第3章【初めての狩りなのに調子に乗って狩りまくって申し訳ありません】6
第6話【一法流居合術】
「 “士道不覚悟” じゃ!!」
バシッ!!
「あうっ!?」
唐突に、頭頂部に強い痛みを感じ、ランドセルを背負った蓮次郎は、頭を抱えて蹲った。
「バカモン!!座り込めば更に餌食となるわ!!」
バシッ!!
「あうぅっ!!」
再び、今度は頭を抱えた手を叩かれ、蓮次郎は立ち上がってその場を慌てて離れ、叩かれた相手を確認するかのように振り返る。
そこには、蓮次郎が思った通りの人物、白髪混じりの髪と髭を伸ばした、袴姿の老人──還暦から幾年か過ぎた頃合いの健朗な男性──が、厳しい顔つきで竹刀を手に立っている。
「お、おじいちゃん」
蓮次郎の祖父、藤田京四郎。藤田一法流居合術師範にして、藤田道場の四代目道場主である。
「今、ワシが持っておったのが真剣ならば、お前は二度死んでおる!!いつも言うておろう!!賊は油断しておるところを必ず襲い来るものじゃと!!長きに渡る旅にせよ、日課の通いにせよ、あと僅かで我が家という時にこそ緊張を解くのが人の性じゃ!!剣士たるもの、何時如何なる時も緊張を解くでない!!」
バシッ!!
「あうっ」
京四郎が振るった竹刀は地面を叩いただけだが、蓮次郎は我が身が叩かれたかのように萎縮し身構える。
「さぁ、今日も稽古じゃ。さっさと着替えて道場へ来い」
言い放つと、老人は踵を返し去って行った。
「……はぁ」
小さく溜息を吐くと、蓮次郎はランドセルを背負い直し、玄関から我が家へ入って行った。
一人っ子の蓮次郎は、八畳ほどの広めの1人部屋があてがわれている。
両親は共働きで、祖母はおらず、学校から帰ってから両親が帰宅する18時頃までは、厳しい祖父と2人きりなのだ。
ランドセルを置き、稽古着の袴姿に着替え、離れの道場へ向かう。
バシッ!!
「あ痛!!」
道場の戸を開け、右足を敷居から向こうへと渡らせたところへ、その足を祖父の竹刀が叩く。
「ふむ、まず上出来じゃな。
“武士たる者は、玄関を出るときは頭から先に出るな、足から出よ。不意に斬りつけられた場合、頭をやられれば致命傷だが、足ならば倒れながらも相手を下から突き上げて殺すことができる。”
とは、藤田一法流居合術の開祖、藤田蓮七郎大師が生涯をかけて目指したとされる、大師の実の父君の言葉である。じゃが、蓮七郎大師は更にこう付け加えられた。
“囮に出した足を瞬時に引き戻せば、斬りつけられることなく賊と対峙することができる。一度出した足を素早く引き、如何なる状況にも備えよ” とな。精進致せい、蓮次郎」
上出来としながらもやはり説教をくらう。ダメでも説教、出来ても説教ではどうしたらいいのかさっぱりわからない蓮次郎だった。
「では、いつものように畳表への抜刀術 “繊月”を百本、次いで “繊月” から切り返して “還月” 百本、続けて“繊月” “還月” “絹月” の連繋を百本じゃ」
「…はい」
「声が小さい!!もっと腹から声を出さんか!!」
「はいっ」
「もっとじゃ!!」
「はいっ!!」
「よし!!」
気弱な返事を返したことで被せ気味の叱責を食らい、できるだけ大きな声で返事をするが、祖父の合格点には至らず、最後は悲鳴に近い叫び声で返事をして、やっと及第点をもらえた。
蓮次郎は、畳表から間合いより一歩離れた位置に、練習用の木刀を左手に持ち腰に当てて立つ。
畳表とは、藺草を一本一本織り込んだ畳の表面の茣蓙の部分のことを言い、近年では真剣の試し切りに巻藁の代わりに古い畳表を巻き締め、水に浸したものが用いられることが多い。
蓮次郎の祖父、京四郎の道場でも、近所の畳店から古くなった畳表を譲ってもらい、稽古に使っている。
本来、木刀での稽古にはあまり用いらないが、的をきちんと狙うという意味で京四郎は蓮次郎の稽古に畳表を使用していた。
蓮次郎は、畳表に一礼すると、間合いに入り木刀に右手を添えて構える。
右脚を前へ、腰を落とし、抜刀。
木刀が畳表を叩くボスッという音、そして
バシッ!!
