第52話
「いやー、いい天気だな」
「は、はい……先生」
現在、俺とアストライアは東区にいた。
天気も良く……っていうか暑い。ラフな格好で来てよかったぜ。
アストライアは、やや猫背。長いウェーブがかった髪が顔を隠しており、よく見えない。
でも、口元が少し笑んでいるのが見えた。
「えへ、えへへ……先生、こうして一緒に歩くと、昔を思い出しますね」
「だな。個人レッスンで魔法の使い方を教えたっけな」
俺は、ちょっと昔を思い出していた。
◇◇◇◇◇
初めてアストライアを見た時……正直、今とは比べ物にならないくらい、陰気だった。
ぶ厚いローブ、長い髪で顔を隠し、常に猫背。
当時、聞いた話では、貴族の隠し子で、正妻にその存在を認められず、母親の死がきっかけで家を追い出されたとか。
それで、生きるために自分にどんなジョブが宿っているのか調べたところ、レジェンドジョブである『魔法聖』が宿っていたとか。
名だたる魔法系ジョブの冒険者がアストライアの指導を担当しようとしたが、コミュニケーションが全く取れず、さらに途中で逃げ出してしまうため、まともな指導ができなかった。どうも性格に難があり、誰もが指導を諦め……グレースが「アルノーにやらせたらどうだ?」と推薦し、俺の元に来た。
当時、俺はこんなことを聞いた。
「あ~、大丈夫か?」
何がやねん……って思うだろうが、会うなりそんなことを言われたアストライアは、髪で顔が隠れていたが口だけポカンと開けていたのを思いだす。
「だ、だいじょぶ、って」
「いや……どう見てもお前、冒険者やりたいって感じがしないからな」
「……ぁ」
アストライアはウンウン頷いた。
「大方、稼ぐなら冒険者、って話だけ聞いて来たんだろ? そしたら、いろんな大人がお前のところに来て、すごい期待を込めた感じで話しかけて来た。だから怖くなって逃げた……とかだろ?」
「……!!」
高速で頷くアストライア。
超が付く人見知り。きっと、『魔法聖』だから周囲に期待されまくってるんだろうな。ていうか……この子、わかってるのかな。
「お前さ、自分のジョブについてわかってるか?」
「えと……魔法を使える。すごいジョブ?」
「正解。もっと詳しく言うと、お前は全属性の魔法、さらに魔法系の全スキルを覚えられるんだ」
「……そう、なんだ」
ぶっちゃけ、よくわかってなさそうだ。
まあ、これはこれでいい。
「さて、アストライアだったか。お前に大事なことを聞くぞ」
「は、はい」
「お前。冒険者になりたいか?」
「……よく、わからない。でも、死にたくないし、生きるためには冒険者しかない、って」
話によると、貴族の家を追い出される前、「お前のようなやつは冒険者にでもなればいい」とか言われたようだ……まあ、貴族の中には冒険者を軽視するやつもいるけど。
「つまり、死にたくないから冒険者になる」
「は、はい……」
「うん。いいと思うぞ」
「え?」
「誰だって死にたくない。道が一つしかないなら、その道を歩くしかない」
「…………」
「でも、一つの道を歩いていれば、いずれ曲り道とか、綺麗な小物売ってる雑貨屋とか、おいしいケーキのあるカフェとかにも巡り合えることもある。いや、絶対ある。だから、大事なのは止まらないこと。歩き続ければ、いずれ自分で好きな道を選べる」
「……道を、えらぶ」
「ああ。だからアストライア、この道しかないから歩くんじゃない。この道を進むことで、無限の可能性が広がってる……そう考えて、冒険者になろう」
「…………わたしに、できるかな」
「できるさ。俺を見ろよ、こんな俺でも冒険者だ。十五歳からもう十三年、冒険者やってるんだぞ?」
「……ふふ」
アストライアは笑った。
そして、俺に向かってぺこりと頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします……先生」
「おう。あ、お前の他にあと四人、俺の指導を受けるやつらがいる。みんな同い年だから、いい友達になれると思うぞ」
「……え」
こうして、アストライアは俺の教え子になった。
ちなみに、エルレインたちと馴染むまで相当な時間が必要だった。
◇◇◇◇◇
回想おしまい。
「懐かしいな。今だから言うけど、五人の中で一番覚えがよかったのはお前だぞ」
「そ、そうなんですか?」
これは本当だ。
アストライアは、俺の教えをしっかり吸収し、めきめき上達していった。
俺も魔法士のジョブを持ってるから指導はできる。『自由人』のことは秘密だがな。
と……懐かしい気持ちに浸ってる場合じゃない。
俺たちは汚染の原因箇所へ到着。
「……あー」
「先生?」
到着して五秒で理解した。
俺たちがいるのは、飲食店が並ぶ川の近く。川というか……街の景観をよくするために作られた人口の川だ。
はっきり言おう。
「臭いぞ、ここ……なるほどな」
俺は飲食店に近づく。すると、ネズミが裏の方に走っていくのが見えた。
基本的に、この世界は地球と同じく上下水道が発達している。漫画やアニメで見るようなやたら広い地下水道がリアルであるのだ。
俺は、飲食店の定員がマンホールの蓋を開けて、ゴミを投棄しているのを見た。
「水の汚染原因がわかった」
「え……もうですか?」
「ああ。簡単なことだ。ここは観光地だから、飲食店や宿屋がどうしても多い。そこで出た生ゴミとか汚水とかが……」
下水の流れを辿り、川の近くへ。
すると、汚水がそのまま流れ混んでいるのが見えた。こういうのって普通、地下で処理されて川に流れるんじゃないのだろうか。
どうも、その辺が怪しいな……うーむ。
「一度、下水道をしっかり調べた方がいいな。汚染の原因をはっきり調べて、ゴミ処理関係を徹底すべきだ」
「なるほど……町長さんに伝えないとですね」
「ああ。あと、原因も何とかしないとな。魔獣がどういうやつなのかわからんが……おそらく、下水道を根城にしている」
下水溝を見ると、ネバネバした粘液のようなものが付着していた。さすがに触る勇気はなかったが……どうも、ヘドロっぽい何かが通過したように見える。
「一度、エルレインたちと合流するか。たぶん、あっちも同じような原因だろうな」
「は、はい……ふぅ」
と、アストライアが汗を拭う。
胸の谷間に汗が流れ、ハンカチを突っ込んで拭いていた……っておい。
「こ、こら。人前で胸に手を突っ込むな」
「え? でも、暑いし……ダメですか?」
アストライア、こういうところ無頓着なんだよな……何度注意したことか。
まあ、暑いしな……しょうがない。
「アストライア。近くのカフェで冷たいものでも飲もう。俺が奢るよ」
「え……いいんですか? えへ、えへへ、うれしい」
アストライアは、俺の腕にキュッとしがみついた。なんというか、猫みたいに甘えてくるの可愛いんだよな。




