第31話 引き剥がす賭け
苦しむユリアンの姿を前に、リゼットは唇を噛んだ。
無防備に涙を流している場合ではない。今この瞬間にも、魔王がまた表に出てこようとしている。
――方法はある。
かつて対魔王用の対抗魔法として、教会の古文書で目にしたことがあった。
膨大な魔力と、寸分の狂いもない精密さを要求される、実戦で使われたことのない理論上の魔法。取り憑いた邪霊を、器ごと壊さずに引き剥がす荒業。
「危険な賭けだけど……やるしかない」
低くつぶやくと、リゼットは両手をユリアンへ向けてかざした。
「ぐ、があぁっ……!」
ユリアンの体が大きく仰け反り、喉から絞り出すような声が漏れる。
「はぁはぁ、しぶとい奴だな。ん?お前……何をする気だ?」
苦しげな呻きに混じって、突然低く笑いを含んだ声が返ってきた。目の焦点が変わる。もう、ユリアンではない。
「引き剥がす。あなたと、ユリアンを」
「くだらない。そんなことがお前にできるものか」
嘲笑と共に、魔王がリゼットへ向けて黒い光を放つ。とっさに張った障壁が軋み、罅が入った。
もう後がない。リゼットは詠唱を止めず、両手に込めた魔力をさらに引き絞った。
汗が頬を伝う。障壁の向こうで、魔王の攻撃が絶え間なく打ち込まれ続けていた。
「セラフィナ……力を貸して」
亡き聖女の顔を思い浮かべながら、リゼットは最後の力を振り絞る。
ユリアンの体を包む輪郭が、ぐにゃりと歪んだ。
わずかに、黒い靄のようなものが体の外側へとにじみ出し始めている。
「な、なんだ。これは……聖女の力か? どういうことだ。なぜ浄化の力を感じる……! ?リゼットにそのような力はないはずだ!」
魔王が動揺したように声を荒らげる。リゼットから溢れる力の正体を探るように、鋭い視線があちこちを彷徨う。やがてその目が、リゼットの手首で光る腕輪に止まった。
「ま、まさか。あれは!」
その腕輪は、セラフィナが命を落とす直前、聖剣と共にリゼットへ託したものだった。当時は何のためのものか分からず、ただ肌身離さず身につけていただけの、聖女の遺品。
魔法を注ぎ込むと同時に、腕輪が淡い光を帯び始める。リゼットの中を巡る魔力が、腕輪を通ることでさらに強まっていくのが分かった。
その温かな光の中に、セラフィナの気配を感じた気がした。
頬を涙が伝う。込み上げてくるものを堪えず、リゼットは残る力のすべてを、魔王へと叩きつけた。
閃光と共に、ユリアンの体を包んでいた黒い靄が、勢いよく引き剥がされていく。
その瞬間を逃さず、リゼットは声を張り上げた。
「聖剣よ、顕在せよ!」
叫ぶと同時に、手のひらに集まった光の粒子が、細い剣の形を作っていく。
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それでは、また別の作品でお会いできますように。