「あうっ!!」
竹刀が蓮次郎の頭を叩き、蓮次郎が情けない悲鳴を上げる。
「なんじゃその腑抜けた剣は!!剣はただ的へ当てるものではない!!敵を斬り捨てる物じゃ!!畳表を斬り捨てる気合いで振らんか!!」
「はひぃ」
「声が、小さーい!!」
「はぃいいー!!」
この調子で稽古が続き、日が暮れて母が帰ってくる頃、やっと終わる。
夜は門下生たちが集まり、22時頃まで稽古の音が鳴り響いているが、蓮次郎はその音を聞きながら──早く自分もあの中に混ざりたいと思っていた。
身も心も弱々しい自分。
祖父の鍛錬を泣きながら受けている今の自分と、まったく別の生き物のような逞ましい門下生たち。
祖父の稽古は厳しく嫌だが、辞めたいとは思わない。
自らを奮い立たせる強い心はないが、大人になったら逞ましい門下生たちのように成れると信じていた。
稽古の後、母が夕食の支度をしているダイニングで宿題をするのが蓮次郎の日課だ。
早ければ夕食ができる頃に父も帰ってくる。
が、今日はいつもより早く玄関がガラガラっと開く音がした。
だが、父の「ただいま」という声は聞こえない。
代わりに、ドカドカと乱暴に廊下を歩く音がして、ダイニングの扉が爆音のような音を立てて破壊され、不動明王のような形相の祖父がダイニングへと荒々しく入ってきた。
「蓮次郎ォオオオゥ!!」
「は、はひっ!?」
突然、喝を入れられるような威圧感のある大声量で名を呼ばれ、裏返った声で返事をして背筋を伸ばす蓮次郎。
「否、レン!!」
「……へ?」
祖父が、突然妙な呼び方をしてきた。
時折両親が呼ぶ程度の略称で、両親以外あまり他人から呼ばれたことがない。
しかも、厳格な祖父は名を略すことを好まず、必ず蓮次郎と呼んでいた。
その祖父が、突然「レン」と呼ぶ。
しかし、一瞬違和感を感じたけど、何故か蓮次郎はその呼び名に、ごく最近だが馴染みのある呼ばれ方のような気がした。
誰だろう?
