つかの間の休息
「腹減った。そこの小包とってくれ。」
「………。」
二日目休養中のイザヤはケガが理由でベットから思うように動けずヒョウをことあるごとにパシリに使っていた。
手を伸ばして小包を開けると、中には良い匂いがする茶色いコンクリートのようなお菓子が入っていた。見舞い品らしい。
「アンタに一つやるよ。」再び寝っ転がりながら包帯がグルグル巻かれた右手で小包を指さす。
「!」ヒョウは分かりやすく目を大きく開けて彼を見ると、嬉しそうに茶色いのお菓子を拝借した。
口に含む。なんと甘いことやら!
美味しくて脳がとろりと溶けるように錯覚した。上等な舌触りに永遠に口に含んでいたくなる。
「フフッ、うまそうで何よりだ。俺にもチョーダイ。」
「皿に移すか?」
「いやいい。そのまま寄こせ。」
「…どうぞ。」
箱を彼の近くまで持っていくが、イザヤはそれを手に取らない。
「あ。」口をパカリと開け、そこに入れろと申している。
「……。」
ヒョウの顔はものすごく嫌そうにしながらも渋々といった様子で一つ手に取ると口の中にホイッと放り投げた。
「…ん、旨いな。」モグモグと咀嚼しながらイザヤは笑みを浮かべた。その笑顔はまるで女神が微笑んだかのような美しい笑みだった。きっとどんな男でも、また女でも思わず手が出てしまいそうになる。(しかも現在、本人は半裸である。)
しかし、彼に苦手意識があるヒョウのにはそれをしようとは到底思えなかった。
なんせ美しく花には決まってトゲがついてるからだ。
「……。」
「おい、異端者!!」
大きな怒声と共にバタンと乱暴に扉が開く。振り返ってみれば、任務の時一度は見たことがあったギャングの端くれどもだった。コイツらはきっと自分の正体を知らない。
きっと顔だけの下っ端くらいとしか思っていないであろう。
会ったらあったで面倒くさいことになるのが嫌だったイザヤはふとんを顔までかぶり寝ている病人のふりをした。
「やぁ、えっと……。」
異端者と言われたのにもかかわらずヒョウはのほほんとしている。名前は相変わらず覚えていない。
「暇だから遊びに来たやったぜ?…お前で。」
「ギャハハハッ!今日もまだ地上に出るなんざアホなこと抜かしているのか!?」もう一人の端くれも嘲け笑う。
「まぁな。」ヒョウは机を拭きながら適当に答えた。
(…こいつバカにされてること気づいてないのか?)
イザヤはふとんの中で静かにその光景を眺めていた。
「つうか、その金髪どうにかなんねぇのか?ヒョウちゃんの分際なのに目立ってしょうが無いぜ?」
「いいんだよ。ヒョウちゃん、地味だから。」
「ギャハハ!!それもそうか。」
「……。」否定も肯定もしないヒョウの返答がつまらなかったのか男達はへの字に口を曲げた。
「そういえば、お前って入れ墨入れてないってマジ?」
「え!?ヒョウちゃん人一人殺れたこともないのぉ。銃の使い方俺教えてあげようかぁ~?」
「一回撃ったらクセになるぜぇ?」
「………銃は嫌いだからいい。」
男達はその言葉を聞くと嬉しそうな笑みを浮かべ、懐から天邪鬼にも銃を取り出した。そのままヒョウの方に向ける。
「……。」生への執着があるヒョウはかすかに目を見開くが、何も答えない。
「遠慮すんなって、俺が教えてやるよぉ。まずはぁ珍獣の殺しかたな?あ、これお前のことな?」
「擦るだけだから平気だぜ。それにお前は医者だろう?……ヤブの。」
「ヤブ!?ぶっはハハハ!!それ最高だ!ヤブで珍獣のヒョウちゃんか!?ギャハハハッ。」
「こんなんじゃまだドーテーは卒業出来てねーんだろうなぁ?ギャハハハハ!!」
下品に笑う男を見てヒョウは心底呆れた。
「………ハァ。」
「んだよそのため息!!あ?やんのか?お!?」
「………君達さぁ」
ヒョウは普段あまり相手にしようとはしなかったがさすがに訂正しようと口を開きかけた。その時だった…。
パリンッッッ
綺麗な真っ白い皿はいい音を立てて形を崩した。ヒョウと男達は驚いたように音がした方を向く。
