第4章【ビビリなのに何故かチート級の力が身に付いてしまって申し訳ありません】2
第2話【検証①】
「ああ、もう!!そういうことは俺がやるから!!」
「ウルサイ、黙れ、座ってろ。台所は女の城、入ってくるな」
台所で洗い物をするセシリアに、しつこく手を出そうとする髭面巨漢の熊男ミッツ。
さっきもレンの食事を運ぶ際、雷撃の魔法でキッチンから追い出されたのに、また同じことを繰り返しているようだ。
セシリアは自身の倍ほどの体格のミッツを足蹴に追い出そうとしながらも、洗い物の手を滞らせることなく、きちんと仕事をこなしていた。
えらい。
「そうだぞ、ミッツ。いつまでも子供扱いするな。セシリアももう一人前の女だぞ」
リビングと向かい合わせのカウンターキッチンで喚き合う美女と野獣を、微笑ましく眺めながら茶化すのは、熊男ミッツの兄、細面のカーズ。
今は亡き父が開拓した広大な農園を、5兄弟妹で分割してそれぞれに生活している彼らだが、今日は久しぶりに全員で狩に行き、思わぬアクシデントにあったことから、狩場である “魔物の森” に最も近いミッツの家に集まっていた。
ただ、四男アークと末っ子長女のミルクだけは、長男カーズの妻アリルに事の顛末を説明するためにカーズの家へ行っている。
最初、ミルクは執拗にカーズに一度家に帰るように言い続けたが、責任感が強く、自他共に認める兄弟妹のまとめ役だということもあり、まだ収まらない現場に残った。
「まったく、ミッツ兄は何にもわかってないんだから」
お調子者の弟マーサーも、ニヤニヤ笑いながら2人の様子を見ている。
兄と弟に茶化されて、当のミッツは
「適当でいいからな」
と、妥協するように言い残し、カーズとマーサーが待つテーブルへと着いた。
「食事の片付けなど、自分たちの分だけやってくれればいいのに、余計なことまで…」
と、まだブツブツ言っているが。
「ミルクがあのぐらいの頃だって、いろいろやってくれてたじゃないか。…お前が嫁にもらう気がないなら尚更家事はしっかりやらせろよ」
「嫁にもらう気がないなら」の辺りで声をひそめるカーズを、セシリアは鋭く睨んだ。ヒソヒソ話していてもわかってしまうのが女の直感である。
「家事は時々ミルクやアリル義姉さんに習っているから十分だろう。ただ俺は余分なことまでやらなくていいと」
「ミッツ兄、そろそろ諦めなよ」
ミッツの言葉を遮るように、普段お調子者のマーサーが、少し真面目な口調で口を挟む。
「何をだ?」
「拾って育てたんだから、最後までちゃんと面倒見なってこと」
「お前!!セシリアを犬猫のように言うな!!」
マーサーの言葉に思わず怒声をあげるミッツ。お調子者の口から出た言葉ということもあってか、余計に気に障ったようだ。
だが、対してマーサーは調子を変えずに言い返す。
「犬や猫ならまだ放っておいたっていいさ。相手は感情のある人間だぜ?」
マーサーの返し文句にまだ何か言いたそうに身を乗り出すミッツだが
「猫といえば、結局連れて来ちまったあの仔虎はどうする?」
このままだとまた喧嘩に発展するので、遮るようにカーズが別の話題を放り込む。
「 どうするもこうするも、連れて来るって判断したのはカーズ兄だろ。どうするんだ?」
マーサーもカーズの意を理解したのか、その話に乗るように答える。
今日の狩りで起きた思わぬアクシデント、その最大の事件が、巨虎の襲撃だった。
魔物の森は、奥に行くほど強力な魔物がいると言われている。逆に言えば森の浅いところ、少なくとも日帰りできる程度の辺りには、狩りに慣れたカーズら兄弟妹にとって特に脅威となる魔物はいないはずなのだ。
なので、まだこの世界に来て間もないレンとミーユの2人を、「魔法が使えてある程度の自衛の力がある」という理由だけで、狩りへの同行を許可した。
しかし、なぜかそこには森を何日も奥へ進まないと遭遇しないはずの、平屋の一軒家並みに巨大な大型の虎の魔物が現れたのだ。
しかも魔法まで使うという、彼ら兄弟妹でも聞いたことのない激レアな魔物だった。
何故そんな魔物が森の浅い所にいたのか。
そこには、巨虎の子と見られる、仔猫のような仔虎がいたのだ。
他の魔物に攫われたか原因はわからないが、仔虎は森の浅い場所で迷子になっていたようだった。
我が子を連れ戻しに来た巨虎に遭遇してしまったカーズらは、必死に抵抗したが全く歯が立たず、全魔力を解放したレンの一撃でなんとか倒すことができたのだ。
