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第6章【捕まってるのに危機感なくて申し訳ございません】 6

第6話【別の人生を歩んだ者】




1000年の平和を打ち砕いた()()は、突然だった。


湖面の細波が夕陽に煌めき、渡る風に巨樹の枝葉が優しく踊る、妖人族の村。


湖面に浮き上がって来た竜人族は、しばらく湖面に顔だけを出したまま浮かんでいたが、突然光を放ち、次の瞬間には群がった妖人族の村人のど真ん中に、魔力塊が着弾し大爆発を起こした。


突然の不意を突かれ、もろにダメージを食らった者達もいた。


急な攻撃にも臨戦体制を取り、風を纏い竜人族に向かって飛んだ者達もいたが…


「うわっ!?なんだこれは!!」


「蛇!?ぎゃー!!」


突然湖面が膨れ上がり、まるで巨きな蛇が鎌首を持ち上げるように、顎門となって彼らに襲い掛かる。


水の龍に喰われた妖人族達は、そのまま湖に引き摺り込まれた。


湖畔に群がった妖人族達が、彼らの安否を案ずる間もなく、魔力で操った水流に乗った竜人族達が、空を飛ぶ妖人族よりも素早く湖を渡り、村へと襲い掛かって来た。


そこからは先は、地獄絵図であった。






地下空洞を抜け出し、湖面へと上がったローレンスと“魔王様”は、あの武装天使のような、妖人族の精鋭部隊の存在をまず警戒した。


「いないぞ、ローレンス」


探っても、強力な魔力──妖人族が言うには魔力とは別物の精霊力だが──を感知出来なかった“魔王様”が、結論だけを簡潔に言う。


「そのようですね。じゃあとっととコイツら蹴散らして、“魔王城”に帰りますか」


「ぶっ壊すのか?」


「はい、ぶっ壊……あ、ちょっと待って!!」


ローレンスの話が終わらぬうちに、右の拳を引いてパンチの構えをする“魔王様”を、慌てて止めるローレンス。


「どうした?ローレンス」


「“魔王様”、ちょっと待って。出来るだけ生捕りにしよう」


「生捕り?」


「はい。異形種に食わせます」


ローレンスは思った。せっかく妖人族の村に入れたんだから、獣人の素材となる妖人族を大量獲得して行こうと。


「そうか!“シャト”みたいなのをまた作るのか!」


「そう!!流石“魔王様”、察しがいいですね!!」


そう思ったはいいが、しかしこちらは手ぶらの竜人族が10人ちょっとと、獣人が3人。


実は、ローレンスは魔力感知で、“魔王軍”達がおそらく自分達と同じ方法で、上がって来ているだろうことを把握していた。


“魔王軍”全員で、1人が1人妖人族を担いで行くだけでも10人以上の妖人族を捕獲することは可能である。


しかし、それで満足するローレンスではない。


以前の実験から、妖人族を異形種に食わせて獣人化する確率は、多く見積もっても半分程度、少なければ10〜20%ほどのものだと、ローレンスは考えている。


どちらかというとまだ実験段階であるが故、実験用とするなら100人は欲しい。


せめて鱗製の武器が幾らかあれば、縛り上げて連れて行けるのだが…。


ジャッキー達の様子を見る限りでは、どうやら武器は取り上げられているようだし、ローレンスが携帯している分では心許ない。


考えあぐねいているうちに、ジャッキー、マイケル、そしてダレルも水面に顔を出した。


3人とも落ち着いたもので、ローレンス達のように、湖面から弾丸のように飛び出すことはなく、静かに上がって来た。


「“参謀様”、あの群がる妖人族の中に、例の“甲虫型”はいないようですね」


「甲虫型?」


「ご存知ではないですか?翅が生えていて外殻が硬いのは、“甲虫”でございます」


「ああ、『カブトムシ』とか『クワガタ』みてぇなやつか。上手いこと言うな、ジャッキー」


厳密には、精霊武装を纏った妖人族にあった羽は鳥の翼タイプであり、虫の翅とは別物であるが、原始レベルの文明の竜人族には関係ない。


「虫か…」


群がる妖人族達を見ていると、なんだかそう見えて来た。


前世で上流階級に育ったローレンスにとって、群がる虫というのを直に見た経験は無い。虫と言えば図鑑や標本のイメージが先に来る。


「よし、テメェらにミッションをくれてやる。まず、妖人族どもを死なない程度に痛め付けろ。腕や脚をへし折るぐらいでちょうどいいだろ。奴らは風を使って飛ぶから、痛め付けた妖人族(ムシ)共をどっかに捕獲しておけ。そうだな…ここが村なら奴らの家があるはずだ、それを利用しよう。適当な家に閉じ込めて、誰でもいいから見張っとけ」