学校のクラスメイトはほとんど「藤田くん」と呼ぶし、近所のおばちゃんや幼馴染から「レンくん」と呼ばれることはあっても、「レン」はない。
最近では「蓮次郎」という名からレンジ、すなわち「電子レンジ」を連想するとのことで「チンさん」と呼ばれることもあるが。
「お前、何か忘れとりゃせんか?」
蓮次郎が変なところを気にして考え込んでいると、祖父は厳しい目つきのまま問い掛けてきた。
「え?忘れ物?」
キョトンとした蓮次郎に、祖父は小さく溜息をつくと、手にした真剣の柄に手を掛け、鞘からスラリと抜き放ち、大上段に構える。
「え?え?」
鈍く光る真剣の鉄の色。乱れ刃丁子の波模様が蛍光灯の反射でぬらりと蠢くように見えた。
幼い頃から祖父の業物を見て育った蓮次郎は、祖父の構える刀が模造刀のような偽物でも、刃を潰したものでもないことが感覚でわかる。
触れれば斬れる本物の刃。
目にしたことはあっても、それを自分に向けられたことはなかった。
理解が追いつく間も無く、祖父は間合いを詰める。
「こんな所で腑抜けておる場合かぁああ!!とっとと戻って役目を果たして来んかぁああぁあ!!」
大上段に構えた祖父の真剣が振り下ろされ、蓮次郎は頭に強い衝撃を受けた。
そして視界が暗転した。
ドサッと硬い何かに全身を打ち付けられるような衝撃で、レンは目を覚ます。
一瞬何が起きたかわからなかったが、鼻に感じる土の匂いと、目の前にある雑草らしき草とで、地面に横たわっているのだとわかった。
あれ?今家の中に…
地面に横たわっていると分かると、さっきまで見ていた光景からなぜ外に、と疑問が浮かんだが、思考が回るより先に何か重くて大きなものが近くに落下したようなドスンッ!!という音と振動が響いた。
ビックリして慌てて身を起こすレン。
そこに見えたのは、隕石のように降る人間サイズの大きな石飛礫と、それを避けている男たち。少し離れた右手には有り得ないほど巨大な虎がいて、反対の左に視線を移すと、蹲る幼女とその子を守る様に覆い被さる若い男がいる。
その光景を見て、レンは呆然とする。
『痛たた…なんか、身体がすごく痛い…』
呆然としながらも、立ち上がろうとして、今しがた落ちてきたレンの身長ほどある大きな石に手を掛け身体を起こすが、痛みでうまく立ち上がれず膝立ちで止まる。
『ああ、そうか。そうだよな』
そして、体の痛みと目の前の光景に、ビックリして中断していた思考が再開され、さっきの家にいたのが夢で、この現実離れした目の前の光景が現実だと思い出す。
『おじいちゃん生きてたし、僕は小学生だったし、あっちが夢だよなぁ』
そう。レンが12歳になったばかりの夏、祖父は亡くなっていたのだ。
そのことで、夢と現実の区別が容易についた。
目の前の光景が、レンの生まれ育った世界から見て、とんでもなく現実離れしているとしても。
「レン!!気が付いたか!!」
身体を起こしているレンを見て、カーズが一瞬安堵の顔を見せる。
レンの無事は確認できたが、状況は変わっていないのですぐに緊張感のある顔に戻る。
巨虎が、石壁を破壊して突破し、再び目の前に現れたのだ。
鼻をスンスンと動かしているのは、我が子の匂いを探っているのだろうか。
虎の嗅覚がどれほどのものかはわからないが、少なくとも人間よりは優れているはずだ。
ましてこの巨虎は、魔法まで操る特殊な魔物だ。あらゆる感覚が普通の虎の何倍も優れていてもおかしくない。
虎の視線が、揉み合うアークとミーユに定まる。
結局、アークは仔虎の捕獲に失敗し、ミーユが自分の懐にしまい込むように仔虎を抱き込んでいるようだった。
「ミー」
仔虎の鳴き声がした。
応えるように
「ゴアァアアアア!!」
巨虎が吼えた。
吹き飛ばされた石壁の礫は全て落下し、シンと静まり返った森に響いた巨虎の雄叫びに、一同は身を引き締めて構えた。
再びミーユに向かって駆け出す巨虎。
いや、跳んだと表現した方が正しいかもしれない。
木々の間を縫う軌道で一息に間合いを詰めた巨虎が、次の跳躍のモーションに入ると同時に、カーズ、ミッツ、マーサーが同時に魔法攻撃を放つ。
