第69話
翌日、野営の片付けを終え、王都に戻って来た。
「あの師匠……なぜに王都? 槍の特訓は……?」
「王都でやる。さて、お前の家に行くぞ」
「はい? え……家?」
困惑のティンファ。
俺はそれ以上言わず、ティンファの家こと『パンの店ショコラ』へ。
店に入ると、ティンファの姐であるフェニアが「いらっしゃいませー……あら?」と驚きつつも出迎えてくれた。
そして、カムドとショコラもやって来る。
「おうアルノー、なんだ、用事か?」
「ああ。ちょっと聞きたいんだが……」
俺は、フェニアがティンファと喋っている間に、カムドとショコラに『これからやる修行』の協力をお願いする。
内容を聞いて、二人は「なるほどな」と頷き、協力をしてくれた。
俺はティンファを呼ぶ。
「さて、次の訓練は……まずこれ」
俺は短槍よりもさらに短い、暗器に近い短槍をティンファへ持たせる。
「みじかっ……」
「ジョブは使えるか?」
「あ、はい。ちゃんとパワーアップしてます!!」
「よし。じゃあこれ」
と、俺が渡したのは包んだパン。
バスケットに入っているわけじゃない。ラッピングした柔らかなコッペパンが十個ほど。
ティンファに一つ渡すと、勢い余って握り潰してしまった。
「あわわ、やっちゃった」
「売り物を潰しちゃダメだぞ。はいこれ、まずは十個」
「え???」
槍を持ったまま、両手でパンを十個抱えるティンファ。
そして、カムドが地図を見せる。
「いいか、これから十分以内に、十軒のお宅にそのパンを配れ。全て配ってここに戻って来るまで十分だぞ」
「え……」
「地図の家、お前ならわかるか?」
「えと……はい。全部行ったことある家ですけど、普通に走って戻っても三十分は……」
「でも、今のお前はジョブの力で身体強化されてる。十分で戻ることはたぶんできる……ただし、パンは潰さずだ」
「え、それだけですか?」
「ああ。じゃあ、よーい……行ってらっしゃい」
「はい!!」
ティンファは、ダッシュで店を出て行った。
ショコラは言う。
「ねえ、大丈夫なの?」
「まあ、行って戻るくらいはできるだろ。でも……繊細な力加減ができないようだし、パンを潰さずにとなるとわからん。この訓練で体力と、視野の広さと、力加減を学ばせる。ルートの制限や配達先を増やしたりするつもりだ」
「なるほどね……あの子、豪快だから」
「つーか、もうちょい女の子だってこと自覚させろよ……あいつ、全裸で俺の前に出て来て普通に身体を拭きだしたぞ」
「……はあ。あの子、羞恥心が薄くてね」
すると、いつの間にか店の奥に行ってたカムドが、大きな番重を手に戻って来た。
「おいアルノー、お前の考えた試作のパン、食ってみないか?」
「お? なんだ、もう作ったのか」
「ああ。東方の食材とか、揃えるの面倒だったがな」
俺が教えたのは焼きそばパン、コロッケパン、揚げパン、そしてハンバーガーだ。
見た目は完璧。味は……ん、ちょっと薄味だし、焼きそばはソースじゃなくて塩味、コロッケもやや薄味だがいける。
「いいじゃん。これ、今度から昼飯として修行前に持っていきたいぜ」
「いくらでも作ってやるぜ。オレぁ特にこのハンバーガーってのがいいな。これ、パンにはさむ具材はもっと自由にしていいんだろ?」
「ああ。まずはオーソドックスなハンバーガーにして、月に一度とか具材を変えて売り込んだら面白いぞ。焼き魚挟んだり、肉の種類変えたりとか」
「ほほー、そりゃ面白そうだ……そのアイデア、ずっと使っていいか?」
「好きにしろよ。俺もうまいパンが食えるの嬉しいからな」
そんな話をしていると、しょんぼりしたティンファが戻って来た。
手には潰れたパン……やっぱそうなったか。
「うう、急ごうとして、気付いたら抱えてたパンを潰しちゃって。それに、いつの間にか何個か落としちゃって、ネコに咥えて持っていかれちゃって……」
結局、一軒も配達できなかったようだ。
俺はティンファの頭を撫でながら言う。
「さて、俺はこの特訓で、お前の何を鍛えようとしているかわかるか?」
「……力の使い方とか、体力とか?」
「正解。まず、急ぎつつも力まず、抱えたパンを潰さないチカラのコントロール。そして十分以内に戻るスピードに体力、ヒトにぶつからないように走る注意力、それとひらめきだ」
「……ひらめき?」
「ああ。俺はパンを届けろと言っただけ。道を走るのはいいけど、屋根を伝って危険を回避したり、近道してダメとは言ってないぞ」
「あ」
ティンファは気付いたのか、口を開けてポカンとしていた。
カムド、ショコラ、フェニアは何も言わずに見守っている。
「というわけで、まずは確実にパンの配達ができるようにならないとな」
「ううう……」
しょんぼりするティンファ。
まあ、訓練は始まったばかり。まだまだ覚えることはいっぱいある。
◇◇◇◇◇
午後。
俺は近くで遊んでいた子供たち数人に声をかける。
「なあ、お駄賃あげるから手を貸してくれないか?」
「なになに、おっちゃん、お駄賃ってまじ?」
「マジマジ。友達を十人くらい連れて、パン屋の前に集まってくれ」
「いいぜー」
と、男の子が近くで遊んでいた子供たちを集め、パン屋の前へ整列した。
そして、ティンファが店から出てくる。
「あれ、キールたちじゃん。師匠、この子たちどうしたんですか?」
「ふふん、修行に付き合ってもらうのさ」
「え……?」
俺は子供たちに、露店で買った小さなガラス球を一個ずつ渡す。
「さあみんな、これから鬼ごっこをしよう。そのガラス玉をティンファお姉ちゃんが奪いに行くから、みんなは逃げるなり、隠れるなりして守ってくれ。場所はこの区画全体。終わったらみんなにお店のパンと、お駄賃を渡すぞー」
「「「「「「「「「「やったー!!」」」」」」」」」」」
子供たちは一目散に駆け出し、あっという間にいなくなった。
ポカンとしているティンファ。
「というわけで、鬼ごっこだ。槍は持たず、お前の身体能力だけで子供たちを全員捕まるように」
「これ、槍と関係ないんじゃ……」
「あるぞ。見ろ」
すると、子供の一人がこっちを長髪するようにニヤニヤし、自分のお尻をぺんぺんする。
「やーいティンファお姉ちゃんのデカパイ!! 捕まえてみろー!!」
「むっかああああ!! デカくないし!!」
「へへーん、フェニア姉ちゃんが『あの子、また胸大きくなったのか下着が……』ってボヤいてるの聞いちゃったもんねー!! 逃げろー!!」
「待てええええええええええええ!!」
子供は一目散に一逃げ出す。ティンファが追い、襟首を捕まえようとしたが……別な方向から来た男の子がティンファのお尻をペシッと叩く。
「うわひゃっ!?」
「「逃げろー!!」」
子供たちは分かれ、別の道を行く。
他にもまだ八人いる。俺はティンファの背中に声をかける。
「子供ってのは、不規則な動きで翻弄する。鬼ごっこで、しかもお駄賃があるとなると本気で逃げるぞ。いいか、動きをよく見て、協力する子供たちの動きに惑わされず、全員を捕まえるんだ」
「くっそー!! 待てー!!」
聞いてるのかな……まあ、見守るか。
ていうかあいつ、まだ胸が成長中なのか……将来は巨乳確定かな。




