第4章【ビビリなのに何故かチート級の力が身に付いてしまって申し訳ありません】6
第6話【おめでたい話(前編)】
太陽は西の空に沈み、空が茜から濃紺色に染まり行く頃、広大な農地の真ん中を走る幌のない荷馬車があった。
巨大な一頭の馬に引かせた荷馬車は、夜の帳に包まれ始めた東に向かって走っていて、その荷台にはミッツ、ミルク、レン、ミーユ、アーク、そしてセシリアが乗っている。
ミーユの膝には仔虎のコジロウが抱きかかえられていた。
一頭引きの馬車は普通2人が限界だが、魔物であるこの巨馬ならば、この人数で乗っても難無く引いて走る。
ミッツの家から農場の反対側にあるカーズの家まで、荷馬車で約30分ほど。
揺れる荷台でそれぞれ思い思いに過ごしているが、なぜかミッツだけ元気がなさそうな様子で項垂れていた。
ミルクとセシリアは、ミーユとその膝に乗った仔虎をネタにキャッキャッと女子トークしており、ミーユも言葉がわからないなりに楽しく弄られている。
レンとアークは、拳3〜4個分ぐらいの石をそれぞれ持ち込み、土魔法で色々と形を変えていた。
遊んでいるのか、魔法を競っているのか、互いに教えあっているのかは分からないが、言葉も通じないのに共通の物があればコミュニケーションが取れているようだ。
そしてミッツは…項垂れたまま時々セシリアの方を見るのだが、セシリアは気付かずミルクと話している。
むしろ、ミルクがミッツの視線に気付いてはセシリアにアイコンタクトで伝えようとするが、セシリアはわざとらしく話を盛り上げてミルクの気遣いを制止する。
ぐ〜っ…と、ミッツの腹が鳴る。
ミルクが心配そうな表情でミッツとセシリアを交互に見るが、セシリアは無視を貫き通す。
ミッツは、大きく溜息を吐いた。
遡ること数時間前
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レン、アーク、ミーユが、魔法のトレーニングで魔力を使い過ぎて、荒地の真ん中で寝ているところを見つけたミッツ。
3人…特にレンとミーユがやったであろう瓦礫の山の1つに手を触れて、純粋な世渡り人である2人のその魔力の大きさを改めて感じた。
魔法を身に付けてから10数年、自分の属性が攻撃性の低い水魔法だからと悲観したことはない。むしろ、魔法を身に付けた当初は自分も魔法を使える事に歓喜していた。
ただ、水魔法は攻撃力とするにはある程度強くなくては難しい。
魔力とコントロール能力が相応にあって初めて、生き物を穿つ攻撃が出来る。
もちろん、相手の顔を水で埋めてしまえば、相手は呼吸が出来なくて窒息死する。それでも、ある程度のコントロール能力が必要だし、至近距離ならともかく離れたところから魔法を放ってもスピードがないと避けられてしまう。
そういうこともあって、ミッツはしばらく狩りに魔法を使わなかった。
弓矢の訓練に重点を置き、父ジョージの言う「倒した魔物の魔力が俺に宿る」理論を信じて狩りに精を出した。
結果的に、兄弟で1番狩りが得意になったのだが、魔力の方は思うように上がらなかった。
それでも10年以上かけて少しずつ強くなっては来たのだ。
そんな矜持が、兄弟それぞれに少なからずある。
正直、森での狩りで幼いミーユが、同じ水属性で自身の魔法の威力をアッサリ上回ったのは悔しかった。
だが、アークやミルクと違い、大人な対応をしてしまう自分は、2人と比べて悔しさをバネに強くなろうと、その時は考えなかった。
もちろん、努力はするつもりだったが、さっきの取り乱したミルクと、レン相手にろくに言葉も通じないのに魔法のトレーニングをしていたアークを思うと、自分も何かしなくてはという衝動が、ジワジワと体の奥から湧き上がってくる。
体は勝手に動いていた。
巨漢の自分の目線ほどの岩石に向かって、至近距離からのウォーターピストルを放つ。
一点に集中した破壊力は、岩石の小さな突起を砕くことに成功した。
しかし、これではミーユが一撃で倒した魔物に、傷を負わせるので精一杯だ。
もっと強く…!!
