第6章【捕まってるのに危機感なくて申し訳ございません】5
第5話【脱出】
天井をぶん殴ったら水が出た。
500年ある竜人族の長い人生の中でも、そんな経験をする者は極々稀であろう。
“魔王軍”最年長、250歳超えのジャッキーでさえ、見たことも聞いたことも、もちろん自分が経験したこともない程には。
竜人族の中で異質と言われるローレンスでも、前世では悪童達に制服を着たまま水浸しにされることもあったが、竜人族に転生してからは、乾燥した荒野や山頂の魔王城に暮らしていたため、水浸しになることさえほとんどなかった。
森の中を、人里求めて旅をしている最中に、“魔王様”の滝壺遊びに付き合った時ぐらいだったか。
あの時、部下に裏切られて溺死しかけた経験が、前世の虐められていた記憶を鮮明に呼び起こし、実は少々トラウマになっていた。
そんなローレンスの頭上に、突然滝のような水が降り注げば、パニックになることは仕方がない。
「オゴバァッ!?」
上を向いて開きっぱなしになっていた口に、大量の水が入り込み、そのままパニックによる緊張で呼吸もままならないローレンスは、自己防衛の本能で魔力を最大出力で解放した。
あろうことか、この地下空間で生き残る為に全員が避けて来た、“地下空洞を全力でぶっ壊す”を、“魔王軍”を実質的に指揮し率いるローレンスが、率先して実行してしまったのだ。
至近距離にいた全員が、当然その犠牲になる。
運が良かったのは、全員がローレンスの後ろから付いて来ていたこと。そしてその方向が、ジャッキーが頑張って登っていた縦空洞があった方向だったこと。
魔力暴発による衝撃波が岩壁をぶっ飛ばし、ローレンスを除く全員が、そのまま縦穴へと吹っ飛び落下したことで、ダメージを最小限に抑えられ、生き埋めを免れたのだ。
「ローレンス!!」
「“参謀様”!!」
ローレンスが取り残された事に、いち早く気付いたのは、“魔王様”とジャッキー。
「フンッ!!」
ドゴンッ
「“魔王様”!?」
空中で魔力爆発を起こした“魔王様”は、爆破によって吹き飛ばされた岩石が落ちて来るのも物ともせず、崩壊した岩壁の穴へと飛び込んだ。
「ローレンス!!」
爆心そのもののローレンスに当然ダメージはないが、水を一気に吸い込んだことで意識を失い倒れていた。
救急救命的措置など知るはずもない“魔王様”は、倒れ込んだローレンスの様子を見るなり、小さな体でローレンスを抱きかかえて、飛び込んで来た穴から縦穴へと飛び出す。
同時に、爆破の衝撃で砕けた天井が崩落し、ローレンスは間一髪生き埋めを免れたのだった。
その後、ローレンスはジャッキーの懸命な措置──腹を踏んずけて水を吐かせる──によって意識を取り戻した。
幸い、ローレンスが破壊した天井部は、入り組んだ地下道が密集していた辺りであり、落石こそ激しかったが、完全に崩落することはなく、かえって水の通り道がはっきりしたことで、脱出の目処が立った。
しかし……
「無理だ!!あんな滝みたいな所に飛び込めるわけねぇーだろ!!死ぬわ!!」
妖人族の村には、美しい湖があったと聞いていたジャッキーは、この水の出所が湖だと主張し、水の流れを逆流して行けば外に出られるという。
しかし、ジャッキーの意見に対し、すっかり水を怖がるようになってしまったローレンスは、絶対無理だとギャーギャー喚く。
水はローレンス達が登って来た穴から、更に下へと落ちていくので、縦穴に溜まることはないが、それもいつまで保つことやら。
「じゃあ、“参謀様”とはここでお別れですね」