そこには布団を胸まで覆い隠した黒髪の人がほとんど全裸の格好で(いつの間に下を脱いだのか)布団からはみ出た片足を折り曲げ、その顔を乗せていた。
揺れる黒髪の中から黒ダイヤのようにギラギラとした目が上目遣いでこちらを見た。
「……っ!!」
この部屋の薄汚なさすらも極楽浄土に思えてしまうほどの紛れもない美女だった。
イザヤのその不満そうな顔つきが、その格好が、ヒョウとの間起きたであろう『大人な情事』の匂いを男達に物語っていた。
「…あ…が……。」イザヤの美しさに目を奪われている男達を見てヒョウは呆れを通り越して尊敬する。頭首のクセにそんなバカな格好で現れてどうする。
「ケガ人の頭の治療があるんだ。そろそろ帰ってくれ。」そういうやいなや、ホイッと男達を外に放り出した。
男達はまだ夢を見ているかのような虚ろな目で廊下に突っ立ったままだった。
「勝手な事するなよ。」鍵を施錠しながらいうと、ヒョウは不満そうに眉を八の字に曲げる。
「おいおい、命の恩人に対してなんちゅー態度だ?」
「もしかしてさっきの事をいってるのか?」
「それ以外になんかあるか?あのままじゃ撃たれて死んでたね。確実に。」
「死なないよ。いつもあんな感じだから。いつものハッタリだ。」
「……本気で言ってんのか?」
「…?……うん。」
コイツはここをどこか忘れているのだろうか。犯罪なんか日常、殺しなんて当たり前、生きていられる確信なんてここにはない。さっきだってまさにそうだったじゃないか。
コイツといるとつられてそれをすっかり忘れてしまいそうになる自分が怖い。
「…ま、いいや。」ヒョウの周りなんてとうでもいいし、知ったことではない。
「変な奴だな。」金髪の頭をポリポリ掻きながらヒョウは言った。
彼のその穂先のような金髪や変な言動、そして『人を殺めたくない』『入れ墨をいれたくない』『地上に出たい』と言う考え方、思考。そのくせ西の医者というポジションで地位を築いている。
それはここにいる者達にとってはイジメの絶好の的であろう。嫉妬、妬み、苛立ちそんな負の感情を、先ほどの下っ端達のようにイザヤが知らない所で彼は受けているのかも知れない。
(それに本人は気づいているのかいないのか…。)
「傷、診せてくれ。」ヒョウは不意にこちらを向いて言った。
「え、…あぁ。」前回のアレからかなり渋られたのでまさか自分からいい出されるとは思わなかった。まぁ、彼の言っているのはイザヤがさたいこととは違う普通の治療だが。
ヒョウはベットに腰掛け、剥がれ落ちかけている包帯を外す。今日で三日目だから明日にはヒョウは死体の場所に向かうだろう。本当はすぐにでも行って欲しかったのだがヒョウがそれこそ渋ったのだ。
「俺は医者だ。怪我人がいるんならそっちを優先する。」
なんて変なプライド出してきて困ったものだった。
「……っ」傷口に軟膏を塗る。独特な感触はいつも慣れない。
「これ、自分で作ったのか?」イザヤは少なくともヒョウに会うまで軟膏なんて名前すら知らなかった。
「あぁ、薬草と蜂蜜を混ぜて軟膏を作れるんだ。切り傷とかによく効く。」
「ふ~ん。」売ったらいくらになるのだろうかと思考を巡らす。
体や腕、足などに軟膏を塗りおえると丁寧に包帯を巻いた。キュッと閉めたらこれで終了である。
「痛くないか?」
「いや痛ぇよ?そりゃ怪我してるから痛いわ普通に。鎮痛剤なんか持ってねぇの?」
「マゾならマゾらしく悶えてれば?」
「無理だって…動くたびに痛ぇんだもん」
「だったらしなきゃいいのに…。」
ヒョウは小さな声でもイザヤに聞こえるように言った。我ながら皮肉なものだ。
相手の怒りを買うことをわざわざ言うだなんて、自分らしくない。
「……あぁ?まだ細けぇ事グダクダ言ってんのか?」
「……。」
「…ったく、これも1つの情報集める為の方法に決まってんだろう?これが俺の武器になるんなら悦んで使うさ。」
「それは…北の為にか?」
一瞬、空気が止まる気配がした。
