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第2章【この世界に来たばかりなのに魔法を使いこなして申し訳ありません】5

第5話 「バイバーイ」




「レンばかりではないぞ。あのミーユもとんでもないバケモノになる」


「5属性って…ちょっと信じられないんだけど」


熊男ミッツ、末妹ミルクがそれぞれ話題をミーユに変える。


ミルクは、目の前で見ていたにもかかわらず信じられないと言う。5種の属性とはそれほど珍しい…いや、異常なのだ。


「それだけじゃない。最後は魔力欠乏で眠くなっていたが、ミーユはレンと違って魔力を常に全力で放出していた。まだ使い慣れない魔力をあれだけ扱えたことの方が末恐ろしい」


と、カーズもミーユの話題に合わせる。


ミーユは調子に乗ってけっこうバンバン魔法を放っていたが、その魔力量の異常さに気付いたのは、ミーユが魔力欠乏を起こし眠いと言い出してからだった。


これだけ魔法使いがいるというのにだ。


それだけ、2人がやって見せたことは異常だった。


「もう少し真相を知りたいが、2人は言葉が通じない。地道に言葉を教えて、本人たちからもっといろいろ聞き出したいな」


大柄なミッツが腕を組みながら言う。


「そうね、まずは日常生活に支障がないぐらい言葉を覚えてもらわないと、今朝もミーユがモジモジしてたから気づけたけど、トイレすら自分で言えないもの」


おそらくこの先、2人の生活の面倒を一番見ることになるだろうアリルも、言葉の重要性を語る。


「しばらく木板と木炭でうまくコミュニケーションを取っていくしかないな。レンは随分物分かりがいいと言うか、理解が早い。助かる」


言うとカーズは、ガルダの圧力煮の煮汁をグッと飲み、それぞれもう食事の手が止まっているのを見ると、アリルに食後のドリンクを頼み、まだしばらく6人は話し込んでいた。




太陽の傾きが変わったのを感じるぐらい時間が過ぎた頃、だんだんと話題が尽き、それぞれの口数が減って来たのを見計らって、カーズが立ち上がった。


「さて、2人が起きてこないようだから、俺たちは午後の仕事に行くとするか」


「ええー!!今日の午後はニホンジンと遊ぶつもりでいたから仕事する気起きないよ」


“仕事” と聞いて真っ先に抗議の声をあげたのは、三男マーサー。兄弟の中で1番お調子者の様子の彼はこれでも23歳だ。


21歳の弟アークの方が落ち着いている。


逆にアークはアークで、無表情で口数も少ないが。


「同感だが、あんな魔法見せられた後だとちょっと気合い入っちまうな。午後の農作業の用意もしてないし、俺は狩りにでも行こうかな」


田舎…というより辺境と呼べる土地に隣近所は兄弟だけという環境で、久々に刺激を受けたことに気持ちが高ぶっているのは次男ミッツ。


朝から狩に行って来たというのに元気なものだ。


「じゃあ久し振りに “5人” で魔物の森でも行ってみるか?」


それぞれの意見から、兄弟妹のまとめ役、長男カーズがそう提案する。


「確かに、最近やらないな、“狩修行” 」


珍しく言葉を発した四男アーク。静かな闘志を燃やしているような、不敵な笑みを浮かべているのも、普段無表情な彼には珍しい。


それだけ、2人の世渡り人に刺激を受けたということか。


「ええー、私はあの子たちが起きて来るの待ってたい!!」


方や、末っ子長女ミルクは女子らしく、子供たち──レンを子供と呼ぶかはともかく──の相手をしたいようだ。


「じゃあミルクは、ウチの手伝いしてくれる?ちょっと相談…話したいことあるし」


長男嫁アリルは、女同士の時間を共有したいらしい。


亭主が兄弟で楽しそうにしているのだ。妻も義理の妹と楽しく過ごしたいのだろう。


「良いよ!!」


アリルの提案を快くOKするミルク、というよりは、ミルクの要求をアリルが受け入れたようなものだが。


