(1) 彼は言った「夢が夢なら、この現実も夢の中にあるのかな」
1.彼は言った「夢が夢なら、この現実も夢の中にあるのかな」
夢を見ていた。
とてもとても、長い夢。
毎日が明るくて、楽しくて、幸せな夢。
私はそこで、誰かに出逢い、そして──
『──レイカ』
2011年2月15日 午前
「──!」
弾かれたように瞼を跳ね上げた。
汗はあまりかいていない。悪夢ではなかった。でも、何故か心臓の音がばくばくとうるさい。
「……何の、夢だったんだろう……」
うまく思い出せなかった。目覚めた直後は夢の内容をはっきりと覚えていることが多い私なのに。
楽しい場所……素敵な場所……幸せな場所……。何かの花畑だったような……。それに、桜も綺麗だった気がする……。
「最近、変なことが続いてるな……」
二日前の夜。私は家の近くで倒れていた。その前のことはあまり覚えていない。誰かとどこかで遊んでいたような気がするけれど。
──でも、私に友達なんていたっけ?
「今日は学校か……」
ベッドからもそもそと起き上がって、床に雑に置いてある鞄を引っ張って引き寄せる。
(……。)
鞄を自分の横に置いたまま、手が固まったように動かなくなった。
昨日は休んでしまったし、今日こそは行こうと思っていた。でも行く気になれない。いつもの理由じゃない。それとは違う何かがあった。ずっと何かが、心の奥でつっかかっている。
(そういや、一昨日帰ってきてから鞄の中身そのままだったな……)
がさがさと中身を取り出す。すると、謎の石や変なコインが出てきた。こんなものどこで手に入れたんだろう?宝探しにでも行ってたのかな。
(とりあえず机の引き出しにしまっておくか……)
「……?」
適当に開けた引き出しに、何かがある。入れた覚えはない。
──花冠。青い花の。
「……これ。この花って……」
何ヶ月も前に貰ったものなのに、ずっと枯れずに綺麗なままでいる、あの花冠。それは──
「……イリスの、花……」
はっとしたように、机の上に置いてあった”あるもの”を手に取る。
青い宝石が埋め込まれたペンダント。
その石がきらりと光った。透き通るような青に目が吸い込まれる。
『──レイカ』
声が聞こえる。記憶の中の声。夢にも出てきた声が。包み込むような、やさしい、彼の声が。
『……このペンダント、2つあるんだ。だから──』
『──おそろいに、したくて。』
「ぁ……」
青みがかった白銀の髪に、透き通るように澄んだ青い瞳。やさしい微笑み。
「……ロゼ……」
じんわりと熱を含んだ水滴が、頬を伝ってぽたぽたと流れ落ちていく。
「思い出した……全部……」
溢れる想いとともに、ペンダントをぎゅっと両手で包み込む。
イリスの花畑でロゼに出逢ったこと。一緒に収穫祭に行って、願い事をしたこと。お互いの家に遊びに行ったこと。
そして、わんぱくでいつもポジティブなハルと、冷たそうに見えるけれど根は優しいレイに会ったこと。みんなで冒険をして、4人で鈴を買ったこと。ロゼの誕生日に、おそろいのペンダントを貰ったこと。
……そして、二日前の夜──ハルとレイと別れたあと、突然現れた謎の大人に襲われて、私を守って……ロゼが……。それから、2人もあの大人にやられて……。
「──っ、」
記憶が激流のように脳裏を駆け巡る。呼吸がしづらい。動悸がする。耳が詰まる。頭の中が真っ白になって、視界が歪んでいく。
なぜ。なぜ今まで思い出せなかった。私は……何をしている。あいつらのせいなのか。どうすれば。どうすれば。彼はどこ?どこにいるの?2人は?
「……そうだ、アレイド……!」
はっとして鞄の中から端末を取り出し、開く。起動ボタンを押す。
画面は真っ暗のままだった。
「あれ……」
もう一度押す。それでも画面は変わらなかった。
「……な、なんで……壊れたの……?」
まさか、あの時……雷撃から逃げ回って転んだ時、アレイドも落としてた?でも起きた時は鞄の中にあった。家の前で倒れていた時に落としていたとか……?じゃあなんで……。
わからなかった。唯一わかることは、アレイドが故障してしまっていること。どうにかして直さなければ、みんなと連絡もとれない。
(どうやって修理すれば。……そういえば。)
町に修理屋がある。いくらでやってくれるのかは知らない。少なくとも数千円はかかりそうなことだけはわかる。当然、子供の私にそんなお金はない。なら、頼れるのは親?
(でも……)
アレイドはさほど高級品ではない。とはいえ、それでも電子機器としてそれなりの値段はする。故障した、なんて言ったら……。
(……いや、そんなこと言ってる場合じゃない)
親が起きたら、まずは話してみないと……
……あれ?
そういえば、私はあの時──意識が落ちる直前に、確かあいつらの魔法攻撃を正面からくらったはずだった。それなのに一昨日、家の前で倒れていた私は無傷だった。
「……どういうこと、なの……?」
訳がわからない。一体あの日、あの時、何が起こった?
