第4章【ビビリなのに何故かチート級の力が身に付いてしまって申し訳ありません】4
第4話【ミルクの憂鬱】
差し出されたミッツの腕に、翳したレンの両掌から淡い白光が灯り、ミルク、アークが見守る中、ミッツの腕についた切り傷が徐々に塞がっていく。
やがて、新たに血が滲んでくる様子がなくなると、ミッツが自分の手で血を拭う。
「塞がっている」
レンが本当に治癒魔法を使えるのかどうか、どうしてもミルクが自分の目で見たいと言うので、ミッツは持っていたナイフで自分の腕を浅く切り、それをレンに治療させてみた。
傷を見せ、魔法で治せと言うのがなかなか伝わらなかったが、どうにかこうにかレンに伝わると、そこから先は何の戸惑いもなく、ミッツの腕に手を翳して光魔法を当てた。
その時点でミッツは、レンが治癒魔法を使えると確信した。
出来ないこと、自信がないことには必ず強い戸惑いを見せるレンが、何の躊躇もなく魔法の発動体制に入ったからだ。
こうして、レンが治癒魔法を使えることが検証されたのだが
納得できない表情を見せたのが、先日までこの世界で唯一の “現役光魔法使い” かもしれないと思っていたミルクである。
世界を旅した3属性持ちの魔法使い、世渡り人の父ジョージから、光魔法使いは非常に希少な属性であり、ジョージが見聞した中でも過去に1人いただけで、現存する光魔法使いはミルクしか知らないと聞かされていた。
なので、ミルクは光魔法を誰に教わることもなく、自分1人で開拓してきた矜持があった。
光魔法に治療の効果があることも最初から知っていたわけではなく、暗いところで作業をしていて怪我をしたミッツの手当てをするために、光魔法で照らしたところ、痛みが引いた気がするとミッツが言ったことで偶然発見できたのだ。
その後も、より効率よく治療する方法などを自分なりに考え、魔法を深めてきた。
だが、レンは…突然現れた何の取り柄もなさそうなボーッとした自分よりも2つ年下の少年は、今の自分と同レベルのことを難なくやって見せたのだ。
これが悔しいという以外どう反応すれば良いのか。
眉間に皺を寄せ、口の端まできつく結んだミルクは、泣きそうな顔になり、その場から逃げるように走り去ってしまった。
『え?』
そして、その原因となったレンは、ミルクの突然の行動に何が起きたか分からず、呆っとその走り去って行く後ろ姿を眺めるだけだった。
「俺が行こう」
アークが何か言いたげにミッツと目を合わせると、ミッツがそう言って立ち上がり、ミルクの走り去った方へと小走りで駆けて行った。
ミッツが駆けて行くのも呆っと見送り、アークに視線を移すレン。
『僕、何か悪いことした?』
アークの目を見てそう言ってみるが、ニホンゴの解らないアークはプイッと視線を逸らすだけだった。
レンの言った言葉は解らないが、アークにとってはレンが何を言おうとも、ミルクの傷付いたプライドは簡単に治らないんだと言いたかった。
同じように、目の前で完全なレベル違いの魔法を見せられて、プライドがズタボロにされたばかりのアークには、今のミルクの気持ちはよくわかる。
だからこそ、逆にそれほどミルクのことは心配していなかった。
悔しかったら強くなればいいだけだ。
プライドを崩されたアークも、持ち前の負けん気で今は持ち直し、魔法の修行に励むことに悔しさのエネルギーをぶつけてネガティヴを吹き飛ばしていた。
レンの視線を振り切ったアークは「フンッ」と鼻息を1つ鳴らすと、傍に置いてあった石刀──アークがレンの石刀を見よう見まねで作った物──を手に、荒地の方へと行ってしまった。
言葉が無くとも妙に理解し合っていたと思えたアークだが、いつもの無表情で1人で行ってしまったので、なんだか取り残された感で寂しくなってしまったレン。
ミルクが泣きそうな顔で走り去り、ミッツが困り顔でそれを追い、今またアークも1人で行ってしまったので、レンは
『僕、何かわるいことしたかな?』
再びそう、ポツリと呟いた。
「ミルクは来てないか?」
自宅の玄関から顔を覗かせ、中にいるセシリアに呼びかけるミッツ。
いつもならすぐその辺りにセシリアがいて、「ドウシタァ?」とカタコトの言葉を喋りながら出てくるのだが。
「いないのか?」
ミッツがセシリアの不在を思うほどの静寂が過ぎた後、バタバタっと物音がして奥の部屋から慌てるようにセシリアが出て来た。
「何してた!?遅い!!」
いつものように出迎えてくれると思っていたセシリアが、何故か怒っている。
考えを巡らせ「すぐ戻る」と告げて家を出たことを思い出す。
「ああ、すまん。レンとアークが」
