第2章【この世界に来たばかりなのに魔法を使いこなして申し訳ありません】6
第6話 【そうだ、強くなろう】
『れんにいちゃん、きょうもおとまり?』
ベッドの上で、昔ミルクが使っていたというワンピースタイプの白い肌着のような寝巻きを着て、ちょこんと座るミーユが言った。
昨日使わせてもらった寝室とは別の部屋。
夕飯を食べ終わったあと、アリルがいっしょにお風呂に入ろうと誘うも、ミーユはレンと一緒がいいと言うので、レンは6歳の幼女と一緒に風呂に入った。
その後、今居る寝室に案内され、就寝の準備をしていた時のことだった。
『あ、あー、うん、そうだね。うん、今日も、お泊まり、だね』
言葉の濁し方が下手なレン。いや、そもそもコミュニケーション自体が苦手な男が “話を誤魔化す” などという高等技術など、そう簡単にできるはずもなかった。
『そっかぁ』
ショボーンとなって俯く幼女に、レンの心は締め付けられそうなほど痛む。
帰してあげたい。
さっき、朝に魔法の練習した後2人で寝てしまった時も、ミーユは寝言で『ママ…ママ…』と呟いていた。
起きてからも、しばらくレンの胸に顔を埋めて、すすり泣いていた。
どれだけここの兄弟妹たちと楽しそうにしていても、こんな幼子が突然親元を離れて、平気なわけがないのだ。
それに、もちろん自分だって帰りたい。
帰って、会いたい人が…
そう思った時、何故か家族より先に、校舎の窓から手を振る女生徒の姿が浮かんだが、それが何故なのかはまだわからないレン。
たぶん、さっきミルクが同じようなことをしたせいだと思った。
『みゆね、まほーいぃーっぱいおぼえたから、ママにみせてあげたいの』
『え?…ママに、見せるの?』
ミーユの発言は、レンにとって衝撃的だった。
元の世界に魔法はない。
きっとこっちの世界の何かしらの法則で使えるだけで、元の世界に戻った時に、魔法が使えるとは1ミリも思っていなかったのだ。
だが、確かにその可能性がゼロだとは証明できない。
もしかしたら、元の世界に戻った時に、魔法が使えてしまうかもしれない。
ミーユの言葉に、レンは初めてその可能性を知った。
『ダメ?』
ミーユの唐突な発言に対し、驚きのあまり疑問形で返してしまったレンの返答に、ミーユは否定されたと感じたようだ。
相手にマイナスの感情を与えてしまった!!
コミュニケーションが苦手な人間にとっては、過剰に動揺してしまう反応だ。
『あ、いや、ダメ…ていうか…ダメ、じゃないと思う。うん。大丈夫だよ、見せて…あげられるのかな?』
頑張って否定的な対応をしてしまったことをフォローしようとするも、動揺を隠せないレン。
幼女のミーユの前では、比較的スムーズに喋れていたのに。
動揺もあるが、可能性の問題から明言することができないという事実もあった。
元の世界に帰っても魔法を使えるかもしれないけど、「見せてあげられるよ」と断言することもできない。
その結果、しどろもどろな話し方になってしまった。
『そうだね、僕も、あっちの…友達…とかにも、見せてあげたいな』
でも、ミーユが教えてくれた可能性に、ちょっとだけ信じてみたい気持ちが浮かんだレン。
元の世界で、数ヶ月振りに学校へ行って、みんなの前で魔法を披露しているシーンで思い浮かべたのは…
コミュニケーションが苦手なレンでも、友達と呼べる仲の相手がいないわけではない。それなりに仲のいい者はいるのだ。
たが、“見せてあげたい” 相手として真っ先に思い浮かんだのは、そういう数少ない友達ではなく、またしても校舎の窓から手を振るあの女だった。
超ハイテンションで物凄く見せがいのあるリアクションをしてくれるに違いない。
まだ名前も知らない相手なのに。
『おはよう』と『バイバーイ』しか言葉も交わしていない。
だから無意識に、友達 “とか” と範囲をボヤけさせた。
友達じゃない。
でも、気になる相手。
もちろん、6歳のミーユにそんな思春期の青少年の心の微妙な動きが分かるわけがない。
『れんにいちゃんも、おともだちにまほーみせてあげるの?』
“おともだち”
幼女がそう呼ぶと、今のレンの感覚で言う “友達” とどこか別の関係に思えてくる。
“おともだち” か。
子供の無邪気さからしたら、そんな括りでカンタンに収まってしまうのか。
そう思うと、正体不明の妙な胸騒ぎも少し落ち着くような気がした。
『そうだね。一緒に帰って、ママや “おともだち” に魔法見せてあげようね』
『うん!!まほーいぃーっぱいみせる!!じゃあ、あしたかえる?』
そして、散々いろんな感情に勝手に振り回されたレンの前に、幼女が本題を持ち帰って来た。
ママやおともだち、みんなに魔法を見せてあげることにテンション爆上げの幼女は、まだ “帰れない” ということを知らない。
大人の都合で2つもお泊まりしたのだと信じ込んでいる。
帰れない…少なくとも、今はまだ帰る手段がないという事実を、いつまでも先延ばしにはできない。
どうやって伝える?
