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彼は嘘を愛し過ぎている  作者: さもてん
19/44

お前の意志

ケイの一命を取り留めた後でもヒョウは彼の部屋から一歩も出ることはなかった。

不安は常に付きまとう。一時期は意識が消えかけた時もあったのだ。


そんな暮らしを続けて二日目、ヒョウは包帯などが置かれていたここの部屋に来るギャング達に息抜きがてら治療をしてやると、ケイが襲われたあの日の出来事をペロリと話してくれた。

これは事件解決に使えるかもしれないと思ったヒョウは一日に1,2人くるギャングから情報を少しずつ引き出していった。

毎日のルーティーンのようにヒョウはケイの状態を見て、意識があったら水や食事を摂らせた。

そのあとは部屋を綺麗に掃除し、可能なら南に本を持ってきてもらい、椅子で静かに過ごした。

この時のヒョウにとって何もしないことはあの忌まわしい出来事が入っている心の蓋を開けてしまうのと同じ事だった。


そして南の部下のアリバイを何週間もかけて完成させ、イザヤに送った。



…それから、一ヶ月が経った。

ケイの怪我の状態もだいぶよくなりヒョウは安心して部屋から動けるようになり活動範囲が大いに広がった。 


「…くしゅ……!」


部屋の外はものすごく寒かった。地下国(ここ)は陽が入らないからもともと寒いが、この時期のその寒さは尋常じゃない。自分が落ちてきたのが今ではなくてよかったと密かに思った。


ヒョウは手に暖かい吐息をかけながら、本を返しに来た。

南の部下に何度も持ってきて貰うのも悪いし、何より自分で選びたかった。

棚の一番上になんとも面白そうな本を見つけた。

やはりこういうのは自分の足を運んで見定めないと出会えない。

手を伸ばして本を取ろうとするが、あと少しの所で届かない。


パサッ……


やっと取れたのだが、それはヒョウの手ではなかった。真っ白い綺麗な………しかし何度も見たことがある手。


「………イザヤ。」


「やっほぉ。何だよ。思ったよりと元気じゃん。」

一月も経ったのにもかかわらず彼は、美しかった。


「どうしたんだ、いきなり。」


「いや別に?南に用事があって来たんだ。時計屋がぶっ倒れた所もまだ見てなかったしな。」


「…………そうか。」


イザヤから本を受け取ると同時に「時計屋が寝ているのはここから三つ離れた部屋だ。南の側近がドアの前で護衛してるから話し掛けたら入れてくれるんじゃないかな。」と促した。


「あんたは?」行かねぇの?と続く言葉にヒョウは首を横に振った。


「本を探さないといけないから。…そのあと飯を食べて、南の部下の死因もまとめなくちゃならない。…俺も割と忙しいんだ。」


ヒョウは本棚の方へ足を進めた。なんとなく彼の近くにいたくなかった。最後にあった日の夜にあんな意味深な言葉で濁してしまったし、彼のあのナイフのような瞳で見られると、自分の汚れた過去を見られてしまう気がしたからだ。


「へぇ……じゃあ、あの時の言葉は何だ?」

傷口をピンポイントで抉ってくるイザヤに苛立ちと焦りが募った。

ヒョウは振り返らず、本を選ぶフリをしながら至極興味のないような口調で答える。


「どう頑張っても地上に出るなんて無理だって気づいただけだよ。そんなことより明日の暮らしをどうするか考える方が賢明だろう?…まさか、そんなつまらない事をわざわざ気にしてここに来たのか?」