「言い訳するな!!すぐ戻ると言ったのミッツよ!!何してた!!」
何してたと言われても、レンとアークが魔法の訓練というか勝負というかしているのを見ていただけなのだが。
それをそのまま伝えようと、またミッツは口を開く。
「あ、だからレンとアークが」
「言い訳するな!!」
「ちょ、まだ何も言ってな」
「言い訳するなー!!」
「ちょっ、何だよ!?」
セシリア、いろいろあってご立腹のようである。
一緒に暮らして3年になるが、未だにセシリアの怒るポイントが理解できないミッツだった。
狩人のミッツには、女心を理解するのは少々難しい。
何とかセシリアをなだめ、ミルクは家には立ち寄っていないとわかり、ミッツは次の心当たりの場所へ向かった。
「食事、時間に帰らなかったら、無しダ!!ワカッタか!?」
「ああ、わかったわかった。昼には帰る」
落ち着きはしたが、怒りの収まらないセシリアの怒声を浴びながら。
ミッツは玄関を出ると、納屋の方へ向かう。
納屋の裏手には、あの巨馬用の荷車が置いてある。
「ここに居たか」
その荷車の荷台で、膝を抱えて座る妹を見つけた。
「ミルク、そう拗ねるな」
ミルクは、ミッツが来たことに気付いているはずだが、返事どころか顔を上げようともしない。
少し苦笑いし、頭をボリボリ掻き、さてどうしようかと無意味に辺りを見渡したりして考えを巡らせる。
だが、考えを巡らせてみても、辿り着く答えはいつも一緒だ。
5人兄弟妹の2番目のミッツにしてみれば、末の妹は母の胎にいる頃から記憶にある。
幼い頃からなんでも知っている兄弟妹だからこそ、こうなったミルクがしばらく動かないことも、そしてしばらくするとケロッとしていることも知っている。
結局ミッツは、ミルクが勝手に立ち直って来るまで側で待つことにした。
いつものことだ。
妹の姿に髭面を綻ばせ優しそうな笑みを見せると、慣れた様子で荷台に登りミルクの隣に座った。
荷台からは、父ジョージが開拓した広大な農地が見渡せる。
あまりに広大すぎて、1番遠くのカーズの家など霞んでよく見えない。
「覚えてるか?5年前、親父が死んで兄弟妹で土地を分けたはいいが、それぞれ1人じゃ上手くやれずに、しばらく兄貴のところで生活してたよな」
ミッツは、なんの前触れもなく昔話をポツリポツリと語りはじめた。
こんな時は、少し違う話題を話すといいのは、この5年兄弟妹だけで暮らして来た知恵でもあり、それ以前に自然に父から学んでいたことでもあった。
父、ジョージは、誰かが拗ねたり落ち込んだりしていると、必ず寄り添って、自分が昔した失敗談や同じ境遇、心境になった時のことを語ってくれた。
そして決まって
「父さんだってそんなことがあったんだ。だから気にするな!!」
というようなことを言ってくれた。
そうやって人を育てるのだと、体験として教えてくれた父だった。
だからミッツも、ミルクやアークに寄り添って語ることを時々してきた。
「俺たちは、なんとか自分の割り当ての農地を1人でこなせるようになるのにそう時間はかからなかったけど、お前だけはなかなか上手くいかなくて、こうしてよくうずくまって泣いてたな」
遠い目をして懐かしそうな顔をするミッツの目には、その頃の様子が浮かんでいるのだろうか。
「俺たちが手を貸しても、何故かお前の畑だけ作物が成らなかったり、出来ても小さかったり、その度に泣いてたな」
ズズッ…と、まるでミッツの話に返事をするように鼻をすするミルク。
なんとなく、聞いてはいるっぽいその様子に安堵し、ミッツは続ける。
「ま、それもそのはずだったんだよな。そもそも、ミルクが譲り受けたのは、1番痩せた農業に向かないこの土地だったんだから」
かつて、父ジョージの土地を兄弟妹で分ける際、ある理由によりミルクを除く4兄弟の決闘に発展するほどに揉めた過去があった。
結果的には、その喧嘩の理由もなくなってしまい適当に分けたのだが、その際にこの外れにある痩せた土地は、いつか嫁に行って出て行ってしまうミルクの割り当てにしようということになったのだが、まだ成人にも至らない女子が、1人で農業を成り立たせて行くこと自体至難だった上に作物が育ちにくい土地だったのだ。
当時ミルクは14歳。レンが元いた世界では、中学生と呼ばれる時期だ。
16歳で成人扱いされるこの世界でさえまだ未成年の、今のレンより3〜4歳も若い歳で、その苦労と遣る瀬無さは相当なものだったろう。
そんな当然のことに、なぜか兄たちはしばらく気付かず、後になって気づいた時には一周回ってミルクはとても逞しくなっていた。
