(5) 「聞こえない」魔法
……。
目を開ける。見慣れた部屋だった。私がいつもロゼに会うために通る、謎の小屋の中。
隣を見る。ロゼがいた。彼も目を開け、辺りをきょろきょろしている。どうやら成功したらしい。
自分の家の近くに家族以外の人がいるとなると、物凄くドキドキして落ち着かない。
「こ、来れたね……っ! ここ、昨日話した例の小屋だよ。」
「ここが、そうなのか……。本当に来れちゃったんだね。凄いや、レイカ!」
「えへへ、どういたしまして! さっ、小屋を出よう? 少し歩いたら平原道に出られるよ! 私の家からはちょっと距離があるけど、一応慎重に行くね! 近くに住んでる人に見られるの怖いから……」
「わかった。レイカに任せるよ」
「うん……! が、がんばるっ!!」
少しの道のりとはいえ、緊張する。私が彼を案内せねばならないのだから。
どうしても悪いことばかり考えてしまう。近所の人に見られて、何かで親に伝わったりしたら……。考えるな、考えるな。きっと大丈夫、大丈夫って思えば大丈夫……。
まずは扉を少しだけ開き、近くに人がいないか確認する。そして耳を澄ませ、人の気配がないか確認する。最も、ここは家の敷地内なので、流石に誰かがいる可能性は低いが。
「……。うん、大丈夫そうだよ。近くに人はいないみたい。ロゼ、行こう!」
「了解!」
ロゼと一緒に素早く小屋を出る。
忘れず、扉のロックをかけ直す。彼にはこの作業をすることを伝えていなかったが、彼は何も言わずに待ってくれた。
進めば先に、一番の壁が立ちはだかる。
「家がすぐそこなんだけど……あ、あんまり家の前は通りたくないし……どうしようかなぁ。」
「どこか、抜け道みたいなのはない?」
「抜け道……そういえば、何かあった気がする! 多分こっち!」
そう言ってロゼを案内し、二人で草むらを抜けてみた。よかった、この道で合ってた。ちょっとだけ遠回りだけど、家を迂回して町に行ける。
しかし、油断はしない。念には念を、そろり、そろりと歩く。なんだか、こういうの……秘密の組織みたいでかっこいい。
途中、茂みに身を潜めたりして、人がやって来ないか慎重に確認して進む。
移動は素早く。ある程度移動したらいったん隠れて。また素早く……。
見慣れた道案内の看板が見えてきた。ようやく街道に出れたのだ。ここまで来ればだいぶ安心できる。
私たちは互いに顔を見合わせた。
「ふう……第一関門、突破だね!」
だが、まだ喜びきるには早い。
──一気に駆け抜けるよ。
──了解。
そんな会話を心の中でした気がした。
互いに小さく頷き合い、一斉に走り出した。鳥籠から放たれた小鳥のように、自由に、風をきって街道を駆けていく。ロゼと並んで走るこの瞬間が、どうしようもないくらい気持ちよかった。
「よ~しっ! ここまで来れば安心だよ! まだ距離はあるし、いったんゆっくり歩いてこ!」
「うん……!」
町への道を、景色を眺めながらのんびり歩いていく。この平原道には時々、草むらからヘビなどの危険な生物が出没することもあるが、刺激しなければ基本的には襲ってこないことが多い。もし襲ってきても大抵のものはパチンコなど簡単な道具で対処できるし、逃げれるのでさほど問題ではない。
歩いて、走って、また歩いて。どんどん町が近くに見えてくる。ここからでもわちゃわちゃとした人の声がよく聞こえてくる。さあおいで、もうお祭りが始まるよと誘うように。
「わーいっ、到着だ~!」
「やったね、レイカ!」
勢いでつい、彼にハイタッチをしようとしてしまったが、彼はそれに応えてくれた。嬉しくも少しだけ、恥ずかしい。
「さっ、もうお祭りは始まってるよ! 一緒にお店回ろ~!!」
「うん…っ! 行こう!」
お互いにはじけるような笑みを浮かべた。
これから、楽しいことがいっぱい始まるんだ。
「わぁっ、あっちに色んなフルーツ飴が売られてるよ! ロゼ行こうよ~!!」
「本当だ! 美味しそうだね、行こうか!」
2人で色々なものを食べる。
「ロゼ! 次はあっち行こ~!」
「わっ、待ってよ~」
2人で色々な店を回る。
誰かとお祭りに行くって、こんなに楽しいんだ。
心からそう思っていた、その時だった。
『ねえ、あの子……。』
ふいに、雑踏の隙間から誰かの話し声が耳に飛び込んでくる。
『あらやだ。それに見て、あの男の子。もしかして……』
聞きたくない声だ。
『あの男の子はどこから来たんだ?』
ロゼ?
ロゼがなんだっていうの?
あれ、おかしい。こんな声聞こえるはずがないのに。この声は何処から?誰から?
