第68話
さて、最初に行う訓練は。
「まず、短槍を持て」
「はい!!」
ジョブに適した武器を持つと、身体能力が底上げされる。
通常なら力が漲る程度だが……レジェンドジョブ、さらにジョブエクステンダーとなるとその底上げは普通の倍以上だ。これが力を持て余し、武器を振るうだけで周囲に被害を出してしまう原因でもある。
現に、ティンファは力が漲っていた。
「槍の切っ先を向けろ」
「あ、はい。って……何を?」
俺は、短槍の切っ先に布を結ぶ。
そして、槍を立てた状態で持たせ、切っ先にコッペパンを乗せた。
「わわ、なな、なんですかこれ……わっ」
コッペパンが落ちたので、俺は地面に落ちる前に掴む。
「いいか、このパンを槍の切っ先に載せたまま歩け。距離は……最初だし、五十メートル」
「え……」
「落としたらやり直し。走るのはダメ。とにかく、バランスを大事にな」
「えええええ? そんな」
「いくぞ。じゃあ開始」
パンを乗せ、ティンファはゆっくり歩き出す。
だが、五メートルと進まないうちに落としてしまう。ちなみにこのパン、軽石みたいな保存用のパンなので、落としても砂を払えば問題ない。カムドに頼んで作ってもらったパンだ。
「師匠、これ何の意味が」
「バランス力を鍛える訓練だな。ただ力を振るうんじゃなくて、無駄な力を抜いて、まっすぐ、力を均一にする訓練だ」
ティンファから槍を受け取り、俺はパンを乗せて歩き出す。途中でパンを切っ先の上でお手玉したり、クルクルと回転させて遊んだりしながら、五十メートルを往復した。
「と、こんな感じ。俺は槍士のジョブじゃないから簡単だけど、お前の場合はジョブの恩恵で力が漲ってるから、無駄な動きをすると槍が反応してパンが落ちる。その無駄な動きを抑制するための訓練だ」
「……な、なるほど」
「はい、五十メートル。できたら次はお手玉したり、回転させたり、ダッシュしながらとか難易度上げていくぞー」
「くううううう、やります!!」
ティンファは、十メートルも進むことができなかった。
◇◇◇◇◇
その日の夜。
野営の準備を教えつつ、夕食にすることにした。
「そうそう。竈はそうやって組むんだ。空気の通り道を作る。んで、薪は乾燥した木がベストだ」
「そうなんですか?」
「ああ。水分を含んだ木は煙がすごい。だから、落ちてる太い枝とかをメインに。どうしても薪が足りない場合は、木を切って火の傍に置いて乾燥させる」
「ふむふむ、なるほど……」
今日のメニューは、町で買った野菜を使ったスープに、カムドからもらったパンだ。
「町が近い場合は、こうやって生の食材とか使えるけど……基本的には保存食だな。乾燥させた野菜を水で煮込んで、調味料で味付けするだけでも違う。いいか、食材は大事だけど、調味料の小瓶は常に常備しておけ。生の肉を焼くより、塩で味付けしたほうが食欲も増す」
「なるほど。調味料……」
パンを軽く焼いて切れ込みを入れ、そこに焼いた肉、野菜、チーズなどを挟んで渡す。そう……ハンバーガーである。
まあ、材料も足りないのでちゃんとしたハンバーガーとは言えないけどね。
「ん、おいしい!!」
「いっぱい食え。で……どうだった、今日の訓練」
「……難しいです。槍って、振り回してスキルを使うだけじゃないんですね」
「そりゃそうさ。チームを組むって決めたなら、連携も大事になる。その前にまず、お前は槍の基本だな。というか……」
確認したところ、すでに初期スキルを四つも覚えていた。
普通、スキルの習得は師にスキルの型を教えてもらい、摸倣を繰り返して感覚を掴むと習得できる。それを、自己流で四つも覚えるとは。
こいつはファルカと同じ、感覚タイプだな……けっこう苦労しそうだ。
俺はスキットルに入れたウイスキーを一口だけ飲む。
「野営は基本、交代で見張りをする。一人の場合だと、地面に穴を掘って隠れて寝るとか、周囲にトラップを仕掛けて木の上で寝るとかあるが……今日は疲れただろうし、俺が見張る。メシ食って水浴びでもしたら寝ていいぞ」
「はーい……」
食後、ティンファは川沿いへ。
俺は焚火の前でチーズをあぶる。
「…………はあ」
ティンファに話したせいで、少し昔を思い出してしまった。
かつて、同期の友人で『職業適応者』がいた。
俺、グレース、カムドとショコラの五人で訓練したり、馬鹿やって怒られたりもした。
でも……五人目の男、名前はヴィクトール。こいつは冒険者でありながら、犯罪組織に身を置いて、いつしかトップに君臨していた。
二十代の半ばごろ……その組織の討伐に俺はグレースと参加した。
そして、力に溺れたヴィクトールを、俺は殺した。
「……人前でジョブチェンジを駆使して戦ったの、あれが最初で最後かな」
ヴィクトールは、強かった。
一対一……組織のアジトにいた雑魚はグレースが全て倒し、俺は一人でヴィクトールと戦った。そして……勝利した。
『なあ、アルノー……オレは間違えてないよな?』
『バッカ野郎が……!!』
『オマエが殺してくれて、よかった』
間違えていた。
力に溺れ、悪に染まったヴィクトール。
盗賊や夜盗を殺したことはある。でも……友人を殺したのは、それが最初で最後だった。
「力に溺れる、か」
俺は、この世界では普通じゃない。『自由人』という唯一無二のジョブを持つ異世界転生者だ。
力に溺れ、悪に染まらなかったのは……たぶん、たまたまだろう。
だから、ティンファはしっかり導く。ヴィクトールと同じ『職業適応者』を、正しき道へ。
「タオル―!! 師匠、あたしのタオルっ!!」
「…………」
いきなり、目の前に全裸のティンファが現れた。
いや、デカいな……ガキっぽいくせに、身体は立派というか。じゃない。
「いやおま、裸」
「あ、ごめんなさい。タオル忘れちゃって」
裸を見られても気にしていないのか、俺の前で頭を拭く。そしてパンツを履き、上半身裸のままテントに入った。
「じゃあ寝ます!! 師匠、明日もお願いします!!」
「…………はああ」
羞恥心が薄いとは思ったが……カムドにショコラ、どういう教育してるんだ。
とにかく、教えることはまだまだありそう。そんな風に俺は思うのだった。




