運び屋事件2
ショウと出会った花街の場所をヒョウはなかなか思い出せなかった。
今まで行ったことも、行こうとも思わなかったからだ。そういう所は下手に女に捕まればお金を巻き取られるし、娼婦と一夜を過ごすだけのお金すらもヒョウにはなかったからだ。
見覚えのある通りを勘と直感を頼りにドンドン進んでいく。
今更ながらショウと別れるときにしっかり場所を把握しておけば良かったと後悔した。
曲がり道を曲がると…
「きゃっ…。」
目の前から勢いよく飛び出してきた女の子にぶつかってしまった。
華奢な女は一瞬にして倒れた。
「あっ…すいません。」
ヒョウが謝りその子に近づくと驚いた。女はいつぞや出会ったあの死体運びだったからだ。
向こうもこちらに気付いたようでバッと立ち上がると、また自分を睨み付け過ぎていこうとした。
ヒョウは次の瞬間には彼女の足に丸い穴から何かが垂れ流れているのに目を奪われた。
血だ。
「ちょっ……待て!」
ヒョウは無意識に呼び止め、女の腕を掴む。
「いっ…や、やめてっ!!放してっ!」
掴んだだけなのに、そこまで?と思うほど女は声を張り上げ抵抗した。周りの人の視線を感じる。
「足の怪我してるだろ。走ったら悪化するから、ちょっと止まれ。」
どれだけ走ってきたのか足は紫色に変色していた。彼女が来た道を辿ると血がポタポタと垂れ続いていた。
「嫌ぁぁぁ放して!放してよっ!!そもそも誰よ!!!アンタには関係ないでしょ!」
「君を放っておけばそのまま死ぬから言っているんだ!失血死したいのか!?」
決してヒョウは傷口をしっかりと見たい、あわよくば治療したいから引き止めている訳ではないのだ……決して。
「嫌だ!!……なんでアンタにグチャグチャ言われなきゃいけないの!どうせアンタも私の体目当てでしょう?それで私を騙すつもりなんでしょ!!…なんで、なんで私なのよ!なんでっ…私がこんな目に合わなきゃいけないのよ!!アンタがっ…代われるんなら代わってよ!」
言っていることが全て支離滅裂だ。ただ怪我を治してやりたかっただなのに、落ち着いて話なんて出来なさそうだった。
一体どうすれば…。
「なに女を泣かせているんだ、ヒョウ。」
聞き覚えがある声がヒョウの耳に届く。
ガバッと振り向くとそこにはあの黒髪の褐色色の肌を持つ、彼女の姿があった。
「……ショウさん。」
ヒョウは小さく彼女の名前を呟いた。
ショウはパニック状態ですっかり取り乱している女の姿にため息をつくとスタスタと近づき、そして何を思ったのかギュッと彼女に抱きしめた。
ショウの豊かな胸に女はスッポリとはまると女は目を見開き、叫ぶのをピタリと止めた。そしてますます混乱する女にゆっくりゆっくりと背中をさすりこう言った。
「大丈夫。アタシ達は悪い奴らじゃない。お前が怪我していたのをヒョウは心配しただけさ、大丈夫。」
かすかに揺りかごのように揺れてショウは子守歌を歌うように言った。
「………わ、…わたし」
女は少し落ち着いたようで涙目でショウの顔を覗き込んだ。
「ん?」
ショウは子供を見るのような優しい眼差しで彼女を見る。その素早い行動と判断力に惚れ惚れしてしまった。
女はガタガタと震えながら言葉を続けた。
「私…こ、殺されたくないっ。」
彼女の悲痛の叫びは辺りに木霊した。
* *
「……はい、終わり。」
ヒョウはショウの部屋の中で女の足の銃創を手当てしていた。銃が入り込んでいるかと思ったが骨ではなく肉を貫通しただけのようだ。
……つまらない。
けれど貫通していたのにここまで走ってこれたのは素直にすごいと思えた。
よほど怖かったのだろう。
ショウが女に水を与えると涙でボロボロの顔の彼女は話し出した。
「私、運び屋なの。……今回の荷物は大切だったから近道の裏路地を通ったら、右腕に入れ墨がある男二人と金持ちそうな男が裏で何かコソコソ何かしてたの。
私に気付いたら男達は固まって、すごい怖い顔で私を睨み付けてきた。私っ…なんだか危ない気がして早足で逃げたの。そしたらバンッて音がして、振り向いたら男が銃を持ちながら追いかけてきた…そこからはもう必死で…。
でもっ…私本当に何にもしてないの、怪我させられる覚えもない!」
「……そうか怖かったな。よく逃げたよ。」ショウはそう言って女の落ちかけた化粧がこびり付いたタオルでゴシゴシと拭いた。
(……羨ましい。)
なんだか妹に母を取られた気分だ。
化粧がドンドン落ちていき女がスッピンになるとヒョウはふと違和感を覚えた。
化粧をつけていた時とのギャップもあるせいか、この子の身長が高かったせいか、彼女は女性というよりかは少女のように感じさせた。
気がつくと、「君は今いくつ?」とたずねていた。
疑問に思いヒョウがたずねると女の肩は少し跳ね上がりまた警戒したような顔つきをする。
「アンタに関係ない。」
と言い放った。ショウにはあんなに懐いているのになんてヒョウにはつれない…。