彼の瞳も明らかに揺れた。
けれどそれもつかの間。
彼は薄い笑みを浮かべて「かもな」と言うだけだった。
「側近になりたかったのか?…北の。」
「…最近お前やっぱり変だぞ?人の事ばっか聞きたがってよ。どうした?」
「…言いたくないなら別にいいぞ。」
そう言うつもりで言った訳ではないのだが、そう捉えられても何となく癪だった。
イザヤはしばらく視線を明後日の方向に向けて思考した後、ポソリと言った。
「あのジジィの側近になりたいなんて思った事は一度もねぇよ。」
ため息をつきながらあの男との日々を思いだす。
洗濯物を片付けないわ散らかすわ、ミニマリストだの抜かしている割にはただでさえ少ない物を壊すわ割るわ。イザヤがせかせかと働かなければ何にも出来ていないのだ。今までどうしていたかと聞いてみれば自分の部下がやってくれていたのだとか。
「あれぞ人間失格だ。ろくでなしだな。部下や女が怒る理由が分かる。」
「でも、嫌いじゃないんだろ?」
茶色のお菓子を1つ手に取りイザヤはパキンと歯でおりボリボリと貪る。
「…まぁな。」
「だから、俺はちょっと思ったんだよ。
もしかして君が殴られるって北に」
イザヤはこちらに向き直り言葉を遮るかのようにお菓子を手ごとヒョウの口に突っ込んだ。
「美味いか?」
「……。」じと目で不服を訴えるヒョウ。
イザヤはそれに応えるように、先ほどの答えを紡ぐ。
「俺はあのジジイの側近になりたいんじゃない。側にも近くにもいたくない。」
「……。」
「ただ、生きててくれりゃそれでいいんだ。」
初めて、彼の真面目な顔を見た。
その時ヒョウの心の中で何かがストンと腑に落ちた。
「…そうか。」
「ん。そうだ。」
“家族”なのだ。二人は。お互い大切に思ってて伝えなくても伝わっている。ヒョウが家族に対する思いとはそれはなんら変わらないのだ。
てっきりイザヤは殴られて北に同情を買いたいのかな、なんて最悪な事を考えていたのは秘密である。
彼のあれは紛れもなく彼の趣味であり、そして武器なのだ。
「この菓子もあのジイさんから貰った物だ。洒落た物が好きだからってムダ遣いしやがってよ。俺が食べなきゃなくなりゃしない。」
「どうりで食べるわけだ。いつもは食べものなんて絶対に口にもしないのにな。」
「毒入ってる事もあるからな。食いたくても人前では食えねぇんだ。」
「大変だな……ん?」
それならなぜこれは食べたのであろうか。
人目があるのに。
これは今先ほど届いたばかりでここには毒味役おろか、患者のイザヤかあの下っ端二人しか来ていない。
スキのないイザヤがそんな危険な物食べるだろうか。
「……ぁ。」
小さく電気が体中を駆け巡り、ある一つの考えてが頭を過った。
《アンタも一つ食べるか?》
イザヤの言葉を思いだした瞬間ヒョウは叫んだ。
「お前っ、俺を毒味に使ったのか!?」
「あ、バレた?」ニヤリといつものいけ好かない笑みをするイザヤ。
「……っ!」
幸い毒はなかったみたいなのでヒョウは冷めたため息だけついて部屋を静かに出ていた。
「…つまんねぇの。」彼の小さな声が背後から聞こえた気がした。
* *
「ついてくんな!!」
カズにそう言われてしまっても行く先は同じだ。仕方がないので少し離れた所からついていくことにした。
「なんでコイツと一緒にピクニックしなきゃいけねーんだよ。」とブツクサ文句言いながら大股で歩いていくカズ。
「すいません。」
「死体所に行くのになんで医者を連れてくんだ。」
「死体があるからこそ、医者が行くんじゃないですか?」
「…あぁん?」
「いえ、何でもないです。」
「…ったく、何言ってんのか分かんねぇからお前と一緒にいくのは嫌なんだ。」
ここは西のはずれにある土葬場だ。と言っても棺桶に入れたり火葬したりなんて豪華な物ではなく土をほった穴に死体をポイと放り込む簡素な物だった。
ヒョウの目の前には沢山の穴と、そして盛られたいくつもの土が広がる。
