東の頭首になりまして。
「おぉイザヤ。……いや違うな、西の頭首よ。用は済んだのか?」
「えぇ、頭首として大切な会議に穴を空ける訳にはいきませんからね。」
ニコニコと穏やかに笑う二人とは反対に俺の体はピシリと固まった。
何かの冗談なんじゃないのかと思った。けれど南のボンが引き下がったのをみて、嘘ではない事が分かる。
「な、なんでテメェがここにいるんだ!!」
そこにいるはずなのはアズマのはずなのだ。
奴の胸ぐらを掴み、グイリとこちらに引き寄せる。背が伸び、髪を肩より上にバッサリと切った奴は引き寄せても宙には浮かなかった。
久しぶりに会ったが以前より逞しく、そしてより色気が増している。
「おやおや、これはこれは……」
「お、おいどうしたんだお前達。イザヤ、この男と知り合いだったのか?」北が戸惑いながら俺たちの間に割って入る。
「コイツはっ「彼は西にいたときの私の先輩です。よく彼にはお世話になっていました。」俺の言葉を遮るように奴はそっと言う。
「久しぶりの再開に歓喜するのは良いことですが、ここではやめておきませんか?あまり騒ぎ立てるのはよくないものかと……。」
蛇のように鋭い目が一瞬にして俺の心を凍らせた。
“余計なことを言ったら潰すぞ”
その瞳が遠回しの脅しを訴えていた。から
俺は舌打ちしながら奴の胸ぐらから手を放す。
「……席を外してもらってくださいませんか?」今まで聞いたことがないほど丁寧な口調で北と南、その側近達に退出を促す。
「だが………。」渋る北に対して奴はふんわりと笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。彼と“飲み交わす”約束をしているだけですから。」カズと呼ばれた奴の部下が酒のグラスをテーブルに置く。
北は少し迷っていたがやがて、「部屋一式貸そう。」と大胆なことを言い出した。
「………ほどほどにな。」ドアが閉まるのを直前に北はそう言った。
静かな静寂が二人の間を走る。
その静けさが抑えていたはずの俺の怒りを掻き乱した。
「どういうことだ!!なんでアズマじゃくてテメェが頭首なんだ!!」
「さぁ、俺にもサッパリ……とか言ったら怒りますか?」
ヘラヘラと笑う奴を前に爪が食い込むほど拳を握りしめる。
「……手紙が来たんだ。確かに来た。……だか、それもテメェが書いたってことか?」
「それは本当ですよ。アズマは確かにあのときは頭首でした。」
「………あの時だぁ?テメェッ」「どうどう。話を聞いてください。
西の頭首が病に侵されて、次期頭首の名前が挙げられたのがアズマです。俺は頭首になりたかったのですが、アズマの事を信頼している輩どもを直接相手をするのは大変だと思いまして、彼と直接、側近の座をかけて勝負したに過ぎません。」
「アイツがお前との勝負を受けるはずがない!!」せっかく頭首まで登りつめたのに部下である奴の勝負を受けるだなんてあり得ない。
「いいえ、受けざる得なかったんです。………アンタの安否がかかっていたから。」
「…………あ?」
「東の頭首にクーデターを起こすつもりだったんしょう?俺は前からそれを知っていたんです。だからアズマにこう言いました。『頭首の座をかけて勝負してください。さもなくば東の頭首に告げ口しますよ?』ってね。」
「お前にそんな事できるほどの情報量があるとは思えん。」
「……アンタが言ったんだろう?信頼がなくちゃいつか潰されるって。この五年間結構頑張ったんだぜ?」そう言って見せたのは、俺がアズマ宛に贈ろうとしていた東にクーデターを仕掛けるための作戦を記した紙だった。
けれど、それは捨てたハズ……。
「なんでだよ………。」絞り出したような声に、彼は気だるそうにこちらを一瞥する。
「なんで………西なんだよ。いいじゃねぇか。南でもよ。お前が頭がキレるのは知ってる。でも、なんで西の………よりによってアズマなんだ?」
この世は弱肉強食。騙した者が勝つ。
彼のフィールドに飲み込まれてしまっては最後、立ち上がる事は不可能だ。
(知ってる。……ちゃんと分かってる。アズマは仲間思いの良いやつだ。アイツは必死になって俺の事を庇ってくれたに違いない。)
