仲直り編
「ハァ〜……。」実にいい湯だった。タオルで髪を拭きながらヒョウは深い感嘆のため息をつく。
フロじゃ。フロができたのじゃ。
北で入ったきりもう入ることはないと思っていたが、まさかここで(リフォーム先)で再び巡り合うとは。
「おー上がったみたいだな。んじゃ、俺も入ってくるわ。」
まるで自分の部屋のようにヒョウのベッドでくつろぎ、ヒョウの上着を着て、ヒョウの本を読むイザヤに冷たい視線を送ってやる。
「………?なんでむくれてるんだ?」
「……この際だからハッキリ言わせてもらうが、隣の部屋に君専用の豪華な部屋があるよな?あんなにいいのを使わないなんて宝の持ち腐れだから使ったほうがいいんじゃないかな?」
「大丈夫、俺宝は腐らせたい主義だから。」
「どんな主義だ?」
ヒョウはこめかみを押さえる。
「はぁ〜……今も西の子供はアセクセ働いてるんだよ。少しは見習ったら?」
「子供が汗臭くて………なんだっけ?」
「あーもー……。」アハハと笑うイザヤ。
ああ言えばこう言う、それが彼だ。何を言っても聞きやしない。
(…あのときの事、謝らないと。)
あのときの事……それはヒョウが彼の心の中の地雷を押してしまったことだ。彼は嘘をつくときいつも笑う。
あれをきっかけに二人の関係が別に変わってしまったわけでもない。(変わってしまったのヒョウのファーストキスくらいだ。)
彼は何事もなかったかのように振る舞うから、これから先、向こうから何もいってこないだろう。
けれど心がモヤモヤする。
誰にだって触れられたくない、隠しておきたいことはあるのだ。
それを無遠慮に触れてしまった自分ときたら……
「ふぃ〜〜……やっぱ風呂っていいもんだな。」
いつの間に入ったのか上半身裸の肩にタオルをかけたイザヤは患者用の革張りの椅子に座り、チラリとこちらを見た。
「………。」ヒョウはもう一つの椅子に座るとタオルで彼の頭をクシャクシャと拭いてやる。
(世話のかかるやつだ。)
その間に彼は何やらクリームみたいな物を体に塗りたくる。何かの薬品だろうか?好奇心に駆られてきいてみた。
「保湿。」
「……女子か!?」
でも確かにイザヤのように美しい肌を保つには日頃の手入れが必要だ。キレイでいられるのは彼の努力があるからかもしれない。
「肌をケアしたほうが傷が治りやすいんだ。またマゾられやすくなるだろ?」
……駄目だこりゃ。
結局イザヤが何かするのはあくまで自分の欲の為だった。
拭き終えると彼は服を着だす。背中に見えた大きな傷は痛々しい。
あれも過去の《何か》が原因なのだろうか。
心のモヤモヤが大きくなる。ヒョウは息を吸い込み口を開けた次の瞬間、ドアが開いた。
「と、頭首!!!……全くこんな所にいたんスか!?はぁ、昼食ですよ!」
カズはさんざんイザヤを探したのだろう。額から汗がにじみ出ていた。
「サンクー。」
そんなことも知らない、いや知っていても出かける風来坊の頭首は食事を受け取る。ついでにヒョウの分も持ってきてくれた。
今日の献立は海藻サラダとツナに《アラタ特性》のドレッシングがかけてある。
そして小麦からこねられたパンに野菜と鶏肉、卵、が詰まったサンドパンがだった。
意外だが彼は料理が好きらしい。(しかも美味い。)だからこうして暇があったら大好きな頭首に大好きな料理を振る舞っているのだとか。
そうするとヒョウのようにそのおこぼれが貰えるというわけだ。
「……〜〜!」
今日も相変わらず美味そうだ。彼はイザヤの体調やその時の旬に合わせたものをせっせと作って持ってくる。もちろん材料は高級。(鶏肉なんて普段出てくるやつとは食感が段違いだ。)
栄養バランス、見栄えは完璧。味も最高級。あんな顔しているけれど腕はプロ並みだった。
「あ、そういえばお前。かみさん元気にしてっか?」イザヤが唐突にカズに尋ねる。
「え?…ええ、まぁ。お陰様で。」
「そいじゃ、これ渡しとけ。」そう言って渡したのは小さな小箱だった。
