第70話
さて、パンを槍先に載せての移動、配達、子供たちの追いかけっこを初めて数日。
ぶっちゃけ大した成長はしていなかった。
「ううう……師匠、あの、なんで今日はコレを?」
俺はティンファに箒を渡す。
「硬いは槍に似てなくもないだろ? さ、今日はこれで練習だ」
「うー……」
不満があるのか、俺をジト目で見ている。
そりゃそうか……どの訓練も普通じゃないし、ティンファのイメージする『修行』とは違うのか、最初はあったやる気が今は微妙。
箒で素振りをするが、どうも気分がノッてない。
「はあ……」
「思った修行と違うからやる気出ない、って感じか」
「…………まあ」
ティンファは小さく頷く……まあ、気持ちはわかる。
でも、今大事なことは違うのだ。
「大事なのは、『力に慣れること』だ。ジョブの力を纏ったまま、柔らかいパンを無意識に潰さないくらい、力をコントロールしないといけない。槍先でパンを運ぶのも、配達も力のコントロール。子供たちとの追っかけっこは状況判断を鍛える。まずは、俺の出した課題をこなしてみせろ」
「はぁい」
「……まーだ納得できないか?」
「……」
まあ、気持ちはわかる。
子供だしな……魔獣と戦ったり、槍を振り回してスキルを覚えたりと、もっとキラキラした青春映画みたいな訓練を予想していたはずだ。
でも……これをクリアしたら、あっと驚くような修行が待っている。
「さ、訓練開始」
「はーい」
箒を振り回した後、今度は訓練用の槍を持って廃屋へ。
カムドに「この辺で廃屋ないか?」と聞いたら、近くの路地裏にちょうどいい家があった。
そこに入ると、ティンファは嫌そうな顔をする。
「うえ、ホコリっぽいです」
「まあ仕方ない。さて……ここでいいか」
「???」
リビングには、古いテーブルや椅子などの家具があり、他にもいろんな家具があった。
けっこう狭い……うん、これでいい。
「あの、ここで何を?」
「この部屋のモノに触れず、ひたすら槍を振るう訓練だ。いいか、周りの家具に一切槍をぶつけるな」
「え」
埃の被った花瓶、ボロボロのカーテン、倒れた椅子や机、タンス、色褪せた絵画……部屋にはいろいろなモノがある。
あえて、長い槍を渡す。振るうとどこかにぶつかりそうだ。
「ゆっくりでいい。周りをよく見て、ひたすら槍を振るうんだ」
「む、難しい……」
「それがいい。さ、はじめ」
俺は距離を取り、ティンファがキョロキョロしながら槍を振るう。
柄尻が花瓶に触れそうになったり、切っ先がカーテンを裂きそうになる。
「ほれほれ、周りをよく見て。もっと速く!!」
「ううう……」
ティンファは、キョロキョロしながらゆっくりと槍を振るうのだった。
◇◇◇◇◇
その日の夜。俺はカムドと二人で飲み屋にいた。
「で。うちの娘どうだ?」
「まあ、普通のやり方なら強くなるな」
「はあ? 普通って?」
焼き鳥を食いながら、俺は串をカムドに向ける。
「身体鍛えて、スキル覚えて、魔獣と戦えばまあ強くなるだろうさ。でも、それだと真っすぐな、視野の狭い冒険者に成長しちまう。だからあえて、普通じゃない、視野を広くするような訓練をしてる」
「聞いた感じだと、近所の子と鬼ごっことかだっけか? 配達と、槍の切っ先にパン載せて歩かせるとか。今日は廃屋で槍振り回したんだっけか」
「ああ。繊細さを身に付けさせようと思ってな。ファルカの時もそうだった」
ファルカは豪快で力任せなところがあった。ぶっちゃけ今もそうだが……それでも、俺の訓練のおかげで、視野を広げて自由な戦いをはできるようになった……はず。
もし、俺の訓練がなかったら、猪突猛進が酷い状態で戦ってただろうな。
「まあ、思ってた訓練と全く違うだろうから不満は出てるな」
「おいおい……大丈夫なのか?」
「ああ。次の策はある」
と、俺はポケットから折りたたんだチラシを出す。
カムドはそれを怪訝そうな顔で広げ、目を見開いて俺を見て、またチラシを見た。
「……おい、どういうこった」
「てわけで、お前の許可が欲しい」
「おいおいおいおいおい、おま、何考えて」
「まあ、ここらで不満解消してもらおうと思ってな」
「……マジでどういうつもりなんだよ」
俺はカムドから『許可』を取り、改めて乾杯するのだった。
◇◇◇◇◇
翌日。
子供たちとの追いかけっこで、ティンファは子供三人を捕まえた。だが、残り七人は連携してティンファを翻弄し、捕まえることができなかった。
悔しがるティンファ。そのあとは槍を持たせてパンの出前へ。
三個は配達できたが、制限時間を気にしすぎて抱えたパンを潰してしまった。
切っ先にパンを乗せての移動も、多少は進めるようになったが落としてしまった。
廃屋での槍を振るう練習は、花瓶を一つ倒してしまったが、なかなかの速さで槍を振り回せるようになった。
そして、訓練を終えた夕方、パン屋の前で。
「お疲れ。今日はここまで」
「はぁい……ふいい、疲れた」
「さてティンファ。ここ十日ほど、お前はこの訓練をしてきたが……何か変わったことはあるか?」
「変わったこと……うーん、ちょっとは慣れてきました」
「まあ、確かにな。一か月も続ければ、ある程度はこなせるようになるだろ」
「うー、もっと新しい訓練したいですー」
「そう言うと思ったよ。てわけで……はいこれ」
「へ?」
俺は、小さなバッジをティンファに渡す。
それを受け取り、ティンファは首をかしげていた。
「なんですか、これ」
「ああ。闘技大会の参加バッチだ」
「…………へ?」
ティンファはポカンとして、口を開けたまま俺を見ていた。
「というわけで、ティンファ。お前は今度開催される、タクニキ王国闘技大会に参加するぞ」
「………」
「参加部門は未成年の部。剣や槍の刀身に専用のカバーを巻いての戦いだ。それと『治療士』のジョブ持ちが待機してるから怪我しても問題ない」
「………」
「大会は三日後。それまでは、これまでの基礎訓練を続けて、最終日だけ軽く実戦形式で俺と戦うぞ」
「………」
「おーい、大丈夫か? 聞いてるか?」
「……えと、冗談、じゃ」
「マジだ。ていうわけで、今日はここまで。さ、ショコラが晩飯作って待ってるぞ。また明日な」
俺は軽く手を振って、その場から離れた。
すると、パン屋に飛び込んだティンファが。
「おとーさん、おかーさん!! あたし闘技大会に出ることになった!!」
「ああ、知ってる。てか許可出したのオレだしな」
「ふふ、アルノーの考えはわからないけど……いい経験になるわね」
まあ、ちゃんと理由はあるんだけどな。
さて、トーニャが晩飯用意してるし、さっさと帰って晩飯食うか。




