偽りの嘘を愛す
ゲホゲホと咳き込みながらヒョウは上半身を起こすと東の側近のあの眼鏡をかけた男がいた。
「あ、お気づきになられました。先生。よかった。」
安堵のため息をついた眼鏡男は温かい飲み物をヒョウに与えた。
未だに状況が飲み込めていないヒョウに彼は一つずつ話してくれた。
まずここは東の城の一室でヒョウはベットで寝かされていたらしい。
そしてどうやら東の頭首の命によりイザヤと自分(怪しげな医者)を護衛という名の監視していたのだ。火事騒動のすぐ後から始まっていたおかげでヒョウは一命を取り留めた。
ノヴァは東の牢獄に連行されたらしい。ペラペラと自分の殺した功績を話す姿が気味が悪いそうだ。
先ほどから頭がぼぉっとしてうまく動かない。実はここは天国で『すべてドッキリ~』なんてものじゃないだろうか?
「うわっ、生きてんじゃん。急いできて損したぁ。」扉が開いてイザヤとアラタが現れた。ヒョウは彼の顔をみて少しホッとした。別に側近に殺されかけたわけでもないのに…。
「うわって何だよ。死んでた方がよかったか?」
「…まっさか。喜び八割憂いニ割って感じ。」
「お前なぁ……。」
「いくら西の頭首だといえどもそれは言葉が過ぎますよ。」イザヤが嫌いな眼鏡男はギロリと睨み付けながら冷ややかに言う。
「いいですよ。いつもこんなもんですから。」
「……………。」
「話したいのは山々なんだが、これからここで地下会議なんだ。悪いが、簡潔に何があったか話してくれるか?」
エディがスレッドでノヴァであること。
死体は予め用意されていたこと。
その死体は西に住む旦那を探して、チラシを配っていた女性の夫の物かもしれないということ。
ヒョウは説明し終えるとイザヤは立ち上がり、一回ポンと自分の頭をなでた。
「サンキュウ。」彼は地下会議に向かった。眼鏡の男もイザヤと同じように去って行った。
「……。」「………。」
部屋の中に、アラタと二人きりになり少し気まずさを覚える。相手は自分の事が嫌いなのだ。
ヒョウは空気を読んでもう一度寝ることにした。そうすればお互い嫌な思いせずに済むからだ。
けれどなぜか足音がだんだん近くなり、やがてベットのすぐ側に気配があった。
(処……され……る?)
ヒョウは心中ハラハラしていた。目を開けるべきか否か。距離を取るべきか否か。
「…お前は、頭首の為に南に向かったのか?」
意味が分からずヒョウは片目だけうっすら開いた。
「頭首に火花が飛ばせない為にお前は南に行き、敵を空き地までおびき寄せたのか?」「え…。」
それだと格好良く聞こえるが実際はたまたまで偶然の奇跡だ。あの小屋に連れて行かれて、拳の皮の事に気づけなければ、あのまま殺されていただろう。
「いや……あの……」起き上がり否定しようと思っていたヒョウを置き去りにアラタは続ける。
「お前は頭首をたぶらかすドブネズミだと思っていた。ウンコに群がるハエみたいなものだと思っていた。」
(その理屈じゃ、イザヤがウンコになるが……。)
「腹が立つが今回はお前がこの事件を解決したようなもんだ。そこは褒めてやる。……ただ、頭首に心配かけるな。」
アラタの後ろ姿を見送りながら本当に彼はイザヤを慕っているのだと感じた。
………少し重すぎるくらいに。
(犯人はあの人だと思っていた。)
イザヤに近しく彼から信用を得ていてかつ、彼の指示が入りやすい男………
カズという可能性もあったが、第一印象だけでアラタだと思ってしまっていた。
(………よくないクセだ。)
人は見かけで判断してはいけない。
ヒョロリとして無害そうでも有毒な事もある。
自分を嫌っている冷酷そうな奴でも実はそうじゃない事もある。
どんなに美しく神々しくてもそれは羊の皮を被った嘘つきな事もある。
「………ッ。」ズキリと腕が痛んだ。押し倒された時に、腕を踏まれたからだろうか。
ヒョウは死闘の末、体を蹴られ、顔を殴られ、腕にはナイフを擦った後がある。つまりボロボロだった。
(これも、生きてる奴の特権かな。)
ヒョウは生き抜いた。生き抜いたのだ。今はそれに感謝することした。
* *
「ふぅー……終わった。」ヒョウは医務室のベットにドカリと座り込みあたりを見渡した。
革張りの二つの椅子。机、物を入れる為の棚。(包帯や薬も新品だ。)そして本棚。
そう、新しい西の拠点がリフォームしたのだ。
そして極めつけには、窓から外を見ると大きな柱が立っている。その一番上には円状の石が縦についており、それの中で長い針が悠々と短い針を追い越す。
