第51話
翌日。再び集まり、湖の汚染調査を開始する。
朝食も兼ねて、店舗が広いカフェの個室を取り、サンドイッチを食べる。
アストライアは町のマップを開く。けっこう大きめの正方形の地図で、ドーナツ状の町に、真ん中は大きな湖となっている。そして地図には十字が引かれ、それぞれ東西南北の区画に分けられている。
さらに、湖にはいくつかマークがしてあった。
「こ、このマーク……汚染の報告があった場所」
アストライアが言う。マークは細かく、十か所以上ある。
スティンギールは顎に手を当て、サンドイッチには手を付けずに言う。
「汚染の原因は魔獣とありましたが……件の魔獣の目撃情報などは?」
「あ、あるけど……信憑性は薄いの。酔っ払ったおじさんが黒い影を見たとか、子供たちが首長のドラゴンを見たとか」
「ふむ……確かに、信憑性は薄いですね。明確な痕跡は、湖の汚染だけですか」
「う、うん……」
ファルカは、両手にサンドイッチを手にバクバク食べながら言う。
「もがが。探すのも大変だけど、倒すのも大変だよな。水の中とかどーすんだ?」
スティンギールが、人差し指に水を纏わせて言う。
「一瞬でも姿が見えれば、ボクは地上に引きずり出すことは可能です」
「お、そりゃいいな。へへ、あとはオレが殴って倒すぜ!!」
「ちょっと、あたしが凍らせるわよ」
「あら、私が燃やしてもいいのだけどね」
そういや、この五人は全員が名の通ったS級冒険者なんだよな。
倒すのは任せるとして……俺にできるのは調査だな。
俺は紅茶を飲み干し、自分の持っていた地図にマークをする。
「よし。俺はこの汚染があったところを回って、周囲を調査する。もしかしたら、魔獣が現れる原因とかあるかもしれん」
「あたしも行く!!」
「こほん。コーチ、お手伝いします」
エルレイン、キュレネが言う。
そう言うと思ったので、俺は全員に言う。
「六人いるし、二人ずつチームで行動しよう。というわけで……こいつの出番だ!!」
「「「「「……?」」」」」
俺は、こうなることを予想して用意していた……クジを。
まあ、拾った枝の先端に色を付けただけ。数は六本。
「さ、それぞれ一本引いてくれ。それで二人組を作るぞ」
「面白そうね……!!」
「ふふん。コーチと一緒になるのは私よ」
「お師匠様、用意いいなー」
「さすが教官ですね。こうなることを読んでいたということでしょう」
「え、えと……じゃあ」
五人がそれぞれ棒を掴み……一斉に引き抜いた。
そして、それぞれ同じ色の棒を持つ者同士がチームとなった。
◇◇◇◇◇
「なーんであたしがアンタとなのよ……」
「それはこっちのセリフ」
南区にて。
エルレイン、キュレネの二人は互いにしかめっ面で歩いていた。
クジの結果なので仕方ない。だが、昔からソリの合わない二人。
「「…………」」
無言。嫌っているわけではない、だが、率先して会話したいとも思えない。
だが、今は仲間として、アストライアの手伝いをすると決めた。エルレインは小さくため息を吐き、キュレネに言う。
「とりあえず、やることさっさとやって帰るわよ。汚染調査……改めて、ヘンな依頼ね」
「そうね。まあ、コーチもいるし、解決はもう確定ね」
「ま、そうね。アルノーのやつ、隠してるつもりだろうけど……あいつのジョブ絶対『剣士』じゃないわ。絶対に秘密あると思うのよね」
「同感。コーチは底知れないわ。でも、無理やり暴くなんてことは」
「しない、でしょ。あたしたちで決めたルールは曲げないわ」
もし、アルノーの『秘密』を暴き、それが公になったら。
もしかしたら……アルノーはいなくなってしまうかもしれない。そんな考えが二人にはあった。
キュレネは言う。
「エルレイン。あなた、相変わらずポータムを拠点にしてるのね」
「何、いきなり」
「あなたほどの実力者なら、王都に豪邸を構えることもできるのにね。やっぱり……コーチから離れたくないの?」
「…………」
「まあ、気持ちは理解できるわ。私も悩んだから……」
「……じゃあなんで、アンタは王都にいるのよ」
「決まってるじゃない。コーチが、私が大舞台で活躍することを願ったからよ」
迷いなく言われ、エルレインは少しだけキュレネが眩しく、美しく見えた。
「……どーせ、あたしは子供よ」
「いいじゃない。私、あなたが羨ましい時、けっこうあるのよ?」
「え?」
「まあ、ナイショだけど。あら……ここね」
到着したのは、南区にある飲食店街の傍にある河川。正確には湖の水を町中に引いた、人工的な川……街の景観のために作られたもの。
エルレインは、横幅の広い川を、手すり越しから眺める。
「……うーん。言っちゃ悪いけど」
正直、綺麗とは言えない。
町並み、そしてビーチに気を取られよく見ていなかったが、川は油のようなものが浮いているのが見えた。
キュレネは振り返り、飲食店街を見る。
「……どうやら、調理関係の排水がそのまま流れているようね」
「それだけじゃないわ」
