第4章【ビビリなのに何故かチート級の力が身に付いてしまって申し訳ありません】7
第7話【おめでたい話(後編)】
魔法使い狩り
それは、レンたちがこの世界に渡って来るほんの数日前に、山向こうの村人から齎された情報だった。
村人の話も詳しいものではなく、「町で魔法使いが襲われたらしい」という噂話程度のものだが、村人の話し振りなどから根拠の薄い話ではなく、何よりもその話をするためだけに一山越えて来た村人の足労を考えると、信憑性は高いと言える。
これまで、魔法使いが狙われるとかそんな話は全く聞いたことがなく、町に住む魔法使いたちも、恐れられたり恨まれたりするどころか、生活に役立つことで重宝がられているぐらいだ。
仮にネガティブな感情を向けられたとしても妬みぐらいか。
もちろん、個人的な人間関係が悪いぐらいはあるかもしれないが、それはあくまでも個人的な話で、魔法使いだからということでは無い。
全員が静まり返る中、再びカーズが口を開いた。
「親父や町の人たちの話だと、世渡り人の血を引く者は何世代にも渡って魔法使いになるそうだ。だから、これから生まれて来る俺たちの子や孫も、魔法使いになる可能性は十分ある」
カーズの話に頷く一同。セシリアも、なんとか理解はできているようだが、レンとミーユは話がわからずキョトンとしている。
「レンとミーユもいるし、アリルを除けばここには魔法使いしかいない。これからお前らが結婚して子供を産めば、もっと増える。そうやってここは魔法使いの村になっていくだろう」
確かに、今は兄弟で住んでいるからそう感じないが、将来的にここはそういう土地になるのは確実だ。
例えば、ミッツがセシリアと結婚すれば、両親共魔法使いで子供も魔法使いなんていうことになる。
「魔法使い狩りの目的はわからないが、もしも、もしもだ。魔法使い狩りをしている者が何かの理由で、この世界の全ての魔法使いを打ち滅ぼすことだとしたら…」
言葉を止めて一同を見渡すカーズ。
突拍子も無い発想だが、その可能性はゼロではないことは、この世界の在り方に関係している。
無表情で聞いていたアークが無表情のまま答える。
「魔法使いを無くすことが目的なら、俺ならその可能性がある者全てを殺す。子供だろうが、赤ん坊だろうが」
黙って頷くカーズと、戸惑った表情のミルクとミッツ。アリルは心配顔で自分の腹を撫でた。
「じゃあ、どうするんだ?魔物の森にでも住むか?あそこなら普通の人間は簡単に入っちゃこれねぇけど」
と、マーサーがテーブルに片肘をついた姿勢で言う。
お調子者のマーサーにはこういう緊迫した空気は苦手なようだ。面倒なことは全部兄任せにしたい三男坊だった。
「マーサー、それは逆だ。魔物の森の方が危ない」
「昨日の虎か?」
「そうじゃない。まぁそれもあるけど、とりあえず聞け」
マーサーの提案を否定したカーズは、説明を始める。
「昨日の虎がいったいなんだったのか、少し考えてみた。虎が出ただけなら偶然もありえると思ったが…」
そこで一旦言葉を切ると、カーズはミーユを…いや、ミーユの膝の上に乗って、テーブルから見え隠れする茶色い耳を指差した。
「ミーユの連れているその仔虎が引っかかった。もしも誰かが、意図的にその仔虎を森の浅いところへ連れて来たのだとしたら、そいつの目的はなんだと思う?」
ミーユから視線を逸らすと、カーズはまた一同を見回した。
言っている言葉がわからないのに、指を差されたミーユは説明を求めるようにレンの顔を覗き上げる。
『たぶん、コジロウのこと話してるんだよ』
適当に答えたレンだが、話している内容もさっぱりわからないのに、ここに居ていいのかと疑問に思っていた。
さっきはアリルの妊娠でみんな盛り上がったのに、カーズが怖い顔で何か話し始めるとみんな急に真剣な顔になり、一瞬で蚊帳の外に放り出された気がした。
そんなレンの思いをよそに、話は続く。
「俺たちを、殺すこと?」
巨体と髭面に似合わない少し怯えた表情で、カーズの問いに答えるミッツ。
「そういうことだ。俺たちがあの辺りによく狩りに行くことを調べたんだろう。魔物の虎の子供を攫ってあの場所へ放置しておく。当然母虎は子供を探しに滅多に来るはずのない森の浅いところへやってくる。かち合った俺たちが仔虎を攫ったと思えば、必ず攻撃してくる」
「それ、けっこうやばいやつじゃん…」
昨日リアルに巨虎の脅威を体験したばかりということもあり、お調子者のマーサーにも危機感が伝わり始めたようだ。
だがアークは表情を変えない。
「頭はヤバイかもな。ただ戦闘力は大したことないだろう。もしあの虎以上の力があるなら、自分で俺たちをやった方が早い」
巨虎に全く歯が立たなかったクセに、まるで自分が巨虎に勝ったような雰囲気で話すアーク。