ついに、ここの世界にも時計というものが出来た。
完全に復活したケイに会ったのは事件から一週間経った後だった。医者とはいえどもヒョウもけがしてしまったので、その間西で療養していたのだ。
✱ ✱
「おかげで頭首に看病してもらうハメになったじゃねーか!!」
ここに落ちてきてから染めたと言っていた銀髪を逆立てギャーギャー騒ぐ彼にヒョウは耳を押さえる。
「おい!聞いてるのか!?」
「あぁ、よかったじゃないか。オシメは替えてもらったのか?」
「僕は従者だぞ!!長に世話される身になってみろ!死ぬほど死にたく死ぬんだぞ!!!」
「……言葉が滅茶苦で意味わからん。」「うっせぇ!全部お前のせいだよ!!なんで怪我なんてするんじゃー!医者なんだろうが自分が死んでも患者の世話をしろよ!!」
「医者でも怪我するときゃするんだよ………というかこれはケガじゃない!この傷は……戦士の証だ。」
「せっ………なにちょっとカッコウつけちゃってんの。ププッ、そっちの方が重傷だわ(笑)……というかその理屈なら僕の腹の傷のだってそうだろ?」
「君は無様にも抵抗することなくナイフ•ドンだろ?こっちは死闘を繰り広げたんだから。」
「いーーや違うね。僕なんか……ウグッ!」
あんまりヤーヤーうるさかったので不仲で有名なハズのイザヤと南がこの時だけ、ヒョウとケイの首根っこ掴んでお互いは別々の方向に引っ張っていった。
……見事なまでのシンクロだった。
✱ ✱
地下会議で西の疑いも晴れ、賠償金というものを払われた。イザヤはそれを太っ腹につかいほとんど酒と食べ物に使ってギャング達を喜ばせた。
サケヤを一晩中借りて、飲むや歌うや食うわのお祭り騒ぎだった。
ヒョウは酒を飲むのはこれで二回目だが、相変わらずほろ苦くそして美味かった。
カズはヒョウの肩を組み、ウォンウォン泣きながら上司の愚痴を延々と言い続ける。
(どうりでイザヤがカズさんと酒を飲みたがらないわけだ。)
やがて妓女達が来て、男達の興奮がまた一段と大きくなった。ヒョウは上がるどころかそそくさと逃げようとする。なぜかって?ここで欲望にまけたら高額お支払いコース一直線だ。そんな金はヒョウにはない。
しかしそれを見透かしたように豊満な果実を二つ付けた妓女がヒョウの腕に絡みついた。ヒョウは驚き、頭が真っ白になりかけたが、すぐに理性を保ち直し、口実を考えながらふと酒屋の出口に目をやった。
そこには男と腕を組んで出て行く、ミディアムヘアの黒髪の後ろ姿があった。
(いや、彼もこんなおめでたい日に《あんな事》するなんて。それはさすがに…………彼ならやりかねない。)
「すいません!!」
名残惜しく果実を見た後、腕を振りほどき真っ直ぐ出口に向かった。
扉をくぐりに彼らが曲がった方向に走り出そうとすると
「何か用?」
と壁に背をもたれながら彼……………イザヤは聞いた。
いちいちポーズが様になるのが、腹が立つ。
「あれ?……さっきの人は?」「北のお得意様。ウチの特産物に興味があるっていうから話すついでにタダ飲みしにきたって感じだな。…アンタは?」
「妓女が来たから………逃げた。」
「ブッハ!なんだそのチェリー臭ぇ反応!!」
「金を巻き上げられるなんてごめんだよ。いつかここに出る資金にするつもりだ。」
「……俺が払ってやろうか?妓女代。アンタもそろそろ夢見てもいい頃だと思うぜ?」
「………いや……帰ろう。」
夜はすっかり暮れてほとんど周りが見えない。
イザヤについていく形で自分たちの家に帰る。
「新しく……拠点、リフォームしてぇな。」
「あぁ。」
「前のより広くなるとからいっそ、風呂作るか。」
「あぁ。」
「ついでにデケェ医療室も特別に作ってやるよ。」
「あぁ……え?まじで?」
「アッハハ!まじまじ。そうだなぁ、椅子二つに机とあと本棚?だよな。それからマグカップ二つにベットはダブルスで」「ちょちょ……ちょっと待て!なんだよマグカップ二つにベットって、君。一緒に寝る気じゃないだろうな?」
「まっさか〜。俺がダブルス使ってアンタがマグカップ二つを枕に寝るんだよ。」
「そっか、それなら安心だ………なんだそりゃ!」
「アハハハッ!」
西の拠点に着き、イザヤの部屋のベットに腰掛けながら彼は言った。
「よし、仕切り直しだ。」ふところから取り出した酒をみてヒョウは思わず笑みがこぼれた。さりげなくビンテージ物のワインを盗んでくるところが彼らしい。
