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彼は嘘を愛し過ぎている  作者: さもてん
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イザヤとの別れ

最近どこか自分が変だ。


これも全てあの金髪変人男のせいに違いない。


イザヤは一人自室の窓辺に寄りかかりならそう思った。


ヒョウと初めて会った時にすぐ気づいた。

『あの男』に似ていることに。


だから、腹を立てさせてやりたかった。ほとんど本能的なもので口からペラペラとでる適当な嘘を並べ、相手に共感し、心配し、信用させた上で、全てを奪い取る。

そうすれば簡単に相手を絶望に追い込める。 


どこかの拍子で会えば、きっと奴は俺を本気で殴るだろう………とそう思っていたが。

実際に会った時に『注射器で毒』だなんてセコい真似使ってきやがったから、反撃してみれば、かなりヘッポコで、逆に戦う気が失せてしまった。


半端強引に自分の下につけさせたまではよかった。

けれど奴は言われた仕事は黙々とこなすが、何をしても響かない。どんなに煽っても、腹立たせてもあの男はスルリと流してしまうだ。


この地下世界で気が短くない方が珍しい。

イザヤはまるで新しいおもちゃを見つけたかのように奴を怒らせる策を練る。


(もちろん、それは俺を殴らせるため♪)


やがて、奴にも性癖があることを知った。

傷を触るという、至って異端な悪癖。


イザヤは迷わずそこを狙った。こいつがこんなに動揺し、抵抗したのは初めてだったから。


欲しいままに、望んだ通りに触れられて、ようやく自分の思い通りになったと喜んだ反面、こいつが自分の体に欲情しているの事実が少し嫌だった。


殴られてはいないが、触られることが嫌だった。




………なぜ?


(俺は痛いのが好きなんだ。なのに…なんで?)


(そうだ。触るだけだなんて生温いもの好きじゃない。そう………ただそれだけだ。)

そう言い聞かせてみても、心の片隅にモヤモヤとしたものが残った。

 


奴が殻に閉じこもった時も似たような気持ちを感じた。たしか時計屋に貸していたヒョウの時計を返した後のことだった。


『地上に出るのをやめる』だなんてらしくないことを言った奴を不審に思い、南に行ってみればなんとびっくり、なにやら深刻そうに悩んでるじゃありませんか。

 

イザヤはここに来る前までおちょくってやるつもりでいた。

しかし、奴の後ろ姿をみてその気持ちも失せてしまった。

彼の周りだけ、暗く、重く、そして息苦しそうだったから。

 

その感情はイザヤはよく知っている。その雰囲気はどんなに離れていてもひと目見ればその負の気配だけは分かってしまう。

 

気がつけば、慰めてやっていた。

自分らしくない臭い言葉も吐いていた。思い返せば反吐が出そうだ。


 

イザヤは痛いのが好きだ。あの肉と肉がぶつかり合う音、一瞬にして駆ける痛み、骨が破壊される音、我慢できないほど痛いはずなのに、それが気持ちよく感じてしまう。


自分でもおかしいとは思っている。しかし、止まらないのだ。止めようにもブレーキが破壊されている。


この汚れきった心と体は、そしてそうなってしまった原因である“  ”は消すことはできない。


これから先、何があっても、誰にも“  ”を自分の口から話すつもりはない。

墓に入るまで“  ”は一緒だ。



(俺の中にあるものだから、俺の中で死んでくれる。)


