(7) いつかこのノートを、思い出で埋め尽くしたいんだ
「う、ううん……!? む、むしろこんな私と友達でいいの……?」
照れくささ、嬉しさ、ときめき──いろんな感情が混ざり合って、心臓がバクバクした。
「もちろん。」
彼がにっこりと笑う。
「ありがとう……。」
その時、雲一つないこの夜空に星が流れ始めた。
流星群だ。
「あっ……! ロゼ、見て!」
彼も気づき、すぐさま空を見上げた。
「本当だ……」
私もロゼも美しい流星に魅入って、ぽかんとしたまま空を見上げていた。
「綺麗……」
「そうだね……星が降ってきてるみたいだ……」
そう呟く彼の横顔に、思わず視線が奪われる。
彼はいつものように、儚い眼をして空を見つめていた。夜の闇の中でも、彼の髪と瞳は吸い込まれそうなほど綺麗だった。
(いけないいけない、じっと見てたら変に思われちゃう……!)
あわてて視線を空に戻し、少し置いてから思いついた提案を口にした。
「あっ、ロゼ……! 折角だから写真撮らない? 流れ星を背景に撮れたら素敵かなって思って!」
「写真か。いいね、撮ろう! 端末、持ってる?」
「うんっ! セルフタイマーを使うから、その間にポーズとか考えててねっ!」
うきうきでカメラの準備を始める。ロゼと一緒に写真を撮れることが嬉しくてうれしくて、飛び跳ねたいほど気持ちが高ぶっている。
「大したポーズあまりできないけど、大丈夫?」
「もちろん大丈夫だよ! 私もカチカチのピースくらいしかできないし!」
位置調整をして、ピントを合わせて。
「……よ〜し、これで準備できた! ロゼ、撮るよ~!」
タイマーをオンにし、急いでポーズをとる。
「あっ、もうか……! ええとっ」
「3……2……1……! せーのっ」
パシャ、という音だけが辺りに響いた。
「撮れた?」
「うん! ええと、どれどれ……」
2人で撮った写真を確認する。
星空をバックに、幸せそうな笑みを浮かべてピースサインをしている私とロゼが写っていた。彼はいつものように控えめでやさしい微笑みをしているが、なんとなく幸せそうに見えた。
「わぁ、いい感じに撮れてる! ロゼってお花も星空も似合うんだね!」
「そう? ありがとね。レイカもよく似合ってるよ」
微笑み付きで言われてしまい、私は顔が熱くなるのを感じた。照れと動揺を隠せない。あまりにもさらっと言われてしまったもので、余計に。
「そっそそ、そう……!? ありがとう……」
(ロゼってやっぱり、大人っぽいな……逢った時から感じてたけど、言動が凄くそれだ……)
思い出の写真を撮った後は、二人でのんびり星を見ながら今日のお祭りのことを振り返っていた。
「お祭り、ほんとによかったなぁ……」
「そうだね……今日は楽しいことが沢山できた。まず小屋に潜入、脱出。結構ハラハラしたな」
「近くで物音がするたびに、お互いドキドしちゃったよね!」
「一緒に食材も取りに行けたし。君が毒キノコを採りそうになったりもした。」
「あはは、あれは危なかったな〜……。でもいい材料が手に入って、美味しい料理が食べれたから結果オーライだよ!」
「ふふ、そうだね。」
楽しかったこと。面白かったこと。嬉しかったこと。今日あったことをたくさん話し合った。たった一日だけで、こんなに多くの思い出ができたなんて。今日の日記は、あの行数が多いノートでも1ページギリギリに収まることになりそうだ。
そんな時間もあっという間。私たちはもうそろそろ、帰ることにした。
「それじゃあロゼ、また明日ね~!」
「またね、レイカ! ゆっくりお休み!」
昨日よりもいっぱいの笑顔が、満天の星の下であふれた。
帰宅したが、特に怪しまれたりはしなかったのでよかった。寝るまでずっとずっと、ただ今日の思い出だけで頭の中をいっぱいにした。日記を細かく忠実に書き、ページギリギリまで埋めさせた。今日は幸せな夢を見ながら眠れそうだ。
それから、私とロゼはほぼ毎日遊ぶようになった。私は両親にロゼのこと、あの場所に行っていることがバレないように注意を払いながら、毎日のように苦手な朝も早めに起きてあの樹の下に行った。どちらかが都合で遊べない時は寂しいけれど、そういう日は代わりにあの端末で連絡を取り合った。
「ロゼって、どのあたりに住んでるの?」
