(2) イリスの花畑
その後、すっかり仲良くなった私たちは、あの大きな桜の樹の下で駄弁っていた。
「そういや、ロゼはどうしてここにいたの? 私、ここら辺はいっぱい探検したはずなんだけど、自分以外の誰かがいたような感じはしなかったし……」
「そうだったの? 俺はずっとここにいたよ」
「ええっ、ほんと……?! どうして見つけられなかったんだろ……」
私は少ししょぼくれた。
「うーん……まあ、ここは広いからね。たまたま見えない位置にいたのかも」
「そっかぁ……。ねえ、ロゼってよくここに来るの?」
「うん。ほぼ毎日行ってるよ。」
「ほぼ……毎日?! そんなによく来てたんだ……。確かにここ、綺麗だし癒されるよね!」
「でしょ? 結構前に見つけたんだ。」
結構前から……。私ももっと前からここを見つけられていたら、ロゼに早く出逢えたのだろうか。
「凄いなぁ、私ももっと早く見つけてたらよかった。だって、そうしたらもっと早くロゼに逢えたもん!」
「はは、そうだね。嬉しいなぁ」
彼は嬉しそうに笑った。
「……そういえば、レイカはどうやってここに来たの?」
「え、えっと……」
どきりとした。別に隠し事をしたいわけではない。でも、まさか……まさか家のはずれにある小屋の、しかも突如現れた謎の扉を入ったらここに来たなんて、誰も信じないだろう。
しかし、彼ならどうなのか。この不思議な場所に前からいたという、彼なら。
迷う時間は長いようで短かった。
「い、家の近くにある小屋の中にね、急に光る扉が現れて……そこに入ったら、ここに出たの……」
彼は軽く驚いたような顔をした。けれど、怪しんだり、馬鹿にしたりとか、そういうものは全く感じなかった。
「小屋の中に……扉ね……。」
「うん。その小屋も、いつも鍵がかかっててね。家の人には「入るな」って言われてるんだけど……」
はっとした。しまった。親の言いつけを破ってきたことを自分で白状してしまっている。私が悪い子だってことが、ロゼにバレてしまう。
「いっ……言いつけ守らないできちゃったなんて、悪い子だよね……!」
彼はどんな顔をするのだろうか。引かれたら、嫌われたらどうしようと不安で仕方がない。
「……でも、レイカが来てくれたから、俺は君に逢えた」
「あっ……。」
驚いた。まさかそう返してくれるなんて。
「だから、ありがとうね。俺に逢いに来てくれて」
「えっ、えへへ……。どういたしまして! そんな風に言ってくれた人、初めてだから嬉しいな……」
本当に、ロゼは不思議な子だ。
「それはよかった。……そういえば君、帰り道は大丈夫? 扉がそのまま残ってたらいいんだけど」
「あ……確かに。扉……ええと……」
すっかり忘れていた。ここに来れたことの驚きや戸惑いよりも、彼に出逢った喜びやらなんやらの方が大きかったから。
「うん! あった……!」
「ほんと? それならいいんだけど……もしなかったら、俺に言ってね」
「うんっ!」
「そうだ、レイカに見せたい場所があるんだけどいいかな? このあたり、少し歩いたら別の花も咲いてるんだ」
「えっ、そうなの?! 見たい!」
「よかった。それじゃあ一緒に行こう!」
そう言って、彼はこちらに手を差し出した。私は少しドキドキしながらその手をとった。
彼に手を引かれて歩く。一体どんな素晴らしい景色が待っているのだろうか。
少し歩くと、視界に青い花が映ってきた。しかし、さっきの花ではない。これは……
「バラだ~っ!!」
「そう! 綺麗でしょ」
左右の両端に植えられたバラたち。道は石畳になっている。溢れんばかりに咲き誇る青いバラは、息をのむほど綺麗だ……。
これだけ咲いていると、香りがあたりいっぱいに広がっていい。普段はバラなんて見ることも、香りを嗅ぐこともできないから。
それにしても……さっきの花もそうだが、青いバラも彼にはすごく、似合う気がする。綺麗で、幻想的で、不思議で、儚いこの雰囲気──。
「すご~い……これどこまで続くんだろう……。あっ! 向こうに何かある?」
遠くてはっきりとは見えないが、水のようなものが見える。噴水……だろうか?
「うん。あそこに噴水があるんだ。ベンチもあるから座れるよ」
「そうなんだ……!? 庭園みたいで凄いね、ここ!」
うきうきしながら歩いていくと、本当に噴水とベンチがあった。ベンチは金属製でおしゃれな形をしていて、雰囲気がある。
手入れが行き届いた花たちに、おしゃれな石だたみの道。おまけに噴水にベンチもあるなんて、観光スポットとして全く問題ない。そんな場所に今のところ自分たち2人しかいないということは、貸し切り状態。まるで貴族にでもなったかのような感覚になる。
「噴水を中心に青バラが広がっている感じかな。そこの分かれ道に行くと、赤とか白のバラもあるんだよ!」
「わぁ、見たい見たい~!」
こっちこっち、と彼が手を引く。本当だ、青と白バラのエリアに、青と赤のエリアもある。
「きれ~い! ちょっとなら触れるかなぁ」
「あっレイカ、棘には気を付け……」
「い、いったぁ~い!!」
「だ、大丈夫?(遅かったか……)」
・・・
「あんなにいっぱいで綺麗なバラ、見たことなかったな~! ありがとうね、ロゼ!」
「どういたしまして! 喜んでくれてよかったよ。」
桜の樹の前に戻ってきた私たちは、またのんびりと談笑をしていた。
(えへへ、楽しいな……ロゼと一緒に話すの、凄く楽しい。こんなに楽しいことってあったんだ!)
