第63話
カムドは俺の背中をバンバン叩く。
「グレースから聞いたぞ? お前、まだD級冒険者なのか」
「うっせ。俺にもいろいろあるんだよ。そういうお前はすっかりパン屋のおじさんだな……ていうか、場所変えないか? 依頼の話もあるし」
「だな。おいフィニア、店を任せるぜ」
「うん、お父さん。あ……もしかして、その人が?」
「ああそうだ。ティンファのお師匠様だ」
「……あれ?」
なんか違和感あるな。
パン屋の定員さんことフィニアは「では、ごゆっくり」と店の奥のドアを開ける。
カムドに押され、向かったのは外……どうやら店の奥には庭があり、その奥がパンを焼く工房になっているようだ。
庭には椅子とテーブルがある。そこにカムド、ショコラ、俺が座った。
「改めて、久しぶりだなアルノー、よく来てくれた」
「おう。カムドもショコラも、二十年ぶり。なんというか……懐かしいな」
「ふふ、そうね」
俺は買ったパンの袋を開け、マッシュパンをかじる……うんこれ、サツマイモみたいな味がする。めっちゃ俺好み。
「うまい。さすがカムドだな」
「ああそれ、オレがやったんじゃない。フィニアの旦那……オレらの義理の息子が作ったんだよ」
「そうなのか? ていうか、さっきのフィニアって何歳なんだ? あの子が冒険者を目指すのか?」
「は? 何言ってんだ。手紙にあったろ? お前が指導するのは、フィニアの妹のティンファだよ」
「……その子、いくつだ? 二十歳って聞いたが」
「十六だ。なんだ、噛み合わねぇな」
確かにかみ合わん。
俺が聞いたのは、二十歳の娘であるティンファが『槍聖』に目覚め、冒険者になりたいから俺に指導を……って話だ。
すると、ショコラがため息を吐く。
「あ~……どうやら、情報がおかしく伝わったみたいね。カムド、あなたが依頼を出すときに、受付でフィニアの結婚話をずっとしてるから」
「お、オレのせいかよ」
「待て待て、どういうこった」
ショコラは申し訳なさそうに言う。
「あのね、アルノーの指導を受けるのはティンファ。フィニアの妹で十六歳なの」
「……え」
「あなたに依頼を出すとき、ちょうどフィニアの結婚が決まって、うちのパン屋を継ぐ跡取りができたのよ。カムドってば随分と喜んで、その話を冒険者ギルドの受付とかにもするから、依頼書への情報に書かれちゃったみたいね」
「……なるほどなあ」
依頼書には『槍の指導、ティンファ、年齢二十歳』と書かれている。それを見せると「ああ~……スマン」とカムドは謝った。
とにかく、情報を整理する。
「お前らが依頼したのは、十六歳の娘、ティンファへ槍の指導だよな」
「おう。ちなみに、フェニアは二十歳、新婚で妊娠中。義理の息子はうちの後継者」
「その情報は別にいいよ……おめでたいけど。あと、いくつか聞いていいか?」
情報の行き違いはまあいい。問題は一つ。
「なんで俺なんだ? 同期とはいえ、二十年も会ってない冒険者に、娘の指導を任せるってのはおかしくないか? お前ら覚えてるかわからんけど、俺のジョブは『剣士』だぞ」
まあ、それも違うけど同期の間では『剣士』にしている。
するとショコラが言う。
「正直、私たちも迷ったのよね。まさか、うちの看板娘だったティンファがレジェンドジョブに目覚めるなんて。あの子、前々から冒険者に興味を持っていたし……私やカムドが元冒険者だから、この道を否定することはなかなかできなくてね……」
「レジェンドジョブとなれば、槍系ジョブ持ちは喜んで指導するだろうさ。でもなあ……大事な娘を、下心のありそうな男に任せられん!! もし娘に手を出す奴がいれば……」
ミチミチ、ブチチ……と、カムドの二の腕が盛り上がり、シャツが裂けた。いやなにこの筋肉クッソ怖いんだけど。青筋浮かべて俺を見ないでくれ。
ショコラはカムドの頭を叩く。
「そんな風に悩んでいた時、『極星五傑』が隣国のバカンス地であるスーリヤの危機を救ったって新聞で見てね」