気のせいじゃないか。ほら、聞こえない。気にするな、意識したら余計に聞こえてるように思ってしまうのだから。そう、勘違い。これはただの勘違いだもの。
(何か聞こえた気がするけど、何だろう?)
ロゼは黙っていた。よく顔が見えなかった。どうかしたのだろうか?
「ロゼ? 次のとこ、行こうよ」
「……うん」
(本当に、どうしたんだろう……何かあったのかな)
少し不安だが、今はとにかく楽しむしかない。彼をいっぱい楽しませてあげないと!
そうだ、材料を取りに行こう!きっと楽しいだろう。材料を揃えれば、コックが美味しい料理を作ってくれる。お腹も心も満足になれるはず。
「ロゼ! 料理の材料、取りに行かない?」
「あ……そうだね、そろそろ行こうか。どの辺で採るの?」
「町の近くにある森! 危険な動物はいないらしいから、大丈夫だよ」
「それならいいね。早速行きたいところだけど……作ってもらう料理は何にする?」
そうだった。何を作ってもらうかが重要なのだった。作ってほしい料理に必要な材料を調達してこなければならないのだ。はて、何がいいだろうか。
「あっそうだった、決めないとだね! メニュー表見に行こ!」
「うん!」
「ええと、なになに……魚のムニエルに、マフィンにきのこのシチューに……色々あるみたいだね」
うーん、どれも心惹かれる。
「ロゼ、何食べたい? 私はアップルパイときのこシチュー……って2つも頼んでいいのかな」
「いいんじゃないかな。品数の制限はないみたいだし。材料は……2つともわりと少ないから、集めるのも難しくなさそうだよ」
「えっほんと!?」
「うん。俺もレイカと同じもの食べたいなって考えてたから丁度いいね!」
「やった~! なんか嬉しいなっ」
ようやくメニューが決まり、今度こそ森に行くことになった。集めるべき材料は林檎、きのこ、シチューに合いそうな野菜なんでも、らしい。
え、意外に少なくないか?そりゃそうか、小麦粉にバターに材料全部っていうのは少し無理があるような気もするような、しないような。しかし、シチューに使う野菜はなんでもいいとあるが……そんなのでいいのか?人参だけ持ってきたらどうする。かなり地味なシチューが出来上がりそうだ……。
とりあえず森に着いたので、手あたり次第に材料を探していく。
「ロゼ! あっちにキノコが生えてるよ! なんか水玉模様みたいだけどこれでいいのかなぁ?」
私がキノコを指さすと、彼は慌てて私に言った。
「レ、レイカ! それは毒キノコだよっ! 危ないやつだよ! 触らないでね!?」
「えっそうなの!? うそぉ~……早速キノコさんゲットできると思ったのに~」
「毒だよ、毒。たまに、食べなくても触るだけで毒をくらっちゃうものもあるらしいから……」
触っただけで!?一体どのようにしてそんな毒を身にまとったのだろうか、キノコたちは。興味深い……。
「き、気を付ける……」
大きな汗が頬に流れていくのを感じた。
それにしても、彼と森で探索だなんて。ちょっぴり冒険ぽくて楽しい……。
「ロゼ! これ、今度こそ大丈夫なキノコ?」
「ええと……。うん、大丈夫だと思うよ!」
「やった~! 初収穫! それにしてもロゼ、色んなキノコのこと知ってるなんて凄いね!」
「そこまでじゃないよ。前に本で少し、読んだことがあるってくらい。でも役に立てたのならよかった。」
「ね、この野菜どう? シチューに合いそうじゃない?」
「確かに! ロゼすご~い!」
「えへへ、やったね。あとは……」
色んな野菜を探す。葉物、根菜、芋類、なんでも。これは合う?これは合わない?出来上がった時をイメージしてよく考える。それと私の好みも。
「ロゼ、取れそう……?」
「いけるいける……よし、取れたよ!」
「すごいロゼ、木登りできるなんて……」
「これくらいなら大したことないよ。」
「こ、これくらいって……」
背が高い彼は、木登りも得意なようだった。私も周りの子供やこの歳の平均身長よりはやや高めなはずだが、流石に彼の方が高い。背が高いって、なんだかかっこいい。
そんなこんなで、無事に全ての材料を集めることができた。危ないキノコは採っていないし、よかった。そろそろ町に戻るとしよう。
「よ~し、これで材料揃ったね! 町に戻ろう!」
「うん! 楽しみだね」
町に戻ると、我先にと材料を持った多くの人がコックの元へ集まっていた。
「すごい人だな……俺たちも並ぶしかなさそうだ」
「そうだね……さっきよりすっごく人が増えてるなんて、驚き。」
少しだけ待ち時間は長くなるだろう。でも、彼と話していればきっとすぐだ。
他愛のない話をする。周りの目も視線も、なんにも気にならない。彼しか見えていない。それでいい。今はそれでいいと、そう思った。
──ほら、あっという間。
「あっ、もう次が私たちの番だね」




