第75話
闘技大会の翌日。
宿屋から出ると、アキトが待っていた。
「先生、ありがとうございました!!」
「び、びっくりした……いきなりなんだ?」
「母さん、元気になっていました。咳もしないし、すっかり健康で……」
「そりゃよかった。ちゃんとメシ食うように言ったらしいけど、食べてるか?」
「はい。昨日は肉、今日の朝は魚を食べました。母さん、もう少し元気になったら仕事を再開するって」
「仕事?」
「はい。母さん、針子だったんです。けっこう評判よくて、知り合いの服屋が『治ったならぜひ来てほしい』って」
「はは、そりゃよかったな」
とりあえず、元気そうで何よりだ。
霊薬エリクサーを使った甲斐あったぜ。
「先生、先生のお知り合いの方にどうしても直接お礼が言いたいんですけど……」
「あ、あ~……あいつ、もうこの国にいないしな。今度会ったら、お前の家に行くように伝えておくよ」
「はい。絶対にお願いしますね」
真面目で律儀……アキト、いい子だよホントに。
「ああああああ!!」
と、ここでデカい声が割り込んできた。
声の方を見ると……確認するまでもなくティンファだった。
「ちょっとあんた、来ないでって言ったじゃん!!」
「それ、聞く理由ある? ぼくは先生から指導を受ける許可もらってるんだけど」
アキトもやや攻撃的だ。まあ、あきらかに喧嘩売るような言い方だしな。
ティンファはギャーギャー騒ぎだし、アキトはしれっと聞き流している……宿屋の前で騒いでいたせいか、トーニャが出て来た。
「ちょっとティンファ、朝からうるさいし!! アルノーさん、お客さんといえど、営業妨害するようなら出てってもらいますからね!!」
「す、すんません」
「ご、ごめん……」
なぜ俺まで……でも追い出されるのは嫌なので、素直に謝る俺だった。
◇◇◇◇◇
さて、場所を変えてティンファの家へ。
庭で、これまでやっていた訓練をアキトにもやってもらうことにした。
棒にパンを乗せて歩く訓練。
子供たちとの追いかけっこ。
ジョブを発動させてのパンの配達。
廃屋でのスキル発動。
「……すごい。これ、先生が考えた訓練ですか?」
「まあ、そうだな」
けっこうその場での思いつきもあるけどね。
アキトは感心しつつも、双剣を模した棒にパンを二つ載せる。
「では、いきます」
ゆっくりと、パンを落とさないように歩き出す。
庭は狭いので、ぐるぐると円を描くように歩くアキト。ティンファは「お、落とさないのなんで……?」と不思議がっていた。
「……さてティンファ、あれはどう思う?」
「めっちゃ悔しいです!!」
「そうじゃなくて……よく見ろ。アキトは真っすぐ上半身をブレさせないように歩いてる。パンに集中して棒から落とさないように集中してる。つまり?」
「えと……バランス、集中?」
「正解。お前がよくパンを落としていたのは、集中していなかったこと、そして身体に芯が通っていない……つまり、ブレていたからだ」
「……あー」
アキトは家の周りを五周し、俺の前で止まった。
「ど、どうでしょうか」
「うん、お前はこの訓練しなくてもいいな。十分な集中力に、バランスだ」
「あたしもやる!!」
と、俺が言い切る前にティンファは棒にパンを乗せて歩き出す……そして。
「集中、集中、集中……」
集中し、歩き出す。
これは驚いた。気の持ちようを変えるだけで、もうブレがなく、真っすぐになってる。
パンを落とさず、ティンファも庭を五周した。
「っしゃ、簡単!!」
「ボクのやり方、参考になったかな?」
「うっさい。ふんだ」
ティンファも合格。うんうん、いい感じだな。
◇◇◇◇◇
さて、鬼ごっこは。
「先生、これで全員ですね」
アキトはあっさりと全員を捕まえた。
いやーうまいね。観察力が高いとは思ったけど……わざと隙を見せて子供たちを翻弄したり、身体能力を駆使して子供を捕まえたりと多彩だった。
ティンファはあんぐりと口を開けていた……女の子のする表情じゃないぞ。
「あっぱれだ。観察力は最初から備わっていると思ったけど、ここまでとは」
「いえ、ギリギリでした。子供たちみんな、将来有望ですね」
「次、あたし!!」
さて、ティンファも対抗して鬼ごっこをする。
「っしゃ!! 師匠、全員捕まえた!! ぜーはーぜーはー……」