否
どうやって帰るか
レンの思考は、ここへ来てようやくその方向へと動いた。
ついさっきまで、それこそミーユが『じゃあ、あしたかえる?』と言うまで、帰れるということを全く想定していなかったレン。
だから、どうやって “帰れない” ということをミーユに伝えるか、悩んでいた。
この世界で、身に付けた魔法を使って生きて行くんだと、自然に考えていたレンの思考は、また自然に元の世界へ帰ることを考えたのだ。
せっかく収まった胸騒ぎがまた戻って来た。
帰りたい……そう思うと、窓から手を振る女が浮かぶ。
レンの魔法を見て、ハイテンションでリアクションする姿が思い浮かぶ。
何故彼女が思い浮かぶのか
“何故か” すらまだレンは考えられないが、帰ったらまたあの女に会うんだろうなぁ、とは思った。
魔法を見せたらどんな顔をするだろう?
喜んでくれるかな?
驚かせてしまうかな?
怖いと言って逃げられるかな?
『れんにいちゃん?』
黙ってしまったレンを心配するように下から覗き込むミーユ。
その手の趣向の者からすると、たまらない絶妙な角度からの幼女の目線であるが、レンにはその手の趣向がないのでなんともない。
もしその手の趣向があったら、一緒に風呂に入っている時点でアウトである。
『みゆちゃん、明日は、まだ…まだ、たぶん帰れないんだ』
『じゃあ、あさっては?』
『明後日も、たぶんまだ、無理だと思う』
『んー、じゃあいつかえるの?』
帰れることが当たり前に思っているミーユの問い掛けに、誤魔化し続けることが限界だと悟ったレンは、大きく息を吸い、ふーっと吐いて心を決めた。
『みゆちゃん…いや、ミーユ』
レンが、この世界の人たちと同じ呼び方をしたことにふと違和感を感じるミーユ。
呼び方をあえて変えることで、幼児でもレンの雰囲気が変わったとわかる。
レンがそれを狙ってやったかどうかは別として。
『たぶん、しばらくずっと帰れないんだ』
『どうして?』
『ミーユは、ここがどこだかわかる?』
『……んー……まほーのくに?』
レン達が生まれ育った日本では、魔法の国といえばデッカい黒鼠のキャラクターが代表的なテーマパークを指すことが多いが、ミーユの年齢ではまだその連想には至らない。
学校には行っていたが、引きこもり気質のレンも、そういうオープンな世界はどちらかというと縁がない。
けど、続けてレンの口から出た言葉は、そのテーマパーク関連だった。
『ミーユは、“不思議の国のアリス” って知ってる?』
『しってるー!!じゃあ、ここはふしぎのくに?』
『んー、たぶんね』
幼児に話を合わせるのが上手いレン。
『アリスは、ウサギを追いかけてたら不思議の国に迷い込んじゃったでしょ』
『うん』
『ミーユは、ウサギじゃなくて蝶々を追いかけて、不思議の国に来ちゃったんだって、覚えてる?』
『うん。むらさきいろのおっきーいちょうちょだよ!!』
『そうだね。本当は、あの蝶々をまた見つけないと、元の世界には帰れないんだ』
レンが思い付きで言った誤魔化しは、実は当たらずとも遠からずであるが……。
『えー!!じゃあ、あしたさがしにいこう!!』
『それがね、すごく難しいんだ』
今度は、ほぼ正解である。
『だから、他の方法で帰ろう』
レン…いや、藤田蓮次郎として生まれておよそ17年と9ヶ月、彼は初めて大きな嘘をつこうとしていた。
しかも6歳の幼女相手に。
『よく聞いてね』
『うん』
『この世界では、魔物を倒すと強くなれるんだ。カーズさんやミルクさんたちのお父さんが、そうやって強くなったってノートに書いてあった』
『うん』
『魔物をいっぱい倒して強くなったら、お家に帰れるよ』
──僕は、6歳の幼女に何を教えているんだ──
レンの心の奥底では、罪悪感がマグマのように波打っていたが、それ以上に、妙な高揚感が表層意識を支配して、苦手な嘘をついている筈なのに、コミュニケーション不得手のレンが饒舌に語る。
『つよくなるの?みゆが?』
『僕といっしょにね。強くなって、2人で日本に帰ろう』
『つよくなったらおうちかえれる?』
『うん』
どこからこんな自信が出てくるのがわからない
『強くなったら』
けど、自分に言い聞かせるように
『帰れるよ』
絶対に帰るんだという意思を植え付けるように、レンは言い切った。
ママにあいたい
ママにあって、ぎゅーってしたい
いつもねるときは、ママがぎゅーってしてから、でんきをけすの
そうすると、まっくらでもこわくないでしょ?って、ママがいうの
でも
みゆ、ほんとはしってるんだ
ママもまっくらはこわいんだって
みゆがほいくえんのとき
ママがないてたの
どうしたの?ってきいたら
ごめんね、っていって、みゆのことぎゅーってしたの
みゆがいれば、だいじょうぶよねって、ママいったから
よるねるときは、ぎゅーってしてっていうようになったの
みゆが、ママにぎゅーってさせてあげてるの
ママ、ひとりぼっちでだいじょうぶかな
みゆがいなくても、だいじょうぶかな
みゆね、ママにあいたいから
がんばってつよくなるんだよ
れんにいちゃんが、つよくなったらおうちにかえれるんだって
いまは、ふしぎのくにのアリスみたいなところにきちゃったけど
まものっていうのをいっぱいやっつけたら、つよくなれるから
みゆ、こわいけどがんばってつよくなるよ!!
れんにいちゃんといっしょだから、だいじょうぶだよ!!
ねえママ、さみしいよ
ママにあいたいよ
ママも、みゆにあいたいってないてないかな
ねえママ
あいたいよ
はやく、おうちにかえりたいよ…
『みゆちゃん…』
寝言でママを呼びながら涙を流すみゆの頬をぬぐい、レンはみゆをそっと抱きしめた。
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