(6) 彼の願い
喋ることは少し緊張したが、無事にコックに作ってほしい料理を伝え、材料を渡すことができた。
「は~い、アップルパイときのこシチューっと。うーん、いい野菜と果実だ。この新鮮な食材たちはきっと調理されて嬉しいだろうなぁ、あっはっは」
「……食材って感情あるの、ロゼ?」
「ないと思うけど……」
「なぁに、あると思えばあるんだよ! ははは」
なんだか元気なおじさんだなぁ。ユーモラスというか、そういう雰囲気があっていい。私の周りにも、こんな大人がいたらなぁ……。
「ほいっ、先にシチューのできあがりっと。アップルパイもすぐだよ」
あっという間にシチューが出来上がって、私たちは驚いた。
「凄い……もうできたなんて」
……そういや、私の記憶では過去に参加した収穫祭の時も、すぐに料理が出来上がっていた気がする。一体どうやって調理しているのだろうか?
「あの~、そういえばどうやって、そんなに早く料理作れるんですか?」
「ん? ああ、これはねぇ……実は……。」
ごくり。
「……トップシークレットで~っす! がはは」
がっくし。
「で、ですよね~あはは……」
「まあ、言っちゃうと秘奥義みたいなもんだ。料理の道を極めた者だけが習得できる、ね。」
「へぇ~……」
とにかく凄いことだけはわかった。
「はい、お待ちどおさま! 君たちが汗水たらして採ってきたであろう野菜と果実をふんだんに使った、アップルパイときのこのシチューだよ。」
「ありがとうございます。」
あっという間に手渡された出来立ての料理に驚きつつも、私たちはベンチに腰掛けて料理をいただくことにした。
「いただきま~す!」
まずはシチューをいただく。じっくりと煮込まれたシチューは野菜がとろけるように柔らかくて食べやすく、コクがある。自分たちが採ってきた野菜となると、更に美味しく感じた。沁みるように体が温まっていく。
アップルパイは……こちらも美味だ。さっくりしたパイ生地と、柔らかすぎないりんごの食感に夢中になる。
ロゼも美味しそうに食べている。それを見ていたら、なんだか私も幸せな気持ちになった。
「美味しいね、ロゼ! あたたかくて幸せになる……」
「だね! 頑張って食材を採ってきた甲斐があったや。」
「探すのも楽しかったよね!またプチ探検したいなぁ」
「俺も!」
澄んだ青空の下で摂った食事は、とてもあたたかかった。
暫く祭りを楽しみ、ついに夜が来た。もうすぐ今日のメインイベントである、蝋燭流しが行われる。
「もうすぐ蝋燭流しかぁ……楽しみだね!」
「俺も楽しみ。初めてなんだ、やるの」
「そうなの! じゃあ今日が記念すべき第一回、だね! ……あっ、でも初めてが私と一緒なんかでいいのかなぁ」
どうしても自分なんか、と思ってしまうのは私の癖だ。
「いいんだよ。むしろ君と一緒にできるなんて嬉しい」
「えぇ…っ!? な、なんだか照れるなぁ……」
もじもじしていると、彼がふふ、と微笑んだ。
「ほら、もうすぐ始まるよ。一緒に行こう」
「うん……っ!!」
人の流れが段々一定になっていく。広場で蝋燭とそれを乗せるための小皿を受け取りに行っているのだ。
私は彼と一緒に広場へと向かった。近くには既に蝋燭を受け取り、その明かりを川へ運んでいる人がちらほらといて、なんだかドラマチックだ。空には星月が輝いているとはいえ、夜の闇の中で静かに揺らめく炎は負けずとも劣らない。
町長からセットを受け取る。既に火は灯っていた。思ったよりもずっと温かくて眩しい。
2人で蝋燭を持って川へ歩く。小さな灯りに照らされた彼の横顔は、綺麗だった。
何故かはわからないが、緊張してなかなか話しかけられない。何か言おうとしても喉につっかえてしまって……もどかしすぎる。
川岸に着き、それぞれ蝋燭を流す準備をし始めた。といっても、何を願うか考えて、流す時にするだけなので難しくない。願い事は様々だ。豊作を祈る人もいれば、家族の幸せや自分の健康を祈る人、子供だと欲しいものが手に入るようになど、色々あるようだ。
しゃがみ込み、蝋燭の炎を見つめる。
……彼は、何を願うのだろうか。
「……ねえロゼ。ロゼは、何を願うの?」
彼の横顔をじっと見つめた。
「俺は……」
彼は静かに儚く燃える火を見つめていた。
「幸せになりたい、かな」
私の心の空洞に、風が通り抜けるようだった。
