(21) 夢のつづき
大草原が広がるそこに、私とロゼはやってきた。本当に街灯一つもなく、目立つ木もないので空を見るには絶好の場所だ。
「わぁ、綺麗……! やっぱり周りになんにもないと、空がいっぱい見えるからいいよね!」
「そうだね。流星群の日が来たら、寝転がって流れ星見れそう。」
「次の流星群が楽しみだなぁ……。そうだ、今度イリスの花畑で流れ星観測しようよ!」
「いいね、やろう。俺も楽しみ。」
ロゼと一緒に月や星を見る。ロゼと一緒に空の写真を撮る。幸せな時間。幸せな空間。
「えへへ、楽しいな……。いつも夜までいれるわけじゃないのが悔しいけど。ロゼと毎日、朝から夜まで一緒にお話したり、遊んだりできたらなぁ……」
本当に、そう思う。だから、自由になりたい。毎日。一日中。ロゼと一緒にいたい。ロゼと一緒なら、何も辛くない。毎日が幸せ。もちろん、みんなともだけど。4人揃って、毎日楽しい時間を過ごしたい。いつか一緒に暮らしたりとかも、したいかも。
「そうだね……俺もそう思うよ。」
ロゼが空を見上げる。
「……レイカ。」
「うん?」
青白い月光に照らされた彼の横顔はとても綺麗で……そして、消えてしまいそうなほど、儚かった。
「……俺は……」
「……いたぞ。あの少年だ」
「え?」
「……。」
唐突に響いた低く冷たい声に、息が止まる。
声がしたほうに2人で振り向くと、謎の魔法陣……転移魔法の光とともに、見知らぬ男たちが姿を現した。
恐怖で無意識に後ずさる。それと同時にロゼが、私を庇うようにさっと腕を前に突き出した。
(え……、誰……?この人たちは誰なの……?)
「白銀の髪に青い瞳の少年……貴様がロゼだな。」
「……!」
中央前に立つローブの男が言う。リーダーらしき人なのだろうか。他の男も同じような服装をしており、背も高い。大人の、男だ。
部下なのか、周りの男は4人……中央のやつを合わせると5人だ。……だいぶ数が多い。
「抵抗しても無駄だ。我々と共に来てもらうぞ」
リーダーらしき男がこちらに近づく。
(この人たちは何なの……?どうしてロゼを?)
そう思っていても、恐怖でなかなか声が出ない。足もすくんでいて動くこともできない。これが、学校でよく聞かされる不審者なのか。いや、不審者は不審者だが、何か違う。この人たちは危ない。ただ者じゃない——そう直感が告げている。
「っ………」
流石のロゼも焦りの顔を見せていた。
「……ちょ、ちょっと待ってよ! あなたたちは誰……? どうしてロゼを連れて行こうとしてるの?」
今にも震えそうな声で問いかける。
「子供には関係のないことだ。」
「なっ……!」
どうして納得できるのか。関係ないなんてこと、ない。この人たちは本当になんなの?恐怖、動揺、怒り、その他さまざまな感情で頭の中がスクラップになる。
「レイカ、この数が相手じゃ無理だ……! 一緒に逃げよう!」
「う、うん…っ!」
一斉に駆け出した。とりあえず町のほうへ逃げなければ…!
「無駄だと言っているのだがな。……おい、死なない程度にやれ。」
その瞬間、部下のひとりが転移魔法で私とロゼの前へやってきた。
「っ……!」
「わわ……っ!?」
間髪いれずに部下の男が片手剣で斬りつけようとしたが、なんとかそれをかわした。
「小賢しいな」
男がそう言うと同時に、何かの魔法が放たれた。
「きゃあ……っ?!」
「うわ……っ!」
雷撃魔法。雷がどんと落ち、衝撃が地面から伝わる。お互い咄嗟に避けられたが、2人を引き裂くように放たれた雷撃のせいで私はロゼと少し離れてしまった。
「その少年から引き離せ。気絶させろ」
部下の男たちがまた魔法詠唱を始めた。
「わああ……っ!!」
思考する暇もなく、次々と雷撃がやってくる。逃げ回ることで精一杯だ。まるで、荒れ狂う戦場で無力な民が武器を持った兵士から必死に逃げるような……。
「やめろ……っ! レイカから離れろ!」
ロゼが雷撃を避けながら叫ぶ。私の方へ駆け寄ろうと必死に手を伸ばすが、容赦なく落ちる雷の柱に阻まれ、どうしても距離を縮められない。
視界を遮る煙と土煙の中で、ロゼがどこにいるのかさえ見失ってしまう。狂いそうなほどの恐怖の中でも、私の思考の中には彼がいた。
「……ちょこまかと小賢しい。邪魔な女のほうの子供は始末してやろう」
背後に突如現れた転移魔法の気配。振り向く隙すら与えず、リーダーらしき男の冷酷な言葉が耳元で響いた。
「……!」
「え……」
始末って……私を殺すってこと?
思考が停止する。構えられた剣の先が鋭く光った。私はそれにとてつもない恐怖を覚えた。
「残念だが、あの少年を従わせるためだ。小ネズミには消えてもらおうか」
「や、こ……来ないで……っ!!」
闇雲に弱々しい魔法を放ち、不安定な火の球が男に向かっていく。
反応する価値もないように男は無言で障壁を展開し、私の魔法をあっさりとかき消した。
「う、嘘……」
武器じゃどう考えても戦えないのに、魔法も効かないなんて、何も手が出ないじゃないか。
どうすれば。どうすればいい。私は無我夢中で走り出す。ロゼのもとへ。逃げなければ。ロゼと逃げなければ……。
「あっ……!」
転んだ。どさりと体が地面に打ち付けられる。ポケットに入れていた銀の鈴が飛び出し、リンと鳴った。すぐに掴み、立ち上がって走り出そうとする。
「……レイカーーっ!! ロゼーーっ!!」
遠くから名前を呼ぶ声が聞こえる。ハルとレイだ。
「……!」
(駆けつけてきてくれたの……?!)
