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彼は嘘を愛し過ぎている  作者: さもてん
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記憶

「で…できた…!」


ケイは大きく万歳三唱するように手を挙げた。それもそのはず、ようやくしてケイがずっと作りたかった大きな鐘時計の設計図が出来たのだ。

これが実現すれば東西南北全てに時間の概念がうまれる。

ようやく、ケイの…祖父の夢が叶う!


いそいそとケイは西の頭首に借りた金色の懐中時計を思い出す。もう返してしまって手元にはないがあれがなければここまで作り上げることは不可能だっただろう。

今日はもう休もう。これだけ働いたのだからだらけても誰にも文句を言われないだろう。

そして何気なく後ろを振り向いた先には…


ナイフを片手に振りかぶる黒い誰かの姿があった。


*      *


「ケイッ!!!」ヒョウは今まで出したことがないような大声で彼の名を呼んだ。

先ほどから嫌な汗が止まらないヒョウは南の城中の病人用ベッドで寝ているケイに駆け寄った。


彼の顔は血の気が薄く、その唇からひたすらに細い呼吸を繰り返す。

 

痛々しい姿を前にヒョウは呆然とした。

ケイの近くには南がいて応急手当をしていた。


「大丈夫、死んではないよ。()()()()ね。」


「いつですか?」声の震えを抑えながらヒョウはすぐに用意を始めた。


「三時間前…ナイフで腹を一カ所。よく生きていたもんだと思うよ。」


「貸してください。」包帯を巻こうとしている南を退かしヒョウはすぐさまアルコール消毒した手で出血量を確認した。

『循環血液量の20%以上の失血で輸血が必要である。』本で見た内容だ。

ケイが自分と同じAB型であることは前に会ったときに知った。


あの時の元気な彼を思いだすとこの場に自分がいなかった悔しさ、後悔、脱力感に見舞われる。

もちろんヒョウのせいではない。

南と西は離れているし、お互いすぐ合える身ではない。それはヒョウも分かってる。

けれどもし。もしも、その瞬間に自分が立ち会っていたら、南の所に自分がいれば……。

そんな今更過ぎるタラレバをヒョウは頭の中で何度も繰り返していた。


「俺のバックから注射器を取って下さい。あと、ガーゼも。出来るだけたくさん!」

その時ケイにあまり機能していない包帯が雑に巻かれていることに気づく。


ヒョウは早業で包帯を外すと、南からガーゼを奪い取り両手で強く圧迫した。『直接圧迫止血法』

そして血がにじんできた包帯でグルグルとキツく巻いた。最後に注射器を駆使して輸血を行い一仕事終えた。

ケイが少し楽になったような顔を見るとやっと一息ついた。

「すごい……。」南はポツリと言った。

 


「……なんで、ケイなんですか?」


ケイを布団に入れた後、ヒョウは唐突に聞いた。

そんなことを言われても困るのは分かっていたのに、聞かずにはいれなかった。


「なんでケイがこんな目に合わないといけなかったんですか?」


「…あの事件に彼は巻き込まれた。それだけだ。」


ギャング連続殺人事件…。何人ものギャングがギャングであるという理由で西を除いて無差別に殺されている。

西はその疑いをかけれられてそれを晴らすために動いているのだ。


「でも、ケイはギャングじゃないですよ。」 


「いや、人を殺めてないけど入れ墨があるからもう南のギャングだよ。」


「……。」


だとしても、許せない。

ヒョウは初めてここで心を許せる友を見つけたのだ。


(もっとこれからたくさん…話すつもりだったのに。)


