第55話
ヴェノムダストスライムは、自身が消滅の危機に瀕していると察し、行動に出た。
「お? なになにこいつ」
分裂。いくつもの『黒いスライム』となり、エルレインたちに襲い掛かった。
ヴェノムダストスライムは、これまで取り込んだ武器や防具を再現する。
剣、盾、槍、弓の鏃、包丁や鍬など、形状は多岐にわたる。だが、粘液部分を硬化させ、鋼鉄以上の硬度となった武器は、エルレインたち人間の身体には容易く刺さる。
これまでと同じ。
肉は柔らかい。簡単に裂け、溶ける。
ヴェノムダストスライムは、いつものように肉を処理しようとした。
「『凍結剣』」
エルレインに襲い掛かったスライムが、一瞬で凍り付いた。
そして、石のようにゴロゴロ転がり、エルレインは踏みつける。
「はあ? 凍るの早すぎ。まあ……スライムだし、こんなものね」
無数のスライムが襲い掛かるが、エルレインの冷気に触れるだけで凍り付き、地面を転がる。エルレインは言う。
すると、足元に落ちていた『凍り付いたスライム』に、いくつもの糸がくっついて引き寄せられた。
引き寄せたのは、スティンギール。
指先から伸びる無数の糸。それが、くっついたスライムを振り回し、襲い掛かって来るスライムを薙ぎ払っている。
「ふむ、形状を自在に変化、さらに硬度も変えられる。実に興味深い……」
「こら、あたしの獲物取らないでよ」
「人聞きの悪い。落ちていたものを再利用しているだけですので」
水の糸が、凍り付いたスライムを鈍器のように振り回し、向かって来るスライムを全て撃ち落としている。
全てスティンギールの意思で操作しているのだが、そうは感じさせない気楽さがあった。スティンギールは静かに観察し呟く。
「……妙ですね。異形ではありますが、元はスライムであることは間違いない。スライムなら、粘液状の体内に核があるはず」
だが、それらしきものが見えない……すると、スティンギールの脇を、深紅の踊り子、キュレネが通り過ぎた。
「『炎蝶蘭の舞』」
スキル『スピンドル』、『クラシックターン』、『ノックトゥキック』、『エレガンスクルーズ』……合計四つのスキル連続発動。それらを一つとし、一つの工程で発動させる。
さらに、キュレネの着ているドレスは特別製。討伐レートSSの魔獣『インフェルノムート』という強大な力を持つ炎属性のヒツジ、その体毛で織ったドレス。
ドレスの装飾が擦れ合うと火花が散り、ドレスが燃える。
だが、キュレネ自身は燃えない。踊ることで火を飛ばし、自身は燃えず、周囲を燃やす。
スライムが燃え、消滅するのを見届け、キュレネは止まる。
「あら、この程度の弱火で燃え尽きてしまうなんて……ふふ、まだまだ披露したい踊りは山のようにあるのよ?」
「どらあああああああああ!!」
すると、キュレネの耳に大音量の声……ファルカだ。
ファルカはジャブを連射し、飛び掛かって来るスライムを全て撃ち落としていた。
「いいなこいつ!! 群れでの戦い、修行にピッタリだぜ!!」
キュレネが「うるさいわね……」と嫌そうな顔をするが、ファルカは無視。
両拳を掲げ、地面を思い切り叩いた。
「『大地爆振』!!」
ズドン!! と、中央交差路が揺れた。
人間離れした怪力が、地属性魔法と変わらない威力を発揮した。
これには、スティンギールも言う。
「ファルカ!! 大技はダメだと決めたでしょう!! あなたの馬鹿力が発揮されたら、この地下は崩落しますよ!!」
「やべ、そうだった!! みんなワリーワリー!!」
パン、と手を合わせてみんなに頭を下げる。
すると、周囲にいくつもの『雷球』が浮かび上がり、パチパチと爆ぜる。
アストライアが、杖を手にして言う。
「そ、その……いちおう、魔法で周囲の構造を固めたから、崩れはしないと思う。えへ、えへへ……」
雷球は、一つ一つが眼球ほどの大きさ……それが、千個は浮かんでいた。
そして、アストライアの背後に、巨大な紫電の球体が浮かんでいる。そこからさらに、眼球ほどの雷球が生み出される。
スティンギールは「ほう」と眼鏡を上げる。
「久しぶりに見ましたね。アストライアの『雷月』……昔よりも大きく、『イカズチの眼』も増えていますね」
「え、えへへ……あの、一気にやっちゃっていいかな?」
「どうぞ、ボクは構いませんよ」
「あたしもいいよ。こいつら臭いしキモイ」
「私もいいわ。ふう、終わったらお風呂に行かなきゃ」
「えー? オレ、もっとやりたいけど」
ファルカの反対意見にアストライアはワタワタしたが、スティンギールが「構いませんので」と言うので、ウンウン頷いて杖を振った。
すると『イカズチの眼』が一気に発射され、全てのスライムたちが撃ち落としされる。
そして、アストライアの背後に浮かんでいた『雷月』が、ヴェノムダストスライムの本体を包み込み、雷の熱で一気に焼き尽くした。
ヴェノムダストスライムは消滅……だが、喜ぶこともなくスティンギールが言う。
「……やれやれ。どうやら、ボクの仮説は正しいようで」
「え、なに、どゆこと?」
エルレインが首を傾げる。スティンギールが言う。
「このスライム……本体ではないようです。理由は核が存在しないから……ですが、肉体の大部分は消滅したことに違いない」
「……つまり、本体は別にいると?」
キュレネが言うと、スティンギールは「恐らく」と頷く。
「スライムの核が存在しない時点で、間違いないでしょう。ふむ……思った以上に知能があるスライムなのかもしれませんね」
「おいおいおい、どーすんだよ」
「さ、探すしかないの、かな……?」
ファルカ、アストライアも困惑している。
だが、スティンギールは首を振った。
「……恐らく、このスライムは囮。本体はもう、下水道に乗って外に出たか……それとも」
なんとなく、スティンギールは確信していた。
「もう、この世に存在していないか。でしょうね」
ここにいない『教官』が何かをしている。そんな気がしていた。




