第3章【初めての狩りなのに調子に乗って狩りまくって申し訳ありません】5
第5話【巨虎】
ゴアァアアァァァ…
大気が震え樹々が騒めく。
大きな咆哮と、一歩ごとに大地を震わせる歩みが、その生物が巨大だということを嫌でも知らしめる。
「何だ?」
ミッツはミーユを追う足を一旦止め、その咆哮が響いてくる方へと顔を向け、ミルクは咆哮を気にしながらも、怪我を負ったカーズらの元へ駆け寄る。
「ミルク」
気付いたカーズが、駆け寄る妹の名を呟いた。
「みんな、けっこうやられたね。アーク兄が1番酷そうかな」
道中の防衛も担うアークは、混戦になるとどうしても魔力をセーブした戦い方になるので、致傷率は高くなってしまう。
ミルクがアークの大きく血が滲んでいる肩口に手を伸ばすと、その手元が淡い光に包まれる。
光魔法の能力の一つ、治癒。
特に戦闘力を持たないミルクが、兄たちの狩りに同行している理由だ。
滲んだ血まで消えるわけではないので、外見的な治癒度合いはわからないが、苦痛な表情を見せていたアークの眉間から皺が薄れていくことで、楽になっているのはわかる。
「なんか、とんでもないのが居るみたいだな」
アークが治癒してもらっている様子を見ながら、マーサーがカーズに話しかける。
「ああ、こっちに来なければいいが…」
「ミルク、もういい。大きな怪我はこれだけだ。マーサー兄もカーズ兄も怪我をしてる、見てやってくれ」
「わかった」
ミルクは、アークに言われるまま、他の2人の兄たちの傷を治癒する。
「カーズ兄、やっぱり今日の森はおかしい」
大きな怪我を治してもらって、調子が戻ったアークがカーズに話しかける。
「そうだな。さっきの魔物の群れもそうだけど、普段あれだけ種類の違う魔物が群れて行動するなんてことはまずありえないが、あの吠えてるヤツに追われてたのなら…」
「ゴアァアアアァァ!!」
再び響く巨大な生物らしき咆哮は、さっきよりも大きく聞こえた。
「近づいている?」
カーズが呟く。
「逃げた方がよくない?」
明らかに此方へと近付いている、巨大生物の咆哮と足音に、緊張感を増した声でマーサーが言う。
そうこうしている間に、ミーユはレンの方へと仔猫を抱えたまま走って来ていた。
「レン!!ミーユを止めろ!!」
レンから見て、前方は下り斜面からの窪地になっている。
その右斜め前方からミーユが斜面を駆け登って来て、その向こうにいるミッツが自分に何か言っているが、わからない。
ミーユがどうとか言ってるから、ここで一緒に待てってことかな?とか考えてみる。
レンは、視線を正面少し左寄りの離れた場所に一瞬移す。
ミッツ以外の兄弟妹たちが集まっていて、ミルクがカーズの傷に手を当てていて、その手元が光っていた。
ミルクは光魔法を使う。それで治療も可能なのかなと、レンは思った。
4人は森の奥の方を見ながら何か話しをしているようだ。
やはり遠くで吠えている、ヤバそうな声の主の事を話しているっぽい。
レンの真正面には窪地の反対側の登り斜面から続く丘があり、巨大な生物らしき咆哮は、その丘の向こうの方から聞こえる。
森の木々にこだまして正確な距離や方角はわからないけど、足元に感じる地響きは、明らかに巨大な何かが此方へ近づいて来ていることを示していた。
「ミルク、もういい」
「え、まだ…」
「さすがにヤバイぞこれは」
カーズも、接近して来ている巨大生物の進行方向がこっちだと判断した。
「逃げるぞ!!」
カーズが駆け出し、他の3人もそれに従い走り出す。
「ミッツ!!レン!!」
カーズは、駆け出し様にミッツとレンに声を掛ける。
ミッツはそれだけで判断して、カーズらと同じ方へと駆け始める。
その様子を見て、レンも動いた。
『みんな逃げるんだ。ミーユ、僕らも行くよ!!』
『ダメ!!ねこちゃんすてられちゃう!!』
『ええー!?』
ミーユを連れてカーズらの行く方へ一緒に逃げようとしたレンだが、ミーユはミッツたちと一緒に行動すると、この仔猫を捨てられるか殺されるかしてしまうのではないかと言う。
言うことを聞いてくれず、駆けて来た勢いのままレンをすり抜けて全然別の方向へ行ってしまった。
『待ってミーユ!!』
それを追いかけるレン。
「何やってんだあいつら!!」
カーズ達が行こうとしていたのは、巨大生物の進行方向と思しき進路から垂直に逃げる横方向だが、ミーユが走り出したのは、そのまま真っ直ぐの巨大生物の進行方向と同じ方だった。
迫ってくる足音から、愚鈍な生き物ではないのはわかる。巨体を持つ相手なら、その一歩も相応に大きい。人間では正面切って逃げ切ることは不可能なのは、考えなくてもわかることだ。
「ゴアァアアアァァ!!」
咆哮は丘のすぐ向こうに聞こえた。
大気を震わせる振動が肌で感じられるような緊迫感が全員を襲う。
「まずい!!もうすぐそこまで来てるぞ!!」
「チッ!!」
カーズが吠え、ミッツが舌打ちをしてレン達の方へ走る。
ズドン!!