そして、そこに取り残された仔虎は──
「ミルクがあれだけ言うからなぁ」
末っ子長女のミルクが、必死に仔虎を守り続けたミーユのためと懇願したことにより、連れて帰って来ることになったのだ。
ミルクが言うには、ミーユは仔虎と巨虎が親子だと信じられなかったのではないかということだ。
「ったく、兄貴は本当にミルクに弱いな」
「ある程度育ったら森に返せばいい、仔虎はな」
話題がそらされ、挙げた拳の行き場を失ったミッツは、まだちょっと怒ったような、ぶっきらぼうな言い方をする。対してカーズは「ちゃんと考えてるさ」と言いたげな感じで、敢えてサラリと返す。が、
「どういうこと?」
「仔虎はな」と、カーズが意味深に付け加えた一言に、マーサーが疑問を感じる。
「ミーユだろ、仔虎に異常に構っている」
答えたのは、カーズではなくミッツ。
狩りに行く前、楽観していた他の兄弟と違ってミッツだけは2人を連れて行くことに危険だと訴えていた。
実際には、浅部の魔物程度なら2人ともものともしない様子で、誰も歯が立たなかった巨虎を仕留めたのもレンだったが、それは結果論であり、やはり未熟な者を狩りに連れて行くことに同意をできなかった辺り、ミッツは用心を怠らない性格だと言える。
つまり、今回仔虎を連れて帰った件に関しても納得しておらず、ミッツは帰りの道中もずっとブツブツ文句を言っていたのだ。
「親父も言ってたけど、世渡り人には動物を愛玩用として世話する習慣があるようだな」
ミッツの醸し出す重い空気を変えようと、軽い口調でカーズが言う。
「町にもそういう風習があるという。生活に余裕があると、そういうムダなことをしたがるんだろう」
カーズの軽い口調に、敢えてミッツも調子を合わせ、カーズの話を補足するように、知っている知識を話す。
「愛玩用ってなんだ?動物を玩具にするってことか?」
と、マーサー。
狩猟を生業とする彼らに、動物と遊び目的で戯れるために飼育すると言う概念はない。
マーサーがそのことに疑問を持つのも当然である。
「まぁ、そんなような意味だろ」
カーズももちろん、愛玩用の動物を見たことも飼っている人物も直接は知らない。
曖昧な返事にマーサーも「ふーん」とだけ返して、直ぐにそのことへの興味が薄れていく。
「とにかく、あれだけミーユが仔虎に懐いている。時期が来たところで森に返すには、ミーユを納得させなきゃ無理だぞ」
要約すると、仔虎を連れて帰ることを許可したカーズに対し「責任取れよ」と取れることを、半睨みの表情でミッツは言う。
カーズはそんなミッツの視線から逃れるように身を逸らし、ひとつ鼻息を吹いて出す。
「まぁ、それはなんとかするさ。それよりレンだ」
腕組みをし、仔虎の話題から逃れるようにレンの名を出す。仔虎の話題を振ったのはカーズ自身なのだが。
「なんとかできるんだろうな」
そして、話題から逃がさないとばかりにミッツが引き戻す。
「ああ、なんとかする。それより、レンのあの規格外すぎる魔力だ」
カーズはミッツに適当な相槌で返し、レンに話題を移す。
「どう扱うかだな。アイツが暴れ出したら俺たちでは止められねーぞ」
マーサーが乗ってくれた。
「暴れ出すようなやつだとは思わんが?」
カーズに対し前のめりで威嚇するように話をしていたミッツは、マーサーの言葉に返しながら、気を取り直すように腕組みをして背もたれに身体を預ける。木製の椅子がミシッと音を立てた。
「アークがかなり気にしてたな」
そんな末弟の様子をニヤリと笑みを浮かべて語るカーズ。
「同じ土魔法使いとしてプライドを滅多打ちにされた気分だったんだろう。末弟のクセにプライドが高いからな」
と、ミッツも言う。
「レンが虎の首を刎ねたのも、土魔法なんだろうか?」
話題が完全にレンに移ったと見て安心したように、カーズは癖のようによくする、肘をついて両手の指を組むポーズをとりながら、レンが巨虎を倒した時に見せた “黒い閃光” の様な魔法について話す。
「だろうな。最後に虎を潰したのが、巨大な石の塊だった。あんなものをどうやったら振り回せるのか」
虎が絶命したことを確認するために、ミッツとカーズはその遺体を検証していた。
その時、最後に虎を潰したものを見たが、確かに石柱だった。
だが、家の柱よりもはるかに大きな石柱を、魔法で動かしていたとはいえ、あんなに素早く切り返すことができるものなのか。