静かに聞き入っていたマイケル、ジャッキー、ダレルだが、ローレンスの話が一区切り付くと、ジャッキーとダレルが何か言おうとして、タイミングが被ったことでダレルが引いた。


「集めた後は、どうするのですか?」


「後で考える。まずは捕獲しろ」


「御意」


ローレンスに指示を仰ぐと、ジャッキーは水中に潜り、“水渡り”を使って魚雷の様に妖人族の村へと向かって行った。


続くようにマイケルも潜水する。


「もういいのか?」


“魔王様”はローレンスを見上げて聞く。


「はい。あまり殺さないようにね、“魔王様”」


「よーし!!」


気合いと共に、“魔王様”の小さな拳が眩い魔力光を放つ。


「うらっ!!」


その小さな拳を前へと突き出し、ドンッ!!という、大気が瞬時に膨張する衝撃音と同時に、魔力塊が妖人族の群れへと飛ぶ。


先行したジャッキー達よりも遥かに速く、妖人族の群れのど真ん中へと着弾した魔力塊は、妖人族を数十人吹っ飛ばしたが、“魔王様”の攻撃にしては随分優しいと、ローレンスは見立てた。


“魔王様”が本気で魔力塊をぶっ放せば、硬い鱗を持つ竜人族でも致命傷を負う。


それに比べると、吹っ飛ばした妖人族は、ダメージこそ大きいが致命傷には至っていないようだし、何人かは今の攻撃を回避すると同時にこちらへ向かって飛んで来ていた。


「やる気か?」


水中で両手に魔力を集中させるローレンス。その延長線上にある水面が左右同時に盛り上がる。


ザバッ!!


「うわっ!?なんだこれは!!」


「蛇!?ぎゃー!!」


ローレンスの魔力に操られた湖の水が、ローレンスの意に従い、龍の顎門となって妖人族に喰らいつく。


「フハハハハハハハ!!虫ケラどもが!!水龍の胃袋でもがき苦しめ!!」


まるっきり悪役の台詞で高笑いしながら、水龍を操り妖人族を湖へと叩き落とした。


そして、自身も湖水を渦のように纏うと、空へと飛び上がり妖人族の村へと降り立った。


先に上陸していたジャッキーとマイケルも、ローレンスの戦い方を参考に水を操り、妖人族を次々と湖へ放り込んでいた。




「オイオイ、妖人族の村だろ?大丈夫なのか?」


ジャッキーやローレンス達が行ってしまい、取り残されたダレルは、疑問を浮かべ、湖面から顔だけを出して様子を見ていた。


先程、発言しようとしたタイミングがジャッキーと被って、飲み込んだ言葉を独り言のように呟く。


新メンバーは、ローレンスが妖人族を狙う理由を知らない。


竜人族であれば、誰でも幼少期に聞かされる昔話の一つに、“魔界の三竦み”の話がある。


竜人族、妖人族、そして巨人族の三種の魔人達が、それぞれ不可侵を守る事で、魔界の平和が保たれているのだという。


平和な世に暮らす竜人族では、知識として知る程度であり、この均衡が崩れたが最後、長い長い戦乱の世が訪れることなど想像も付かないが、暗黙の不文律として固く守られていることだけは、ダレルも理解していた。


ここに捕らえられる前に、妖人族の精鋭達と戦ったのは、異常な魔力を感知した“魔王様”が、何らかの判断で異常を阻止しようとしたものだと思っていた。


敵の見た目も、聞いたことのある妖人族の特徴とは違っていたし、既にローレンスや“魔王様”、“魔王軍”の幹部は戦っていたし、なし崩し的にやるしかない状況だった。


しかし、今の状況はといえば……


監禁されていた地下から脱出してみれば妖人族の村があり、妖人族達が群がってはいたが、ダレルの目には“魔王軍(じぶんたち)”を襲ったあの武装集団とは違う連中のように見えた。