『ダメ!!』
「ミーユ!!いい加減に…」
仔虎を抱えて離さないミーユと、それを取り上げようとするアーク。
そこに、フッと影がさした。
振り返るまでもない、そこには飛び上がり落下の軌道に入っている巨虎がいる。
ほぼ同時に聞こえた衝撃音は、兄達が放った魔法攻撃だろう。
兄達が全力で放ったとしても、このバケモノ相手では足止めにもなりはしないのはわかっていた。
回避は間に合わない。
そう判断した瞬間、最後の魔力を振り絞り、地面から石槍を出現させ、魔力欠乏で倒れるアーク。
せめて落下の衝撃でこの石槍に足でもいいから刺さってくれと、淡い期待を込めて。
カーズたちの魔法攻撃を気にも留めずに跳躍する巨虎。その放物線の軌道の先にミーユがいる。
大きな石に手を当てたまま、その様子を見ているレン。
このままではミーユが虎に食われてしまう。
そんな事を考えられるぐらい、レンの視界はスローモーションで流れていた。
巨虎が放物線の頂点に達する。
アークが地面から石槍を出して倒れた。前日に自分たちも魔力の使いすぎで強い眠気に襲われたのを経験していたので、アークの魔力が切れたのだとわかる。
あんな細い石槍で、こんなにも大きな虎を止められるわけがない。
『みゆちゃん』を助けなきゃ。
そう思うと同時に、大きな石に当てた左手に魔力が集まる。
右脚を立てる動作で体が前へ出て、その流れで巨石に当てた左手を身体の正面に来るように動かす。
その左手に引かれるように、石の一部が竹の様に伸びる。
伸びた石の端を右手で掴み、身体の重心を前方へ移動させる動きで身を起こしながら、流れる様な所作で右手を下から上へ、逆袈裟に振り抜いた。
── 一法流居合抜刀術【繊月】──
レンの右手が掴んだ大きな石の端から、黒閃が走る。
その先端は、三日月のような弧を描きながら、落下の軌道に入った巨虎の首へと吸い込まれていく。
そして、人の身の丈ほどもある太い首を、一太刀に斬りとばした。
巨虎に集中していた一同には、突然黒い旋風が巻き起こり、虎の首に絡みついたようにしか見えなかった。
巨虎の落下の勢いと巨体を巡る血流の圧力で、巨虎の頭が吹き飛んで初めて、何かで巨虎の首が切断されたのだとわかった。
アークが倒れ、巨虎が降って来るのを見たミーユは、咄嗟に風の魔法で吹き飛ばそうと両手を前へ出す。
黒閃が頭上を吹き抜けた一瞬後、ミーユの魔法が発動し、噴き出した虎の血飛沫を吹き返す。
だが、平屋の一軒家並みの体高を持つ巨虎の身体は、規格外の魔力を持つミーユでさえ、風を吹かせた程度ではその軌道を変えることはおろか、落下速度を緩めることもできなかった。
ミーユがレン並みの魔力コントロールとミッツやアーク並みの経験値を持っていれば、まだ可能性はあったが。
首を失った巨虎の身体は、抵抗虚しくそのままミーユに向かって落下してくる。
レンが振り抜いた黒閃は、レンの右手が振り抜く軌道上を、まるで鎌で雑草を刈り取るように木々を斬り裂きながら走り抜けた。
── 一法流【環月】──
その右手を最小の動作で流すように返し天頂へ振り上げると、振り抜かれた黒閃も、刎ねて返すように巨虎の真上へ急上昇。
本来ならば、居合で斬り損ねた相手に対し、追い討ちの一撃の為の切り返しである斬撃は、落下中の巨虎の上を掠めて走る。
そして
── 一法流必殺剣【絹月】──
レンが右手を振り下ろす動作に従い、斬撃は落雷のように真下の巨虎に降り落ちる。
あわやミーユに覆い被さろうとしていた巨体を地面へ減り込ませ、黒閃は巨大な石柱となり、そこで動きを止めた。
カーズ達は、ただ目を見張り、あんぐりと口を開けてその様子を見ていた。
アークは魔力欠乏で意識を失ったまま倒れ伏していて、その傍のミーユも今の風魔法で魔力を使い果たしたのか、はたまた巨虎の恐怖に気を失ったか、糸が切れたマリオネットの様にパタリと倒れる。
そして
レンも石柱を振り下ろしたまま、魔力欠乏で意識を失い倒れ込んだ。
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