近くの店の裏手を覗き込むと、大きなバケツに生ゴミがたくさん詰め込まれていた。
そして、ネズミが何匹化チョロチョロと走り去る。
「衛生管理もイマイチね。ニオイもけっこうあるわ……」
「考えたくないけど……この生ゴミ、どうするのかしら」
嫌な予感がした。
すると、飲食店の裏口が開き、若い料理人が生ゴミの入ったバケツを大きなバケツに入れようとした。だが、満杯なので諦め……なんと、地面にあった蓋を開け、そこに捨てた。
エルレインが言う。
「ちょっとあんた!! そのゴミ、どこに捨てたの!?」
「え? ああ……下水道だよ」
「はあ? 下水道って……ゴミ捨てるところじゃないでしょ。ていうか、ここのゴミってどうやって処分すんのよ」
「毎日、処理業者が運ぶんだよ。でも、うちみたいな繁盛店だとすぐにバケツ一杯になっちまってね。下水なら水で流れるだろうし、これまでずっとそうしてる。それに、ウチだけじゃなくて他の店もやってるよ」
「「…………」」
料理人は「じゃ、忙しいから」と店に消えた。
エルレイン、キュレネは顔を見合わせる。
「王都でもこういうのあるのかしら」
「うーん……ゴミ処理専門の商会とかはあるけど。『清掃人』のジョブ持ち、もしかしたらこの町にあまりいないのかもね」
再び、川べりに移動する……すると、排水口から汚水が川に流れ込んだ。
先ほどのゴミも僅かに混じっている。どうやら、下水道に引っ掛かっているようだ。
それだけではない。エルレイン、キュレネは感じていた。
この下水道に、何かいる。
「はぁぁ……どうする?」
「見たままを報告ね。下水道に入って『何か』を倒すのは造作もないけど……」
「……ちょっとイヤね」
ちなみに、二人は私服。冒険者装備ではない。
さすがに、髪や服をドロドロにしてまで、下水道に踏み込むつもりはなかった。
「ファルカなら、突っ込んでいきそうだけどねー」
「まあ、この先にいる『何か』は、ファルカに任せましょうか。とりあえず、コーチの元に戻りましょう」
「そーね。あ、せっかくだし甘いの食べていかない? あたし、小腹空いたわ」
「……そうね。寄り道しましょっか」
二人は年頃の女性のように、楽しそうに会話をしながら歩き出した。
◇◇◇◇◇
一方そのころ。
「ふむ。ほぼ間違いないでしょう……原因は、このスーリヤ全体のゴミ問題と言えますね」
「へー、そうなのか!! で、どうすんだ!?」
スティンギール、ファルカの二人は西区にいた。
すでに原因をスティンギールは突き止めた。
汚染の原因は、町全体のゴミ問題によるもの。この町のゴミ処理関係の仕事がきちんと行われていないことによる汚染だと看破した。
スティンギールはマップを確認。汚染地域、魔獣の目撃情報をチェックする。
「魔獣も恐らく、この汚染により変異した何かでしょうね。川、そして湖への移動……ふむ、少し情報が足りませんね。ファルカ、冒険者ギルドへ行きますよ」
「おう!! で、オレは何すればいい?」
「黙ってついてきてください」
「わかったぜ!!」
エルレイン、キュレネだったらキレそうな言い方だが、ファルカは拳を突き出しニカッと笑う。スティンギールは「扱いやすいのは変わっていませんね……」と苦笑した。
そして、冒険者ギルドにて。
スティンギールは受付に行き、何かを話し、何かをもらって来た。
ギルドラウンジへ移動し、適当に飲み物を注文……そして、受付でもらった地図を広げる。
「おいおい、なんだこの地図?」
「この町の下水道マップです。恐らくですが……やはりそうか」
町全体に張り巡らされている下水道。
町中の水汚染個所は全て、飲食店関連の近くにあった。
「確定ですね。魔獣は、河川を、湖を、そして町中に張り巡らされた下水道を通って移動している」
「おおおお、じゃあ下水道に入ってブッ飛ばせばいいんだな!!」
「そんな簡単な話じゃありません。そもそも、魔獣がどこに現れるかもわからない。町の飲食店は朝から晩まで稼働しているし、その間常に餌が下水に放流されている。特定箇所が餌場ではなく、町全体が餌場とみて間違いない」
「じゃあどーすんだよ」
「それを、これから考えます。よし……教官と合流しましょう」
「あ、そうだ!! おいスティンギール、いいこと考えたぜ!!」
「…………なんでしょうか」
ファルカは、勝ち誇ったように言う。
「帰りは下水道に入って帰ろうぜ!! 運が良ければ魔獣に会えるかもな!! へへ、それでオレらで討伐」
「死んでも嫌です。行くなら一人でどうぞ」
「ふふん、じゃあオレ行くぜ!! またあとでな!!」
ファルカはダッシュでギルドラウンジを出て行った。
スティンギールは引き留めることもせず、ため息を吐いて言う。
「まあ……遭遇の可能性はゼロではない。それに、どのような魔獣であれ、ファルカが遅れを取ることはないでしょう。さて、教官たちと合流しましょうか」
スティンギールは、ファルカを全く心配することなく、ギルドラウンジを出るのだった。