「そうだって言ったらどうするよ。」


「君も随分暇なんだな。」


「……。」イザヤは静かな視線が背中に突き刺さる。どうにかして追い払えないものか…。


「そういえば、南さんが昼から会議だって言ってたな。今から行かないと入れなくなるぞ?」


「なんかあったのか?」その言葉で一瞬息が出来なくなった。が、幸いな事に後ろを向いていたので変に取り乱すこともない。


「別に。」ヒョウは座り込んでまだ見ていない下段の本を見定める。

そしてある一つの本を取ろうとした刹那、ヒョウは動けなくなっていた。

いや、正確にはイザヤが後ろから絡みついて身動きが取れなくなってしまったのだ。

そして顎をすくわれ上を無理やり上を向けさせられた。


「………なんだよ。」


「………あんまり、無理すんなよ。」


イザヤの珍しい心配した言葉にヒョウは目を丸くしたあとそっぽを向き「してねーよ。」と呟いた。

ヒョウは自分に甘々なのは重々承知している。

今は嫌な事を完全に忘れるために動いているに過ぎない。


「そうか…………?」


こういう顔をしているイザヤはどこか大人びて見える。いや、大人なんだけど更にそう見える。

きっとこの顔で西を治めてきたんだろうとチラリと思った。


「…誰かに何か言われたか?」「…違う。」


「時計屋が倒れたからか?」「違う。」

ここでそうだと答えれるズルさがあったならよかった。


「つらいことでもあったか?」


「………大した事じゃない。」

「言えよ、聞くらいならしてやっからさ。」


「いいって。」


「言えよ。」


「君には関係がない、放っておいてくれ。」


言った後にまた後ろめたさが募った。もしかしたら傷つけて…いやアイツはそんなタマじゃないが。


しばらくの沈黙の後、


「………別に言いたくねぇんならいい。」と半端ため息まじりの声で言った。


ホッとため息をつきイザヤに出て行って貰おうと思った次の瞬間、「……~~~~っっっ!!!」ヒョウは頭から足の指先にかけてブワリと鳥肌がたった。


なんとこの男、あろうことかヒョウの首筋を甘く噛んできたのだ。嫌悪感でいっぱいになりヒョウは思いっきり抵抗するが、彼の器用な片腕はヒョウ体を絡めて、もう一方は自分の顔を上に上げられているので動こうにも動けない。


そうだった、こいつはこういう奴(粘着質)だった…!


そうしている内にもイザヤは首筋から首にその桜色の舌をスライドさせる。

首筋、首、そして最後には…この先はヒョウでも想像がついた。


「い、イザヤッ!!止めろ、マジでヤメロ!!」


彼の声は届かず顎の下辺りまで丁寧に舐めていく、それがくすぐったくて気持ち悪わるくて、少し色っぽいのが尚のことヒョウをイライラさせた。


唇に到達しないためにもヒョウはこう叫ぶしかなかった。


「分かった!話します!!話しますから放せ!!」


*       *


タオルでゴシゴシゴシと首を拭きながらヒョウは自分の過去を話した。自分の胸の内に眠っていたものをもう一度取り出そうとするとやはり…気分が悪くなってしまう。それくらいヒョウにはこの話は勇気がいることだった。


話を聞き終えて、イザヤはひどく真面目な顔で腕を組んで「まだ、生きてるかもしれねーだろ?地下なんかにいたりしてさ。」と言った。


父は燃やされたのだ。もし生きていると仮定するなら、あの死体は別の者という事になる。本人と思われる煙草の絵柄や母が入れた不細工なハートの刺繍が入った警備服。あれも犯人の偽装工作によってなったものだろう。


「その可能性もある。だけどそれは薄すぎる。」

現実的に考えて見れば、やはり死んだのが妥当だ。


「父さんが地下にいる可能性も含めて、俺はここに残るべきなんだ。」


「…もし、俺が父親探してやるからって言ってもアンタは出ないんだろうな。」


イザヤはヒョウが色々理由をつけて地上を避けるのがどうも癪に障るらしい。ヒョウは小さく本音を言った。


「………怖いんだよ。皆に合わせる顔がない。」

自分が家族を壊してしまったのだ。父の安否を手土産に戻ったとしても歓迎されるのだろうか…。

そもそも地下なんかに落ちてきてしまっている時点でヒョウは入れ墨がなくても罪人ということだ。戻れる立場じゃない。

自分が地上の規制(きまり)を知っていればこんな目に合わなかった。


こんなヒョウのグチャグチャな心をみて何を思ったのかイザヤは口元をわずかに歪め、微笑んだのだ。


「…なんで、笑うんだよ。」

低く、重い苛立った声で言う。


「…あぁ、悪ぃ悪ぃ。

でも後にも先にもこうなってたんじゃねぇの。





だって…アンタはそう言う奴だ。だから」


「…………ッ」ヒョウの心の奥の、どこか奥底で何かがプツリと音を立てて切れた。


「お前に……何が分かるんだよ!!お前は…お前は他人だから笑っていられるだろうけど………俺は…俺は………

…………平気で人を殴れるお前に!お前なんかに!そんなことを言われる筋合いはないっ!!」

フーフーと息を切らして早口でまくし上げる。 


イザヤは冷ややかな無表情で立ったままだった。 


「……ゴメン。」段々冷めていき、熱がこみ上げてしまったことに対してヒョウは謝った。

彼は



「……違ぇ




        ………違ぇよ。」とイザヤは言った。

笑った事を否定しているのか、平気で人を殴れると言うことを否定しているのか、ヒョウには分からなかった。


「…そういうこと言ってんじゃねぇよ。」


「じゃあ、なんだよ。」


暫しの沈黙の後、イザヤは話しだした。

「俺は頭ん中で思いっきり引っ叩かれる想像を朝昼晩欠かさずする。朝のモーニングティータイムにも夜のオカズ。あの肉と肉がぶつかり合う音。その時に走る一瞬の痛み……たまんねぇよ。」


