(9) 初めて男の子を家に招いた日
『ごめんね、見るのが遅れちゃった。うん、いいよ! 楽しみだな』
心の中でガッツポーズをする。よかったぁ、ロゼの予定が入ってなくて。せっかくの日なのに遊べなかったらどうしようかと思った。
『ぜんぜん大丈夫だよっ! わぁぁっ、やったあ! 私も楽しみ!』
『ねえレイカ、今日はもう寝る?』
珍しいな、ロゼがそう聞いてくるなんて。何だろう。
『ううんっ、まだ起きてるよ! どうしたの?』
『そうなんだね。その、もう少し話せないかなって』
どきり。後半の文字が吸い付くように目に入ってくる。「もう少し話せないかな」。その言葉が私の頭の中を埋め尽くした。なんだか、幸せだ。
『えっ……! もちろんだよっ!! 私もロゼといっぱい話したいから!!』
『よかった。ありがとう』
『えへへ…っ、そしたら、何話すっ?』
私はアレイドを持って、布団にもぐり直した。
・・・
それから暫くの間、ずっとずっと、彼と他愛もない話をした。ちょっと眠たくなってきて、ふとアレイドの時間表示を見たら信じられないほど遅い時間になっていたことに驚いた。
彼は明日、朝から用事があるようで、そろそろ寝てしまうらしい。「おやすみ、たくさん話してくれてありがとうね。」と送られてきたメッセージに「こちらこそだよ!! ありがとうねっ、おやすみ!」と返したのを最後にして、私は眠りにつくことにした。
目を瞑った途端、一気に眠気が襲ってきた。同時にさっきまでロゼと話していたことが頭のなかでふわふわと再生される。今すごくしあわせだ。気持ちよく、眠れそう……。
──そして、ついにその日が来た。私とロゼは昼過ぎまでいつものようにイリスの花畑で遊び、そのあと適当な時間から私の家で遊ぶ、ということになった。
いつも通り朝起きて親を起こさないように、気づかれないように慎重に小屋に行ったのだが、興奮していて足がガチガチだった。
「つ、着いたよ! ここが私の家……です!」
緊張のあまり、声が裏返って途切れ途切れになってしまった。誰かを家に招くことなんて、一体いつぶりだろう。1年くらいは経っていそうだった。恥ずかしさで顔が熱くなる。
「お邪魔します。」
「どっ、どうぞ~!!」
心が落ち着かないまま、彼を私の部屋へと案内する。廊下を歩く時間がやけに長く感じた。
「ロゼの部屋ほど綺麗じゃないかもだけど……結構片付けてきたよ! あっでも狭かったら言ってね!」
掃除をして、片付けをして、そのあと何度もいらないものが出ていないか、綺麗な配置になっているかなどを確認したというのに、今更不安になってきた。
「大丈夫。整理整頓されてて綺麗だよ」
「ほ、ほんと!? よかったぁ~……。そうだ! 何か飲み物持ってくるね!」
「ありがとう。」
早歩きでリビングに向かう。人に飲み物を出すのも久々だ。といっても、市販の既に出来上がっている甘い紅茶だから注ぐだけで簡単だ。いつかロゼみたいに、茶葉から上手に紅茶を淹れられたらなあ……。
「お待たせ~っ!! これ、市販のなんだけど美味しくてお気に入りの紅茶なんだ! 飲んでみて!」
「ほんと。それじゃあ、いただきます。……わ、美味しいね」
「でしょ! よかったぁ~」
喜んでくれてほっとした。私が美味しいと思ってるもの、ロゼはそうじゃなかったらどうしようかと……。
それはそうと、いつも私が使っているコップをロゼが使っているなんて……なんだかドキドキするなあ。当然洗ってあるものだから、間接キスとかじゃないんだけど。
私とロゼは、時々お菓子をつまみながら、色んな話をした。このあたりの町について話したり、おすすめのパン屋さんを教えたり。逆に、彼の住んでいる町などについても教えてもらったりした。
「へえ~っ、ロゼの住んでるとこ、雪まつりがあるんだ!! いいなぁ~……っ」
「うん。毎年色んな場所でやっててね。小さい雪のお城なんかも作られたりしてて、結構凄いんだよ。それと、スノーキャンドルやアイスキャンドルなんかもあって、たくさん集めて置いたり、キャンドルの道が作られたりするんだ。」
「ええっ、綺麗そう~! 雪や氷でできた蝋燭ってこと……? どんなのどんなの?!」
「スノーキャンドルは、バケツみたいな容器に雪を詰めて、それをひっくり返して中身を出す。そしたら、ちょっと穴を掘ってそこにキャンドルを入れるんだ。」
なるほど、容器を使って綺麗な形を作る感じなんだ。キャンドルが入れられるサイズであれば、ある程度好きな形にできそう。容器さえあれば。
「ふむふむ……そしたら、アイスキャンドルは?」
「アイスキャンドルは、とても寒い夜に水を張った容器を外に置いて、凍らせるんだ。次の朝、逆さにして氷を出す。中心の凍りきらなかった水を捨てて、その穴にキャンドルを灯すんだよ。」