「そうでもないぞ。あの虎はかなり森の深い所の魔物だ。そんなところに行って帰ってこれるだけの実力と自信はあるってことだ」
「チッ」
「マジか…」
そのアークの推理をカーズが否定すると、アークは舌打ちを一つ打ち、マーサーが絶句する。
「となると、あの虎を倒しちまった以上次の手を仕掛けてくるのは間違いないな。今の所頼れるのが、巨虎を倒したレンだけだというのがもどかしいな…」
そう言ってミッツはレンを見る。
「いや、今はレンがいてくれたことに感謝するべきだ。でなけりゃあの巨虎にみんなやられてた」
と、カーズ。
「まぁ、とりあえず今はコイツを頼るしかないってことっしょ?」
口調は軽いが表情には硬さと緊張が感じられるマーサー。
「フン、すぐに追いついてやる」
強気なのはアーク。やはり既に巨虎を倒せる気でいるのかもしれない。
それぞれの思いでレンに視線を向ける兄弟達。
そんな注目を集めるレンはというと、なんだか怖い顔でみんながこっちを見てくるので萎縮してしまい、そのオドオドした様子を見た一同は深い溜息をついた。
「レン、よろしくね」
眩しい笑顔でフォローするように声をかけるミルクだが、言葉のわからないレンには何が何だかさっぱりでとりあえず誰か説明してくれと心の中で叫んでいた。
ただ、ミルクが両手を膝に挟んだ姿勢で体ごとこっちを向いたので、レンの視線は両腕に挟まれて強調された胸に釘付けになり、また別の意味で緊張してしまったが。
「まぁそんなわけで、防衛のためにも全員でこの家に住むのがいいと思うんだが」
仕切り直すようにカーズが切り出すと、ちょっと待てと言わんばかりにミッツが手を挙げる。
「いや、ここでは森から魔物が出てきた時に対応が遅れる。俺と、アークかマーサーで俺の家にいて、何かあったら知らせられるようにしたほうがいい」
魔法使い狩りの首謀者はわからないが、この土地の特性として、魔物を使って仕掛けてくるのなら森から襲ってくるのは明確だった。
それに対しカーズは森から離れたところにいた方が安全だと主張し、ミッツは前線での防衛と伝令が必要だと意見した。
「なるほど、ミッツの言う事も確かだ。ならばミッツの家を見張り場として、みんなで交代で見るのはどうだ?」
「カーズ兄はここにいなきゃダメよ。身重のアリル義姉さんを心配させないで」
ミッツの意見に更に提案するカーズに、ミルクがダメ出しする。
「そうか、それはしょうがないな」
男と女の価値観の違いがそこにはあったが、カーズは食い下がる事なくすんなり受け入れる。
その事にミルクは少しだけ違和感を感じたが、アリルを大事にしなきゃいけないと言うことが兄もわかってくれたのかと理解した。
わずかだがミッツがほくそ笑んだのには、誰も気付かない。
「まぁ前線になるのは俺の家だ。俺は常駐するから、兄貴のとこでミルクとセシリアは面倒見てくれ。アリル義姉さんの手伝いもいるっ痛っ!!」
言い切る前に隣から強烈な電撃が走り、ミッツの肩を焼く。
「私ミッツと住む!!私ミッツより強い!!ダカラ大丈夫!!」
「いやいや、セシリア落ち着け!!」
いつもなら更にヒートアップする所だが、今日はみんなが見ているせいか表情は怒ったままだがヒステリックに叫ぶのは堪えた様子のセシリア。
「ちゃんと理由もあるんだ」
セシリアがヒートアップする様子がないことを見て、ミッツは言葉を続ける。
「理由?」
「ああ、兄貴のところにはレンとミーユも住むだろ?2人はまだ言葉もわからないし、特にミーユはまだ手のかかる歳だ。お前がこっちにいてくれた方がいい」
レンとミーユがカーズ家に住むことを、一応確認するように兄カーズへ視線を送り、カーズの頷きを肯定と捉えて話すミッツ。
「ミッツ兄、レンは戦える。俺とレンがミッツ兄の家に行く」
しかし、ここで思わぬ横槍を入れてきたアーク。
「そうだな、ここにいるより魔物の森の近くの方がレンも訓練になるんじゃね?」
アークの提案を肯定するマーサー。
アークはわからないが、ニヤついたマーサーの表情はミッツの真意に気付いているようだ。
ミッツはどういうわけかセシリアを自分から遠ざけたがっているように思える。
それに気付いているマーサーは、ミッツの思惑を潰そうとしているのだ。
アークは何を考えてのことかはわからないが。
だが、ミッツも負けてはいない。
「確かにレンは強いが、戦い慣れしていない。前線はまだ無理だ。それにレンを連れて行くならミーユも離れたがらない。だからレンは…」
「ミッツ、私がアナタから離れたくないは、考えないか?」
「え?」
セシリアの一言に、その場が静まり返った。
冷やかし気味にミッツの思惑を阻止しようとしていたマーサーでさえ、言葉を飲み込むほどに。