「ノルディアだよ。ほぼ雪国みたいなところだから、毎年雪がたくさん積もるんだ。春はちゃんと暖かいよ。」
「雪……! 私はアルドに住んでるんだけど、降ってもそんなにいっぱいは積もらないからいいなぁ~」
アルド地方。人口が多く、中心部は特に栄えている。私はその中のほぼ北東──カルネアという町に住んでいる。住宅が多く、アルドの中ではそこそこ静かな町だ。
「アルドなんだ。レイカは雪が好きなの?」
「うん! 綺麗だし、雪遊びできるからワクワクするんだ! 雰囲気もロマンチックでいいしっ」
「そうだね。俺も雪が好きなんだ、いっしょ!」
私とロゼの好みはよく合う。なんだか嬉しい。
雪、か。今年の冬はロゼと一緒に雪遊びしたいな……。
「レイカ、今日はヴァイオリン持ってきたよ。」
「えっほんと!? この前は聴けなかったから嬉しいなぁっ」
ロゼは手先が器用で、色々な楽器を使いこなす。以前、彼がここでオカリナを吹いていたことがきっかけで、オカリナ、フルート、手持ちできる小型ハープなどの楽器を演奏してもらったことがある。
私は自分の家にピアノは置いてあるが、こういった手持ちの楽器は町に時々訪れる演奏家や、吟遊詩人が持っているものでしか見たことがなかったため、間近で見られて幸せだった。
「よかった。上手いかどうかわからないけど……自分で作った短い曲があるんだ。聴いてくれる?」
「ヴァイオリンにもロゼが作った曲があるの!? すご〜い! 聴きたい、ききたい!」
目を輝かせてそう言った。弾けるだけじゃなくて作曲もできるなんて。一体どんな曲なんだろうと興奮が抑えられない。
「ありがとう。それじゃあ──」
ロゼがヴァイオリンを構えた。私の視覚、聴覚、感覚すべてが彼に集中する。今まさに、目の前に舞台があって彼にスポットライトが当たっているのだ。
(わあ……っ!)
滑らかに滑り出す弓とともに、透き通るような音が奏でられていく。緩やかに流れるメロディは、辺りを包み込むやさしい詩のようだ。
音色に反応するかのように、そよそよと吹く風にのって桜の花びらがあたりを舞い、蝶々がふわふわと彼の近くで踊り始めた。きっと彼らも、この心が洗われるような音楽に虜になっているのだろう。
息をすることさえ忘れていた私は、彼が楽器をおろしたことでようやく我に返った。
「……すっ、」
「すっごぉ〜〜い……!! 凄いねっ、ロゼ!!」
ロゼはそれを聞くと、少しだけ照れた。
「ほんと! よかった。ありがとう」
「いえいえっ。それにしても凄いなぁ、色んな楽器弾けて。私、ピアノしかできないや。」
「一つの楽器が使えるだけでも充分、立派な特技だよ。」
「ほっ、ほんと……!? あっ、そういえばロゼもピアノ弾けるの?」
「俺? うん、弾けるよ。」
(やっぱりなんでも弾けるんだなぁ……ほ、ほんとのほんとに同い年?)
「わぁっ、聴きたいなぁ……でも流石にピアノは持っていけないよね」
「はは、流石にそうだね。家にでも行かないと。」
「家……。」
彼の家。まだ一度も見たことがない。果たして彼は、どんな家に住んでいるのだろう?家の話はほとんど聞いたことがないので、イメージができない。
知りたい。見てみたい。ええと、友達の家に行くのって普通だよね。聞いてみたらいけるかな……。
「ね、ねえっ。ロゼの家って遊びに行けたりする? そこでピアノ聴かせてもらえないかなぁって」
「え、……それは……」
途端、彼の顔が曇った。何かまずいことを言ってしまったのだろうか。やっぱり迷惑だったとか。頭の中がぐるぐると渦巻く。
「あっご、ごめんっ、迷惑だった?」
「……ううん、そういう訳じゃないよ。ちょっと事情があって、あんまり人を入れられないんだ。でも今日は、少しだけならいけるよ。」
「えっ、ほんと!? やったぁ!」
申し訳ない気持ちが少しと、嬉しい気持ちでいっぱいになる。
「それじゃあ、ついてきて。」
「うん……っ!!」
脚が震えそうなほどにドキドキしている。もちろん、いい意味でだ。だって初めてだから。彼の家に行くのも、男の子の家に遊びに行くのも——。
「……これが扉。開けるね」
そう言って、彼が扉の目の前に立った。どうやら私の扉とは大きさか形か、何かが少し違うようだ。描かれている模様は相変わらずよくわからなかった。
扉がゆっくりと開く。私は彼と一緒に、中へと入っていった。