「………は?」こいつはこんな時になにアホなことをいっているのだろうか。


「俺がそんな妄想をしていてもそれを誰かになんか言われても、その妄想は俺だけの考えなわけで誰か何か言われてもやめる義理はない。


人は人の数ほど違う考えがあるんだ。俺は俺だ。そしたらお前はお前だ。……この意味、分かるか?」


「………。」静かに首を横に振る。


困ったようにポリッと顔をかいた。彼でも困ることはあるらしい。


「アンタは、父親が言ってことが悪いことだと思うか?」 


「……。」


「政府のしがらみとか、今は全部取っ払って…………お前は。その考えが悪いことだと思ったか?」

「………思わない。」


「父親の理想が危険思想だと思った?」


「思わない。」


「…じゃあ、父親をあんな目に遭わせたのは誰だ?」


「……俺だ。」

「違う!!お前はじゃない!お前はお前がやりたいことを言っただけだ!したいことを言っただけだ!それの何が悪ぃんだ!?」


「………でも、政府は俺を許さない。」


「誰の許しも請う必要なんざねぇよ。お前の考えはお前のもんだ。政府の考えは政府のもんだ。どっちも想像したり考えたりするのは自由で一方的に相手に押しつけるもんじゃない!!」


 


ドクンと鼓動が揺れる。まるで初めて父さんの理想を感じた時のように心が振るえた。


そんな風にヒョウは考えたことがなかった。


「お前は。今の政府の考えがいいと思うか?」イザヤは一歩ヒョウに近づき座っているヒョウを上から見下ろす。


「……。」


「答えろよ。」

 

ヒョウは恐る恐る考えた。今の地上について。

他の国との交流を絶ち、自国で富国を目指し自足自給をする一方、なにかが発展することをやたらと拒む国。

思考が地上とは合わない者は危険思想者として内密にこの地下国に落とされる。

どうりで何百年もの平和が続くわけだ。しかし、それが本当の平和だと思うか?


「思わない。」口に出して、今度はしっかりと否定した。


イザヤは満足そうにその答えに頷いた。

そして


「じゃ、アンタはどうしたい?」とたずねた。


「………ぶん殴ってやりたい。」


「うん。」


「あの腐った国を作った奴を、父さんを殺した奴をまず殴ってやりたい………!」


「フフッ、じゃあそのためには地上にでる他ないわけだ。」


「……!」

ヒョウはようやくイザヤに誘導尋問されていたことに気がついた。


「いや…でも……やっぱ」

地上を諦めて、地下で過ごすと決めたあの固い決意をそう簡単に曲げてしまっていいのだろうか。自分なんかはやはりここにいた方がいいんじゃないのだろうか。  

そんなくよくよしているヒョウにイザヤは屈み込みガシッと頭を掴んだ。脳が少し揺れ、ヒョウは大きく目を見開いた。


「お前は間違ってない。絶対に!

だってお前は。正しいものを正しいって言える。間違ってることを間違ったって言える………素直な奴だ。うん。」

そういうとヒョウの髪を両手でワシャワシャと撫でる。犬のような扱いと不思議と今は嫌ではなかった。それよりもヒョウは胸の奥底から目のすぐそこまでこみ上げてくるものを押さえることに必死だった。ヒョウはイザヤの手を自分の手に重ねながら下を向いた。


「なんだそりゃ………。」


「きっと家族もお前が戻ってきたら喜ぶよ。

……なんてったって《ヒョウ》って変な名前付ける親だ。そうとう図太いぜ。」


「………おい。」


「アハハッ、ゴメンゴメン。」


過去は消すことは出来ない。


変えることも出来ない。


忘れることも出来なければ呪うことも出来ない。


…でも今は少し、ほんの少しだけそんな過去を作ってしまった自分を、許せてやった気がする。



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