(4) 朝起きてそこにあることの幸せ
家に着いた私は、まず中に誰もいないことを確認した。それまでのほんの数秒が私を緊張させて、また安心させた。
(よかった、まだ誰も帰ってない)
夕方4時すぎだった。お腹が空いた。何か食べたい。親が帰ってきてくれさえすれば、食事を作ってくれるのだが。私だって作ろうと思えば、何かしらは作れると思う……が、勝手に食材を使うわけにもいかない。大人しく待つとしよう。
今日の思い出に浸りながら、自分の部屋でぼーっとしていた。暫くすると、母が帰ってきた。父はいつも夜遅くまで仕事をしているので、まだまだ帰ってこない。
・・・
夜。今日の分の学校の宿題も済ませて、ようやく自由時間がきた。学校は春休み中だというのに、先生は勝手にあれこれと宿題を出してくる。休み中でも毎日勉強する癖をつけましょう、と。真面目にコツコツ、計画的に、毎日勉強をしている小学生なんているのだろうか?いたら尊敬する。
ふと、机の上に置いてある携帯端末に目をやった。ただの端末だけど、今までとは違う。なんだって、これさえあればいつでも彼と連絡が取れるのだから。
(そうだ、ロゼに連絡してみよう。もっと彼のことが知りたいし、聞きたいこともたくさんある。)
早速アレイドを開き、メッセージを打ち込んだ。
『ロゼ、いる?』
そう送ろうとして、手が止まった。
(だ、大丈夫かな……ご飯食べてたりする? お風呂入ってたりする? 今送っても迷惑じゃないかな……)
(……。)
ぐるぐると悩んだ末、意を決して送ることにした。
キーンという音が控えめに鳴る。つ、ついに送ってしまった……。悩んでいる時よりもずっと、心臓はドキドキしていた。
案外、返信はすぐに来た。
『いるよ。どうしたの?』
『いた! よかったぁ……あのね、ロゼに質問したいことが沢山あって』
『質問? うん、いいよ。』
『やった~、ありがと! ええとね、まず……』
好きな食べ物。逆に、苦手な食べ物。好きな色、好きな季節、好きなこと……いっぱいいっぱい、彼のことが知りたい。
『好きな色とかは!?』
『白、黒、青とか? 水色も好きだよ』
『えっ、私も同じ……! なんていうだろうこれ、運命ってやつ!?』
『はは、奇遇だね〜』
『次は……好きな季節!』
『冬と春かな』
『私も! 春はあたたかくて桜も咲くし! 冬は雪が降るし! 虫いないし……』
『レイカは虫が苦手なの?』
『うん……。見た目と……サイズが大きいのとか……羽音とか……。怖いな……ううう』
『確かに、大きかったり嫌な音を出してたりすると微妙だよね』
『だよね!?』
他にも、甘党か辛党か……だとか、好きなスポーツは何か……など、たくさん質問した。私は彼の答えを一つひとつ、しっかりとメモしていった。少し前に手帳を買っておいてよかった、としみじみ感じる。
……この手帳、友達のことで埋まるといいな。
気がつけばまた、長い時間が過ぎていた。私の体感は15分なのに。
「そろそろ落ちるね、また明日」と言う彼を引き止めたい気持ちもあった。
楽しい時の終わりというのは、まるで強く輝いて辺りを灯していた火が、ふっと消えたようだ……。
この瞬間は本当に寂しいけれど、また明日も話せるというのなら……。毎日それでなんとかやっていけそうだと思えた。
(結局、今日だけじゃ聞きたいこと全部聞けなかったなぁ……)
(そうだ、聞きたいことリスト作ろう! そうすれば忘れないし! そうと決まれば、早速作らなきゃ!)
メモを開き、ペンを走らせ、どんどん文字を埋め尽くしていく……って、これでは見づらい。見やすいように箇条書きにして並べていく。すっきりした。うん、これでよし。
メモを閉じ、時計を見る。とっくに日付が変わっていた。
そろそろ寝ようかな。
(……そうだ。今日から日記をつけよう)
たった一日に詰め込まれた夢。偶然という名の奇跡。感動。喜び。幸せ。
いつか忘れてしまわないように。忘れてしまったら後悔するかもしれないから。
なんだか、どこかの物語の主人公になったみたいでうきうきする。
ええと……何を書こう。ロゼのこと、扉のこと、あとは……いや、全部書いてしまえばいいか。
……。
よし、これでいっか。
日記用のノートを閉じ、寝る準備をする。部屋はいつも寝る前までに綺麗に片付ける主義なので、手早く片付けていく。といっても、積み上げたり寄せたり、適当に引き出しに入れるくらいだが。とにかく片付けばいいのだから。見せかけの綺麗な部屋づくりは得意なほうだ。
ロゼが作ってくれた花冠……これは、誰にも見られないような場所に置かないと。
私は花冠を、潰さないようにそっとしまった。
明かりを消し、横になり、目を閉じて考える。
何故か入らせてくれなかった小屋……突然現れた謎の扉……。あの青い花畑……舞う桜……バラの花園……。
……そしてロゼ。
今日の出来事全てが夢に思える。明日になったら覚めてしまうのではないか、と。
考えてもわからなかった。これが夢だとも、現実だとも断定できる要素が何一つないのだから。
夢の中で夢を見ることもあるくらいだ。現実だと思って過ごしていた日々も……もしかしたら長い夢を見ているだけ、という可能性はあり得そうだ。……いや、昨日までは……夢であってほしいと、そう心のどこかで思っていたんだ。
