第一話 「据え」
朝五時、如月冴は自宅裏の鷹舎の扉を開けた。
止まり木の上で、疾がこちらを見た。身じろぎはしない。ただ、黒い瞳だけが冴の動きを追う。冴は籠手を左腕にはめ、鷹舎の中に一歩入った。疾との間合いは三歩。それ以上近づかない。
「疾」
名を呼ぶと、疾は止まり木から冴の左腕に飛び移った。爪が籠手の革に食い込む重みが、腕から肩へと伝わる。
いつもの重さだった。
冴は鷹舎を出て、裏の空き地を歩き始めた。据えの時間だった。腕に鷹を乗せたまま、ただ歩く。話しかけもしない。疾が落ち着いていられる時間を、少しずつ延ばしていくための時間だった。
三十分ほど歩いたところで、腕の中で疾がわずかに羽を震わせた。冴は足を止めた。
「……乗せるんじゃない」
声に出してから、自分でも驚いた。祖父・源蔵の口癖だった。
「預けるんだよ」
続きを、冴は言わなかった。言えなかった。意味を教わったことは一度もない。源蔵はいつも、それだけ言って背を向けた。
冴も、訊かなかった。
疾の羽が静まった。冴はまた歩き出した。
携帯電話が鳴ったのは、家に戻って疾を鷹舎に戻した直後だった。県営空港の管理事務所からだった。
「来月分の契約なんですが」
担当者の声は、事務的だった。
「更新は見送らせていただくことになりまして」
冴は、はい、とだけ答えた。理由を聞く必要はなかった。半年前から、施設の敷地内でドローンを飛ばす業者を見かけるようになっていた。
「他社さんの方が、対応が早いということで」
「分かりました」
電話を切ってから、冴は台所の椅子に座った。空港の契約は、年間の売上のうち三割を占めていた。それがなくなる。数字だけを考えれば、それだけのことだった。
窓の外、鷹舎の方角から、疾の羽ばたく音がかすかに聞こえた。
冴は立ち上がらなかった。しばらく、それを聞いていた。