「遅い」
振り返った。
視界の真ん中に、あの男がいる。
剣は私を貫くように構えられていた。
「あ──」
死ぬ。
それ以外のことはわからない。
そっか、私はここで終わるんだ。
……解放される?
……違う。私はまだ、ロゼと……みんなと……。
……ロゼ……。
「レイカーーっ!!」
ロゼの声が、聞こえた。
ちょうど、ハルとレイが辿り着いた時だった。
どしゅっ、という鈍い音がした。
「……え…………」
見慣れた白銀の髪。
庇うように大きく広げられた両腕。
貫いた剣の先から、ぽたりと濡れる赤。
黒いコートが、真紅に染まっていく。
「ろ、」
ゆっくりと剣が引き抜かれる。
彼は、力なく地面へ崩れ落ちた。
「ロ……、ゼ……?」
そんな、あ……え、なんで……なに、が、起こって——
「う……嘘、だ、ろ……。ロゼ……!! ロゼーーっ!!」
「おい……どういうことなんだよ……これ……。返事しろよ、なあ!!
ロゼッ!!!」
仰向けで倒れた彼の体の傷口から、血がじわじわと溢れ出る。
(こういう、と、き、どうすれ、ば──)
誰の脚も凍り付いて、動かなかった。
彼を中心に、血だまりがどんどん広がっていく。
「あ……あ、ろ、ロゼ……っ!!なんで……なんで……っ!!」
肩を揺らす?いやそれはダメだ。息をしてるの?どうすればいいの?
震える手が彼に触れようとして、空中で止まる。
「……レ…」
「!」
声と共に、彼の手がゆっくりとこちらに伸びる。
ロゼは、震えた私の手をやさしくとった。
「ロ、ロゼ……っ!」
滲んでいた涙がストッパーを外されたように溢れ出てくる。
「……レイ、カ……」
今にも消えてしまいそうなかすかな声を振り絞って、彼は私を見つめる。
「……守れて……よかった……」
糸が切れたように、ふっと彼の目が、ゆっくりと、閉じていく。
「ぁ……、」
糸が切れたように、ふっと彼の手から、
「ま、って……」
力が抜けて、
「やだ……」
するりと、落ちていく。
「………」
希望。未来。明日。
全てが消えてしまった。そんな気がした。
「ロゼ……? 返事、してよ……」
「………」
「……目を、開けてよ……」
閉じられた瞳は動かない。
辺りに静寂が広がる。ただ一つ聞こえるのは、あの男が剣についた血を振り落とす音だけ。
「なんで……なんでだよ……」
「……嘘……だよ、な……」
誰も震えた声しか出すことができなかった。
絶望。空虚。
それしかない空間に、それしかない子供3人が、ただそこに力なく座り込んでいた。
「……あの一瞬で仲間を庇うとはな。」
静寂を切り裂く低い声が聞こえた。しかし、私の耳にはうまく入らなかった。
「少し予定が狂ったが……まあいい、3人まとめて始末してやる。」
魔法陣の光がぼんやりと視界に映る。
「……ぅ……」
ハルの声だ。
「うわあああぁぁぁっ!!!」
そこで私は、ようやく顔をそちらに向けた。
「てめえぇぇっ!! よくも、よくもロゼをッ!!!」
怒号なのか絶叫なのかわからない。そんな声でハルとレイが叫びながら、男へ向かって突進する。
「………。」
2人は闇雲に武器を振り回すが、全てさらりと避けられた。
「武器を持っていると思えば……所詮はただの子供だな」
男が落ち着いた声で片手に魔力を溜める。それも眼中に入らず、2人は悲しくも攻撃を続けていた。
魔力が溜まるのは早かった。男が素早く距離をとり、闇なのか……わからないが、大きな魔法の球をいくつも2人に向けて発射した。
避けることも切り払うこともできず、彼らは爆発に巻き込まれていった。
2人の叫び声のようなものが、爆発に紛れて聞こえたような気がした。
轟音も煙も止み、ようやく2人の姿が見えた。
(ハル……?レイ……?)
声に出したつもりが、口がほんの少し開いただけで終わった。
(生き……てる……?)
火傷してる……?ボロボロだ……。生きてるの……?気絶してるだけ……?わからない……。
ただ、2人と違って彼は…。
(………。)
何を言うわけでもなく、何をするわけでもなく、私は呆然と辺りを見つめていた。
残っているのはもう、私だけだ。
男がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
何もなくなったこの空間に、足音だけが響き渡った。
近づいたところで立ち止まり、片手に魔力を溜める。さっき2人に放っていたのと、多分同じだ。
──ああ、終わりが来る。
私は、その禍々しい魔法の球を、この身で受けた。
轟音は、視界と共に一瞬で途切れていった。
かすかに声が聞こえる…。
『……この3人の子供はどうしますか?』
『後で”処理”をしておく。問題はない』
『……はっ。かしこまりました。』
『……ん? これは……』
『このロゼという子供……』
『……やはりな。期待通りだ。』
『さて、行くぞ。収穫は充分だ。長居は無用だからな。』
……ロゼ……。
──そこで、私の意識は途絶えた。
『……』