結局ミッツが、自分は狩りに魔物の森へ行くことが多いから、魔物の森に近い今のミルクの痩せた土地と入れ替えてもいいと申し出たのだ。
元々ミッツとミルクの土地は隣同士だったのもあり、2人は半ば共同で暮らすようになった。
また、同時期にミッツがセシリアを保護し、ミルクがいてくれたらセシリアの面倒も見やすいとミッツが言ったのも、ミルクの決断を後押ししたのは間違いない。
「……怖いの…」
そんなミッツが語る昔話がひと段落して、風の吹く音とどこかで聞こえる岩石を砕くような破砕音だけが響く中、ミルクは顔を俯けたまま小さく呟いた。
「怖い?」
一呼吸間を置き、いくつか返事を考えてその中から鸚鵡返しに答えることを選んだミッツ。
「 “悔しい”…も…ある……けど」
まだ泣き止むことができず、途切れ途切れに鼻をすすりながら話すミルク。
浮かんだ言葉にまた改めて感情が込み上げ、その度にしゃくり上げて涙と鼻水が溢れる。
「……レン、が…ううっ…レンが…」
「レンが、怖いのか?」
確かに、巨大な虎の魔物を一刀の元に斬り倒してしまうレンは、その性格が狂えばとても恐ろしい存在になるだろう。
しかし、ミルクは首を横に振る。
「怖い」と言うのに「レンが怖い」訳ではない。
ミルクの言いたいことが急にわからなくなったミッツは、次の答えを待つ。
またしばらく2人とも黙って居る時間が続き、ミルクが鼻をすする音と時折小さく嗚咽を漏らす声、そして岩石をぶつけて砕くような音がどこからか聞こえる。
次第に鼻をすする間隔が長くなり、嗚咽も収まってきたが、まだ俯いたままのミルクは、話すことができないというよりは、言葉を選んで考えているようだった。
しばしの静寂の後、ミルクはボソッと呟く。
「レンが…治療、できちゃったら…私……私……」
その先の言葉を想像するだけでミルクはまた涙が溢れ、嗚咽が始まる。
相当辛い言葉を絞り出そうとしているのはミッツにも伝わるが、同時にミッツはその答えをもう用意していた。
昔もこんなことがあったと思い出したのだ。
あれは、ミルクが光魔法の属性持ちだとわかった時だ。
兄たちは皆、戦闘に応用できる属性なのに、自分はただ光を照らすことしか出来ない能力なのかと泣き出したのだ。
その頃にはカーズはジョージに付いて狩りに行くようになっており、ミッツら下の兄たちも相応の年頃になったら兄に続くのだと息巻いていた。
だが自分は、いくら希少属性と言っても戦闘向きでない能力なら、兄たちと狩りに行くことが出来ないと、自分は必要のない子なのだと、今のように座り込んで泣いてしまった。
その時も、納屋の隅っこに座って泣いていたのをミッツは思い出した。
当時は父ジョージがなだめていたが、今はその役目を自分がしていることに、感慨深さを感じるミッツ。
──心配するな──
ミルクが声を出そうとして苦しそうにする度に、それを心の中で言う。
20年近くずっと見てきた妹だ。最近では兄弟妹の中で1番一緒にいる時間が長い。
過去のそう言った経験もあり、朴訥に見えて意外と人の心に寄り添える男なのだ。見た目は熊だけど。
「…私…」
ようやくミルクが声を出す。
「……私、また要らない子に……なっ…ちゃう……ううっ」
そこまでなんとか声を絞り出して言い切ると、また深く顔を伏せて、声を上げて泣き出す。
「心配するな。俺たちは5人で兄弟妹だ。誰か1人欠けるなんて絶対にない」
そう言って、ミッツはミルクの頭を少し乱暴に、けど優しさのしっかり篭った大きな手でクシャクシャと撫でた。
ビュッ!!と風切り音を鳴らして、石刀が空気を切り裂く。
レンが剣術的な技で巨虎を倒したことがわかったので、真似して石刀を振るアークだが、どうやらレンとの土魔法勝負で魔力が足りなくなってきて、魔法の練習ができなくなったので剣の練習に切り替えたようだ。
そんなアークが気になるレン──全く基本ができていない見よう見まねのアークの “棒振り” が、物心着く頃から殺人剣を叩き込まれていたレンには気になってしょうがない──だが、こっちはこっちで気にしなくてはいけないことがあって目が離せなかった。
どうやって登ったのか、三階建ての屋根ほど高いところで、ミーユが降りられなくなって困っていた。
しかもそれが氷の塔──ミーユ曰く氷のお城──なので、ハイテンションの時は『すこ〜しもさむくないわぁ〜』と歌っていたミーユも、今は寒そうにガタガタ震えている。
可哀想に、巻き込まれた仔虎もミーユの横で縮こまっていた。
ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。