ティンファは、アキトのマネというか……とにかく身体能力だけで捕まえた。対抗意識がここまで身体能力を上げるのかと驚いた。
でも、これで確信した。ティンファはライバルがいた方が成長する。
そして、パンの配達。
「終わったー!! 師匠、全部配達終わった!! あいつは? あいつはいない? やったー!!」
「いや、勝負じゃないぞ……まあいいか」
ティンファは、メチャクチャ早く配達を終えて戻って来た。
コツを掴んだのか、身体能力が強化された状態でも、精密な力のコントロールができるようになっていた……これも対抗心かねぇ。
エルレインとキュレネも、こんな感じだったかなあ。
そして、遅れてアキトが戻って来た。
「先生、終わりました」
「あれれれれえええええ? 遅かったねえええええ」
煽るティンファ。アキトはムッとしていたが、そっぽ向くだけで何も言わなかった。
俺はティンファの頭をポンと撫でる。
「こら、煽るな。お前は何度やっても失敗していただろ? アキトはこれが初めてなんだぞ。しかも一発クリア」
「うぐぅ」
「ほら、謝れ」
「えー」
「ティンファ。最初の教え、忘れたのか?」
「あ……礼儀」
ティンファはムスッとしつつも、アキトにボソッと言う。
「ごめん。言い過ぎた……かも」
素直じゃねぇな……まったく。
アキトは小さくため息を吐き、「気にしてない」と言った。
すると、ティンファの姉であるフェニアと、その旦那であるシキムがバスケットいっぱいのパンを持って家から出て来た。
「アルノーさん、ちょっとお願いしてもいいですか?」
「フェニアさん? なんでしょうか」
フェニアさんは、バスケットを庭のテーブルに置く。
よく見ると、そのパンは普通のパンじゃない。
「その、アルノーさんのアイデアで作った『揚げパン』ですけど……シキムが作りすぎちゃって。よければ少し召し上がってくれませんか?」
「そりゃ嬉しいな。よしティンファ、アキト、昼飯にするか」
「「はい!!」」
さっそくテーブルのパンを見る。
俺が考案したのは、きなこ揚げパンだ。
この世界、大豆がある。普通に食材として流通しており、名前は『ディズの実』という。冒険者が非常食として小袋に入れて持ち歩いたり、汁物にいれて増量したりと、けっこう広く使われているのだ。
シキムが言う。
「ディズの実を粉末にして砂糖と混ぜて、油で揚げたパンにかける……斬新というか、考えもしなかった調理法ですよ、アルノーさん」
昔懐かしい学校給食の揚げパン……とは言っても伝わらないだろうな。
さっそく一口。
「ん、うまいな」
「おいしいいいいいい!!」
「……おいしい!!」
ティンファも、アキトも美味しそうに食べていた。
「ふふ、いっぱい食べてね」
「あ、は、はい……」
お、アキトがフェニアの笑顔に照れてる……フェニアは美人だし、その気持ちわかる。しかも人妻……って俺は何考えてんだ。
するとティンファ、アキトを軽く肘で突く。
「なにデレデレしてんのよ。おねーちゃんはシキム兄ちゃんの奥さんだからね」
「う、うるさいな。デレデレなんかしてないよ」
青春……ふと、そんな言葉が頭に浮かんだ。
シキムとフェニアはクスクス笑い、アキトは照れ、ティンファはそこをいじる。そして俺は揚げパン片手に微笑を浮かべる。
すると、カムドとショコラも来た。
「おーうシキム!! 揚げパンできたか?」
「試作は家にあります。ちょっと作りすぎたので、アルノーさんたちに食べてもらってます」
「そうかそうか。ん? きみは確か……ああ、アキトくんか」
「あ、はい。その……お邪魔しています」
「ふふ、闘技大会、恰好よかったわよ?」
「いえ。その……」
ショコラに言われ、ティンファを見る。
ああ、娘さんを倒したから何か言われると思ってるのか。でも、カムドたちはわかってる。
「おいティンファ。アキトくんからいろいろ教えてもらって強くなれよ?」
「ふん、あたしがすぐ抜いて、逆に教えてやるんだから」
「ねえアキトくん。お母さん、元気になった? 今度うちに連れてきなさいね」
「は、はい。ありがとうございます」
この日はほのぼのと、ティンファの家で新作パンを食べるのだった。
俺はパンを食べながら、言い合いをするアキト、ティンファを見て言う。
「ははは、ライバルというよりは、兄妹みたいだな」
「「兄妹じゃありません!!」」
綺麗にハモり、俺たちはみんな笑うのだった。