アズマがこの世にいないのだと。頭首の座をかけるとはそういうことだ。俺があのオッサンを倒したように。一つの席に二人座るだなんて、無理なのだ。
俺なんかの……俺なんかの為に
「気まぐれ。」
それ以上でもそれ以下でもないように、奴は言った。
バコンッ!と大きな音がした。
奴を殴っていた。こんなことをしても意味がないと、逆効果だと分かっているのに……それでも止められなかった。奴が後方にぶっ飛び、尻餅をついたのと同時に腹に蹴りを入れる。
「くはっ……。」と小さな、喘ぎにも近い声が耳に入る。俺は顔以外ノーマークの奴をボコボコと蹴り続けた。本当に構えのないやつだ。
俺の心は今、ドロドロで汚れた気持ちでいっぱいになっていた。
怒り?憎しみ?悲しみ?憐れみ?……全てだ。
「………ッ!」
やがて顔だけをやたらと隠している奴に腹が立ち、その腕を蹴りつけ、どかそうとする。しかし奴はそれを拒む。蹴りつける。拒む。
俺はそれすら腹が立ち、腕を掴んで顔から剥がす。
奴は、俺を見ていた。
ナイフのようなギラギラとさせた目を潤ませ、頬は紅潮していた。
俺が殴り、蹴るたびに喘ぎ、そして悦んでいる。
腸が煮えくり返るほど、怒りが心を覆い尽くしているのに、体中は奴を自分の手で快楽の海に覚えさせているのが堪らなく興奮した。
………分かっている。矛盾しているということぐらい。
けれど一夜を共にした時にも見せたことがない表情に、俺は取り憑かれてしまったのだ。
「あ………くっ……、首………絞……て。」
奴の首に手を掛ける。「………あっ」と小さな悲鳴が聞こえる。それでも抵抗しない。
俺はコイツが嫌いだ。
マゾだし、気持ち悪りぃし、どこか浮ついている所がすこぶる、嫌いだ。
だから、俺がコイツを好きになることなんて、絶対にあり得ない。
✱ ✱
「頭首、これで本当にいいのですか?」メガネをかけた部下の一人が不安そうに問いかける。
すっかり頭首と呼ばれるのも慣れてきた頃、俺、東の頭首は北からある一通の手紙を受け取った。
それは東西南北で平和条約を結ぶための承認を求める書類だった。
東は間髪入れずに同意の手紙を送った。
今まで東西南北すべてのギャングは全員が敵だった。
戦争なんて当たり前、悲鳴、泣き声はバックミュージックのようなものだ。
敵を撃つのが日常だったのに、突然その敵と、仲良くしろだなんて言われりゃ、当然反対する奴は出てくるだろう。
しかし、自分の命を救ってくれた北の頼みであるならば、聞いてやりたいと思ったのだ。
「もしここで断れば、それこそ俺の首が飛ぶかもしれない。こういうのはいち早く北に信頼を売っておくのが一番なんだよ。」言い訳臭くなってしまったが、部下は目を輝かせ「流石です。」と言った。
手紙をあの男に任せて、俺は椅子に深く腰掛けた。ふぅ〜と大きなため息がでる。
あれから、奴と俺は一度も会っていない。もう会いたくないと思っているが、お互い頭首になってしまった今、嫌でも顔を合わせなくてはいけない。
俺はその時感情を乱さず話し合えるだろうか。北と同盟を組むのはいい。むしろ願ったり叶ったりだ。
南のボンは、不正があったらしく引退したらしい。長年の純血を重んじていた南も崩れるであろう。(ざまぁみろ。)
新しく来たやつは素肌の上に白衣と変わっていたがボンと比べりゃ、会話が成り立つので良いだろう。
しかし……アズマを死に追いやった西だけが、どうにも許せない。今でも考える。あの時、女を巡って男に殴られていた奴を助けなければこんなことにはならなかったのではないか、と。
トントントン
「失礼します。あの……頭首。」ガチャリと半分扉が開いて顔を覗かせたのは先程出ていったはずの眼鏡の部下だった。
「なんだ?もう終わったのか?」
「いえ、まだ終わってはないのですが来客が……あ、ちょ……おい、お前。……おいっ!勝手に入ってくるなっ!!」
「よぉ、久しぶりだな。そこの景色はさぞ気持ちいいだろうな、東。」
俺の断りもなくズカズカと入ってきたのは、死んだはずのアズマだった。




