第6章【捕まってるのに危機感なくて申し訳ございません】7
第7話【妖人族の村の戦い】
“魔王軍”により、湖へと叩き落とされた妖人族達は、呼吸もままならない状況に次々と意識を失い、釣り上げられた魚のように、湖岸に横たわっていた。
数の上では妖人族の方が圧倒的に多いのだが、妖人族の倍の魔力を持ち、鱗に守られ、何よりもこの集団が、竜人族の中でも特出した過激な者達であったことで、僅か10名余りの竜人族に、1,000人近い妖人族の村人達は逃げ惑うこととなった。
逃げ遅れた者達は、竜人族の操る水の龍に喰われ、湖に叩き落とされる。
風を纏い空へと逃げた者達も、1人の竜人族による奇怪な攻撃に、何人も撃ち落とされた。
レクテスの村は、捕えたはずの“魔王軍”に侵攻されることとなった。
ジャネット達、そしてその後からやって来たジャメインとエルドラも参戦したことで、湖畔の戦いを彼達に任せて、ローレンスは飛んで逃げる妖人族を追って、魔力爆発で巨樹の頂へと飛んで登っていた。
「テメェら殺すんじゃねーぞ!!生捕りじゃねーと意味ねーからな!!」
先日の、空へ逃げる妖人族との戦いでの経験値を活かし、最初から鱗製の銃を二丁用意し、飛んで逃げようとする妖人族を片っ端から撃ち落としていた。
生身の妖人族の防御力は、竜人族や先の騎士風の妖人族と比べると格段に低いため、鱗製の弾丸ではなく石を使うことによって、コスパを下げる。
鱗は数に限りがあり過ぎるのだ。
「殺すな」と自分で言っているが、最も致命傷を与えているのもローレンスで、何人か即死もさせている。
とは言え、「殺すな」という言葉が、ローレンスの言動に疑問を持っていた新メンバーたちの信頼感に、少なからず繋がっているため、あながち無意味ではない。
ローレンスの銃弾を受け、落下したり動きの鈍った妖人族を、“魔王軍”の者達が捕らえて湖に沈めたり、動けなくなる程度の怪我を負わせて、適当な家に放り込む。
家の中には、ジャッキーと“魔王様”がおり、逃げようとすると直様ぶん殴られるため、捕らえられた妖人族は皆、恐怖と怪我の痛みに震えて縮こまっているしかなかった。
「クソッ!!ハエみたいに飛んで逃げやがって!!……ん?」
銃弾も魔力塊も届かない、高所まで飛んで逃げる妖人族の背を睨み付け、歯噛みするローレンスは、遠方へと逃げていく妖人族の向こう、霞に消えかけた巨樹の森の向こうに、動く影を見つけた……気がした。
「何だ、あれ?」
……ァァア……
そして、おそらく妖人族のものと思われる叫び声が、遠く木霊する。
何かがいる。
しかも、竜人族に劣るとは言え、魔人種である妖人族に、あんな叫び声をあげさせるような。
魔力を探ってみると、竜人族に匹敵する程の魔力を、複数感じた。
「……異形種か」
サイズと魔力から、そう断定するローレンス。
まあ、妖人族の村の巨樹から頭を覗かせるような生物など、異形種しかいないのだが。
しかし何故、異形種がこんな所に?
しかも、基本的に異形種は単独で行動するが、感じる魔力は10以上…いや、もっとある。
異形種が群れて動くなど聞いたこともないし、稀に異常発生する時でも、こんなにも大群でまとまることなどない。
ローレンスが考えあぐねいていると、その異形種の群れの中から、魔力が1つこちらへ向かって来るのを感じた。
強い…
姿は視認できないが、感じる魔力は並の竜人族の2倍近い。
異形種の魔力は、竜人族に匹敵するとは言っても、だいたい竜人族の7〜8割程度の、竜人族の魔力計測器の数値で1万5千前後だという。竜人族の平均である、魔力値2万を超えるような個体は滅多に出現しない。
並の竜人族の、2倍もの魔力を有する異形種など、少なくともローレンスは聞いたことがない。
森の中をこちらに向かっているというのに、姿が見えないということは、竜人族の誰かとか?
