた概念が覆された事もあるが、それを信じて必死にやってきた10数年は一体何だったのかという、絶望にも似た叫びだったのだろう。
「その時ミッツは、歓喜と絶望を同時に味わったって言ってたな。俺も聞いた時は半信半疑だったけど、実際に体験したら本当にその通りだった」
後にカーズもレンと共に森へ行き、同じ実験をしてもらって体験した。
「俺たちは大抵リスクを考えて遠距離から魔物を仕留めることが多かったから、魔物の魔力はどこにも宿らず消えてたってことだったんだ。
ま、今までこの事実がわからなかったのは、単純に魔法使い人口の少なさだろう。大きな街には何万人と人がいるそうだが、その中に魔法使いなんて100人もいないだろうからな」
カーズは自分なりの考察を語り、今後もレンによって今までわからなかったことがわかるようになるかもしれないと、冗談交じりに笑いながら、少し冷めたお茶を飲んで立ち上がった。
「さ、朝の作業の続きをするか」
「あら、もう仕事に戻るの?ご飯食べたばかりなんだから、もう少し休めば?」
「あと少しで出来上がりそうだから、早く仕上げて、午後は別のことをやろうかと思ってな」
「ふーん、わかったわ」
昼食後は1時間ほどゆっくりしてから仕事に戻るのが日課のカーズが、食後のお茶もそこそこに仕事に戻ろうとするのを珍しいと思いながら、もしかしたらユキさんの話題から逃げたいだけかな?と思って深くは突っ込まないアリルだった。
旦那のメンタルをよくわかっている出来た嫁だ。
昼食の片付けも終わり、一通り家事に目処がついたので、ミルクはカーズを手伝いに外へ出て行った。
午前中の作業の続きを早々に終え、農作業のために家から離れた農地にカーズがいたので、ミルクは何かあったらすぐに大きな声で呼ぶようにと何度も念を押して出て行く。
「もう、心配性なんだから」
アリルは、自分を心配してくれるミルクを可愛いと思い、何度も思い出しては1人で笑っていた。
手が空いたので、長椅子に座って針仕事をするアリルを、リビングに差し込む午後の西日が照らす。
西日は、葦に似た植物で編んだ日除けに遮られるので、心地よい程度の暖かさでアリルを包み込む。
その心地よさに眠気を誘われたアリルは、つい長椅子に横になり微睡み始めてしまった。
そよ風が吹く。
木と木が擦れ合う独特な音を立てて、玄関がそっと開かれる。続いて、動物の毛皮で出来た靴と木の床が優しく擦れる擦過音が、静かな室内に聞こえた。
その音に気付き、アリルが微睡みから現へと意識を戻す。
音のした玄関の方を見ると、2つの人影が、開けたドアから慣れた様子で足を踏み入れていた。
どちらも女性で、ハッキリとした年の差のあるよく似た美貌で、親子かそれに近い血縁だとわかる。
カーズ家の玄関は、日中は閂を掛けることがないので、誰でも簡単に入れてしまう。
不用心なようだが、丸一日家族しかいない農園に、知らない誰かが来ることなどまずない。
来たとしても山向こうの村の誰かで、現在町で噂になっている “魔法使い狩り” の情報のような、重要性のある用事の時にしか来ない。
カーズ家の向こうには、農園と魔物の棲む森しかなく、魔法使いでもなければ、わざわざそんな危険な森へ行く者などいないため、農園を通り抜ける者もいない。
つまり、まったくの不意に来訪者があるなど、考えもしないのだ。
2人の美女は、玄関から3歩ほど入った所で立ち止まり、アリルの存在に気付くと軽く会釈した。
「こちらの方かしら?」
歳上の方の女が、その美貌に似合う柔らかな声音で、アリルに尋ねた。
西日に照らされた2つの美しい顔にじっと見られたアリルは、先程までの心地よい眠気が一気に吹き飛んでいた。
この家を訪れる女性は2人しかいない。
今は住み込みで手伝いをしてくれているカーズの妹ミルクと、ミッツの婚約者セシリア。
ミーユも女だが、幼女なのでこの場合アリルの中ではノーカウントになる。
村の女は、こんな辺鄙なところへ来ることなどまず有り得ない。アリルがカーズと結婚してから1度も見たことが無いぐらいには。
2人の美女のシルエットは、豊満なボディラインのミルクにも、長身のセシリアにも似ていないし、村の女たちとも雰囲気が違う。
まだ会ったことはなかったが、アリルは直感したその名を無意識に呟いた。
「ユキ…さん?」
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