妖人族達が何もして来なければ、このまま“魔王城”まで帰ると思いきや、いきなりローレンス達が妖人族を襲い始めたではないか。


一体全体何がどうなっているのか、ダレルが混乱している所へ、また地下に閉じ込められていた竜人族が浮上して来た。




「お前は、新メンバーだな」


湖面に現れたのは4人。新メンバーが3人と、幹部の女が1人。


幹部の女、ジャネットに状況を問われたダレルは、自分が見たままのことを答える。


「ふむ、ローレンスは「捕獲」と言っていたのだな。ならば手数は多い方がいい。行くぞ!」


「ちょ、ちょちょ、待ってくれよ!!本気かアンタ!?」


何が何だか理解できていない、ダレル主観の説明で、ジャネットが理解出来たことにも驚いたが、あのローレンスや“魔王様”を止めるのではなく、加勢すると言った内容に信じられなくて、ダレルは思わずジャネットを止めていた。


ダレルだけでなく、ここまで共に地下から脱出して来た者達も、ダレルと同様の表情でジャネットを見ており、その事に気付いたジャネットは順に目を見て、語り出す。


「いいか、我ら“魔王軍”を指揮するローレンス……“参謀様”はその類稀なる知識と能力で、“竜人族”の未来を見通している。今回の妖人族襲撃もそのために必要な作戦のひとつだ」


ジャネットの説明に、しかし4人の新メンバー達はまだ、訝しげな表情を変えない。


「お前達は、それぞれ“魔王軍”に何かしらを求めてやってきたのだろう?」


「そう…だけど」


ボソリとダレルが答える。


「それとこれとは違うくないですか?姐さん」


普段は無茶苦茶な事ばかりする女だと、同郷の幼馴染のファブリスに評されるロブだが、流石に竜人族という種族そのものの常識ぐらいは備わっているようで、ジャネットの説明に対し意見する。


「そんな非常識を超えて、お前達は“魔王軍”に来たんじゃないのか」


「ここまで非常識じゃない!!」


普段、非常識なロブが、“魔王軍”の非常識を説く。そのぐらい“魔王軍”のやっていることは…ローレンスの指示したことは異常なことなのだが、ジャネットとてそれは理解していた。


「同じだろ。お前達だって、里では常識知らずと言われていたはずだ。そうでなければ“魔王軍”に来る理由がない」


ジャネット達も、発端はこのロブ達と同じだったと言えるし、今の自分達…ローレンスに着いて行くに従い考えが変わって来た自分達は、この延長線上にいるのだとも理解していた。