まさか……並の2倍程の魔力と言えば、里でも1、2を争うと言われたジョゼフか?
ローレンスは、妖人族を撃ち落とす手を止め、正体不明の魔力の接近に身構えた。
森の中を走っているらしきその魔力の主は、ローレンスに魔力攻撃が当たる間合いの少し手前で、軌道を上方へと切り替え、樹上のローレンスに向かって飛んで来た。
鱗銃を構えるローレンス。
「“参謀様”!!」
「……え?」
銃を撃とうとした直前、ローレンスの肩書きを敬称で呼ぶ声と共に、森から人影が飛び出した。
西陽を照り返す竜人族の鱗が煌めいて、顔ははっきりわからないが、ジョゼフが……里の者が自分を“参謀様”などとは呼ばないし、声は女のものだった。
“魔王軍”に女は2人。内1人はここに居て、もう1人は、先日の武装した妖人族との戦闘中に、ある作戦を与えて離脱させた。
「まさか…」
そこまで思考を巡らせて、ローレンスはようやく思い出した。
離脱させたリビーとマーロンにブランドン、そして獣人の“猫”に与えた作戦を。
「まさか、アイツら本当に……」
その作戦とは、可能な限り異形種を集め、戦場に誘導するというもの。
そして、異形種に片っ端から妖人族を食わせ、敵戦力を削り自軍の戦力を増やす、という目論見だったのだが、上手く行く保証などどこにもなかった。
妖人族の精鋭達との戦いに、完敗して捕まった時点で、ローレンスもすっかり忘れていた。
それがまさか、こんなタイミングで戻って来るとは……!!!!
「リビー!!スゲェーなお前ら!!」
思わず声が出たローレンス。
だが……
「違います!!」
「…へ?」
ザッ…
「……お前は!!」
ローレンスと同じ枝に飛び乗ったのは、幹部のリビーではなく、紐取りゲームをぶっち切りの優勝で“魔王軍”入りを果たした若衆……
「ファラです!!」
あの混戦の中、いつの間にか姿を眩ましていたファラだった。
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ーーー
ーーーーー
妖人族の精鋭との戦いの中、人一倍暴れ回っていたファラは、真っ先に魔力欠乏で意識を失っていた。
その際、少し眠れば回復するからと、敵に見つからないように、地面の深い亀裂に落ちるように、倒れ込んでいたのだ。
その直後、ローレンス達が妖人族の精鋭に捕獲された時、魔力欠乏で倒れたファラは発見されることなく、その場に放置されたことで無事にやりすごせた。
ファラが目覚めたのは、天頂にあった太陽が、地平に差し掛かろうとしている頃。複数の魔力の接近で目が覚めた。
地面の亀裂から、這い上がって見えたものは
「異形種?」
宵闇にはまだ早いが、藍が落ち始めた東の空は昏くなり始めており、その中を蠢く複数の大きな影を見た。
本来群れる筈のない異形種が4体、どうやら此方へ向かっているようで、やがてそれは小さな生物を追っているのだとわかった。
小さな生物といっても、異形種と比べて小さいだけで、遠目では実際の大きさはよくわからないが。
だがすぐに、魔力でそれが竜人族だとわかり、より近付いて来ると、“魔王軍”の幹部だとわかった。
「お前だけ、無事だったのか」
「魔力欠乏で、倒れてたので…」
異形種を引き連れて現れたのは、リビー、ブランドン、そして“猫”だった。
彼ら3人に、マーロンを加えた4人は、ローレンスからの作戦を預かり、異形種を捕獲するために戦線を離脱したのだと言う。
異形種の“動くものを追う性質”を利用して、1人1体引き連れて、なんとか異形種を4体捕獲したのだが、戦場の方に魔力が居なくなっており、妖人族の精鋭部隊と思われる集団が、戦場から西へ移動していることに気付いた。
すぐにでも助けに向かおうとしたが、たった4人ではなす術もなく、またこんなバカでかいだけの異形種を連れていても意味がないと考え、散々議論した結果、マーロンが1人で偵察に行くことになり、他の3人は一旦“魔王城”へ引き返すことにした。
その道中で、戦場に誰か1人残っているのが魔力感知でわかり、立ち寄ったのだと言う。
話を聞いて、すぐにでも“魔王様”達を助けに行こうとするファラだが、リビーとブランドンはそれに反対する。
「私達だけで行って、あの“翼の生えたバケモノ”から、“魔王様”を助け出せると思うか」
リビーの言うことは正しい。