頭の中を必死に整理して、考えてみようとした。しかし、何もかもがぐちゃぐちゃになって、思考は全く意味を成さなかった。
(だめだ、何もわからない……)
だからといって、頭を、体を休ませている場合ではない。他には何ができる。考えろ。……そうだ。
「……! イリスの花畑は……」
もしも……もしも誰かが無事なら、あの花畑で待っているかもしれない。私は祈るような気持ちで駆け出していった。
息を荒らげながらあの小屋へ飛び込み、半ば乱暴に扉を開けて中へ入った。
「え……」
唖然とした。
いつもそこにあったはずの、あの扉が……イリスの花畑へと繋がる扉が、ない。
「ない……どうして……!?」
意味もなく壁を触ってみたり、うろうろしてなんとか扉が現れないか考えた。しかし、何をしてもこの部屋は冷たい木の壁が広がっているだけだった。
「なんで……」
崩れるように床に座り込む。また涙が溢れてきた。
どうしてなの。なんでなの。なんで、こんなことに……。
「ロゼ……みんな……」
どこにいるのかもわからない。生きているのかもわからない。何もわからない。みんなの家もわからない。住所も知らない。大雑把な地方名しかわからないのだから。
──私、どうすればいいの?
──独りになっちゃったよ。
「みんな、どこにいるの……」
頭がおかしくなりそうだった。どうして、こんなことになってしまったのか。アレイドも故障し、あの扉も消えてしまっている。みんなとの連絡手段が、繋がりが、全部消え去ってしまった。
(こんなの、悪い夢に決まってる)
(そうだ、夢だ。これは夢なんだ。きっと一昨日のも、全部ぜんぶ夢なんだ……!)
自分がどんな顔をしているのかわからなかった。ただ、乾いた笑いが耳に響いた気がした。
──じゃあ、そうしたら、一体いつから夢なんだ?今日から?昨日から?一昨日から?それとも、もっと前から?
頭の中──いや心のどこかから、そんな声が聞こえた。
ふと、引き出しを漁ってある本を取り出した。何冊か積まれた学校の参考書の下に、隠すように入れていた日記帳。私はそれを開いた。
『2010年 3月19日
今日はいよいよ、あの小屋の鍵をこっそり開けて中に入った。すると突然変な扉が出てきて、入ったらまるで異世界みたいに綺麗な場所に着いた。青い蝶を追っかけてたら転んじゃって、不思議で綺麗な男の子が助けてくれた。ロゼっていうらしい。ロゼに名前を聞かれた時答えられなくて、そしたら彼が「レイカ」っていう名前をつけてくれた。これからずっとレイカで生きていきたい。
ちなみに、あそこに咲いてた青いお花はイリスの花っていうらしい。ロゼと花冠作ったり、鬼ごっこしたりたくさん遊んだ。ロゼがかっこよくてなんだかずっと見つめちゃう。それになんと! アレイドまで交換しちゃった。やっと初めての友達ができた日。ロゼを明日の収穫祭に誘ったらオッケーしてくれた。明日も花畑で会う約束したから、楽しみ。』
急いでいる時によく現れる、私の乱雑な字と文章。この時、私はずっと興奮しながら書いていた。早く今日の出来事を全部書きたい……そう思って。
そうだ、私はロゼに逢ってから、何年後でも忘れないように日記をつけようと思って、書いていたんだ。彼に逢うまでは日記なんてほとんど書かなかったし、たまに「久々に書こうかな」と思っても、1日や2日しか続かない。続かなさ過ぎてもはや3日坊主と呼べるのか怪しい私が、毎日続けられていたこと。これはロゼのおかげだった。
食い入るように、どんどんページをめくっていく。2011年の日記に突入した。2月10日、11日、12日……。
2011年2月13日。この日の日記はなかった。
(……そうだった。あの日……気絶したあと起きてから、今日思い出すまで……何故か記憶がなかったから、13日は日記を書かなかったんだ。)
14日の日記も当然、なかった。全てを思い出す前の私には、日記を書く癖──いや、日記を書く必要がなかったから。
毎日続けよう、って。そう思ってたのに、途切れちゃった。
「……っ。」
夢じゃない。何も夢じゃない。これは……現実なんだ。大切で、大事だけれど──今、どうしようもないほど認めたくない、現実なんだ。
そうだ、町の警邏隊は。もしあれが事件になっていたら、知っているはず。考えたくないけれど……死亡事件も、あればわかる……。
時計を見る。朝の11時。もう学校の3時間目が終わろうとしている時刻だった。学校に行く日はいつも、このくらいの時間に登校していた。
「……学校なんて行ってる場合じゃない」
町へ行かなければ。まずは警邏隊に聞かないと……!
涙を袖で拭う。日記帳を参考書の下に隠して引き出しを閉める。ペンダントを首にかけ、鈴をポケットに入れ、鞄を持って家を出た。
どうせ親は、まだ寝ているからいい。運悪く起きてきたら怒られるかもしれないけれど、今はそんなことどうでもよかった。




