第65話
翌日、宿屋の一階で朝飯を食いながらトーニャと喋っていた。
「じゃあ、今日は晩飯頼む。昼は……そうだな、二人分用意できるか?」
「へ? いいけど、別料金もらうよ?」
「構わない。ここのメシ美味いし、ティンファも気に入るだろ」
最後は独り言だったが、トーニャは「え、ティンファ?」と驚く。
「なんだ、知り合いか?」
「そりゃウチと取引してるパン屋さんだし。ていうか友達だよ。ああ~、そういうことか。あの子、すごいジョブに選ばれたとか興奮してたけど、おにーさんそれ関係のお仕事?」
まあ、別に喋ってもいいか……ティンファも普通に喋ってるみたいだし。
「そういうこった。俺、依頼でティンファを指導するために来たんだよ」
「へー、じゃあおにーさんってやっぱりすごい冒険者なんだ。あの子、昔からパン屋の看板娘より冒険者のが好きみたいに言ってたし、よかったかも」
「看板娘ね……」
「あはは。まあ、フィニアお姉ちゃんのが美人だし看板娘っぽいけどね。新婚さんだし、狙ってる男の人いっぱいいたんだよね。でも、カムドおじさんメチャクチャ怖いし強いから、みんな眺めるだけだったけど」
「……まあ確かに。てかあいつ、冒険者時代より強そうなんだよな」
腕の筋肉の盛り上がりで服が破れるとか、どこの漫画だよ。
ちなみに、俺のアイデアパンについて飲み会で言ったけど、どこまでやるかな。
「じゃあ、ティンファと二人分のメシ頼むわ」
「はーい。おにーさん、ティンファのことよろしくね」
トーニャに言われ、俺は軽く手を振って宿を出た。
ティンファ、いい友達がいるじゃないか。
◇◇◇◇◇
カムドの店に行くと、体格のいい男性が店の掃き掃除をしていた。
「あ、いらっしゃいませ。すみません、すぐ店を開けます」
「あ、いや客じゃなくて。ティンファに用事があって」
「ティンファ? ああ……もしかして、指導の冒険者さんですか?」
「ああ、はい」
笑顔がステキなイケメン、って感じ。
たぶんこの人そうだよな。
「あなた、掃除はそこまでに……あら、アルノーさん」
「どうも。えと、フィニアさん」
「おはようございます。ティンファですね。すぐお呼びしますね。と……こちら、私の夫のシキムです」
「はじめまして。シキムと申します。ティンファのご指導、よろしくお願いします」
「は、はい。アルノーです、よろしくお願いします」
俺よか年下なんだが……この夫婦、メチャクチャ雰囲気いいな。平和な町でパン屋を営む幸せ新婚夫婦って言葉がぴったりだ。
すると、奥からドタドタと足音……ん、一つじゃないな。
「やばやばやば、師匠来てるのおねーちゃん!!」
「馬鹿、のんきにメシ食ってるからだ。ほら、服ちゃんと着ろ!!」
「ティンファ、だらしない恰好するんじゃありません!! あなた、義妹とはいえ見ちゃダメですよ!!」
「み、見てないよ。義母さん、義父さん、外でアルノーさん待ってるよ」
うーん、幸せなパン屋の新婚夫婦に、ドタバタ大家族の朝、って感じか。
店先で待っていると、息を切らしたショコラが出て来た。
「ご、ごめんなさいねアルノー。ちょっと待ってて」
「お前の家、メチャクチャ面白そうだな。もしかしてこの辺の名物一家とか?」
「馬鹿なこと言わないでよ。ティンファ、早く来なさい!!」
「はーい!! おねーちゃん、髪の毛早く!!」
「まったく、自分で結うくらいしなさい」
それから五分後、ティンファが出て来た。
シャツにスカート、ロングブーツ、胸当てだ。背中に槍をセットできる店でも売ってる槍専用の防具に、手には滑り止めの付いたグローブ。
見たところ新品。どうやらカムドが選んで買ったようだ。
「おはようございます師匠!! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!!」