この事件が始まって半年経ってからは、この事件が始まってから死体が発見されたすぐに西が視察にくるのに、一人分の死体だけ運び屋に死体を持って行かれてしまったそうだ。そうなると死体の死因も死亡時刻も調査出来ない。
運び屋は葬儀場の場所を教えない。そうすると自分に儲かる金が減るのを分かっているからだ。
だからイザヤは情報屋に聞くしかなかったのだ。
「まず、ここかな。」
「うわぉ…臭ぇ。よく耐えられんな、お前。」
「臭いですよ。普通に。」
そう、ここは腐乱臭がえげつなかった。それもそのはず、死体が山ほど足下に埋まっているのだ。カズは何度もえずくフリをした。
ヒョウは情報屋に教えてもらった場所の地面を手で掘り始める。
「ウゲッ…よく触れるな。俺は絶対無理だよ。」一応感染防止の為、手袋と布のマスク(三重)しているのだが…。
「やっぱりですか。」
「あぁん?何が『やっぱりですか』だよ。」
「いや………イザヤがカズはそう言うだろうから俺を連れて行かせたんだと言っていたんです。
…嫌なら無理にしなくていいですよ。」
前に聞き覚えがある台詞をカズに言うとバコンと頭を殴られてしまった。
「…~~!」
ジンジンと頭が痛い、理不尽だ。
少し涙目で目を開けるとカズは無言で土を掘り始めた。そんな様子を見てヒョウもまた無言で掘り始めた。
イザヤから言われた通り死体の有無と遺品の確認、遺体で死因の確認をした。よくよく見てみればそれはいつぞや見た運び屋の少女が運んでいた死体だった。
ふと隣の土掘りを見てみるとまだ土が被さっていない死体がたった。………これは、東でみた『スレッド』の物だ。
顔に銃弾で何発も穴が空けられており、ギャングへの戒めや、怨みを感じられた。
ふと彼の腕を見てみると入れ墨を隠すかのようにスカーフが巻かれていた。
「おい、何してるんだ?早く行くぞ。」
「あ、はい。」
ヒョウは首を傾げながらも納得した様子でその場を後にした。あと二人ほど、同じように運び屋に運ばれた被害者がいる。そちらも片付けなければ。
気がつけばフクロウがホォホォと鳴き、夜を告げていた。
辺りは森のせいでもありますます暗くなりよく見えにくい。ヒョウが真っ暗な夜道を歩くのはこれで三度目だ。イザヤと出会うまででも夜は必ずと言って無闇に歩かなかった。怖いからだ。
「かぁ~~…こんなんじゃ帰れねぇな。しょうがねぇから宿屋に泊まるか。」
「…これが俗に言う、持ち帰り狼ですか?」
「殴るぞ馬鹿野郎。」
「すいません。」
「お前、金持ってるか?」
「あ、はい……あれ?」
貨幣があるはずのポケットを漁るが
………空っぽだった。
「…スられたみたいです。」
「~~~はぁもう良い、俺が奢ってやるから。」
「いえ、歩いて帰ります。」そんな申し訳ないことは出来ない。
「こっからだと何時間もかかるっつの。そんでもって場所わかるのか!?」
「平気です。西の方向に歩けば西の城に着くってイザヤが言ってました。」
「止めとけ止めとけ!そりゃ昔が頭首がイタズラで流したデマ情報だ。それ聞いた日からデモ犯が方位磁石片手にゾロゾロと西に向かって歩き出したからな!まじでヤメトケ!
ほら、金の事はもういいから。早く行くぞ。」
「……ありがとう、ございます。」
ヒョウの心が少し温かくなるのを感じた。
外は寒いのに、ホワリと体が軽くなる。
「カズさんはいい人ですね。」
ヒョウはたとえカズに嫌われていようとも自分はそこまで嫌いにはなれなかった。その面倒見の良さ、言葉とは裏腹の優しさなど少しずつだが分かるようになってきた。
「マジでやめろっつの。そーゆーの。」
「カズさんが結婚出来た理由が分かった気がします。」
「うるせぇ。」
軽口を叩き合いながら二人の陰は闇夜に溶けていく。向こうの西から光るスポットライトのような光はまるでヒョウ達の行く希望を導いていくように見えた。
ただ、現実はそう甘くない。
この時のヒョウは知らなかったのだ。
まさか、まさかあんな事になるなんて。