「は?」
タイムリミットが差し迫っていると、明確にわかっていたわけではないが、それでもこのままでいるわけにもいかない。
ローレンス1人が嫌だ嫌だと喚きちらし、マイケル、ジャッキー、そして新メンバーのダレルまでもが「いいかげんにしろよ」と内心思っていたところ、マイケルがそんなことを言い放った。
ちょっと何言ってるかわからない、“参謀様”ことローレンスが、ポカンとマイケルを見ているが、マイケルはその視線を合わせようとせず
「行こ、ジャッキー。…お前も」
マイケルは、まるでローレンスを無視するようにジャッキーとダレルに声をかけ、水の流れの方へと足を向ける。
「え……ちょ、マイケル?」
その、ローレンスとマイケルを交互に見る“魔王様”。マイケルがローレンスを怒らせたわけでもなく、言葉使いもローレンスが嫌う感じでもないが、幼いながらにも、何か変な空気を感じ取っているようだ。
その“魔王様”に、マイケルは優しい笑みを向けて、少し屈んで視線を合わせた。
「“魔王様”、あの水で遊んでみませんか?」
「あ!!またアレやるのか!!」
以前、“魔王様”が滝壺ダイブを楽しそうにやっていたことから、楽しい遊びに連れ出す感覚で声を掛ければ、興味津々に着いて来ると踏んだマイケル。
案の定、“魔王様”はワクワク顔でマイケルに着いて行く。
「はい。ですが今度は逆に、アレを昇っていきます。魔力で水を操れば、造作もありませんので」
そう言って、ローレンスをチラリと見る。
「我々竜人族は、あの乾燥地帯に棲んでいるため発揮する場があまりありませんが、水を操る魔力に長けており、“水渡り”という技術があります。それと、おそらく妖人族と思われる魔力も、もうすぐそこに感じるので、地上も近いはず。ジャッキーも、あの水は地上の湖から流れて来ていると言っていますので、アレに乗れば地上まで出られるはずです」
「そうなのか!!ローレンス、行こう!!」
マイケルの説明は、幼い“魔王様”に説くには少々言い回しが難しいが、チラチラとローレンスに向けていた視線から、どうやらローレンスに説明していたようだった。
幼い“魔王様”には、多少難しい説明だっただろうが、どうやら要点は伝わったらしく、早く行こうと急かす“魔王様”。
そんな“魔王様”の、“新しい遊びを見つけた子供”なりの興奮した様子に、ローレンスは悩むような表情を見せ、しばし考え込む様子で“魔王様”と滝を交互に見て、やがて決意した様子の表情で、少しだけマイケルから視線を逸らして、小さく咳払いした。
「おいマイケル、“魔王様”にいきなりぶっつけ本番でやらせたら危ないだろ。ちょっと練習してからにしろよ」
「御意」
ローレンスが何を思い、どういう思考を巡らせて答えを出したか、マイケルに知る由もないが、どうやら自分の思惑が、ローレンスにちゃんと伝わったと見て、マイケルは安堵と達成感でほくそ笑んだ。
「思ったより楽勝だな」
「ああ。里の年寄りが言ってたのは、本当だったな」
地下湖から飛び出して来た2人、ロブとファブリスは、魔力爆発で落下軌道を修正し、湖岸の岩に着地する。
「水流を操れば、激流の中でも空を飛ぶように泳げるって、半信半疑だったけど」
そう言って、瀑布が叩きつける湖面を見据えるファブリス。
乾燥地帯に暮らしているが故、本来備わっている水の魔力の本領を知らない竜人族は多い。
ロブとファブリスの2人も、多分に漏れずであったが、年寄りともなると、里に数人は“水渡り”を経験していて、知識として若者達にも伝承されていた。