今まで私は、誰とも、家族とも遊ぶこともなく……ただただ独りで遊ぶことばかりだった。他人と遊ぶ楽しさを知らなかった。
……いや、数年前に何度かはあった気がする。あまり覚えてはいないが、どれも楽しかったとはとても思えなかった。だから、彼と話したりすることはとても貴重だった。そして、この楽しさ。嬉しさ。
もっと彼と話したい。やりたい事も沢山出てくる。まず何をしようか。
(……ロゼと一緒にお花摘みたいな……)
少し怖いけど、誘ってみたい。言わなきゃ……。
よし、と勇気を出して私は口を開く。
「あ、あのねロゼ……! い、一緒にお花摘まない?」
もし断られたらどうしよう。そうしたら私の心は一瞬で潰れてしまいそうだ。
しかし、そんな不安も彼は消してくれた。
「いいよ。花冠とか作ろうか」
「花冠……! やったぁ、作ろ作ろ!」
(あ……そういや私、花冠作ったことないな。うまくできるかなぁ……)
「あっロゼ、花冠ってどうやって作るの……?私、作ったことなくって……」
「大丈夫、ポイントをおさえればいけるよ。まずは俺のお手本を見て。」
「うんっ」
私は彼の隣に座って、手本を見た。
ロゼは慣れた手つきでどんどん花冠を作っていく。凄いけど、難しそうだった。昔から、こういう細かい作業があまり得意ではなかったから。そもそも経験が少ないのはある。
「で、最後に……こう。これで完成だよ」
あっという間に上手な花冠ができて、私は驚いた。
「わぁ~~っ……凄いね!! 私にもできるかなぁ」
「できるよ。数をこなせばいける!とりあえずやってみよ!」
「うん……っ!!」
(なんとなくやり方がわかったくらいだけど、できるといいな……。でもロゼが教えてくれたんだから、やらなきゃ)
私は集中して制作に取り掛かった。
茎を交差させて……いや、こっちだろうか。器用なロゼの手元を思い出しながら試行錯誤してみるものの、なかなか綺麗な形にならない。細かい作業が得意ではない私にとって、それは想像以上に難しい作業だった。 ようやくちゃんと巻けたと思ったら、今度は形が崩れてしまっていた。
手本を見たとはいえ、やはりわからないところが多くて悔しいし、恥ずかしい。
「レイカ、どう?」
覗き込むような声にはっとして振り向くと、花を摘み終えたロゼが隣に立っていた。
「うーん……やっぱりうまくいかないかなぁ……」
「ちょっと見てもいい?」
「う、うんっ。」
私はロゼに作り途中の花冠を見せた。正直、見せるのが恥ずかしかった。なんとなく彼なら笑わないでくれる、とは思うのだが、それでもやはり「下手なのがバレる、笑われるんじゃないか」という気持ちがぐるぐるしてしまう。
「お、ちゃんとできてるよ! ちょっと形が崩れちゃってたりするところもあるけど、まだ始めたてだから気にしなくて大丈夫だよ。」
「ええっ、ほんと……!?」
「うん! 最初の出来としては十分なくらいじゃないかな?」
「そうなの……!? やった~~!!」
自分の中では凄く下手だと思っていたから、嬉しかった。こんな出来でも認めてくれたことが、とても。
「そうだ、ちょっと待ってて」
「? うん」
彼は少し後ろを向いて、何かガサガサとし始めた。
(なんだろう?)
少しして、ロゼが「よし、できた!」と言うと、彼はこちらの方へ振り返った。
「はい、レイカ。これあげる!」
ロゼの手にはあの青い花をメインにした花冠があった。
受け取っていいのかわからなかったが、彼の笑顔と嬉しさに負けて私は素直に受け取った。
「い…いいの……!?」
「うん!折角ならプレゼントしたくてさ。」
「で、でもロゼが作ったんだしっ」
「いいんだよ。今日の思い出にして!」
「思い出……」
思い出、というのが、私にはとても嬉しくて。
「うん……っ! ありがとう、ロゼ……!! ……あ、そういやこのお花、なんていうの?」
「ああ、その花はね……イリスの花、っていうんだ。」
「イリスの…花……。名前も見た目も素敵だね!」
「でしょ! 俺もそう思う!」
「こんなに綺麗なお花があったなんて知らなかったなぁ……。これもロゼのおかげだね!」
「えへ、そうかな? ありがとう。……俺、この花大好きなんだけどさ。ここでしか見たことがないし、図鑑にも載ってないんだ。……なんでだろうね」
そう言った彼は、悲しく微笑んでいた。
「そうなの!? 不思議だなぁ……。それじゃあ、私たちしか知らない秘密の花ってことだね!」
「秘密の花……確かにそうだね。秘密を共有する人ができて嬉しいな」
「えへへ……」
イリス……それがこの花の名前だった。私たちしか知らない、秘密の花。私はその花をしっかり記憶に刻んだ。
そして……彼にとてもよく似合うと思った。