「なるほど~~……!! う~ん、どっちも綺麗そうだなぁ」
雪のキャンドルも氷のキャンドルもきっと、とても綺麗なんだろうな。同じキャンドルでも、この前のお祭りのキャンドル流しとはまた違ったロマンチックさがありそう。真っ白な雪のなかに、ぽわぽわの光がいっぱいあるなんて……。まだ春が始まったばかりだけど、冬がとても楽しみだな。
「スノーキャンドルはふんわりとした暖かい灯り、アイスキャンドルはきらきらとした灯りが特徴なんだ。どっちも幻想的で凄く綺麗だから、冬になったら君にも見せたいな」
そう話す彼の眼はとてもやさしくて、嬉しそうだった。彼も、私と同じように今から冬を楽しみにしてくれているのだろうか。
「やったぁ……っ! ぜったい、一緒に観ようねっ! 約束!!」
「うん……! 約束。」
伸ばした私の小指に、ロゼは自分の小指を優しく絡めてくれた。
暫くして、窓の外が茜色になってきた。もう夕方か。
「ロゼ、まだ帰らなくても大丈夫なの?」
「あ……うん、大丈夫だよ。今日はそこそこ遅くまでなら、いられるから。」
「そうなんだ! よかったぁ~」
「そういえばレイカ、親御さんから今日は晩御飯を自分で用意するように言われたんだっけ?」
「あっ、そういえばそうだった! どうしようかなぁ……」
しまった、晩御飯のことをすっかり忘れていた。彼との時間が楽しすぎて。どうしようか。一応、作れるには作れる。最近になってから、たまに食事作りを頼まれることが増えてきた。たまになので、まだ少ししかちゃんとした料理の経験がない。おまけに、時々親の料理を手伝わされることがあるのだが……手先が不器用で、手際も悪くいつも足手まといになってしまうから自信がない。
「ね、作る料理は決まってるの?」
「ううん、特に! 材料は色々あるんだけど。」
「なるほどね。そしたら、俺が作ってあげるよ」
「えっ?!」
彼の口からさらりと出たその言葉。私はひどく驚いた。晩御飯を?作ってあげる……?!彼は本当に私と同世代なのか……?
「ほっ、本当に……?!」
「うん。」
腰が抜けそうだ。
「えええっ! あっ、ありがとう~……!! ロゼってお菓子作りだけじゃなくて、ご飯も作れちゃうんだね! すごい……」
「あはは、そこまでじゃないよ。……それで、どんなものがいい? 好きな料理とか。」
焦って考える。好きな料理、好きな料理……。こういう時に限って出てこない。何が食べたいとか、何にするとか言われた時はいつもこうなってしまう。うだうだ悩む時間が長すぎて、呆れられたり怒られることがあるくらいに。だから早く考えなくては……そうだ!
「は、ハンバーグとか……かなり好きだよ!」
言ったあとで、難しくて作れないものだったらどうしようという不安が募ってきた。
「わかった。俺もハンバーグ好きなんだ、一緒だね! ちょっと自信あるから、楽しみにしてて。」
「やったぁ~! ありがとうロゼ~っ! それじゃっ、キッチンに案内するねっ!」
うきうきしながらキッチンへロゼを連れて行った。晩御飯がこんなに楽しみになることなんて、今まであっただろうか。誕生日とか特別な日はどうだったっけ?あったかもしれない。でも何かが違う。
「それじゃあ、ちょっと台所お借りするね。」
「うん! あっ……あの、ロゼ。私も手伝わせてほしいな……! それで、ロゼの分も作って一緒に食べたいなとか……」
緊張しすぎて、また言葉がつっかえてしまった。おまけにもじもじして、あちこちに視線が泳いで。どうして私はいつも上手く話せないんだろう。いつになったら普通になれるんだろう。
「いいの? ありがとう。でも、二人分の食材を使っちゃうと親御さんに怒られたりしない?」
「あっそっか、バレたらまずいかも……。そしたら……そうだ! ちょっとだけ食材多めに使って、二人で分ければいけたりしないかな?!」
「そうしたらレイカの晩御飯が少なくなっちゃうけど……大丈夫なの?」
「大丈夫! 小食だし! それに私、ロゼと一緒にご飯食べたいから……!」
「……そっか。ありがとね。ならお言葉に甘えて、俺の分も作らせてもらおうかな……」
「やったぁ! さっそく作ろ! まず何すればいい?」
「それじゃあ、そうだな……」
作るものはハンバーグ、ミックスサラダ、コーンスープ。私は野菜の準備とできた料理を運ぶ係になった。ほとんどロゼに任せちゃう形になってしまったけれど、少しでも役に立てるよう頑張るんだ。
私が一つの作業に時間をかけている間、ロゼは慣れた手つきで素早く作業を終わらせていっていた。私の作業が遅くても彼は見守ってくれて、うまくできない時は教えてくれた。まるで料理教室の先生みたい。