「レンとミーユ、小さい妹、兄から離れたくない、当たり前。ワタシ、小さい妹じゃない、でも…ミッツ…離れたく…ない……わからないか!?」
セシリアの声は、徐々に涙混じりになり、途切れ途切れになり、消え入りそうなほど小さくなったかと思いきや、最後の一言で爆発するように叫ぶ。
潤んだ瞳で、一筋、二筋と涙が溢れるが、強気の表情を保つセシリアはそれを拭おうとはしない。
そんな顔で見つめられたミッツは、身を引くように仰け反り、兄弟達を見回して周囲の反応を伺う。
静まり返る空気の中、セシリアの鼻をすする音だけが聞こえることしばし。
ミッツは、自分の心臓の鼓動が周りにも聞こえているんじゃないかと思い、なんとか落ち着こうと呼吸を整える。
「ミッツ」
そんな中口を開くのは、兄弟妹のまとめ役の長男カーズだ。
「もう、いいんじゃないか?」
何が…と言いかけて、カーズの視線に言わんとしていることを、狩りと農業だけに生きてきたミッツにも、感じ取れた。
「お前がその子を森で野盗から助けた時から、お前はずっと親代わりのつもりだったかもしれないが、その子はお前をずっと男として見ていたことぐらいわかるだろ?いい加減受け止めてやれ」
「でも…」
現在15歳のセシリアは3年前にミッツに保護された。当時12歳だったセシリアに、22歳のミッツが女を感じろという方が難しかっただろう。
交友関係の少ない環境で生活しているとはいえ、山向こうの村や獲物と生活用品の取引で年に数度行く町の人々との交流もある。
それなりに人を見てきているミッツから見ても、セシリアは器量も良く、熊のような風貌の自分には釣り合わないとずっと思っていたのだ。
ましてや10も歳が離れているし、初めて会った時はまだ子供だった。
ミッツにとってセシリアは、ずっと守り育てるべき幼い娘であり、いつか幸せを手に入れて、自分の元から離れていく存在だと思っていた。
それがセシリアの幸せだと信じていたし、もちろんカーズにも幾度となく話していた。
だがセシリアは違う。12歳の子供だって一人前の女心は持っている。
危険な状況から助け出してくれた男にときめくのは、物語の中だけのことではない。
「もうわかるだろ、セシリアの幸せを願うなら、誰か良い相手を見つけてやるのがお前の役目じゃない。一緒にいてやるのがお前の役目だ」
カーズの言葉を受け、再びセシリアに顔を向けるミッツ。
強気な表情はよく見ればどこか不安げで、まるで祈るようにミッツを見詰める。
たった3年だというのに、いつのまにか娘は大人になっていたようだ。
来年には16歳になって成人になる。結婚もできる歳だ。
そうか。
俺を選んだか。
ミッツはセシリアをじっと見つめ返した。
ミッツとて嫌いでセシリアを遠ざけているわけじゃない。
むしろ、3年間大切に守ってきた。
情という意味で言えば、兄弟妹よりも深くかけている。
結果…
「じゃ、結婚するか」
「そんなアッサリ!?」
兄弟妹一同息ぴったりにハモったツッコミにびっくりするミーユ。
レンとミーユにしてみれば、なんだかわちゃわちゃしていたかと思えばセシリアが泣き出し、ミッツが困惑してたのに妙に落ち着いた顔で何かを言ったら、ネタ合わせをしたコントのような兄弟妹のハーモニーがあって、そして
一粒ずつ落ちていたセシリアの涙が、滝のように流れ出した。
声を上げて泣き出したセシリアの頭をミッツが恐る恐る撫でると、後ろからアリルに小突かれた。
「こんな時、男ならどうするの?ねぇ、カーズ」
アリルの言葉に苦笑いするということは、カーズもこんなときに気が利かなかったのだろう。
困惑するミッツの服の裾をセシリアが掴み、少し強めに引っ張る。抵抗を手放したミッツの体が前のめりになるようにセシリアに近づく。
その近づいたミッツの胸に、セシリアが頭をコツンと押し付けた。
そこまで来れば熊男ミッツでも流石にわかったようで、助けた時に慰めて以来、3年ぶりにその細い体をそっと、優しく抱きしめた。
気がつくとミルクは泣いていた。
ずっとセシリアに相談されていた──どちらかというと愚痴を聞いていた感じだったが──ミルクには、セシリアの気持ちが痛いほどわかるのだろう。
誰からともなく拍手が送られ、おめでとうと祝福され
レンとミーユはやはりよくわからないまま事の成り行きを眺めていた。
そんなこんなで
アリルの妊娠と、セシリアが16歳になったら結婚するということで、ミッツとセシリアの婚約が成立し、めでたい話題に沸く兄弟達は、幸せな夜を過ごした。
魔法使い狩りの危険は、この時ばかりは忘れることにした。
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