「じゃあ、ミルクとアリルは家の事しててもらうとして、お前らどうする?」


改めて兄弟に確認するカーズ。


聞かなくても返事はわかりそうなものだが、改めて確認するところに長男気質というか、カーズ自身の性格が出ている。


「狩りのあとここに戻って来るの?」


と、アーク。


「どっちでもいいぞ。魔物の森からここは一番遠い」


魔物の森は彼らの土地の西側にあり、ここカーズが住む本家は東の端にある。


馬車でも20〜30分かかる距離だ。


「ニホンジン見たいから戻って来たい」


そう、まだアークとマーサーはニホンジンに会っていない。


アークの返答に同意するようにマーサーも頭を上下に振っている。


「じゃ、それでいこうか」


4人は、朝ミッツが乗って来た馬車──昨日レンとミーユを保護した時に乗って来た、巨馬に大きな荷車を繋いだだけの簡素なもの──に乗って魔物の森へと向かった。




「あ!!アーク兄に石鍋解体してもらうの忘れてた!!」


男共が狩へ行くのを見送り、ガルダ料理の片付けをしようと振り返ったミルクが竃の上に鎮座する大きな石の塊を見て叫ぶ。


さすがにこれはアリルとミルクの女2人ではなんともならない。


帰って来てからやらせようということになり、他の片付けをやり始めたところに、家の中からレンとミーユが手を繋いで出てきた。


2人の姿を確認すると、レンは深々と頭を下げ、2〜3秒そのままの姿勢でいたかとおもうと、ゆっくり体を起こし、申し訳なさそうにアリルたちの方を見ていた。


この世界でも謝罪は頭を下げることが、丁寧な謝罪だとされている。


アリルとミルクは、レンが何かを謝ったのだとわかった。


「もしかして、寝ちゃったことを謝ってるのかしら?そんなこと気にしなくていいのに」


笑って言うアリルの言葉はやはり通じず、レンはそのまま申し訳なさそうに立ち尽くしていた。


その隣でミーユが、レンとアリルをキョロキョロ見比べている。子供には今何が起きているのかよくわからないのだろう。


「ミーユ、起きたのね!!おいで!!」


そんな空気感など御構い無しの女がここに1人。両手を広げて、ミーユの目線になるようにしゃがむ。


ミーユはパッと笑顔になり、ミルクに駆け寄ると、その腕の中へ飛び込んだ。


子供は馴染むのが早い。


その様子を微笑ましく見つめると、アリルはレンを手招きする。


言葉が通じないのなら、体を動かせばいい。


アリルは、伝えられる範囲で片付けを2人にも手伝ってもらうことにした。




「いくら男の子でも、さすがにこれは1人では無理よねぇ」


簡単な物から家の中や物置に片付けている中で、アリルが石鍋に手を当てて苦笑しながら呟く。


その様子を見たレンは、石鍋へ近づき「下ろす?」とジェスチャーする。


「それは無理だと思うわよ。いっそバーンて壊しちゃった方が早いかしらね」


両手で物が弾けるような身振りをしながら笑って言うアリルを見て、レンは「バーンと壊せばいいのかな?」と解釈した。


何かを確かめるように、石鍋をゴンゴンと叩いては、真剣な目つきで石鍋を見回すレンに、アリルは


「ちょっとちょっと、本気にしないで」


と笑っている。


「レンがまた何かビックリさせてくれるの?」


レンが何かしようとしている様子に気付いたミルクは、逆に好奇心いっぱいの目でその様子を見ていた。


『れんにいちゃん、なにしてるの?』


ミーユも、レンが何かをしようとしているのに気付き近寄ってくる。


『みゆちゃん、ちょっと離れてて』


ニホンゴで交わされる2人の会話は、アリルやミルクにはわからないが、レンから距離を取るミーユを見て、本気で何かしようとしているのだと気付き、緊張感が生まれる。


ミーユが数歩下がったのを確認すると、レンは石鍋を両手で挟むように手を掛ける。


「ちょ…」


「レンくん何するの?」と声をかけようとしたアリルが、最後まで言い切るより早く


バゴンッ!!