“魔王様”や“参謀様”を擁した全戦力でも、この有様なのだ。今からこの4人で…現地に居るはずのマーロンも含めても5人で、あの連中から“魔王軍”を救い出すことは、極めて難しい。不可能と言い切っていいレベルである。
ましてや、捕えられている“魔王軍”がどの様な扱いを受けているのかもわからない。
状況がわかるまで動かないというのは、賢明な判断だった。
「じゃあ、どうするんだ?」
今にも飛び掛からんような強い視線で、リビーに問うファラ。
たとえリビーの説明を理解出来たとて、行動派のファラにしてみれば、助けに行くなというのはとても難しい。
せめて納得できる代替え案がほしいところである。
「一旦魔王城へ戻る。城には“世渡り人”のガブリエルもいる。もしかしたら、何か良い案があるかもしれない」
リビーの返答を聞いたファラは、また少し視線を斜め下へ向けて考える。
もしかしたら、何か納得できる答えを探しているのかもしれない。
そんなファラが、何かに気付いたように、リビー達の背後にいる異形種に視線を向ける。
「アレは、どうするの?ていうか、何で異形種なんか連れて来たの?」
異形種の動きは緩慢で、竜人族が全力で距離を取れば、異形種が反応する範囲から簡単に脱することができる。
ここに来るまで、執拗にリビー達を追い回していた異形種は、今は少し離れたところで、どうするともなくウロウロしていた。
「ローレンスの指示だ。異形種に妖人族を食わせると、獣の特徴を持ったヒト型の魔物になる」
そういえば、新メンバーにはまだ、獣人について説明していなかったなと、ファラに説明しながら思い出すリビー。
「そうなの!?じゃあ、その猫みたいなのも?」
流石のファラも、これには驚いた。
「ああ。元々は、異形種を戦場に投入して、あの翼の生えた妖人族達を食わせるはずだったんだが……」
だが…と、続きそうな言葉を発しながら、続きの言葉が出ないリビー。
言わなくとも、ファラにもその続きはわかる。あの妖人族相手では、異形種など簡単に殺されただろう。
ローレンスの指示とのことだったが、ファラにはあの“参謀様”が、そんな分かりきった判断ミスをするとは思えない。あの状況では苦肉の策だったに違いない。
僅かな戦力しかない“魔王軍”が、あの妖人族の精鋭部隊に対抗するには、別の戦力を投入するという発想は理に叶っているが……たった4体異形種を投入したところでは、焼け石に水である。
リビーの言葉を…ローレンスの発想を受けて、また考えるファラ。
そして
「“魔王城”へ戻る。アレも持って帰ろう」
やっと納得してくれたと、リビーもブランドンも安堵し、異形種を連れ帰るというファラの提案に特に何か突っ込むこともせず、“魔王城”へと戻った。
「ここにいるすべての者達で、異形種の捕獲に向かう。できれば、1人4〜5体捕獲させる」
その夜遅く、魔王城に着いたファラ達は、休む間もなく作戦会議を行ったのだが、ファラから出た提案に、リビーもブランドンもそれは無理だと声を上げた。
「あの翼の生えた妖人族は100人はいた。その一人一人が“参謀様”以上の力を有している。ならば、竜人族に匹敵すると言われている異形種を、同じ数だけ投入しても意味がないだろ」
ファラの言う理屈は、2人とも理解できるが、だからと言ってそれが実行出来るかというと、不可能と言って差し支えない可能性の低さがある。
だったら、この“魔王城”にいる全戦力、先の選別で見習いや奴隷とされた者達で、妖人族の村へ攻め込んだ方がいいと主張した。
しかし、ファラはその主張に首を横に振る。
「あの者達が、“魔王様”を救出に行くと言って動くと思うか?適当に理由を付けて、異形種をより多く従えた者を幹部待遇するとでも言えば、躍起になる者もいるはずだ」
「そんな勝手な約束、ローレンスもいないこの状況でできるわけがないだろう!」
こんな様子で、ファラとリビー、ブランドンの議論は続いたが、双方が納得する様な良い案はなかなか出ない。
というか、何だかんだ議論を進めても、結局のところ、捕えられた者たちの様子がわからなければ、なんともしようがない。
そんな議論が続く中、明け方近くになってマーロンが帰還し、“魔王軍”が捕えられている妖人族の村の様子を伝えた。
曰く、魔力反応から“魔王様”たちはたぶん地下に捕えられている。
そして、あのバケモノじみた魔力の連中…翼の生えた妖人族の精鋭達の魔力反応は、消えていたと。
魔王様を捕えておくのにあの戦力を残していない?
