(3) 「俺は歓迎されないから」
「そういえば、ロゼって何歳なの?」
「俺? 今年で10歳だよ。」
「私も今年で10! 同じだったなんて嬉しいなぁ…。ロゼは誕生日、いつなの?」
「11月の13日。 レイカは?」
「私、3月30日!」
11月13日か。今日は3月19日……まだまだ先だな。彼の誕生日を祝うのが楽しみだけど、遠いから少し残念な気持ちもある。それと、私の誕生日とも遠いから、なんとなく。
……え、そうなるとロゼは今9歳?
(嘘だぁ……そんな……そんな大人っぽい9歳なんている……?)
「ん? きゅ……9歳……!? もっと年上かと思った……」
「そんなに?」
「うん。だって、私と違って大人っぽいし……雰囲気とか言動とか全部……」
「そうかな? ありがとね。」
あーあ、もっと早くロゼに逢いたかった。もっと早くこの場所を見つけられていたら、もっと早くロゼに逢えたのかな。私が今日行動して出逢えたのは偶然、そして奇跡。たまたまなんだ。そのたまたまが、今じゃなくてもっと前に来ていたら……。
これもたまたま、か……。なんでもいいけど、とにかくもっと早く、彼に出逢いたかった。ただそれだけ。
私は外に出ることが少ない。それには様々な事情があるのだが、例えば少しだけ体が弱いとか、親が厳しい人だったりとか、理由は色々あった。でも、多少のそれを乗り越えてでもここに行く価値は十分にあるんだ。
「次は何する?」
すっかりロゼと話すことに慣れた私は、次の遊びを彼に聞いた。
「うーん……鬼ごっことか?」
(鬼ごっこ…! 昔やったことあった……やりたいな。)
「いいね、やろ〜! 鬼はどっちがいい?」
「そうだなぁ……じゃあ俺がやるよ! ルールはええと……タッチしたら鬼交代、10秒数えてから追いかける。制限時間は2分で、最後に鬼だった方が負けね!」
「わかった……!!」
(ロゼと鬼ごっこなんて楽しみ!逃げ切れるといいんだけど…)
私は軽く準備体操をした。
「それじゃ、よーいスタート!」
鬼ごっこが始まり、私は適当なところを目指して駆け出した。勿論、花を踏まないように。これはもう暗黙のルールとみていい。
(はぁ、はぁ……もうちょっとしたらロゼが追いかけてくる……がんばるぞ……)
最初から駆け出しすぎて、早速息切れしてきた。これ以上足が重くなる前に、少し速度を落として走る。
生憎、私は運動音痴なうえ体力がない。外で遊ぶことも少ないので、余計に、余計に……。まったく先が思いやられる。いや自分のことだが。
「3……2……1……」
「……0! いくよ~!」
ロゼが走り出した。私はとりあえず隠れられそうなところで待機し、彼を探してじっと見る。
彼はすごく足が速かった。どれくらいかというと……とにかく驚くほど。びっくり仰天。走り出してからそう遅くないうちに、もう私の近くに迫ってきていたのだ。
(やばいやばい……! 逃げないと)
私は必死に逃げたつもりだったが——あっけなく捕まってしまった。とても悔しい。
「レイカ捕まえた! 10秒ね!」
「わぁ〜ん……! 10……9……8……」
悔しさを押し込みながら、10秒数えた。
たった10秒の間に、ロゼはびっくりするほど遠くに行ってしまう。
「……0! いーくーよーーー!」
ロゼに追いつこうと全力で走り出したが、日頃の運動不足による弱い体ではやはり、すぐに足が重くなってしまった。
ぜえぜえと息があがり、その場にへたり込む。
「はぁはぁ……ま……まってぇ〜……」
「あわわ……レイカ大丈夫?」
ロゼが気付き、こちらを心配してやって来る。
「一旦休憩しようか。待ってね、飲み物出すから。」
「うん…、ありがとう……」
ロゼが鞄からお茶の入った水筒を取り出し、差し出してくれた。私は「ありがとぅ……」と受け取り、ごくごくと飲んでいく。
喉が潤う……水分って……本当に大事なんだなあ……。
やっと呼吸が落ち着いた私は、ロゼと話しながら小休憩を挟んだ。
「ふう……それにしてもロゼ、足速いよぉ~!! 神速ってやつ……」
シンソク、昔読んだファンタジー系の小説に出てきた言葉だ。なんとなくかっこよかったから覚えた。割とそういう理由で何かを覚えることは多い。
「そんなことないよ。……あ、でも、確かに周りの子よりは速かったかも……」