うーん、礼儀正しい。ちゃんと頭を下げての挨拶だ。
俺も「おはよう。今日からよろしくな」と挨拶……挨拶は基本、誰が相手だろうとしっかりやるのが俺流である、なんてね。
すると、カムドとショコラも出て来た。
「おう、アルノー」
「おっす。昨日の酒は抜けたか?」
「ぬかせ。まだまだ余裕だっての」
カムドと拳を合わせる。こういう男同士の挨拶も俺は好き。
ショコラは、手櫛でティンファの髪を梳く。
「いい? 鍛錬も大事だけど、あなたは女の子なんだから。最低限の身だしなみは整えるのよ?」
「はーい」
母親だなあ……昨日、俺と一気飲み勝負して「だっしゃー!!」と叫んでたやつには見えないな。
するとショコラが睨んできたので目を反らした。勘のいい奴だ。
「ねえアルノー。お昼はどうするの?」
「ああ、俺の泊ってる宿に二人分頼んできた」
「おいおい、金」
「気にすんな。それよりカムド、俺が提案したオリジナルパンのレシピだけど」
「覚えてるぜ。へへ、今日は試作してみる予定だ。シキムもわくわくしてるぜ」
「できたら俺にも食わせろよ」
「当然、楽しみにしておけ」
「え、なになに。おとーさん、新しいパンって?」
「お前は修行のこと考えてろって」
カムドはティンファの頭を撫でる。こっちも豪快なパパって感じ。
するとカムド、ティンファは俺に向き直る。
「改めてアルノー。娘を頼む」
「よろしくお願いします。アルノー」
「ああ、任せておけ」
「おとーさん、おかーさん、行ってくるね!!」
こうして、ティンファの指導を本格的に始めるのだった。
◇◇◇◇◇
まず、最初にやることは。
「師匠、何するんですか!! 魔獣と戦いますか? スキルの習得ですか?」
「ちゃうちゃう。冷静に考えてみろ」
「???」
ティンファは首を傾げる……これ、わかってないなマジで。
「あのな、俺はお前に何を教えるって言った?」
「えと、槍」
「他には?」
「……礼儀?」
「他には?」
「えと」
まず一つ目の問題点……ティンファは「考える」ことが苦手。ファルカと同じ猪突猛進タイプ。一つの目標に対し突っ走る情熱はあるんだろうけど、わき目も振らずに走るから視野が狭い。なので、走る速度を緩めつつ、あえて俺が答えを言わず、自分で考えさせるようにする。
ティンファは腕組みをして考える。
「指導、槍、冒険者……あ、冒険者ですか?」
「そう。冒険者の何を教えるって言った?」
「……ルール。あ、そっか。冒険者のルールを教えてくれるんですね?」
「そのために必要なのは?」
「……勉強道具」
「まあ正解。で、その道具は?」
「筆記用具……?」
「違う」
「……………うぅぅ」
まあ、これくらいで勘弁してやるか。
俺は、自分のポケットから一枚のカードを見せる。
「冒険者ライセンス。つまり、これから冒険者ギルドに行って、お前を正式に冒険者登録するぞ」
「あああああ!? そ、そういうことかああああああ!!」
「声デカい」
やっとわかったのか、ティンファは大袈裟に驚き、そして嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。
「冒険者ライセンス!! ん~うれしい~!! あたしも冒険者~!!」
「落ち着けって。冒険者ライセンスについてわかってることは?」
「えと、冒険者の証ってこと、身分証になること。おとーさん、おかーさんの冒険者ライセンス見たことあります。今も大事にしてますよ」
「まあ、一生モンだしな。一度登録すれば、こっちから申請しない限り永遠に登録される」
ポケットにライセンスを戻す。
「スタートはF級からだ」
「はい!!」
冒険者ギルドに到着。