疑問に思ったファラは、突然動き出した。
「おい!!どこへ行く!?」
ブランドンが呼び止める声も聞かず、いつもの“魔王様”の間から駆け降りるファラ。
途中で見習いが寝ているフロアで、見習い達を叩き起こし、奴隷達が収容されている地下室へと来ると、怒号のような大声で叫んだ。
「お前達!!出撃だ!!」
何がなんだからわからない奴隷達だが、ファラに促されるままに“魔王城”一階へと出る。
数人で一括りにされていた拘束は解かれ、時間が経って魔力封じの薬も切れている。
“魔王様”もローレンスもいないこの状況では逃げ放題だが、誰も逃げようとしない。
逃げようとすれば痛い目を見ると、ここに来てから散々学んでいる為だ。
「よく聞けお前ら!!“魔王様”、“参謀様”、そして幹部達は今、重要な作戦に出ている!!その作戦には、多くの異形種が必要だ!!今から異形種の谷へ行き、異形種を捕まえろ!!」
数日前まで、自分たちと同じ立場にいた…しかし、数日前の選別で1人抜きん出て、“魔王軍”から特別な待遇を受けているファラの言葉は、さまざまな感情で受け止められているが、概ねその内容を疑う者はなく、皆黙って聞いていた。
「殺すなよ、捕まえるだけだ!!異形種は動くものを追うから、ただ目の前で逃げ続ければ着いてくる!!」
ここにいる者のほぼ全員が、異形種を1対1で倒せる戦士ばかりだ。故に、異形種に対する恐怖はないが、生捕りにとなると、それは少々難易度が上がる。
130人を超える見習い、奴隷達は騒つくが、ファラは気にせず話し続ける。
「異形種を捕獲したら西へ行き、魔王様に届けろ!!森が見えて来たら、魔王様の気配がわかる筈だ!!魔王様に異形種を届けたものは“参謀様”から“魔王軍”正規メンバーに取り立てられる!!より多く捉えた者には幹部待遇もある!!ただし、出来なかったものは屍となって里へ送り返される!!」
リビー、マーロン、ブランドンは、ローレンス不在なのに勝手なことを言うなと慌てるが、ファラは知ったことではないと動き出した。
不思議なことに、137人の奴隷と見習い…ずっと不遇な扱いを受けて来た者たちは、1人残らず異形種の谷へと駆け出していた。
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ーーー
ー
「と、いう次第でやってまいりました。勝手な判断をしたこと、厳罰を受けるのは覚悟の上で…」
「よい」
“魔王軍”正規メンバーに取り立てた際に教えただけの、片膝を付く礼を取って報告するファラに、ローレンスは言葉をかけた。
「見事な判断だ。お前の思いは汲み取った。今日からお前を“魔王軍”幹部に取り立てる…いや、俺の側近になれ」
「はっ!!有り難き幸せ!!」
「他の連中も、お前の言う通りにしよう。あとで誰が何体異形種を連れて来たか、報告しろ」
「はっ!!」
「細かいことは後だ。まずはここを切り抜ける!!お前はできるだけ異形種に妖人族を食わせるように指揮しろ。俺は下へ戻って、連中に状況を知らせてくる」
「はっ!!」
ローレンスとファラは、同時に枝を蹴り、別方向へと飛んで行った。
竜人族の逆襲が始まった。
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