「周りの子? 学校とか?」
「……まあね。それよりさ、今度はかくれんぼしようよ!」
……気のせいだろうか。ロゼが一瞬、少しだけ……顔を曇らせたような。
「やった~、楽しそう! どっちが鬼?」
私は何も知らずに明るい顔でそう言った。
「そうだな……。じゃあレイカが鬼!」
「わかった! 絶対見つけるぞ~~!!」
「それじゃ、30秒数えてね!」
オッケー、と答えて大きな木に張り付くようにして数を数える。
どきどきが止まらない。さっきからずっと夢を見てるようだと思っている。でも、これは夢なんかじゃない。
気が付いたらもう30秒経っていた。
「も、もういいかい~……!!」
「もういいよ~!!」
ロゼの声はちゃんと聞こえた。でも近くにはいなさそうな気がする。
さて、どこから探していこうか。といっても、この辺りに隠れられるところというと、草むらと一体化するか、木の後ろに隠れるか、木登りでもするか……そのくらいしかない。しかし、草木も多いのである意味では隠れる場所は多い……とも言えるはず。
私はとりあえず、近くからどんどん探していった。
背の高い草をかき分け、少し離れたところに沢山ある木の裏にも回り、上を見上げ、周り、回る……
「いないなぁ……」
探し始めてから5分が経過したが、ロゼはまだ見つけられていない。もしかして彼は隠れるのが得意なのだろうか。
また少しして、そこそこ大きな木の上に登った。
……すると、木の葉に埋もれているようにして座っていたロゼがいた。
「ロゼ、みっけ!!」
彼が少し悔しそうにしながら笑う。
「見つかっちゃったか……おめでとう、君の勝ちだよ!」
さっきの鬼ごっこではちゃんとした勝負ができなかったので、凄く嬉しかった。
「やったぁ……! これで1対1だね!」
はしゃぐ私を見て、ロゼが楽しそうに小さく笑った。
気が付いたら太陽が西の空にいた。朝10時半にはここに来ていたはずだから……何時間も外で遊んでいたのか。朝の時間帯に外出することはそう多くないので、新鮮で気持ちがよかった。それに──初めてちゃんとできた友達と一緒だから。
時間とはなんてあっという間なのだろう?今までこれほどまでにそう感じたことはないと思った。時間なんて気にせず、門限やちょっとした用事など帰らなくてはいけない事がなかったら、きっと私はずっと彼と一緒に遊んで、話して——そんな一日を過ごしていくのだろう。
鞄から携帯端末を取り出して時間を確認した私は、そろそろ今日の門限時刻になることに気が付いた。
「ロゼ、ごめんね……! そろそろ帰らないといけなくって……」
私は申し訳なさと、遊び足りなさで悔しくなった。
「わかった。 俺もこの後用事だから、もう少ししたら帰るよ。また明日、遊べる?」
自然に出されるその誘いが、私にはとても嬉しかった。
「うんっ!! あ、そうだ——」
ふと、あることを思い出したのだが……言葉が詰まった。
それは、彼と……ロゼと連絡先を交換したい、ということ。
親の意向によって、誰かと連絡先を交換したりするのは禁止とされていた。しかしそんなものなど関係ない。駄目だとわかっていながら、したいと思っているのだ。無論バレたら終わりではあるが、親はそう細かくチェックしたりはしないので、隠そうと思えばいくらでも上手く隠すことが出来るだろうと考えた。
さあ、頑張れ私。息を吸って、声を出して。
「……そ、そのっ、連絡先交換、しない!?」
逢ってすぐの時のように、また緊張してカチカチになってしまった。
断られるのが怖かったが、彼はまたそんな不安を打ち消してくれる。
「うん、いいよ!」
「えっ、い、いいの……!?」
「そりゃ勿論。俺も言おうとしてたし。コード交換しよう」
「うんっ……!! やったぁ~!」
断られる覚悟までしていた私は、思わず声を弾ませた。
端末を再び取り出し、画面を開く。親から連絡先交換を禁じられている私にとって、これは初めての「友達の登録」だ。
そう、この世界には手紙を送らなくとも、その場で文字でのやりとりができる便利な物が存在する。6年ほど前に登場したその携帯端末──アレイドは、チャットでのやりとりや音声通話などを簡単にするためのシステムが組み込まれている。それこそ、子供やお年寄りでも使いやすいようなシンプルなものだ。端末ごとに決められているアレイドコードといわれる番号を、お互いに登録するだけでやりとりができるようになっている。