それでいいと思っていた。


………だけど。 


だけど最近、それが少しおかしい。

きっかけはヒョウを慰めてからだ。

あろうことか奴は俺になつき始めた。傍目からでは全然そんな風には見えないだろうが、話してみれば分かる。


奴が普通に話し、軽口を叩き合うなんて全くもって尋常じゃないことだった。


イザヤはさぞ退屈さを覚えたことだろう。今まで遊び甲斐があったはずのおもちゃが途端につまらなくなってしまったのだから。 



しかし、奴の側にいると、なぜか暴力の中に身を置くのを控えている自分がいることに気がついたのだ。


五日に一度、酷いときには三日に一度だった、マゾタイムがヒョウという存在一つで極端に減ってしまった。


理由は分かっている。

アイツの無関心さが心地よいからだ。自分が相手に何も求められていないのだと知ると、安心して身を置ける。

そしてアイツが医者だから、心のどこかで自分を直してくれるのではないかと思っていた。


けれどまた別の気持ちに、《あの男》に似たアイツにひどく、壊れるほど殴られたいと思っている自分がいるのだ。


だから、ヒョウが南に行きたいと行ったとき心から喜べたんだ。


『これでやっと、俺が俺に戻れる。』と

この正反対の、矛盾だらけの気持ちともオサラバできるって。



それなのに…………


✱       ✱


ガチャリと扉が開いた。

イザヤは窓辺に向けていた顔をそちらに移すと案の定、ヒョウがいた。


(そういえば………もう一週間経ってたっけ?)

時間の流れは残酷なほど早いものだ。アラタから話は聞いていたがこの一週間コイツは礼儀正しく、各所に挨拶回りに行っていたらしい。


奴の持っていく少ない荷物は奴の部屋に置かれている。


「部屋、間違えてるぞ?ここは西の頭首様の部屋だ。許可を取らねぇと本来なら首チョンパだかんな?」


「君は俺の部屋に許可なく入ってる。」


「俺の城だからいいんだよ。」


「……プライバシーって知ってるか?」


「おやおや、部屋貸してもらっている分際でよくそんなにお口が回ることで。」


「…………。」


「アハハッ、グゥの音も出ねぇって顔してるなっ!」


「……………………………グゥ。」


「お前……そのボケスキルをどこで覚えてきたんだ?日に日に磨かれてるよな。」


「君の影響だよ。」ヒョウはドアの近くから動かなかった。静かに黙っている彼を見てイザヤは不思議に思う。


「お前、宴会抜けてきていいのかよ。」 

西を出ていく者に対して宴会を開くのは恒例行事だ。その主役が出てきてしまっていいのかと彼にやんわりと伝える。


「みんなただ飲みたいだけだし、特に親しい人もいないから。」


「カズやアラタがいるだろう?」


「カズさんとは二日前に飲みあった。アラタはんは………挨拶を済ませたから別にいいかなって。」


(あらいつの間に。)


彼は続ける。「それに、君もいないから。」


「フフッ、なんだよそれ…………寂しがり屋かよ。サヨナラのキスでもしてしてやろうか?」

冗談めかしてイザヤは笑う。



ヒョウはムッとしたような顔になり不満そうな顔でこちらに近づいてくる。


(あーあ。この顔で殴られたら最高なんだけどなぁ。)

そんなつまらないことを考えていた時……。


イザヤの頬に彼の手が添えられ、そのまま口づけをされた。

 

「……ーーッ。」

イザヤはあまりに驚き、つい彼をグイリと押し返す。


「………な…ん」「仕返し。」


ヒョウは平然とした表情でそう言った。


✱      ✱


ヒョウはものすごく腹を立てていた。初めてイザヤからキスされたことをかなり根に持っていたのだ。ここから出ていく前に一度でいいから彼に一泡吹かせてやりたいとずっと思っていた。



イザヤは驚いたように、ヒョウの胸をグイリと押し返す。


「………な…ん」「仕返し。」

 

思ったよりも難しいものではなかった。が、空気を気まずくするには十分のものだった。


ヒョウはその動揺を相手に悟られないように平然とした態度を取る。


イザヤはしばらく固まったまま動かなかったが、やがて一つため息をつくと上目遣い気味に下からこちらを見つめて「俺が教えてやったキステクも忘れちまったのか?」と挑発する。


