死闘
これからどうするべきかを考ていたヒョウの肩に手がヌルリと置かれた。
ヒョウはビクリと体を震わせ、肩の手をおかれていない方の手に持っていた本を後ろにいた「誰かさん」にぶつけた。
「痛ったぁ~~~……何するんですか。ヒョウさん。」
そこにいたのは中側近のエディだった。
片手には茶飲みのマグカップが握られている。ヒョウの為の差し入れだったのだろう。
「す、すいません。」
彼に伝えればイザヤの所に連れて行ってくれるかもしれない。ヒョウはすぐに男に手を差しのばし、起こしてこう言った。
「イザヤが危ないかもしれないです。俺を西に連れて行って下さい。」
* *
事情を聞き終えたエディは見た目にそぐわず、すぐ馬を走らせてくれた。
二十分ほどでついた場所は南の城ではなく、小さな小屋だった。
ヒョウは中に入り、あたりを見渡す。
「頭首が用がある際にはこの小屋で待ち合わせる。とのご命令です。」
「それでは間に合いません!すぐに会わせて下さい。」
「用件にはまだ頭首には伝えていません。下手に真正面から南に向かえば逆に犯人だと思われてしまいますよ。」エディは諭すように静かに言う。
「………そう、ですね。」取りあえず側近をイザヤから離せればヒョウ達の勝ちだ。場所はどこでもいい。
「頭首の言うことに間違いはありません。……ではここで少し待っていて下さい。」
* *
一方で、イザヤは南にあるケイの病室だった場所の天井に身を潜めていた。カズやアラタにも南のギャングに成りすましてもらっている。
それにしてもなぜ犯人がこんなにも姿を見せないのだろうか。
ケイが生き返ったら自分の情報がバレてしまうかも知れないのだぞ?
犯人がギャング(中側近や、側近だけ)狙う目的はなんなのか何度も考えていることをもう一度整理してみた。
考えられる可能性その一、犯人は盗んだりしたくなる病気、または人を殺めることで快感を覚えるサイコパス。
その二、国を混乱させるため。
なぜ混乱させるのか最もらしい答えは『頭首の座を奪うため』だ。
…でもそれなら自分が殺されていないのが前提としておかしい。
次、なぜ犯人はここに来ない?もう一週間経っている。
もし犯人が自分ならどういう行動をとるだろうか?犯人の気持ちになって考えてみる。
(俺なら、確実にケイを殺しておく。
→そして南に行く。
→でも何らかの方法で南が罠だと分かったら、
→情報を集めて北に辿り着くだろう。でも当然ケイの部屋はぎっちりと優秀な警備がされているハズだ。
俺なら……俺が犯人なら、ケイに一番近しい人間になりすます。)
そいつがケイの部屋を出入り出来る奴なら尚更だ。
「………っ!
おい!!カズ!カズ!!」イザヤは天井から飛び降りて大声で部下の名前を呼んだ。
ケイとしてベットに寝ているカズをを引っ張りながらイザヤはドアに向かって走り、そして言った。
「ヒョウだ!ヒョウが狙われてる!!」
* *
「では、ここで待っていて下さい。」
「イザヤの事、どう思います?」ヒョウは何の前触れもなく、男に聞いた。
「……え?……っと。……素晴らしい方だと思います。強く、残虐で、そして何より美しいです。えっと、それが…何か?」
「いえ、なんとなく…気になっただけです。」
ヒョウは前にイザヤと彼が抱きつき合っていたのを偶然目撃してしまったのだ。イザヤは彼のシャツでバリバリ手を拭いていたのだが、男は顔を真っ赤にして口をパクパクしているのを見た。
「なぜ、ギャングに?」ヒョウが、問う。
「………恥ずかしながら、私がギャングを始めたのはあの方に一目惚れしたからなのです。男の人だとは分かっていましたが、どうも諦めきれず、少しでもお側にとギャングになりました。でもまさか、西の頭首様だなんて…側近になるまで知りませんでした。」
「側近になったのはいつですか?」
「えっと…情報屋に手紙を渡して帰ったきた後に、です。」
「……側近になるのって、何十年もかかる人いるって聞きました。すごいですね。おめでとうございます。」
ヒョウは不器用にもぎこちない笑みを浮かべて彼を優しく言った。男は照れたように頭を掻きながら「いえ、ヒョウさんだってすごいですよ。聞きましたよ?時計屋の一命を取り留めたのでしょう?」
「そんな事ないですよ。」
「そんな事ありますよ。それでどれだけの人が助かるか。もっと誇ってもいいと思います。……自分も羨ましいくらいです。」
「……そうですか?……へへ。」
「そうですよ……ふふふっ。」
二人の間に何かホワンとした空気が流れた。
「では、その拳の皮がめくれているのはなぜですか?」
ヒョウは突然、表情を消した。
「…………?」
「東の、スレッドの顔を殴ったからですか?」
男の顔は強張り、目を見開いた。
「エディの手を握ったとき、なぜか拳の皮がめくれてた。」ヒョウは一度彼の大好きな頭首様の拳を治したことがある。あれは人を殴った、拷問の後だった。
「君のはだいぶ治ってて触らなきゃ分からなかった。」
「いえ、私は任務で敵を倒したまでです。ほらあの『ノヴァ』って男を捜していたときの倉庫で」
「違う。ノヴァは君だよ。…………いや、『ノヴァ』も『スレッド』も君だ。」ヒョウは淡々と機械のように喋る。
「…………なんでそう思うのですか?」
「スレッドの死体、あれが偽物だからです。
君は自分によく似た死体を用意してその喉を掻っ切り、まるで自分が死んだかのように周囲に思わせ、運び屋に運ばせた。
その証拠に死体のスカーフの下には入れ墨が入ってなかった。きっと死体工作のあまり入れ墨を付けるのをうっかり忘れてしまったんですね?