「ヒョウ。女はね、隠し事の一つや二つはあるんだよ。」ショウも女を見て何か思ったようだがあえてそこを触れるなという風に首を振った。
「そうなんですね。
……見たところ13歳くらい?」ショウの言葉を適当に答えてヒョウは気になった事を突き詰める。
「……。」ショウに睨み付けられた。
「……悪い?年齢を偽らなきゃ相手にして貰えないのっ。」少女は小さく叫ぶように言った。
「……。」
少女とヒョウはジッと見つめ合った。
しばらくして、ヒョウが「別に悪くない。賢い生き方だと思うよ。」と言えば少女は目をパチつかせた。
だってここはどんな手段でも『騙した者』が勝つのだから年齢は関係ない。
「……とにかく、荷台を取り返しに…」無理に負傷した足を動かし立ち上がろうとする少女のショウが制止する。
「相手が誰かも分からないんだろう?…諦めな、それが賢明だ。」
「駄目!それは絶対にダメ!もし仕事を終えてないなんて事、親父にバレたら…。」
運び屋の少女はそこで言葉を止めて顔を青くする。きっとそういう家庭なのだろう。
「…じゃあ、俺が行くよ。」
ヒョウがさりげなくそう言った。負傷した少女は駄目で娼婦で生計を立てているショウさんも何かあったら駄目でそうなれば男のヒョウが行くのが最善だった。
「…え…で…。」
「気にしないでいい、困っている人を助けるのは当たり前だろ?」
不器用ながらヒョウは少女にニコリと笑みを浮かべた。
「……あ、ありがとう。」少女は下を向きながら小さくお礼を言った。
「それにさしあたって一つだけお願いがあるんだけど。」ヒョウは至極真面目な顔つきで厳かに言った。
「……?」
「俺の事はこれから『ヒョウ兄ちゃん』って呼んでくれない?」
ヒョウは決して、相手が可愛い美少女だから引き受けた訳ではないのだ。
* *
怪しい取引をしていた男達はやはり運び屋の女を探していた。彼女の父を偽り、町の者に聞き込む。そこまでして探さなければならない理由が彼等にはあった。
(物を見られた。)
男達は地下国で禁忌とされる薬草を売買している者だった。その取引を見られてしまっては大いに困るのだ。買ってくれた旦那にもキチンと始末する約束をしてしまった。男は弟分の『ボム』という丸坊主の男を連れて女を探していた。
一刻も早く見つけて処分しなければならない。あの女が運び屋であることは荷物を持っていたのですぐ分かった。
「あぁ、すいません。自分の娘を探しているんですけどぉ。」
そう言って男達は商売人に話しかけた。
可愛がっている娘が『最近誰かにつけられているかも』と相談した後、失踪してしまった。黒髪のボブカットで身長は高い厚化粧の19くらいの女だ、と。
すっかり同情した店の店主はペラペラと喋り出した。
「そういえば、そういう特徴の女が金髪の男にナンパされてたなぁ。彼女すごく嫌がっていた。」
「へぇ、どんな奴だ?」
「あー…見るからに染めていたチャラそうな奴だったがファッションは地味でイケてなかった。」店主はひげを触りながらそう口にした。
「ありがとう、恩に切るぜ。」男はそう口にしてその場を去った。
「あ、兄貴そんな町の連中に話しかけてもいいんすか?もし正体がばれたりしたら…。」ボムは怖ず怖ずと自分に尋ねる。
「バカ、聞き込みは探偵の基本だろう?…それに案外町にいる暇人は皆見てたりするんだよ、人をな。」
「なるほど、逆にあえて聞くんすね!さすがッス!」
ニヤリと笑いながら男は歩き出した。
すると前から金髪にサングラスにダボダボの緑のパーカを身に纏った男がトコトコとこちらに近づいてきた。
「ねぇ、そこの人?黒髪のボブカットの女を知らない?」
その言葉に一瞬してしまった動揺を急いで隠す。
「あぁ?テメェ一体何者だぁ?」
突然現れた謎の青年に食ってかかるボブを男はなだめる。
(バカ、ばれるだろうが。)
「んで?兄ちゃん、なんの用だい?」
もしかしたらさっきの店主が話していた奴かもしれないので適当に愛想を振りまいて情報を引き出すことにした。
男はギャングの裏世界で長年生きていているので身の振り方をよく知っていた。
(万が一コイツが『物』について知っていてなおこちらに近づいているのなら殺してもいいしな…。)
金髪男は話し出す。
「妹が失踪しちまったんだ。今日ちょっとケンカしちゃってそれから行方をくらましちまったんだよ。厚化粧で歳は19くらいの奴なんだけど、知らない?」
「へぇ…ずいぶん髪の色が違うみてぇだが?」 金髪の男が話す内容が自分達の作り話と被っていて、ますます警戒する。
「あー…これ染めてんの。似合うだろ?」
妹が失踪してしまったと言う割にはノリが軽すぎる。そしてこの青年の話を聞いてコイツは『何らかの理由』で男達に近づいて来ただと分かった。
それの真意は分からない。
そこで一つカマをかけてみることにした。
「あ、それってあの運び屋の女のことか?