でも今は違う。ロゼに出逢ったこと……これは、夢であってほしくない。
(きっとこれは現実だよね……。明日もちゃんと今日のことが存在しているのなら、現実だと思おう)
お や す み ・・・
2010年3月20日 午前
薄手のカーテンからこぼれた柔らかい光が、辺りをやさしく照らしていた。
(ふぁ~。朝かぁ……。起きれてよかった)
早起きが苦手な私。でも、楽しみなことがある日は頑張って起きれる。
起きてすぐなのに、端末を起動させてロゼに連絡をする。寝起きに良くない行動であることはわかっている。早く目をスッキリさせられるから……という言い訳をする。
『おはようロゼ! 起きてる?』
朝からドキドキ、震えながら指を動かす。
(流石にすぐには来ないか……)
数分待っていると、端末から通知音がした。彼からの返信を知らせる音だ。聞きなれていない音にまた心臓がどきりと言った。
『おはよう、起きてるよ。』
『よかった! 今日の、楽しみだね!』
『そうだね! ワクワクするなぁ』
彼とアレイドで軽く話をしてから、私は約束の時間まで適当に暇を潰すことにした。
……しかし、どうしてもソワソワして落ち着かない。少し早いが、先にあの場所へ行くことにした。
例の小屋に行く。また朝から玄関を使うと家族に怪しまれそうなので、いつもの抜け道を使ってそっと外へ出た。
昨日、小屋の扉にかけ直したロックを確認する。……よし、ちゃんと閉まっている。今日も周りに誰もいないことを確認して、手早く解除する。
薄暗い部屋の中には、変わらずあのほんのり光る扉が佇んでいた。よかった、今日もちゃんとあってくれて。
これでまた、今日もロゼに逢える。
風が気持ちいい。静かで空気が澄んでて、なんだか不思議な感覚がして。まだまだこの新鮮さには慣れない。
もう彼は来ているのだろうか。会うのがとても楽しみで仕方がない。
草をかき分け、森のようなところを抜ける。その先に、桜の並木道がある。ルートによればバラの花園も見れるだろう。更に抜ければ、彼と出逢ったあの青い花畑が見えてくる。
そういえば、バラやイリスの花は、彼が育てたのだろうか?花畑もそうだが、庭園は特に人の手で整備されている感じがするのだ。枯れた花もなく、綺麗で整っているから。いやでも、流石に子供一人でできることではないか。
イリスの花畑に行くと、ここからでも一際目立つあの大きな桜の樹……今日の約束の場所が見えてくる。さらに歩くと、樹を背もたれにして本を読んでいる彼が見えた。
私は思わずかけ足になり、彼のもとへ急ぐ。
「ロゼーっ!!」
彼は本を閉じ、こちらに手を振った。
あっという間にたどり着き、少し荒くなった息を整える。
「やあ、元気そうだね。」
「うんっ! はちゃめちゃ元気!! 今日はロゼといっぱい遊べるんだもん!!」
「はは……それは嬉しいなあ」
ロゼはちょっとだけ照れた。なんだか、かわいい。
「収穫祭はお昼からだよ! 出店で町の野菜や果物を使った料理が売られたりするんだ〜! それと年に一度、収穫祭の日だけに来てくれるコックさんがいてね! メニューを選んで必要な材料を渡すと、料理してくれるの! 材料は町に近いところで調達エリアが決められてるから、安心してね!」
「出店に、コックの料理……それに材料探しか。なんだか楽しそうだね!」
ロゼは目を輝かせた。楽しそう、そう言ってもらえてよかった。なにしろ、彼と出逢ってからまだ1日しか経っていないのに私の誘いを受けてくれたものなので、嬉しくも不安だったのだ。
「だよねだよね! あと、夜からはロウソク流しっていうのがあって、キャンドルにお願い事をして川に流すんだよ! そ、それも一緒にやりたいな……っ!」
「願い事か……素敵だね。もちろん、一緒にやろ!」
「やったぁ~!!」
嬉しすぎてぴょんぴょんと跳ね回ってしまった。ロゼはそんな私を見て、楽しそうに小さく笑っていた。
お祭りまでの時間つぶしに、ロゼとたくさん遊んだ。祭りに行くことはもう親に言ってあるので、安心できる。もっとも一人で行くことはダメだと言われるので、架空のクラスメイトと行くと言っておいた。さらにうまいことに、親は今年も興味がないのでお祭りには行かないらしい。今日は心置きなく彼と遊べるだろう。
いつもなら途中で一度、昼食をとるために私が帰ったりするのだが、今日はそれもない。
ロゼはちゃんと、ご飯とか食べてるのかな?
──そして、ついにお祭りの時間が近づいてきた。
彼が住んでいるところは遠いらしいので、私が使っているあの扉から行ってみよう、ということになった。
一緒に入るということだが……もし彼が入れなかったらどうしよう。試したことは一度もないし、この扉の仕組みについてまだよくわかっていないので、不安が募る。彼は扉が見えているようなので、とりあえず大丈夫だと思いたいが。
「ほんとに入れる……よね。」
「大丈夫だよ! ……多分」
「た、多分ね……」
頼りない返事をしてしまった。
とりあえず扉に触れてみる。いつも通り、扉が開いて中から光が溢れてきた。
「開いたよ、ロゼ! 一緒に入ろう!」
「うん……!」
扉の中へ入り、私たちは光に包まれていった。