いや、ただの風ではない。確かにさらりと流れてしまうが、跡を残すような……。とにかく、その一瞬で、私の時が止まったのだ。
思考が停止する。空っぽになった頭と心は今、何の役にも立たなかった。
……ただ彼を見つめていた。
「……なら、」
何故だろう。自然と言葉がこぼれてくる。
「私も一緒に願うよ! ロゼの願い……絶対、叶えたいもん!」
彼は驚いて、こちらを振り向く。
「レイカ……」
「でも、いいの? 君には君の願いがあるんじゃないのか」
「そりゃあ、ちょっとはあるけど……今の一番の願いは、ロゼの願いを叶えることだから!」
私は、満面の笑みでそう答えた。
「……。優しいね、君は」
「そ、そうかな……!? えへへ……」
なんだか照れてしまう。優しいなんて、あまり言われたことがなかったから。そもそも人と話すこと自体少ないけれど。
「それじゃあ、一緒に願お! 私はロゼに続くからね!」
「うん……!」
彼は蠟燭をそっと、川に流した。
「……幸せに、なれますように……」
淡々と願いを込めて、彼はそう呟いた。
ロゼに続いて、私もそっと蠟燭を流す。
(どうか、ロゼの願いを……)
私は祈る。
「ロゼの願いが、叶いますように……」
2人の蠟燭は無事に流れ、願いをしっかりと受け取ったように、炎は強く輝いていた。
そろそろ帰る時間だ。もう祭りは終わりに近づいている。
あっという間だった。帰りたくない。親はまだ帰って来ていないだろう。だからもう少し、少しでいいから一緒にいたいよ。
「そろそろ帰らなくちゃね。レイカの親御さんはまだ帰って来てないかな?」
「うん、大丈夫だよ!」
「よかった。それじゃあ、行こうか。」
相槌を打って、歩き始めたその時。
「レイカ」
途端、ロゼがこちらに手を差しだしてきた。
何のことかわからず、私はきょとんとしてしまった。
「もうこの道、人通り少ないから。手、繋いでて」
「う、うん……っ!」
ロゼの手をとる。昨日と同じ、少し冷たくて気持ちいい手。でも彼は、あったかかった。
元から無意識に距離は近くなってしまっていたが、意識するとなんだかドキドキする。
(……このままロゼと話していたいな……)
まだ一緒にいたい、とは言えない。でも、そうしたらこの感情はなんて説明したらいい?なんて伝えればいいの?
もう少し話したいとか、迷惑かな。
うまく言葉が出ないまま、時間だけが過ぎていく。
「今日、楽しかったね!」
「そうだね。君のおかげだよ、ありがとう。」
「わ、私の……!? そんなことはないよ!? 会ってすぐなのに、いきなりお祭りとか誘っちゃったし……その、馴れ馴れしいくらいだから……っ」
「そう? 俺は正直、嬉しかったよ」
「そっそそうなの!? よかった……」
喉の奥につっかえて、なかなか本音が出てこない。言うタイミングを探しているのか、勇気が出ないだけなのか。ぐだぐだしていたら、もう例の小屋の前まで来てしまった。
もうチャンスはここしかない……。
高鳴る鼓動を抑え、私は息を吸い込む。
「あ……っ、ろ、ロゼ、花畑まで私も一緒に行っていい……?」
心臓がうるさい。どうしよう。断られたりしたら……。
「うん、いいよ。……夜の花畑も凄く綺麗だから、見せたかったし。」
「ほ、ほんとっ! ありがとう……!」
不安が一瞬にして消え去った。勇気を出して、よかった。
小屋の中に入る。いつものようにあの扉を開ける。
光に包まれた私たちは、昼ぶりにイリスの花畑に帰ってきた。夜の花畑は初めてだ。夜桜と、ほんのり光っているかのように見えるイリスの花、そして満天の星のセットは息をのむほど美しかった。
(あ……っ、しまった、景色に見惚れすぎてた。どうしよう、何か話したいのに緊張しすぎて声が出ない……)
話さないと。そう思っていても、また勇気が出なくて、私はただ立ち尽くしてしまっていた。
先に口を開いたのは彼だった。
「俺さ」
どこか遠くを見つめて、彼はそう言った。
「願い事をする時、最初は「友達ができますように」って願おうと思ってたんだ。だけど——」
「もう君が、なってくれたから。願う必要なくなったんだ」
彼がこちらを振り返って、やさしく微笑んだ。
「だから……本当にありがとう。」
まっすぐに向けられた、青い瞳。その瞳は、すこし切なさを秘めていたが──とても、やさしかった。