「んで、グレースと文通してるショコラが、その五傑の師がアルノーだって手紙で知ってな。二十年ぶりに聞いた名前だが、なんとなくお前なら安心できると思ったんだよ」
「ええ。五傑はみんな異なるレジェンドジョブ持ちだけど、指導者はみんな同じで、しかも同期のアルノーって聞いて驚いたわ。それで、グレースに相談して、あなたに依頼を出した……ってわけ」
グレースの野郎……俺を推薦したのあいつじゃねぇか。手紙の違和感とか気付いてて黙ってたのか? くっそ、なんかしてやられた。
「で、アルノーお前。マジで五傑の指導したのか?」
「まあな。とりあえず、問題の」
「ただいま!! おとーさんおかーさん!! お腹減ったー!!」
と、ドアからではなく、庭の仕切りをしている塀を飛び越え、灰色の髪をポニーテールにした少女が飛び込んできた。
華麗に着地すると、テーブルに急接近。そして俺の買ったマッシュパンを手に取ると、モグモグと食べはじめた。
仰天していると、カムドが女の子にゲンコツを落とす。
「いっだ!?」
「この馬鹿娘!! 塀を飛び越えるなと言ってるだろうが!! しかもそのパンはお前のじゃなくて、お客さんのだ!!」
「あ、そうなの? やば、おじさんごめんね」
「あ、ああ」
「……アルノー、この子よ」
ショコラが頭を抱え、ため息を吐いた。
「この子はティンファ。うちの娘で、フェニアの妹で、レジェンドジョブ『槍聖』を持つおてんばの冒険者志望……いろんな意味で、指導お願いできる?」
「…………」
俺は、カムドに叱られながらもどこか飄々としているティンファを見て、なんだか面倒なことになりそうだと思うのだった。
◇◇◇◇◇
さて、ティンファを椅子に座らせ……せっかくなので買ったパンをあげた。さっそく自己紹介をしてもらう。
「はじめまして!! あたし、ティンファ。歴史に名を刻む冒険者になる予定なので、ヨロシクねっ!! もぐもぐ」
パンを食べながらの自己紹介。なんともまあ、個性的な子だ。
灰色の長い髪はポニーテール。髪色はショコラ譲りかな。シャツにスカートと平民っぽい服装。十六歳の女の子か……若いねえ。
ティンファは、俺をジロジロ見て言う。
「おじさん、お父さんお母さんの冒険者同期だっけ。すっごく強いって聞いたけど、冒険者等級は?」
「俺はD級」
「……え」
まあ、そういう表情をするのは理解できる。二十年もやってれば、少なくともC級か、もしかしたらA級以上になっててもおかしくない。
するとティンファ、「トイレっ」と母屋へ走って行った……元気すぎる。
カムドは言う。
「あー……すまんアルノー、ああいう子だが」
「……レジェンドジョブを得て興奮してる、ってところか」
「そうなのよ……下手に知らない人に任せられない理由、あの子が女の子だとか、可愛い娘だから、って理由だけじゃないのよ」
なんとなくわかった。
ティンファは、礼儀を知らないのだ。
「冒険者の育て方を間違えると、他者を見下して越に入るような、最低な冒険者になっちまうかもな」
「「…………」」
いるのだ。自分のジョブが普通のジョブより優れているからと言って、下位ジョブを見下したり、自分より等級が下の冒険者を見下す冒険者が。
俺たちも、そういう冒険者と会話したことがあるから知っている。
「あのまま冒険者になったら、間違いなく孤立するぞ」
「……だよなあ」
「あの子、舞い上がってるから」
カムドとショコラはため息を吐き、真面目な顔で俺に言う。
「アルノー、お前に指導を任せていいか?」
「……一つ、いいか。俺が指導することで、あの子が冒険者を諦めるかもしれないぞ」
「構わないわ。あのまま冒険者になっても、きっと辛い目に合うだけだからね」
「わかった。じゃあ、あの子は俺のやり方で指導する」
「感謝するぜ、アルノー」
「ありがとう、アルノー」
こうして、俺はティンファの指導を正式に受けたのだった。




