運び屋事件4
それは昨日の夜のこと。
教えて貰った場所はよれよれな家だった。
(本当にこんな所で大丈夫なのだろうか。)
他にめぼしい情報が全くなかったので仕方なくここに来ていた。今まで男がたずねたた人は皆口をそろえてここに行けと言っていた。
ここの世界では噂は宣伝効果がある。
住民がここの店はいいと格付けすればそこは賑わうし、当然逆も然りだ。
ドアを開け中に入るとそこには白い髭を生やした老店主がいた。彼は男の姿を見つけると、
「これはこれは、珍しいお客さんですな。」少し首を傾けて中年の男は言った。
自分の正体を見破った上でのこの言葉なのかは分からない。
「情報を寄こせ。」
言うまでもなく、ここは情報屋だ。
「ごんな内容でございましょうか?はい。」
「黒髪の女の場所だ。いつまで経っても見つからない。」机をドンドン拳で叩きながら男は店主を見た。
「ほうほう、それはどんな職業されている方ですかな?」
「運び屋だ。」
「ふむふむ。それでしたら運び屋の少女の事ですな。…あ、そういえば今日、運びの少女が金髪の男に……」
「マヒョウがナンパしたのは知っている。他のだっ。」
たまらなくなって叫ぶと老店主はどうどうと落ち着かせる。
「まぁまぁ、続きを聞いてくださってもいいでしょう?その後、女は娼婦が現れてそのまま連れて行かたそうです。その金髪の男と共に。」
「……くそが。」
やはり運び屋とグルであったか。そうであればきっと花街で少女を匿っているであろう。今からボブと一緒に行って男と運び屋を始末して貰う必要がある。
「…アリガトな。世話になった。」
老店主に背を向けると彼は慌てたような声を出した。
「あぁ、お客様。花街には20を越えるほどの娼婦店がありますよ?場所は知らなくても良いのですか?」
男はピタリと足を止めた。確かに探す手間を考えたら聞いてしまった方が早い。
「ありがとうございます。…ここからはお時間ですので少々代金を頂くことになりますが…いやいや、必ずや聞いて後悔はさせません。はい。」
「話せ。」
「もともと娼婦というのは“客を楽しませる”というものでただ単に売春するだけではありません。そして大切な物は保守するのも娼婦でございます。もし運び屋の女が娼婦の店の禿、娼婦見習いになったのならそれはそれは女達から保護されますよ。しかもそれが顔が良く、将来有望な花となるのなら尚更……。加えて建物内は実に複雑で場所までは分かりかねます…。」
「あ?つまりテメェは部屋の場所だけじゃなくて場所すらも分かんねぇって事か!?」
「いえいえ、最後までお聞きください!私が言いたいのはですね、場所をわざわざ探し出さなくてもいいように向こうから案内をさせてしまえばいいのですよ。」
「…は?」
「差し支えがなければ一つ、よろしいですか?その金髪の青年とはどういうご関係で?」
「知り合いだ。」
「それはその少女に関係ある、そしてナンパしていたと解釈してもよろしいですかね?」
「そうだ。」
「ならば彼にですよ。あの男は少女と何かしら関係があるのでしょう。でしたら貴方様が諦めたと知れば相手は安全を確信して彼女達の元に行くでしょう。」
「………そんな簡単にいくものか?」
「いきます、私が断言しましょう。なぜならば金髪の青年はギャングなどではないからです。彼の名前は『一色 ヒョウ』といい、約半年前にここに落ちてきた男です。三ヶ月前くらいにある男から鶏を盗んだ犯人を探す依頼をされたことがありましてね、調べてみたところ彼は『入れ墨がないギャング』としてギャング界では一時期噂になりました。」
「……。」
ではあの時に見せた入れ墨は何かで書いた偽物だろう。
ギャングだと宣言しておいた方が商売やハッタリがスムーズに進むからだ。
それをしているのは自分も同じだった。
「じゃあなんで奴は俺達に近づいてきた?そのメリットがどこにもねぇだろ?」
「…彼が運び屋の少女に恋心を抱いているように見えます。もしそれで頼まれたのならば荷物を返せば恋仲になれるとでも思ったのでしょう。」
運び屋に置いて荷物は命だ。仕事の成果によってこれからの仕事が入るか変わる、命も惜しいが荷物も惜しいあの女は金髪の青年を使って取り戻そうとしたのだろう。
女が置いていった荷台と荷物を思い出す。
中には特にめぼしい物はなかったのだが。
「…ありがとうよ、助かったぜ。」
「お役に立てて幸せの極みでございます。では、代金を頂戴いたします。」
そしてマヒョウ………いやヒョウは情報屋の話を出すとひどく拒んだ。まるで自分の事を知られる事を嫌がるように。
* *
ヒョウは静かに黙っていた。
本当はここで何かを言うべきなのだろうがヒョウは何にも言えなかった。
(沈黙は肯定だぞ。)
男は何も言わないヒョウに思った。
「惜しかったな、荷物に無理矢理結びつけた所は良かったけどそんな甘い理由じゃあ俺達は出し抜けない。」
「……。」
「でも、場所を案内してれてありがとな。」
男はボムに目配せするとマヒョウに向ける銃の手を強める。
バンッ!!!