だから、「同じ」だと言える。


しかし、新メンバー達はまだそこが理解できない。


「同じにするな!!確かに里ではおかしな奴って言われたけど…」


再三言い返すロブ。


「私達は、“魔王様”が竜人族の頂点に立ち、束ねてくれることを願って、“魔王軍”に来たんだ。他種族と揉めてるだなんて知ってたら、来なかった」


そして、感情的になロブを援護するように、幼馴染のファブリスが冷静で理知的な意見を述べる。


もちろん2人とも、これで論破できるとは思っていない。次はどんな言葉を言い返されるか構えていると…


「そうか。じゃあ、今のうちに逃げるといい。まぁ、あまりオススメはしないがな」


なんと、ジャネットはあっさりと自分達に逃げろと言う…が、逃げたら逃げたで何かありそうな含みを持たせて。


「……あとで“魔王”に捕まって、殺されるとでも?」


新メンバー達に考えられる理由は、そのぐらいだった。その言葉をダレルが言う。


「いや。我らに一度でも加担した者は、里に戻ったら重い罰を受けるだろう」


しかし、ジャネットが告げた理由は違った。


そして、4人の反応は面白いほど同じであった。


全員が目を見開き、数秒ジャネットを凝視したかと思えば、互いに視線を絡ませ、アイコンタクトで「どうする?」と相談し合っているようだった。


「その反応だと、どうせここを逃げたら里に戻るつもりだったんだろう。悪いことは言わない、やめておけ」


図星だったようで、コソコソと相談を始める新メンバー達。


当然だが、生まれてから先日まで、ずっと里で暮らして来た者達に、他に行く宛など考えつかない。


せいぜい、山に篭って細々と暮らすだけだが、4人ともそんな生活は今は想像していなかった。


「まあ、そう難しく考えるな。“参謀様”のやる事なす事、大凡我らの常識外ではあるが、全ては“魔王様”の為だ」


“魔王様”の為……


里を出た頃までなら、素直に信じて着いて行っただろうが、今はその言葉が霞んでしまうぐらいには、“魔王軍”に来てからの日々が異常事態の連続であった。


「1つ、教えてやろう」


そんな彼ら彼女らに、ジャネットは意味ありげな間を置いて、静かに語り出した。


「ローレンスは…我らの“参謀様”は、竜人族ではない人生を経験している」


「……え?」


「どういうこと?」


「そのままの意味だ。ローレンスは竜人族の里で生まれ育っているはずなのに、長老でさえ知らないことを知っている。ならば、竜人族ではない別の人生を経験している、そう考えた方がしっくりこないか?」


突然の眉唾物の話に、4人は再び互いに顔を見合わせる。


実は、ここ最近…具体的には紐取りゲームの前後ぐらいから、密かに“魔王軍”で噂されている事だった。


「その知識で持ってして、ローレンスは我ら“魔王軍”を導いているのだ。今回だって“参謀様”の力によって脱出できたしな」


どうやらジャネットは、この湖への一本道をローレンスが引いたと思っているようだったが、今回はその勘違いが功を奏した結果となる。


「“参謀様”は妖人族を捕獲しろと言ったのだろ?殲滅するわけではないのなら、問題ない。彼の発言には必ず意味がある。着いて来い」


言い放ち、ジャネットは水流を起こして、混乱の村へと飛び込んで行った。


残された4人は、またそれぞれ顔を見合わせるように視線を移す。


「どうするんだ、お前ら」


先にローレンス達と湖面に上がっていたダレルが、後から来た3人に問い掛ける。


ダレルにしてみれば、3人は今の幹部の女と一緒に行動していた奴らだ。自分よりもあの女の言い分を理解しているのだろうと思っている。


「どうもこうも、どうすりゃいいんだよ」


と、ジャネット達と共に来た唯一の男、“魔王軍”新メンバーのデバージは、投げ槍に答えた。


「ロブ…」


2人のやり取りを見ていたロブに、飛んで行ったジャネットを目で追っていたファブリスが、視線をそのままに呼び掛ける。


「なんだ」


「行くよ」


言葉と同時に、ファブリスの周りの水が渦を巻き、ファブリスを湖中へと飲み込んだ。


「ファブリス!」


ロブが慌てて呼びかけても、ファブリスはそのまま水流を起こして、妖人族の村へと“水渡り”で飛んで行ってしまった。


一瞬の逡巡の後、ロブもファブリスと同じく湖中に潜り、村へと向かって行った。


残された男2人は顔を見合わせると、どちらからともなく湖に沈み込み、少々ゆっくりではあるが、妖人族の村へと泳いで行った。






一部は水浸しになり、また別の所では火災が広がる妖人族レクテスの村。


その様子を、湖の対岸から見守る1人の竜人族がいた。


「マジか…。ヤツら妖人族の村を襲ってんのか?噂以上のイカレ集団だな。あんなのに付き合ってられっかってんだ」


地下空洞から脱出するついでに、“魔王軍”からも逃げ出そうとしていた、“魔王軍”新メンバー最年長のルイーズ。


自分が“魔王軍”から脱出する為に掘った湖への横穴が、実は“魔王軍”の脱出に一役買っていたとは露知らず、まるで自分を追うように出て来た“魔王軍”の様子を、離れたこの場所からじっと観察していた。


もしも気付かれたら、自分も今気づいたフリをして向こうへ向かえばいい。


逃げようとして捕まって痛い目を見るくらいなら、ひとまず相手の懐に入って事なきを得ようと考えていた……が。


“魔王軍”達はこちらに気付くどころか、なんと妖人族の村を襲い始めてしまった。


こんなチャンスは、またとない。


ルイーズは静かにその場を去って行った。

ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。

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