同時に、大きな地鳴りがひとつ響き、丘の向こうから巨大な虎が飛び出した!!
「なっ!!」
「デカイ!!」
カーズ、ミッツがそれぞれ声を上げ、守りに長けた土魔法の使い手アークが、反射的に魔力を高める。
飛び出して来た虎は、まるで平屋の一軒家が飛び出して来たかと思うほど大きい。
「クソッ!!」
その巨虎の正面に、アークの土魔法により、虎の視界を遮るほどの土壁が、幅15mほどに渡って出現した。
「もうこれ以上無理」
今ので魔力を使い果たしたのだろう。アークは逃げに徹する宣言をし、再び全力で走る。
「ゴアァアアアア!!」
だがその直後、咆哮と共に虎の前足の一撃でいともあっさりと土壁が倒壊する。
そもそも、四つ脚の動物の視界を遮ったところで、後ろ足だけで立ち上がれば簡単に越えてしまうだろう。
少しでも逃げる時間を稼げればと、アークが半ば反射的に土壁を出したのだったが、これほど巨大な虎を簡単に止められはしなかった。
そして、その巨大な虎は、その場にいる人間達を視認すると、獲物を見つけたように睨みつけて襲いかかって来た。
その動きは、巨体に似合わず俊敏で、生い茂る木々の間をジグザグに走りながら器用にすり抜ける。
「クソっ!!マーサー!!」
「おう!!」
カーズがマーサーに声を掛けざま、振り返って全力の火炎放射を放つと、マーサーは風魔法でその火力を増幅。
兄弟ならではの息の合った連携プレイは、虎の顔面を炎で包み込む。
が、虎は意にも介さずその炎の壁を突破。
体毛も髭も少しも燃えた様子はなく、そのまま巨体相応の速度で駆ける。
巨虎は、自分に攻撃して来たカーズ、マーサーを気に留める様子もなく追い抜かし、正面のレンに迫った。
いや、その視線はレンではなく、レンの更に向こう、仔猫を抱えて走るミーユに向いていた。
つまり
「ミーユ!!仔猫を捨てろ!!コイツがその母親だ!!迷子の仔猫を、いや仔虎を探しに来たんだ!!」
察しの良いミッツがそのことに気付いて叫ぶが、ミーユにも、側にいるレンにもその言葉はわからない。
『ミーユ!!仔猫を置いて逃げるよ!!』
言葉は伝わらなかったが、レンも同じことを思ったようで、ミーユを止めようとする。
しかし、そのミーユは巨大な虎に恐怖しながらも、より強く仔猫を抱きしめていた。
『ダメ!!このコがたべられちゃう!!』
幼いミーユには、自分が抱きかかえられるほど小さい仔猫が、一軒家のように大きな虎の子供であるとは想像もつかない。
止めようとするレンの腕をすり抜け、更に後方へと走る。
「レン!!」
ミッツが叫ぶ。
ミーユを追って身を反転させていたレンが、ミッツに名を呼ばれ反射的に再び振り返る。
目の前に巨大な虎が飛びかかって来ていた。
「うわーーーーーー!!!!!!」
ドゴン!!
全員が、その光景に息を止めた。
レンの叫び声は、ドップラー効果を響かせて上空へと急上昇し、巨大な虎は……
突如出現した岩の壁に頭を強かに打ち付け、脳震盪でも起こしたかのようにフラついている。
レンは、巨虎に襲い掛かられる刹那に土魔法で石壁を出現させたのだ。
それも、巨虎が二本足で立ち上がったとしてもその倍以上の高さで、幅は更にその倍以上、厚みはレンの身長よりもあるほど。
そのてっぺんで、レンは四つん這いになって震えていた。
「チッ」
同じ土魔法の使い手であるアークが、あまりのレベルの違いに舌打ちをする。
自分が全力の魔法で作った土壁は、あっさりと足蹴に崩されたというのに。
「レン!!よくやった!!今のうちに逃げるぞ!!」
カーズが叫び、止めていた足を走らせる。
壁は広大な森の一部に出現しているだけで、巨虎が迂回してしまえばもちろん意味は成さない。
だが、巨体で森の木々の間をすり抜ければならない巨虎に対し、カーズたちはほぼ全力で駆け抜ける事ができる。
しかも巨虎は壁に強かに頭を打ち付けフラついている。今この瞬間が、次の一手を打つ最大にして最後のチャンスなのだ。
ミッツもマーサーも同時に駆け出し、ミーユを追う。
「まだ倒したわけじゃないが、あの仔虎さえ返せば大人しくなるはずだ」
「だといいけど」
壁の脇を抜け、並走するミッツが冷静に状況を判断して、マーサーがそれに答える。
レンは、全員が逃げる様子を見て、自分で作った壁から降りようとするが、ゆうに20mを超える高さの壁の上でどうしていいか困ってしまった。
壁を下げると虎を足止め出来ないし、かといってこのままでは自分が降りられない。
「ミーユ!!仔猫を離して!!」
ミルクがミーユに追いつき、ミーユごと抱きかかえるように止めるが
『いやー!!』
ミーユは自身を中心に風魔法を爆発させ、ミルクを吹っ飛ばした。
「きゃーー!!」
5mほど吹き飛んで転がるミルクをアークが跨いで飛び越える。
「何やってんだ」
アークはミーユに迫ると、残り少ない魔力を振り絞り、ミーユの足元の地面を少しだけ隆起させた。
「きゃっ!?」
「ミャッ!?」
ミーユは見事に躓いて転び、仔猫──仔虎は、ミーユの手から解き放たれて地面へと転がった。
「ミャー!!」
『ねこちゃん!!』
アークがミーユの横をすり抜け、仔虎に手を伸ばす。
バリバリバリバリッ!!!!