知ってるぜ……でもアイツに男兄弟なんていたか?なんてそんな話『本人』から聞いたこともないぞ?」
「……ぇ。」
まずい所をつかれてしまったのか顔をしかめる青年。すかさず男は言葉でたたみかけた。
「そんでもって、俺があの子の父親だと言ったら……どうする?」
「……。」青年は黙った。
(アホだな、こいつ。黙っちゃ駄目だろう?)
何をするにもここでは、正直すぎたり嘘ばかり並べても駄目だが1番悪いのは沈黙だ。それは肯定してしまっていると言っても過言ではないからだ。特に自分がよくしているような取引をする時はどんな状況でも喋り続けないといけない。
「お前さぁ、一体俺の娘に……」
「それはおかしくないか?俺はその女の親父に会ってきたばっかりなんだぞ?顔も見た。」
金髪の青年がそういうと男はピクリと眉を動かした。
「……。」
「逆に聞く、君達はあの子に一体何のようなんだ?」
「オイオイ、お前が親の顔を見たっつうならお前が女の兄でないことを言っちまってるもんじゃねーか。」
「…………あ。」
青年はやってしまったと言わんばかりの顔をする。
(バカだ、この男。)
男はニヤリと笑った。
「嘘つき君はギャングとして放っておく訳にゃあいかんな?……おいボム。」
ボムは青年を無理矢理路地裏にズルズルと連れていくと雑に投げつけると、懐から銃を取り出した。金髪の男は取り乱すどころかあっけらかんとこう言った。
「なんだ同業者か、ならわざわざ嘘つかなくても良かったのに。」
「……っ!(コイツも裏の人間か?)」
「ギャングなんだろう?君も。」
自分をギャングだと勘違いするこの男に内心ホッとすると同時に驚いた。
「て言っても俺はギャングでも最近地上から落ちてきただけのなり損ないだけどね。」
青年は右の腕を見せると確かに黒い円柱の入れ墨があった。それがあれば大人として見られるこのギャングの世界では、たまに地上から落ちてきただけで人を殺さなくてもなれてしまうことも稀にある。
「……そうか、じゃあ先輩から聞くぜ?お前はなんであの女を探しているんだ?」
「……あの女に報復するためだよ。」
床に座り込みながら少し怒るように青年は言った。
「あぁ、何で?」
「あの女が走って俺にぶつかった所を親切心で助けてやったら、あのアマッ!ナイフで俺の右手を切ってきやがったんだよ!!
…だから居場所を突き止めて慰謝料を請求しようと思っただけだ。」
青年から執念と怒りがフツフツと感じられた。彼の左手には手首の裏から肘にあたるまで汚い布でグルグル巻きであり、そこから布にたっぷりと染みこんだ血があった。
(…コイツの言っている事は本当かもしれない。)
男はそう思い、ボムに銃を仕舞わせた。
「お前の言った通り、俺達はあの女の親父でも何でもねぇ。お前さんがあんまりに怪しかったからカマかけただけだ。……悪かったな。」
「別にいいよ。…あ、暇なら探すの手伝ってくれない?」
はぁ?と声を荒げそうになったが抑えた。これは相手が近づいた理由はどうであれ女の情報を掴めるチャンスなのではないかと思ったからだ。
「……報酬は?」
「女の体三等分でどう?」
「…悪くねぇな。」
「よし決まりだな!?ふぅ~ビビって寿命が軽く縮んだぜ。…あ、そういえば先輩は、歳いくつ?」
「………。」「…兄貴は33で俺は27ッス。」
勝手に口を開くボブのハゲ頭に一発拳をいれこみ、引きよせると羽交い締めをしてやった。
「俺はもっと若いわっ!(勝手な口を開いてんじゃね~~!!)」
「さ、サーセン。(いや…すごく自然に聞いてきたからつい!……く、苦しい。)」
幸い聞かれても支障をきたさない事柄だったので放してやった。
「え、まじで!?俺と歳近っ、じゃあタメロだな。よかったぁ、俺ここ来たばっかりだから助かるわ~。」
共通点を見つけたばっかりに調子のいいことをほざく男に心底呆れた。けれど正直でアホならば使いようによってはいい駒になる。
(信用をさせるだけさせておこう。)
「…そんで?お前はなんて呼ばれてるんだ?」
男はそうたずねると青年はためもせず軽く言った。
「マヒョウ。」