王都タックの冒険者ギルドは初めて来たけど……ポータムより遥かにデカく、マルセリア王国王都マルシェよりやや小さい。
マルシェと違うのは、こっちの冒険者ギルドは煉瓦積みで長方形。建物というよりは要塞みたいに見える。
受付カウンターもかなり多い。二十か所くらいあるな。
いつもは適当なオッサン受付のところに行くが、ティンファに登録をさせるつもりだったので若い女性受付の元へ。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。あら? ティンファちゃんじゃない」
「こんにちは!! えへへ、冒険者登録に来ました」
「あらぁ、ついに冒険者ね……そちらの方は?」
「あたしのお師匠様!! すっごい冒険者なんだよ!!」
「おいこらやめろ」
カウンターに手を付いて跳ねるティンファの頭を軽く押さえる。
俺は受付嬢に言う。
「聞いての通り、この子の冒険者登録を頼む」
「はい。じゃあティンファちゃん、こっちの書類を書いてね」
「はーい」
ティンファは、意外にも綺麗な字で書類を書き始める。
そして、書きながら言う。
「師匠。冒険者カードってその人にしか使えないんですよね。でも、本人だって証明どうするんですか? ただのカードだし、別人になりきるとかできちゃうんじゃ?」
これまた意外な質問だ。
受付嬢さんをチラッと見る。その辺の質問は登録するときにするんだが。
まあ、受付嬢さんも頷いたし、俺が説明するか。
「簡単だ。冒険者カードを作る時に、血を一滴使う。お前の書いてる用紙の下に、丸い囲いがあるだろ?」
「あ、ほんとだ……って、血?」
受付嬢さんは、小さな針が刺してある台座をティンファの前へ。
「その針に指を刺して、血を一滴用紙に垂らす。そして、専用の『魔道具』に用紙を読み込ませると、専用のカードが出てくるんだ」
「おおおー」
まあ、指紋や光彩認証みたいなもんだ。一人一人違うからな。
「冒険者ライセンスは身分証としてだけじゃなく、銀行カードとしても使えるし便利だぞ。大抵の店にはカードを読み込むための魔道具が置いてあるからな」
そう、この世界……カード決済ができるのだ。
あまり細かく脳内描写していないが、『魔道具』という魔法と機械を合わせたような便利道具が普通にある。俺はけっこう現金主義なところあるからあまり使ってないけど。
ちなみに、この世界の通貨は金銀銅鉄の貨幣、そして紙幣だ。これも魔道具処理されているので偽造は不可能。
当然、偽造は重罪。どっかの貴族がニセ札作って一族全員処刑とか昔あったみたいだ。
そんな風に脳内解説していると、カードがカウンターへ。
「はい、これがティンファちゃんの冒険者カードね。そちらのお師匠様が言ったように、銀行カードとしても使えるわ。でも、銀行に口座登録しないと使えないから、使うなら銀行に登録をしてね」
「はい!! やったー!!」
「それと一番大事なこと。冒険者カードは失くしたら再発行できないの。絶対になくさないようにね」
「は、はい……え、師匠、どうすれば」
「服に専用のポケットを付けるとか、道具屋で冒険者カード用のケースとかも売ってるぞ。まあ、ショコラに専用ポケット縫ってもらえ。ちなみに、失くしたら再発行できないけど、破損とかした場合、ギルドで修復もできるぞ」
「なるほど……」
「さて、冒険者カードを手に入れたし、次は銀行に行って口座を作るぞ」
「はい!! 口座作って、入金、って……どういう仕組みなんですか?」
「その辺も詳しく説明する。わからないことは何でも聞けよ」
「はい!!」
こうして、この日は冒険者に必要な手続きを解説付きでするのだった。
俺も脳内描写してないけど、けっこう細かい手続きとかあるんだよな……正直、かなり面倒くさいぜ。