ドガンッ!!!!
瞬間、強烈な光と破壊音が森に響き渡った。
仔虎に伸ばしかけた手を止め、思わず身構えるアーク。
その後から走ってきていたカーズ、マーサーも反射的に地面に身を伏せ、ミッツは咄嗟にレンの様子を見る。
ミルクとミーユは、地面に横たわったまま、強烈な轟音に耳を塞ぎ身を強張らせた。
「レン!!」
轟音の余韻がまだ残る中、レンの様子を目の当たりにしたミッツが、悲痛とも言える声でレンの名を叫ぶ。
ミッツの声に全員が後方を見ると、レンの作った石壁に大きなヒビが入っていた。
そして、石壁の上にいたレンは……ピクリとも動かず、グッタリと倒れ伏していた。
「レーン!!」
カーズが叫び、レンの元へ逆走しようと体を起こす。
『れんにいちゃん?』
ミーユは、グッタリしたレンに視線を止めたまま、動かない。
まだ6歳の幼女にとって、見知った人物が突然動かなくなり倒れ臥す様子は、受け入れるには余りにショッキングな光景だ。
『ねちゃった?』
それを目の当たりにしたミーユは、精神の防衛本能により思考を止め、グッタリしたレンがただ寝ているだけだと解釈する。
「大丈夫かあいつ!?てか、今の雷みたいな音は…魔法!?まさかあの虎の魔物が!?」
マーサーが、轟音と閃光、そして眼前の罅割れた石壁から考察して、雷撃の魔法による攻撃を虎の魔物が放ったのかと驚愕する。
どうやら巨虎は雷系の魔法を使えるようだ。
そう考えると、いくら高い魔力を持つ世渡り人のレンでも、不意打ちの雷魔法を食らってはひとたまりも無い。
いや
あの様子では、あるいは…
最悪の予感が、ミーユを除く全員に走る。
ミッツとマーサーも、あまりの状況に止まっていた身体を動かし、カーズに遅れてレンの方へ走り出した。
「魔物が魔法を使うなんて聞いたことないぞ!?いたとしても、もっとずっと奥の方に居る魔人とかだろ!?」
レンの元へ向かって先に駆けていたカーズも驚愕の声を上げた。
「死んでねーだろうな、レン」
巨虎の驚異的な破壊力を警戒しながらも、とにかくレン救出に走るカーズ。
「親父の遺言で、俺たちゃお前を守らなきゃならないってのに、なんてこった」
そして後から続くミッツとマーサー。
ミルクはミーユに吹き飛ばされたまま座り込んでいた。
たまに兄たちの狩りに同行することのあるミルクだが、これ程の危機に直面するのは初めての体験だった。
いや、兄弟妹5人ともが、これだけ強大な魔物を目の当たりにするのは初めての経験だった。
とりわけ、戦闘能力を持たないミルクは、状況に思考がついていかず動きを止めていた。
アークはひとまず仔虎を捕獲しようと動いた。
「ミ"ャー!!」
アークが仔虎を両手で掴み抱きかかえる。
『あ!!』
それに気付いたミーユが、アークに飛びつく。
『ダメ!!捨てちゃダメ!!』
「ミーユ!!コイツは仔猫じゃない!!虎の仔だ!!」
「ゴアァアアアア!!」
巨虎が吠えた。
未だ雷鳴で痛む耳に、巨虎の咆哮が突き刺さり、全員が再び身構えた
ドゴーン!!
直後、衝撃音と同時に罅の入った石壁は弾け飛ぶ様に破壊され、人間1人分以上の大きさの石飛礫がいくつも飛び散る。
罅割れた石壁は、巨大な虎の魔物の体当たりで、弾き飛ばされたのだ。
アークは仔虎を手にしたまま、ミーユをかばうように抱え込み、ミルクは頭をガードして蹲る。
そして、再び巨虎の脅威に晒され、カーズ、ミッツ、マーサーは足を止めざるを得なかった。
「レン!!」
3人は石飛礫に警戒しながらも、レンの行方を目で追う。
レンは意識を失ったまま石飛礫と共に、空高く吹き飛ばされていた。
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