同じ所へより魔力を集中させたウォーターピストルを放つと、今度はミッツの大きな拳がギリギリ入らないぐらいの窪みが出来た。
3度目は違うところを狙って撃った。今度も拳はギリギリ入らなかった。
そんなことを繰り返しているうちに、ミッツもいつの間にか魔力欠乏で意識を失っていた。
気がついた時にはアーク達の姿はなく、慌てて家に帰るとレン、アーク、ミーユが昼食を食べていた。
「お前ら、なんで起こしてくれなかったんだ!!」
「起こしたけどミッツ兄が起きなかったんだよ」
アークにしては珍しい長い説明。
そこへ、昼食を食べ終わってミルクと片付けをしていたセシリアが、怒りの形相でミッツの前に来た。
「遅い!!ご飯ナシ!!」
ミッツは怒られた。
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どれだけ謝っても頑固なセシリアは言ったことを曲げないので、昼食は食べさせてもらえないわ、怒ったセシリアには口も聞いてもらえないわで、ミッツは腹ペコとメンタルの凹みで項垂れているのだ。
ミッツが帰って来るまで散々愚痴を聞かされていたミルクは、兄のフォローをしてやる事も出来なかった。
「カーズ兄の家に行ったら、アリル義姉さんが夕食用意してくれてるだろ」
ミッツの深い溜息に、アークが反応して声をかける。
思わぬところからの援護射撃に顔を上げるミッツだが、アークの顔はミッツを気遣っていると言うよりはどこか苛立って見えた。
元々表情の変化に乏しい末弟だが、共に育った兄弟にはよくわかる。
いつまでもウジウジしてんじゃねぇ
とでも言いたいのだろう。
アークのその視線を受けて、ミッツは少しだけ背筋を伸ばした。
『ねぇ、れんにいちゃん!!この子に名前付けたい!!』
ミーユが仔虎を両手で持ち上げて、レンに名付けの提案をする。
どうやら、セシリアとミルクに仔虎の名前を聞かれたようで、名付けすることに至ったらしい。
『いいね、どんな名前にする?』
『コタロウがいい!!』
元気よく即答するミーユ。あらかじめ考えていたようだ。
なるほど、虎だから “虎太郎” か。納得しかけたレンだが、ふと気付く。
虎ではなく猫だと思い込んでいるミーユが、仔猫に虎太郎と名付けるとはどういうことなのだろう?
確かに虎模様ははっきりしているし、虎の仔だと言われればなるほどと思う風貌はしているが、ミーユの虎のイメージは、昨日森で見たあのバカでかい魔物の巨虎だ。
そのせいで、この小さな仔猫のような生き物が虎の子供だと理解していない。
それに、ミーユはまだ入学式を済ませたばかりで小学校にも通っていない。漢字で名前をイメージすることは有り得ない。
『なんでコタロウなの?』
そこまで考えてレンはミーユに聞き返す。
『おうちで飼ってるワンコがコタロウだから!!』
『そっかぁ……ん?』
またしても即答するミーユに、ああ、なるほどと納得しかけ、公団て犬飼ってよかったっけ?という疑問が同時に浮かんだが、異世界にいる今、向こうの世界の集合住宅事情を考慮してもしょうがないので、とりあえず納得した。
なるほど、元々飼っていたペットの名前だったようだ。
子供というのは、自分がイメージしたものが共通する全てに当て嵌まると信じている。
物心つく前から飼っていたペットが亡くなり、2代目がやってくると同じ名前を付けようとする傾向があるのは、その名前にこだわっているのではなく、ペットといえばその名前だと、固定観念に近い認識を持っているためである。
しかし、今のミーユの話から、犬のコタロウはまだ健在のようである。ミーユは元の世界に帰れると思っているので、もしこの仔虎を連れて帰ったら、あっちもコタロウ、こっちもコタロウと、混乱してしまうのではないか?