カーズたちとレンは、虎を挟んで互いに見えない位置にいた。なので、最初にレンが放った黒閃が何なのか、全くわからなかった。
その黒閃が、虎の首を刎ねただけならば、魔力で岩石を瞬間的に変形させた勢いで説明がつく。
レンはその黒閃を、逆袈裟に切り上げた後、虎の真上へ跳ね上げて見せたのだ。
どれだけ怪力でも、人間の膂力でどうこうできるものではない。
そしてそこから、自由落下よりもはるかに早く、まるで落雷の如く垂直にその石の塊を落としている。
確かに、土魔法で石飛礫を飛ばすことができる。ある程度なら魔力を使って自在に操れることは間違いない。
しかし、規模が違いすぎる。
「そこは、また今後検証するとしてだ…」
ミッツは真剣な面持ちになり、再び木椅子をミシリと鳴らす。
「噂の “魔法使い狩り” の真相を、早く掴まないとな。どんな奴らが何を目的にやっているかはわからんが、魔法使い狩りの連中の狙いがより強力な魔法使いならば、間違いなくレンもミーユも狙われる」
ミッツの言葉に、カーズもマーサーも真剣な面持ちになる。
いつの間にかセシリアが洗い物を終わらせ、湯気の立つ飲み物を人数分持ってリビングに入ってきた。
「ああ、すまんな」
ミッツが言うと
「アリガトでしょ」
と、セシリアが訂正する。
一同は苦笑し、また答えの出ない今日の出来事の話題を繰り返す。
夜は更けて行く。
カーズ達がそうして夜を過ごしている頃。
昼間でも不気味な雰囲気を漂わせる魔物の森は、夜になると月明かりも届かぬ暗闇の森となる。
夜行性の魔物が餌を求めて徘徊し、多少夜目が利いたところで、並の人間はもちろんカーズ達魔法使いでさえ、踏み込むことすら自殺行為と言える世界。
そんな森の中、一部だけ樹々がごっそりと切り倒され、月光の照らす場所があった。
ポツンと拓けたそこは、昼間、カーズ達が魔物の大群と戦い、レンが巨虎を倒す際に勢いで森の樹々を斬り倒した場所。
頭部を失い10数メートルの石柱に身体を押し潰された、巨虎の死体がそのまま放置されている。
月光に照らされたその死体の側に、幽鬼のごとく佇む人影がひとつ。
「石柱で押さえておいて、首を一撃で切断した…か」
死体の様子と首の切断面を見て、人影が呟く。
その声音は、優しく響く低音ボイスといったところか。極端に低いわけではないが、美形の男性にこの声で耳元で囁かれたら、10人のうち幾人の女性が頬を紅潮させるだろう、と思わせるような色気のある声。
足首まである長いローブの様な羽織りと、その下から覗くゆったりした作りのズボン。頭には丸い玉を乗せたような大きな帽子。その全てが白一色で統一され、まるで月光を照り返す様に淡く光っていた。
人影は、そのまま切断面を観察する。
「下から上?」
切断面を観察していた人影が、再び呟く。
石柱で押さえ込んで首を落としたのなら、切断面は上から下へ切り落とした様になるはずだ。
だが、巻き込まれた毛並みや骨の割れ具合から、巨虎の首は明らかに下から上へと斬り上げられていた。
人影は周辺も慎重に観察を始めた。
すると、巨虎の首無し死体から噴出した血と臓腑が飛び散ったあたりの違和感に気づいた。
「中央の地面が血痕すらないのは、何かで遮ったか….それより、首から臓物まで飛び出しているということは、首を切り落としてから石柱で押さえたというのか?」
不可解だった。首を切断したのなら、それだけで大半の生物は絶命する。
平屋の一軒家ほどの巨体を持ち、強固な石壁を破壊するほどの強力な虎の魔物でも、それは同じことだ。
もっとも、広い世界にはそうでない魔物も存在するかもしれないが。
「ま、それは今はどうでもいいか」
そう、殺害した後になぜ石柱で抑え込む必要があったのか。そのことは今は重要ではない。
人影は、巨虎の首の切断面の正面に立った。
「この大きさを、たかが人間がどう斬ったか」
巨虎の首の切断面は、一般の成人男性が両手を広げた幅より大きい。
こんな巨大な刃物は存在しないだろうし、あったとしてもそれを振り回せる人間が居るとはちょっと考えにくい。十中八九魔法で切断したのだろうが、そのレベルの魔法を使うとなると──
「漸く現れたか……」
人影は、そう呟くと闇の中へと消えて行った。
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