続けてもう2つ、水の中から飛び出す影があった。
「本当にできたな。しかも、こんなに簡単に」
「これは、ちょっとクセになるな」
ロブとファブリスに続いて、ジャネットとデバージも地下湖から上がって来た。
2人とも同じ湖岸に上がって来ると、同じように年寄りから聞いた話を、少し興奮気味に振り返る。
年寄りの知恵袋とは、どんな社会でも共通の役立つ知識のようだ。
しばらく、他にもあんな話やこんな話を聞いたことがあると、話しの花を咲かせていた4人だが、本来の目的である地下洞窟からの脱出に意識を切り替え、水が流れ落ちて来る縦穴の上を見上げた。
「まだ行けるか?」
ファブリスが確認を問うと
「問題ない」
「行けるだろ」
「意外とクセになる」
ロブ、ジャネット、デバージは口々に応える。
不安を覚える者は居ない。4人は足元に魔力を爆発させて、瀑布の上へと飛び上がった。
「今のは!?」
地下湖から顔を出した“魔王軍”幹部のジャメインは、爆発の残響音を耳に感じ、咄嗟に縦穴を広く見回した。
すると、瀑布の上へと吸い込まれて行く、同族と思われる人影を見た気がした。
「ブハァ!!…ん?どうした」
続いて湖面に顔を出した、“魔王軍”新メンバーのエルドラも、縦穴の上を見上げるジャメインに吊られて上を見上げる。
「たぶん、“魔王軍”の誰かだ。たった今、コレを登って行った」
「3…4。確かに魔力を感じるな。行くか?」
「もちろん」
ジャメインとエルドラが上がって来たのは、ファブリス達が飛び出した直後の地下湖だった。
性格に似た所がある2人は、ここまでの道中で気さくに話せる仲になっており、まるで同郷の仲のようにアイコンタクトを交わすと、同時に地下湖へと潜り込んで、そのまま滝壺へと泳ぐ。
泳ぐと言っても、同じ人型の人間のように、手や足をバタバタと動かして進むのではなく、魔力で水を操り、ジェットミサイルの様に水中を飛ぶ。
そしてその勢いのまま、勢いよく落ちる滝の水さえも操って、一気に上昇すると、ついさっきファブリス達が入って行った横穴へと消えて行った。
竜人族の身体的特徴と言えば、まず目に入るのは青銅色の鱗。
乾燥した岩石地帯に生息していながら、その鱗は水棲生物のように滑らかで、水中を泳ぐ際に水の抵抗を軽減する形状をしている。
顔の輪郭も同じく、身体を水平にして正面を向いた際に、流線型になるような形になっている。
指の間に水掻きはないが、魔力によって鱗を変形させることができるので、手の鱗を水掻き状にすることもできる。
また、高い身体能力が示すように、心肺機能も非常に高く、30分程度であれば、余裕で無呼吸で水に潜っていられる。
そして、種族特性として、水の魔力に長けている。
その能力は、水を操り弾丸のように水中を飛ぶ事が可能で、上手く操れば川や湖の水を使って、村ひとつ水没させることなど、朝飯前である。
直ぐ真上に妖人族の気配と思われる魔力があり、おそらくここが最後の水路だろうという滝に飛び込んだローレンスは、まるで人工的に作ったような真横に真っ直ぐ伸びる通路を、文字通り弾丸のように飛びながら、竜人族の水棲に適した特徴について考えていた。
水恐怖症レベルで怯えていたにも関わらず、そんな余裕も出て来てはいるが、一瞬でも早く水から出ようと、魔力全開で全力で水路をぶっ飛ばしていた。
「お?」
突然、周囲の様子が変わった。
どうやら水路を脱して、ジャッキーの言っていた湖に出たようだった。
やっと地上に出られる!!!!