レンはどうしても気になったのでミーユに聞いてみることにした。
『でも、ミーユがおうちに帰ったら、犬のコタロウと猫(虎)のコタロウと、コタロウが2人になっちゃうよ』
『2人』と表現したのは、幼いミーユに合わせてだろう。
『あ、ホントだ!!どーしよー』
レンに指摘されて、ハッとするミーユ。コタロウで決定だと思っていたのか、ものすごく困った顔になった。
『うーん、じゃあ“コジロウ”はどう?』
単純な捻りだが、レンは代替え案を出してみた。
すると、ミーユの表情はパーっと明るくなる。
『コタロウとにてるね!!』
『うん、太郎がお兄ちゃんで次郎は弟につける名前なんだよ』
自分は長男ていうかひとりっ子なのに蓮 “次郎” だけど…と密かに思うが口には出さないレン。
『へー!!じゃあ、コタロウがおにーちゃんでコジロウがおとーとだね!!ねこちゃん、きょうからきみはコジロウだよ!!』
キラッキラの笑顔でコジロウと名前が決まった仔虎を抱き上げ、名付け宣言するミーユを見て、明らかな男名に、そういえばコジロウがメスだったらどうしよう……と心配するレンだった。
ちなみに、レンの頭の中では虎二郎と表記していた。虎次郎にしなかったのは自分が蓮次郎で被るのがなんとなく嫌だったから。
そんなこんなで馬車に揺られること暫く、一行はカーズの家に着く。
玄関を開けると既にマーサーが来ており、一行を出迎えた。
兄弟妹たちは慣れた様子で家に上がるなり、思い思いの行動をとる。
レンとミーユは今の所のこの世界での住まいなので、適当な場所を見つけて座り込むが、セシリアだけは、あまり来ることがないため、玄関で所在無さげにしていた。
「アリル義姉さん、体は大丈夫なのか?」
昼間のアークやミルクの言い方から気になっていたミッツが、家に入って早々にアリルに尋ねるが、セシリアが玄関で戸惑っている様子に気付いたアークがミッツの足を蹴り、無言で視線で示す。
アークに指摘されてやっと動くミッツに、気を使う相手が違うだろうとでも言いたげなアークは、レンを伴ってリビングテーブルに付く。
レンは何となくアークの隣よりも、角を挟んだ斜め向かいに座る。もちろん、ミーユもレンにくっついて動くので、仔虎のコジロウを膝に乗せてレンの隣に座った。
ミーユの隣、というか反対の斜め向かい、アークの正面になる位置に自然にミルクが来て、ミッツがセシリアをミルクの隣にエスコートし、自分は別の場所に座ろうとするも、既に空いていたところはマーサーが座っており、仕方なくセシリアの隣に座る。
その様子を見てマーサーがしてやったりという顔をした。
「これだけ集まるとさすがに狭いな」
元々5人兄弟妹に両親の7人で住んでいた家の広いリビングも、兄弟全員が成人し、セシリアやレンたちも加わると、手狭に感じてしまう。
それでもなんとか、大きめのリビングテーブルにキッチンの椅子も持ってきて、9人全員が腰掛けたところで、カーズが話し始める。
「みんなに集まってもらったのは、いくつか話したいことがあるからなんだが、まず、1つ報告させてほしいことがある」
前置するカーズに、事情を知っているミルクは笑顔を隠せないでいた。
今朝から散々気になることを言われていたミッツは、ミルクのその笑顔が理解できず、同じく事情を知っているはずのアークに視線を向けるが、アークはミッツの視線に気付いていないのか、話しているカーズの方をじっと見ている。
「アリルが、妊娠した」
真剣な表情で、カーズが告げる。
ウキウキするような笑顔だったミルクは、知っていたというのに「おめでとー!!」と手を叩いて大袈裟に喜びをアピールし、ミッツは、髭もじゃの口をあんぐりと開けて、丸く見開いた目でカーズの方を見たまま固まった。
ミルクやアークの言動から凡その予想が出来ていたセシリアだが、これまでの日常で使ったことのない「妊娠」という単語だからか、ミルクに「カーズ、何て言った?」と尋ね、ミルクの通訳によって理解して「やっぱり!」と一緒に喜んだ。
先に来ていたマーサーもまだ知らされていなかったようで、ミッツと同じように驚いた顔をしている。
レンとミーユは、話の内容がまったくわからないので、それぞれの反応をただ眺めているだけだった。
「アリルのお腹に、赤ちゃんが出来たの」
ミルクが、ゆっくりとした口調でジェスチャーを交えながら説明すると、レンはピンときて、お腹が膨れている様子を手振りで表す。
ミルクがレンのジェスチャーに首肯して、レンも何が起きたのか理解した。
『アリルさんのお腹に、赤ちゃんがいるんだって』
『ママになるの?』
『そうだよ』
『へー、すごいね!!』
まだ何がすごいのかよくわかっていないのだろう。
保育園に通っていた時に、友達のママが下の子を妊娠しているのを見たことがあるぐらいのミーユ。
感動よりも不思議な感じがして、自分もそうやって生まれてきたのだと言われてもピンと来ず、ミーユにとって妊娠は、まだ未知の世界の話のようだ。
「そういう、ことか……」
やっと全てを理解したミッツが、掠れた声で呟いた。
朝のアークの様子、昼のミルクの意味深だけどケロっとした様子が、今ここにようやく繋がった。
一同はひとしきり盛り上がったが、何故か当事者のカーズだけは真剣な顔のままで、隣に座るアリルも、嬉しそうに微笑んではいるが時折微妙な表情を見せていた。
「みんな、喜んでくれて嬉しいが、いいことばかりでもないんだ」
めでたい話に浮かれる一同は、真剣な表情で言うカーズの真剣な声音に、水を差されたように静まり返った。
「どういうことだ?」
尋ねるミッツに強い眼差しを向けると、カーズは全員をぐるりと見回し、またミッツに視線を戻す。
「忘れてないか?魔法使い狩りのこと」
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