今ではこのサービスを使っていない人のほうが少数派になっている。おまけに端末自体の値段も、そこまで高くはないのだ。だからこそ、子供に持たせるにはいいのかもしれない。
──そして、こんなこともあろうかと、私は自分の番号をすらりと言えるようメモを取ってきたのだ。
「じゃ、じゃあ、私からコード言うね! 私のは──」
『1521ー4908ー2356』……。
緊張しながらも、自分の12桁の番号をひとつずつ、ゆっくりと読み上げていった。
彼は慣れた手つきで私のコードを端末に打ち込んだ。こういう操作が速くできる人って、尊敬する。
「できたよ! 今度は俺の言うね。『5301ー0144ー0844』、だよ。」
私は単語一つひとつを聞き逃さないよう、しっかりと頭の中で復唱した。文字を打つ手が若干震える。入力し終えた今でもどきどきが止まらずにいる。
「できた……!! わぁぁ~……ほんとにできちゃった……!!」
「そんなに嬉しい?」
彼は不思議そうに、でも嬉しそうに、笑みをこぼして言う。
「そりゃもちろん!! こういうの、憧れてたから……!」
「初めてってこと? じゃあ俺がレイカと交換した人第一号ってわけだね、やった!」
お互いにえへへ、と笑い合う。本当に、この空間は幸せしかない。今日初めて出逢ったばかりだというのに、運命でもあるのだろうか。浮かれすぎてロマンチックなことやファンタジーなことばかりを考えてしまうのが私である。
「そ、そしたらっ……明日は何時に集合する?」
「そうだな、10時とか? 場所はこの桜の樹の下ね。」
「わかった……!」
10時、10時……と。今からワクワクが止まらないな。
「それじゃあレイカ、また明日ね!」
お互いに手を振って、別れの挨拶をする。
「うん……っ! あ、」
「……ロ、ロゼっ」
「うん?」
「明日、私の住んでるところの近くの町で収穫祭があるんだけど……よかったら、来ない?」
ほとばしる緊張。明日の約束、しかも祭り。こんな唐突に出してしまった……。大丈夫だろうか。
「……俺が来てもいいの?」
「え?」
「俺、あんまり人に好かれないからさ。……来てもいいのかなって」
悲しみでもなく、無論怒りでもなく、彼の言葉や表情に感情はほとんどなかった。
どくんとした。言葉が詰まった。何かを強く感じたのに、それが何か言語化できない。彼が怖いとか、そういうものではない。ある意味では不思議に思った。私は……彼のその言葉に、自分に近い何かを感じたのだ。
もしかしたら、彼は私と似たところがあるのかもしれない、と。
ただの直観でしかなかった。思考は一瞬で風のように過ぎ去り、何より先に口が動く。
「そんなの関係ないよ……! 来てもいいに決まってる! それに、私とずっと一緒にいればいいよ! 周りとか気にしないでロゼとお祭り、楽しみたい、な……」
最初の張り切った声は、次第に自信のない声に変わっていってしまった。かっとなったように口早に喋る自分が信じられなくて、少し恥ずかしくて。
ロゼの顔をじっと見つめる。彼は少しだけ、驚きの表情を見せた。
まさか、自分にそんなことを言う人がいるなんて——そんな感じだった。
「……本当?」
「もちろん!!」
自信を持って即答する。
「……ありがとう、レイカ」
彼は微笑んでくれた。私も同じように返した。
「それじゃあ、明日ね! 詳しいことは朝、遊ぶ時に話すから!」
「うん……! 楽しみにしてる!」
明日も遊べるという喜びの後には、別れという寂しさがやってくる。
嬉しいけれど、寂しい。こんな複雑な感情を抱いたのは久しぶりだ。
……それでも、今は嬉しさが大きい。
私は彼に貰った花冠と、彼の連絡先が入った端末をしっかりと抱きかかえた。
最初にここへ出た場所。例の扉がまた勝手に開いていく。相変わらず眩しい。私はゆっくりと、中へ入っていった。
扉を抜けると、あの謎の小屋に戻っていた。もちろん、扉は消えずにちゃんと残っている。本当に不思議だ。
これからはこの扉なしにはきっといられない。明日も明後日も、どうかロゼに逢えますように……。