ヒョウは彼の隣にこしかけ、酒をついでやった。
「そういえば、北の頭首に会ったよ。」
「へ~〜………なんか話したの?」
「うん。大体君のこと。あれはそうとうの親バカと見た。」
「出来がいいからな。可愛く見えるんだろ?」
「駄目だから可愛く見えるんじゃ……。」
「何?」「いや、何でもない。」
ヒョウは酒を一口飲み込んだ後「マズローの欲求って知ってるか?」と聞いた。
「あ~……うっすら知ってる。でもあんま覚えてねぇや。」
「……人にはいろんな欲求がある。五個くらいあって一段目が満たされるとまた次の欲求を満たそうとするんだ。」
「へぇ、それって人間の三大欲求と違ぇの?」
「さぁね、似てる所もあるし違う所もあると思う。……それでその中に誰かに認めて貰いたい、よく思って欲しいって思う『承認の欲求』ってのがあるんだけど…。」
「うん。」
「それがどうも薄いらしいんだ。俺が。」
ヒョウは苦い顔をして言った。
「それは……ジジィに言われたのか?」
「言われてないよ。欲求が薄い奴ってさ、ほとんどは小さい頃に《なにかしらのトラウマ》みたいなものが根付いているからなんだって。それ聞いたとき……あぁ俺だなって。
父さんの事を思い出しながら思ったんだ。」
あのときから選ぶことが怖くなかった。
選択することをいつも恐れている。自分がえらんだ未来によって後悔してしまうのが怖いからだ。だから期待しない。自分にも他人にも。
認めて貰えなくていい。受け入れて貰えなくていい。
すべてを受け入れて流してそして、自らも流れるのだ。
イザヤが口を開こうとしているのを気づいて手を制止する。
「今はもう平気だ、折り合いをついた。父さんの分まで俺は生きる。生きてここから出る。そう決めた。」
そう言葉を紡ぐとイザヤは、温かく微笑んでいた。
母親が子供を見るような、慈しむような……いや、どれにも例えられないほど優しい偽りのない、笑みで。
………彼のこんな表情は初めて見た気がする。
そんな彼をみてずっと言いたかったことをいう覚悟をヒョウは決めた。
今なら心の底から二人で話し合える気がしたのだ。
「君もか?」
「………あ?」
「君も、何か抱えてるのか?……その、トラウマとか。」
その瞬間イザヤは、驚いたような顔で止まっていた。
表情が消える。彼の瞳が黒く、黒く濁った。
あれほど彼を怖く見えた日は他にない。
言わなきゃよかった。今でも思える。
それでもヒョウは続けた。続けてしまった。
「俺はさ、ずっと思ってたんだ。君が誰かに殴られるのって、君も俺と同じような……ングッ」
言葉を紡ぐのを拒むようにイザヤはヒョウの唇に吸い付いた。上から組み敷き、ヒョウの肩をベットに押しつける。そして無理矢理口をこじ開け、ヒョウの口内を舌で強引に荒らしていった。
「……ンッ!……ムグ……ゥ…。」
ヒョウははじめこそ抵抗していたのの、だんだん力が入らなくなって最後にはされるがままになっていた。
たっぷりと数分使い、ようやくイザヤは唇をはなした。二人の口の間にどちらかのか分からない唾液の糸がツゥと伸びて、消えた。
イザヤの顔は黒髪でみえない。見えたのは歪んだ、作った笑顔だけ。
「そういやご褒美あげてなかったと思ってさ。……へへっ、ごめんな、妓女じゃなくて。」
ドアを開けて、彼は颯爽と出て行ってしまった。
あの一連の出来事が未だに処理できず、ヒョウは干からびたミイラのようにベットの上で伸びていた。
✱ ✱
それから西の拠点を作り、時計を作り終わったあとでも、彼の態度は以前として変わらなかった。まるで何事もなかったかのように振る舞う。
現在ヒョウは引っ越しの荷物運びを終え、ベット(ダブルス)で疲れた体を休ます。
ヒョウはただ、思ったのだ。
人にはいろんな顔がある。
ヒョロリとして無害そうでも有毒な事もある。
何にも興味がなさそうでも、実は選ぶのが怖いだけ事もある。
どんなに美しく神々しくてもそれは羊の皮を被った嘘つきな事もある。
《むしろポジティブシンキングな考え方だろ?》
《そう感じられる俺に怖いものなんてもうないと思うぜ?》
《気持ちいいよ……たまんねぇ。》
イザヤの言葉を思い出し、ヒョウは思ったのだ。
彼は自分自身ですら騙し続けているのかもしれない、と。
ここまでで第一章は終わりです。
長い間見てくださりありがとうございました。
そしてこれからもヒョウとイザヤをよろしくお願いします!!