火花が散り、銃弾が放たれた…。
「ぎゃああぁぁぁ!!」
しかし叫んだのはマヒョウではなく、手を抑えるボムだった。
「……!」男がバッと、目を向けた先には窓がありその奥には高い建物からこちらに弾をぶち込んだであろう黒い人影がいた。
スパイナーだ。
身の危険を感じた男は窓とは反対側の出入り口に向かう。ドアノブを捻り開けたその奥には、右腕に入れ墨が入ったカズとその仲間達が待ち構えていた。
それを見て、自分は罠にかかってしまった事に気づいた。
(いつからだ?……いつから騙されていた?)男はひどく困惑する。見破ったハズなのだ。自分が勝ったハズなのだ。
………何故?
「捕まえろっ!」カズが命令をすると男達は一瞬でお縄についた。
マヒョウはその様子をみてやっと安堵しあの黒髪の少女の方に向いた。
「もういいぞ、イザヤ。」
すると黒髪の少女とは思えぬ低く、苛立った声がした。
「…こんなアホみたいな事で使いやがって。」
ヒョウは少し笑みを浮かべて男に向き直って言った。
「君達、ここではイケないお薬売ってるだろ?」
「………。」男は黙秘続ける。
「俺が言いたい事は分かるよな?ここで殺されたくなければ、お前の家と本営の場所の情報を今、くれないか?…じゃないと、あのお兄さんに拷問されるから。」
マヒョウはまだすねてそっぽを向いた黒髪の男を指さす。
「…ろ………。」
「なに?聞こえない。」
「逃げろ!ボム!!!」そう言うやいなや男はキツく縛っていた紐を気にせず近くにいるカズの部下に体当たりをした。
その隙をみてボムはいつの間にか紐抜けをした手に銃を持ちヒョウに向けて撃ってきた。
パンッパンッ!!
けれど走りながらだと上手く当たらず銃弾はマヒョウの肩を擦っただけだった。マヒョウは思わず驚いて、自分の肩を押さえた。
その刹那、窓から脱出を試みるボムの侵入を許してしまった。
「……あっ!ちょッオイ!」マヒョウは叫ぶ。
もちろんボムがそんな言葉で止まる訳がない。グングン進んでいく彼を止めれるのを期待できるのはスパイナーなのだが、動いた的はとても狙いにくいのでアラタが撃てるとは到底思えない。
「……っ!!」
そこに今まで拗ねていた黒髪の青年が動き出しボムに全力で体当たりをした。
頭に血が上り、出口以外の場所を気にとめることが出来なかったので彼の存在を忘れていたボムは簡単に押さえつけられた。
そして次の銃声の後には、ボムの息は絶えていた。
また再拘束された薬売人の男はそれはそれは、まるで魂が抜けたかのような顔をして、そのまま膝から崩れ落ちた。
マヒョウは怪我もボムの死体もまるで気にせず、シャツが血の染みた服のまま男に近づくと、また同じ事を聞いた。
「そんで、場所は?」
* *
全ての事が片付き部屋の片付けをしていると後ろから声がする。
「いい加減、その格好を止めてくれ。」
そこには黒髪のカツラを被ったヒョウがいた。彼の手には包帯が持っており、素早いスピードで怪我をしたマヒョウの肩の銃創を止血していく。
そして今、イザヤは金髪のカツラを被っている。
つまり、………そういう事なのだ。
「そんな顔すんなよ。」イザヤはヒョウの強張った顔をみてそう言った。
「え……。」無意識のうちにそんな顔になってしまったようでヒョウは急いで目をそらした。
「死体を見たからってそんな世界が終わったかのような顔をするな。」と、イザヤが言うにヒョウは口をへの字に曲げた。
そうして黒髪のカツラを外した。
イザヤはその本物の金髪を目の当たりにして今、自分のつけているカツラとは少し色が違う事に今気づいた。
やはりヒョウの髪色が一番《あの男》に近い。
「よくここの部屋を借りれたな。」イザヤもカツラを取りながら素直にヒョウを褒めた。
「君もよく騙せたな。」ヒョウもイザヤに感心した。
イザヤとヒョウが会ったのは ヒョウが裏路地に入るのを見かけた時だ。
事情を吐かせた所、何やら楽しそうな案件を抱え込んでいると知り、イザヤは急遽役者とした参戦することにしたのだ。
いいキャストにはいい舞台が必要である。したがってそのためには部下を総動員に動かした。男が誰に話し掛けてもいいようにエキストラ役として。
そして標的が話し掛けてきたら皆、こう言うのだ。“情報屋に行くといい”