それに貴方は首を切るのでは飽き足らず顔を殴り、体中に銃弾を撃った。
ただギャングに怨みがある、ってことで片付けれてしまいそうですが、本当は死体の顔を誰かに見られたくないから。
これでスレッドは死に、ノヴァとして生き返ることが出来た。………違いますか?」
「………ふふっ。」エディは楽しそうに微笑んだ。
「ここに連れてこられてようやく分かったよ。俺を始末するんだろう?」
「あぁ…………そうです……よっ!」
そういうとまるで忍者が手裏剣を投げるように鋭い刃物を喉元めがけてなげてきた。
ヒョウはそれを紙一重でかわす。
ノヴァはもう一本の刃物を持って一直線にヒョウに向かってくる。ヒョウは椅子に手をかけ、思い切り相手に投げてやる。
ノヴァはそれを右に避けながら心底楽しそうにへヘッと下品な笑みを浮かべた。
ヒョウの手持ちには本が一冊ある。これで相手を仕留める事が出来るだろうか。いや無理だろう。ヒョウはどうにもならないことをどうにかするために会話で時間を引き延ばす。
「俺には理解できない。何が楽しくてそんなに人を殺すのか。」
「………スリリングで楽しいじゃねぇか。あーあ、せっかくうまく変装できてたのに、………でもまだやり直せる。まだ取り返しがつく。」
人が変わったかのような言動はかつてヒョウを騙した西の黒髪の女神を彷彿させたが、………コイツと彼は全く違う。
(何が違うかと聞かれたらうまく答えられないけど、全然違う。)
「…………何が目的なんだ?」それに答えずノヴァはこちらに向けて何かを投げた。
ヒョウは本でそれを防いだ。がそれはナイフではなくただの石ころだった。
「………ッ!!」隙が出来たヒョウは男に蹴りを入れられ押し倒される。
喉元に向けられそうなナイフをヒョウは必死に両手で押さえた。
「何だっけ?目的だって?……んなもんねーよ。楽しいからやってる。ただ、それだけ。みんな目的とかなんとか…好きだよなぁ。」サイコパスじみた答えにヒョウは恐怖した。
グググッと力が強まるのを感じたヒョウは抵抗するような声で冷ややかに「救いようがないクズってこの地下国にもいるんだな。」と言ってやった。最後の幼稚な意趣返しだ。
その言葉を聞いて何を思ったのかノヴァはヒョウをジッとみつめると、急に声のトーンを落とした。
「俺だって…こんなことしたくねぇよ。殺した後は胸くそ悪ぃし、夜はそいつらを思い出してロクに眠れやしねぇ。けど…駄目なんだ。君が俺を知っちまったから、死ななきゃ……そうしねぇと…、俺が……………
なんちって。」
また急にグググッと力が籠もるナイフにヒョウは
遅れを取りかけた。
(……まじで最低だ!)
ヒョウはジタバタと暴れ無理矢理にあげた足は偶然にも男の股間に当たった。
その隙にナイフを振り払い遠くへ逃げようとしたが、文字通り足を引っ張られ転んでしまった。
「へへっ……俺の為だと思って死んでくれよ。な?…頼むから。」ナイフの代わりに首に手をかけられて握られる。
ヒョロリとした腕からは考えられないほどの力だった。きっとこのもやしのような体も全て『エディ』でいる為の役作りなのだろう。
(こんな奴のために死ぬなんて…ゴメンだ。)
そうは思いながらも体は動かなかった。きっと馬鹿みたいにアドレナリンを使ったせいだろう。
「………カッ、……ハ……フゥ…。」
ヒョウは肩から力を抜いた。そうすれば早く楽になれる気がしたからだ。
(なんか、もういいや。頑張っても無理なんだから……………もう。)
と流れに身を任せてしまった。
瞼の裏にチラリと黒い影が映った。
…………イザヤだった。
(まだ、……あの時のお礼……言えてなかったな。)視界が白く、チカチカとなりだんだん体が宙に浮いていく気持ちになった。
落ち込んでいたヒョウに正面からぶつかってきてくれた彼を思い出す。………そして消えた。
ヒョウが目をさましたのはそれから三十分後だった。