ローレンスにとってそれは、地下空洞からの脱出を意味するのではなく、トラウマ級の恐怖に感じていた水から、出られる喜びであった。
ローレンスは進路を真上に切り替え、ぶっ飛ばして来た勢いのまま、湖から飛び出した。
あまりの勢いに、ローレンスは数十m上空まで飛び出し、眼下に広がる湖の畔に、妖人族が群がっているのを見た。
しまった!!と、ローレンスは己の危機感の無い行動に慨嘆し、永遠とも思えた水渡りを終えた喜びも束の間に、強い警戒を張るハメになった。
勢いよく湖から飛び出したことにより、数秒の滞空時間が発生していた。湖畔に群がる妖人族の中に、あの老騎士がいたら、それは命取りの行動を意味する。
しかし、群衆の「わっ!!」と驚く声が聞こえただけで、妖人族達に何かしら行動を起こす気配はない。
魔力を探ってみても、並の妖人族ばかりのようで、あの老騎士をはじめ、武装天使みたいな連中はここにはいなさそうである。
それでも、あまり敵に的を晒しておくのも良くないと思ったローレンスは、放物線の天辺に達する前に魔力爆発を起こし、湖へと勢いよくダイブした。
すれ違うように、“魔王様”が湖から飛び出し、およそ10秒後にまた湖に落ちて来た。
「では、竜人族の方でもあれらは持て余しているということか」
巨樹の森の外れ、互いの集落を目指していた竜人族里長ルーズウェル達と、妖人族の村長レクテス達は、たまたまタイミングを同じくしていたことで、その道中で遭遇し、俄かに会談が始まっていた。
妖人族側は主に“魔王軍”、とりわけ異常な魔力を有する“魔王様”と、大人顔負けの指揮官振りを見せつけた、異常な才覚を持つ“参謀様”こと、ローレンスについて尋ね、竜人族側は、長老達が妖人族の村に感じた異常な魔力…妖人族が言うには精霊力らしいが、その正体について問い出していた。
当初、双方が心配していたような有事にはならず、多少の警戒心と緊張感を伴ってはいるが、今のところは話し合いのみで、平和的に進んでいた。
妖人族側からは、“聖樹の精霊”に関してレクテスから詳しい説明が為され、その発動の起因となったのが、“魔王軍”だったと聞かされた。
そして、“聖樹の精霊”の力を持ってして、“魔王軍”を捕らえ地下に封じてあると。
「ああ。アレらは里を出て行った者達だ。“魔王”が激しく暴れて里の者が100人以上殺されている。同族とは言え、下手に手を出してまた犠牲者が出る事を皆恐れている。今は放置して見守る他、手立てがない。我々も対応に手を焼いているところだ」
「そうか。我が村の若者が11名、未だ行方不明になっておる。我々は“魔王軍”との関わりを疑っている」
「証拠はあるのか?」
里を出て行ったとは言え、同族である。“魔王軍”のしでかしたことは、同族だからと責められかねない思いがあるルーズウェルは、無意識に“魔王軍”を庇う寄りの発言をしていた。
「奴らが見たことのない魔物を連れていたのだが、その容姿が行方不明になった者に酷似していてな」
「…ほう。見たことのない、と言うのに酷似している、とは?」
「顔立ちや体付きは彼らのものだが、耳の形が我らと異なっている。どんなまやかしを使ったかはわからんが、あれは獣型の魔物と妖人族を混合させたものだと、ワシは見た」
レクテスの説明に、ルーズウェルは難しい顔をして組んだ腕をより深く組み直す。
異なる生命体を1つに混合することなど、聞いたことのない話だ。ましてや、魔物と魔人の混合など…
「二足で歩く魔物ではないのか?」
元来四つ脚の魔物が、二足で歩くことは珍しくないが、魔物化する前の姿を知らない、魔界の奥深くに棲む魔人種の彼らは、そういう種類の魔物だと認識している。
「いいや、歩き方が違う。獣の部分は耳と尾だけじゃ。あとは、気質も魔物に近いかのう」
「益々わからん。そいつらも捕らえてあるのか?」
「ああ。まだ地下で大人しく寝ている頃じゃろう」
レクテスの説明だけではわからないことだらけのルーズウェルは、またしばし考え込んでいると、同行したレディングが半歩足を前へだす。
「それをここへ連れて来て、見ることは出来ないか?」
「…レディング」
この妖人族の村訪問団の代表としてルーズウェルが話していたが、別にルーズウェルを代表者と決めて立てていたわけでもないので、他の者が発言することに、ルーズウェルも気に留めることはない。
ずっと黙っていたレディングが、口を開いたことを気にした程度だった。
「連れて来るには少々気性に問題がある。それならば、お主らが見に来るといい」
「いいのか?」
妖人族の村へ行こうとしていたのは自分達なのだが、歴史的に相互に関わりがない両種族である。あっさりと訪村を許す村長の発言を、些か疑ってしまうのは仕方がない。
「元より竜人族の代表たる立場の者を、呼び寄せるつもりであった。構わぬ」
レクテスのひと言で、種族間の歴史的な邂逅が実現しようとしていた。
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