後は簡単、情報屋になりすました部下にヒョウの個人情報をバラして信用を得て、ご覧の通り。
なにもマヒョウを信頼してもらう必要はない。
その間にイザヤに化けて貰ったヒョウには花街にある娼婦店の建物の『隣』の空き屋の一室を貸して貰う。本店を借りるのは金がかかるからだ。そして運の良いことに空き家のオーナーは少し前に貸しを作ったばっかりだったのですんなりオーナーしてくれた。
あとは娼婦店の中の様子をよく知っているヒョウに部屋の一室だけ必要なシーツやらベッドを持ち出し、あたかも『娼婦店』のように見させる。
それでもかなり金がかかってしまったが、裏世界の人間が持っていってしまう金の被害総額はケタ違いなので、今回の事件はイザヤにとっても都合が良かったのだ。
* *
「毎度、ありがとうございました。」
荷台と荷物を受け取ったヒョウは運び屋の少女と共に受取人に荷物を渡した。
一日も遅れてしまったので受取人に怒鳴られるかと思っていたがそんな様子は全くなかった。きっとこれもイザヤが裏で何かしてくれたのだろう。
仕事が一段落したところホッとしながら「帰ろう」と少女に促した時だった。
「ごめんなさい。」
蚊の鳴くような小さな声で少女は謝罪した。
「私が引き起こしてしまった事なのに、本当は私が終わらせなきゃ駄目な事だったのに
……ごめんなさい。」
ヒョウは頭をポリッとかいた。
「運が悪かっただけだよ。それは君のせいじゃない。」
「でも、そのせいで関係ない人までにも、迷惑かけた……ごめんなさい。」
ヒョウは静かに彼女を見つめていた、まだ成人していない少女がこんなにも謝っている。これを普通の大人は出来るだろうか?いや、きっと出来ない。
そんな少女をヒョウは自分の中で妹のスズに重ねていた。
もちろん、誰かを誰かに重ねるのは悪いことは分かっている。
けれどその責任感の強さと言い気の強さといい、時折見せるそのあどけなさは、やはり自分の心の思い人を彷彿させてしまうのだ。
ヒョウはやがて口を開けて言った。
「君と俺が会ったのはある意味『縁』だと思ってる。」
「……?」
「俺が前に君に会わなければ、多分今の自分じゃなかっと思うし、助けようとも思わなかった。」
あの時少女とイザヤを間違えて声をかけなければ、きっとイザヤに賭けを挑もうとも思わなかったし、東の頭首の側近を踏みつける事はなかった。些細なきっかけで出来事で人生ががらりと変わってしまうことはあるのだ。
「…お、大げさだよ。しかも私あの時、すごく嫌な態度取っちゃったし…。」
「うん、大げさだったね。でも今もこんな所で、こんな俺が生きていけているのは奇跡みたいなもんなんだよ。だから………君は恩返ししてもらった程度に思ってていいよ。」
「……で、でも。」
「お互い無事だったんだから、それでいいだろう?」
そう言うと、少女は黙りこくった。
そして彼女ヒョウに泣きそうな顔で小さく笑った。
「ありがとう。…ヒョウ……お兄さん。」
その笑顔につられてヒョウもまた不器用ながらに微笑んだ。
「おやおやぁ?いつの間にかお兄ちゃんになったの?」
もう振り向かなくても声で誰だか分かってしまった。
「……イザヤ。」
「わぉ、可愛いな。そりゃあヒョウ兄も助けたくなるわな。」イザヤは少女に視線を移すとスッピンの彼女をごく自然に褒めた。少女は照れたかのように顔を俯かせる。
「…言うのを忘れてた。正直いうと今回の事はこのイザヤが……ング。」口をイザヤに閉ざされて言葉が詰まる。
「ヒョウがいて良かったな。」
イザヤは少女に笑顔を見せた。少女はますます小さくなりながらもコクコクと頷いた。
墨のような真っ黒な髪にボブヘア。肩幅こそ違えど下手すればイザヤと運び屋の少女は本物の兄弟といっても不思議ではなかった。隣り合った二人を見てヒョウは少し思った。
「あ、そうだ。お前あの部屋に忘れ物してたぞ?」
「本当か?ありがとな。」
ヒョウが手を出すとイザヤもその上に自分の手を握手するように乗せた。けれどその手の中は空であった。
「…だから早く取ってこい。」
「…………。」
なぜそれを知っているのなら持ってきてくれなかったのかと聞くのは野暮である。ヒョウはため息をつきながら娼婦店の隣にある空き家に向かった。
「………。」