「……え、いや。」早くもう一つの目的を果たしてさっさと帰ろうと思っていたヒョウは、予想外の事態に狼狽える。


このままの流れで逃げてしまったは本題が話せなくなる。それに、今回も自分が負けてしまっているような気がしたから。


「口………開けろよ。」動揺を隠しながらもヒョウは言ってしまった。彼は口を少し開ける。 

ヒョウは半端投げやりな気持ちで顔を近づけ、唇を重ね合わせた。

唇を食み、舌を捻じこむと、イザヤの腕がヒョウの背中に回される。少しずつ蕩けていっているイザヤを抱きすくめながらぎこちなく唇を貪った。


「んぅ、ん、は………っ。」


普通の合わせるだけのとは違う、熱く、そして気持ちがいいキスにヒョウは息をするのも疎かになって、少し苦しかった。


「もう、い………」「…ん…ダメ。」イザヤは俺の膝の上に乗り、頭を押さえつける。

そして舌を軽く吸われると、ヒョウと負けじと更に深く口づけする。


「…ンン……プハッ……鼻で呼吸すんだよ。鼻で。………そうそう。上手いじゃん。」


「イザヤ……」ヒョウは頬を火照らせながら、唇を放した。やはり慣れないことはするもんじゃない。思ったよりディープで疲れた。


「君に伝えたいことがある。」

ただでさえ自分よりも身長が高いのに、更に膝の上に乗っているので必然的に彼を見上げる形になってしまう。  


「……なんだよ。」


「君はもう少し働いたほうがいい。部下に押し付けすぎるとそのうち首を狙われるぞ。」


「は……。」


「まだある、老若男女関係なく誰でも誑し込もうとするな。その分二倍の恨み言になってこっちに返ってくる。」

彼は知らないだろうが、呪いの手紙や、西の城の窓に不吉な文字が書かれていたり、彼の恋人を名乗る何名かがヒョウの部屋を襲い込んだりしたこともあった。(医務室は基本鍵を閉めない。)

彼の振りまいたツケのトバッチリを食らうのは彼ではなくヒョウやその部下なのだ。


「……せっかくのムードを壊すなよ。」文句に飽き飽きしたように彼はため息をついた。

 

 

「あと、」


「まだあんのかよ。」


「ここに置いてくれてありがとう。」

言葉にすると、少し照れくささが交じる。

だけど、彼にはこれを伝えておきたかった。


「ここで生活するの、本当に辛くて大変だったけど、君のおかげでなんとかやってこれた。ありがとう。」


「…………。」


「俺と、出会ってくれてありがとう。」


「…………。」


さて、用件が済んだのでそろそろ帰ろうとした時膝の上に乗っている彼のソコが硬くなっていることに気づく。


「…………。」


(どうしよう、すごく帰りたい。)

ヒョウは心の奥底からそう願う。彼とここまで戯れるつもりで来た訳ではなかった。


「イザヤ……そろそろお開きにしよう。」

ヒョウはそれとなく終わりを匂わす。


「分かった……」意外にも彼はすんなりヒョウの意見を聞き入れた。


「………でも、もう少しこのままで。」そして体を傾けてヒョウの肩に彼の顎を置いた。 


「うぉ………い、イザヤ。」


「………何もしねぇよ。約束しちまったからな。」


『……一度だけだ。それ以上絶対やらない。約束だからな。』


『アッハハ、オッケー。約束な。』


彼なりにあの時の言葉を守ろうとしてくれているのだろうか。


そう思ったら

(コイツ………かわいいな。)


素直にそう感じられた。

ヒョウは迷ったが、やがて彼のその黒い髪に触れ、優しく撫でた。初めて触った気がする。


(もう少し、話しておけばよかった。)


(もう少し、触れておけばよかった。)


(もう少し、知っておけばよかった。)


今更どうにもできない事を今になって後悔した。

イザヤからフワリとした温盛が伝わってくる。


(いや……まだ何か出来るんじゃないか?)


借りを返したいという綺麗事を建前にヒョウもこの温もりから離れるのが惜しかった。

あと一分、一秒でいいから長く側にいたいと感じた。


「イザヤ………」「………ん?」

 

「触っていい?」

 



ヒョウに出来ること、イザヤにもしてあげれること、それは自らが立てた約束を壊すことだけだ。

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