ここでは『これから』が通用しない。今日明日明後日そして今も。いつ自分…自分の大切な人がどうなってもおかしくないのだ。



とりわけ、この男との話はすこぶる合わなかった。

ヒョウが右と言えば左を向き、赤と言えば

青を指さす。そんな奴だった。

あの半日もほとんど口論だったし、殴りかかりもした。それもほとんど下らない内容で。

けれどその半日はヒョウにとっては地上の楽しかった思い出と幼い頃のようにムダに時間を浪費させたあの日を彷彿させた。

彼と一緒にいた時だけ、この血と金と暴力で支配されたこの世界から出られた気持ちだった。


「……南さんに、頼みがあります。」神妙な面持ちでヒョウは言葉を紡ぐ。今ヒョウに出来ること、ヒョウにしか出来ない事。

それは……


「俺に、ケイを診させて下さい。」


*      *


「あそ、分かった。」イザヤの反応は驚くほど軽くて、腰を抜かしてしまった。

ヒョウは一度は西に戻ってイザヤに了承とそれから荷物をまとめに来たのだ。

そしていざ、出発しようと思ったがすっかり日が落ちてしまったのでしょうがなしに今夜は西の第二の家で夜を明かすことにした。


仕事だといい珍しく部下と出て行ってしまったイザヤのいない部屋はなんと静なことだろう。

ヒョウは窓辺に寄りかかりながら、右手で懐中時計をいじっていた。

これは初めて南に行ったときにイザヤから返して貰った物だ。彼がこれを一体何に使っていたのかを聞いてみてもはぐらかすだけで結局最後まで、答えてくれなかった。

けれど、南に帰った後に渡されたということは時計屋になにか関係しているのだろうか。

………ケイ。


(…あ。また余計なことを考えてる。) 

自分の悪い癖だ。


「ケイは死なない。…違う、そうさせないために俺が行くんだ。」

分かってる。分かっているハズなのにこんなにも落ち着かないのは多分…不安だからだ。

おぼろな実践の記憶しか持ち合わせていない自分が本当にケイを救えることが出来るのだろうか。

今の治療だって本の見よう見まねだ。



もし失敗したら……… 


「あぁー!!……まただ。」

嫌な考えを消すように頭をふるいかぶった。そして何も考えないように右手にある時計をひっくり返して裏面を見る。

そこから力を入れて蓋をパカリ開く。


……実はこの時計の裏はロケットペンダントになっていたのだ。イザヤに返された日にこの存在を教えて貰った。


ロケットの中身は………1枚の家族の写真だった。

父と母、そして幼い自分が幸せいっぱいの顔でこの時計ロケットの額縁に収まっている。


『地上に戻る。』


この写真がヒョウに明確な目的を再確認させ、自分の行くべき未来の道しるべになってくれている気がした。


ヒョウは愛しむように親指で写真を撫でた。

するとその弾みで写真が額縁からスルリと取れてしまいヒラヒラと落ちる。 

ヒョウは急いでソレを捕まえた。…なくさなくてよかった。


そしてふとその裏側に書いてあった文字に目が入る。


『忘れるな。お前の罪を。』


ドクンと心臓がはねる。斜めに偏ったクセのある字はまぎれもなく自分の筆跡だ。いつ書いたものだろうか。


ザーーー……ザッザッ…。


 頭にノイズが鳴り響き、思考が上手く働かない。その代わり自分の中にドバッと溢れたが言葉が頭の中をグルグルと駆け巡る。


「「罪……?」」


「「なんのだよ……?」」


「「俺はなにもしてない。」」


「「本当に?」」


「「それがここに落ちてきた理由?」」

  

「「じゃあ家族は?」」




「………俺は、何をしたんだ?」ヒョウはハッとして再び頭をふりかぶった。

本能的にここからは考えてはいけないのだと思ったからだ。


「やめろやめろ…余計なことを考えるな。」


(何でだ?家族がどうなったか分かるかも知れないんだぞ?)


きっといつもの自分ならそう言うだろう。

でもこれは…『これだけは』駄目なのだ。

その瞬間、フッと一人の人間の後ろ姿が脳裏に浮かぶ。

それと同時に頭の片隅で危険警報がウァンウァンと鳴る。


「これ以上は考えても仕方がないムダだ。…考えたくない。」


(しらばったくれるなよ。)


「……は………。」


(本当は君も分かってるんだろ?ただ、()()()()()()()をしているだけだって。)

そこにはヒョウがいた。幼いの頃の、まだ何も知らなかったあの頃のヒョウ。


「…あ、あ………あ…あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

自分の中から聞こえてくる心の声を防ぐようにヒョウは叫んだ。

それは部屋中にまんべんなく、響き渡った。


このまま何も知りたくなかった。

まだ、綺麗なままでいたかった。

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