運び屋の少女は二人きりになるとますます緊張した。今まで家族や仕事、ナンパ以外で男の人とは話した事がないので何て話たら良いのか分からない。そして彼は見惚れてしまうくらいのイケメンだった。
この時の少女はイザヤに気を取られてすっかり男のヒョウの存在を忘れていた。
「なぁ…君さ。」
ニコリと笑みを浮かべて彼は自分に尋ねる。その仕草だけで背筋がピンとなり頬がほんのりと赤くなった。
「は、はい。」
「家は、辛いか?」
少女は固まった。突然の言葉に驚いてしまったのだ。
「…え…っと。それはどういう…」
「…もし、もしも。どうしようもなく辛かったらさ」イザヤが言葉を紡ごうとしたその時だった。
後ろから中年の男がズカズカと近づいてきた。
少女は何気なくそちらに視線を飛ばすとヒッと小さく唸った。…父親だ。
イザヤが震える少女に気づいた時には父親はイザヤのすぐ側にいて少女の頭をその大きな手で抑えつけた。
イザヤが少女の危険を感じて蹴りをいれようとしたそのときだった。
「すいませんでしたっ!!!!」男は少女を抑えつけたそれと同じように自分も深々と頭を下げる。
「……。」イザヤはキョトンとした顔をした。
「うちのクソ娘が本っ当に世話になりました!ありがとうございます!!」今にも泣きそうな声で男は大声で言った。
イザヤは目を大きく見開いた。男に娘の事を伝えた事はなかった。どこかで少女は『親に心配される事がない子』だと決め付けていたからだ。
事実一日経っても運び屋の家族が少女を手当たり次第探しているという情報は聞いていなかった。娘が誘拐だろうと家に帰らなくても心配する事はない親。または自分達が生き残るために仕事を子どもに押しつけている親。そのどちらかと思っていた。
この中年の男の言動はまるで自分の娘がこうなることを知っていてあえて探さなかったかのようだった。
誰が…誰が伝えた?
「貴方が娘を守ってくれたお陰です。ありがとうございました。」
何やらイザヤを誰かと勘違いしているようだ。
(……あぁ、アイツか。)
頭の中でイザヤの格好をヒョウを思い出した。あのファミコンの事だ。自分の家族を基準に置いて『きっと家族は子どもを心配するだろう』という固定概念に乗っ取って動いたに違いない。自分の仕事以外の事を進めるだなんてなんて奴だ。
(…ま、いいか。)
家族がしゃしゃりでなかったお陰で上手く薬売人を捕まえる事が出来たと言っても過言ではない。それについてはヒョウを褒めてやることにした。
父親は何度もイザヤに深く頭を下げて感謝を述べた。そして親子は去って行った。
手を、繋ぎながら。
「………。」
イザヤは二人の背中が見えなくなるまで見続けていた。
荷物なんてなかったとプンプン怒りながら帰ってきたヒョウをなだめるのは大変だった。
「んじゃ、そろそろ愛しのマイホームに帰りますか。」
「……ありがとう。」唐突にヒョウは言った。
今日は何故かよく礼を言われる。
「………どーいたしまして。」イザヤも軽く言い返す。
「俺一人だったらあの子は死んでた。俺も死んでた…ありがとう。」
「だな、もっと感謝しとけ。」
「うん。ありがとう。」
するとイザヤに近づき、治療済みの肩にソッと触れた。そして
「ごめんな。」彼はポツリと呟いた。
「………。」
気持ちが悪いくらいに素直過ぎるヒョウにイザヤはどこか調子が狂った。頭をポリッと掻きながら冗談交じりに言う。
「じゃあ~ご褒美に傷でも舐めて治してもらおっかなぁ」ちらりと彼を見る。
「それは嫌だ。」
予想していた通りの反応が返ってきてイザヤはやっと微笑を浮かべた。やはりそれでこそイザヤが知るヒョウであり、イザヤが求める彼で合った。
「でも、それ以外だったらしてあげれる。」
ヒョウは無表情でこちらを見た。けれどその目はいつもよりどこか柔らかく、まるで自分に恩を感じているようだった。
「……ねーよ。」ぶっきらぼうに言い放つ。
「じゃあ見つかったら言ってくれ。その時はできる限りのこと、するから。」
言い終えて満足したかのような軽い足取りで去って行くヒョウに、イザヤはまた無性に腹が立った。
え?「マヒョウはヒョウじゃないじゃん!嘘つき!?」ですって?
ちっちっち、これはイザヤ(嘘つき)の小説ですよ。(キリッ)
今回は私のやりたいトリックものが出来て楽しかったです。次回も引き続き、イザヤとヒョウを宜しくお願いします。