「え……えっ!いいんスカ?こんな上等なもん!」
「お前を半年も借りちまったからな。その礼だ。」
「……ッ!」
「まぁお前が役に立ったかどうかは微妙「あっ…ありがとうございますっ!!」
「……おう。」
ドアがバタリと閉まりイザヤの「ぁ……毒味は」と言う小さな声は掻き消された。
はて?中身は何だったのだろう。
イザヤは、こちらに向き治りフォークですくった海藻サラダを差し出す。
「ヒョウちゃん、あーん。」「するか、ボケ。」
「んなこと言われたって、毒見役の奴は死んじまったから。」
「尚更嫌だ……って死んだのか?」
毒見役というのはエディもといスレッドもとい『ノヴァ』だった。彼は確か東に連行されたと聞いたが……
「自殺だ……ってこんな話食事中にするもんじゃねーな。はい、ヒョウちゃんあーん。」
ヒョウは一口食べながら考えた。あのサイコパスな男がそんなことするだろうか。何かが引っかかる……それにしても美味いなこれ。
気づくとイザヤは笑いを噛み殺していた。
人が食えと言うから食ってやったのになぜ笑われるのかがよく分からない。
「くふふ……ふふっ、いやぁ本当にあんたって面白いな。」
「そうか?」変わっているとはよく言われたが面白いと言われるのは初めてだ。
「言われない?」
「地上にいた頃、『独特な世界観を持ってるね』ってクラスの女子に言われたことはある。」
「ギャハハハハハ!!めっちゃオブラートに包まれまくってんじゃん!……ヒーヒー………やばい、……腹が痛い。」
イザヤは頬を染めて笑い続けている。ヒョウはそれを見て一瞬ドキリとした。今の状況なら謝れる気がしたからだ。
「い、イザヤ……あ、あの……。」
「うん?」
「あの……あのときは……ご、ごめん。」
喉がパサつき、言葉がつまりながらもヒョウは言い切った。
キョトンとしているイザヤに続ける。
「君を……怒らせるつもりじゃ……なかった…、ごめんな。」
恐る恐る上を向くとイザヤは困ったように優しく微笑んだ。
「怒ってねーよ。あれは…あの時のあれは………その、なんつーか。俺の栄光たる趣味をトラウマ?なんかで片付けられたくなかったんだよ。」
ニコリと笑みを作りながら彼は言う。
本当にそう思ってるのか?とは聞かない。
「そうか……ごめんな。」
「いーいーいーいー。ヤメロ。あんたに謝られるとサブイボが立つ。」大げさに両手で体を擦る。
「うん……ごめん。」
「い〜〜〜〜〜!」
「アハハッ。」
ヒョウは彼の昔のことを知らない。
けれどもう、知ろうとも思わなかった。
それで彼にあんな顔させてしまうくらいなら、知らなくていいと思えたのだ。
(願わくば……もう見たくない。)
黒い、黒いあの瞳を。
✱ ✱
イザヤはウィスキーを飲んだ。さすが上等の物で喉通りがいい。ほろ苦さがくせになる味だ。
いびきを立てずスースーと無防備に寝るヒョウに「懐いたものだな。」としみじみ思った。
彼の首にはまだ赤い手形がうっすら残っている。
彼が……死ぬかもしれないと思った。
東の部屋でヒョウが元気そうな姿を見て、背中に乗っていた重荷がとドッと降りた気がした。
胸の奥底から大きな安堵のため息が出るほどだった。
《怖く、ないのか?》
むかし彼に聞かれたことだ。
イザヤはそんなことを考えたことがなかった。感じたことすらなかった。
痛めつけられるのは気持ちいい。罵られるのは興奮する。
そしてまたされたい願う。
「………。」
もしかしたら、この感情のことを言うのかもしれない。
ヒョウの頭を慈しむようにソッと撫でた。
そしてふと窓の外を見る。窓からはスポットライトのような一本の光が見えた。
「トラウマなんて、安っぽい言葉で語るな。」
それはヒョウでも、誰にでも聞かせるわけでもなかった。
強いて言うならまるで自分に言い聞かせるように、静かに静かに呟いた。
久しぶりに血も出ることのない話を書きました。楽しかったです♪