大きな破砕音を上げて、石鍋が崩れた。


『わっ!!』


当の本人も驚いて飛び退くほど、それは鮮やかに砕けて崩れ、拳大ほどの欠片が散らばった。


完全に原型を失った石鍋を…元石鍋だった沢山の石ころを、そこにいる全員が呆然と眺めた。


『れんにいちゃんすごいすごい!!』


いや、ただ1人、幼女のミーユだけが、レンの所業に手を叩いて喜んでいた。


「……あれって、アーク兄の魔法で固めた石鍋だったよね」


「ええ…。沸騰するお湯の圧力に耐えれるほど硬いはずよ…」


とりあえず、男共が帰って来た時に報告することが1つできた。


レンは、2人のリアクションがただ呆然としているだけなので、やっちゃいけないことなのだったのかと焦り、深々と頭を下げ続けた。


僅かに鍋底に残っていた、ガルダの圧力煮の汁が滴っていた。




「これを、レンが…?」


日が暮れて、東の空が宵闇に染まり始める頃、カーズ達が戻って来た。


ようやくレン達と対面できたアークとマーサーの挨拶もそこそこに、アリルからレンが破壊した石鍋を見せられる男達。


あんなにニホンジンに会うのを楽しみにしていたアークは、一転してショックを隠せない表情になっている。


破壊された石鍋を見せられ、1番ショックを受けていたのは、当然石鍋を作ったアーク。自身が作れる最高硬度で作ったつもりだった。


それを、今日覚えたばかりだという土魔法で粉々に砕かれていたのだ。


もちろん、作品を壊された怒りではない。単純に、自身の魔法を打ち砕かれ、石鍋と同様プライドを粉々にされたショックだ。


拳大の礫を手に取り、ワナワナと震えているアークの肩に、カーズがそっと手を置き言う。


「アーク、レン達は純粋な世渡り人だ。しょうがな…」


「わかってる。わかってるけど…」


礫を握り締める手にグッと力を込め、アークは声を絞り出す。


「あんなボーっとした奴に負けるってのが…!!」


「ああ、それは…うん、同感だ」


言葉のわからないレンは、ただその様子をボーっと眺めていた。




「すげー!!」


そして、そこから少し離れたところでは、魔法幼女ミーユのマジックショーが開かれていた。


ミルクが投げた木板を、風魔法、水魔法、雷魔法で次々と撃ち落とし、凍魔法で危うくマーサーを凍傷にさせかけていた。


そして今は、夜闇に包まれ始めたカーズ邸の庭を、ミーユの光魔法が煌々と照らしている。


「ミルク、お前ジェスチャーうまいな」


さっきミーユの魔法を散々見たミッツは、違うところで感心していた。


ミルクの身振り手振りが、けっこうミーユに伝わっていたのだ。


「ここまでできると、逆に8属性全部使えそうな気がしてくるな」


興奮冷めやらぬマーサーがとんでもないことを言い出す。


5属性でも十分バケモノなのだ。




こうして、レンとミーユに様々な感情の渦で掻き乱された兄弟たちは、日暮れと共に帰路につく。


ミッツの馬車に全員乗って、日が沈んだ西の空へと向かって行った。ミルクの光魔法で道を照らして。


「バイバーイ!!また明日ねー!!」


なんとか声が届くほど遠くへ離れるまで手を振り続けるミルク。


レンは、その様子に既視感を感じていた。


この世界へ飛んで来た日のこと──と言ってもまだ昨日なのだが──前の世界で、今のミルクと同じように激しく手を振る女子。


そういえば、どことなく雰囲気が似ている気がした。


あの意味のわからない女はなんだったのか…


この世界に来てしまい、帰る手段もない今となっては、2度と会うことはないのかもしれない。


あの時は、話しかけられたらどうしようと心配していたのだが…


黄昏の雰囲気に惑わされた疑心なのか


それとも…


異世界の夜空の向こう側に、名前も知らない相手を思い浮かべて、まだ自分でも気付かない感情に、ドキドキしていた。

ご閲覧いただきありがとうございます。誤字・脱字、矛盾点等ありましたら、ご指摘頂けると幸いです。

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