第41話
スティンギールの指導を担当し、二か月が経過した。
俺はギルドの訓練場で、険しい顔をして足元の岩を操作しようとしているスティンギールをジッと見る。
「くっ……どうして」
岩は、スティンギールの指先から伸びた『マリオネット』のスキルで、地面をコロコロと転がる……本来なら、浮かべたり、縦横に回転させたりすることができるはずなのだが。
「はい、そこまで」
「……はああ」
魔力の糸が切れ、スティンギールは俯く。
指導を初めて二か月……スティンギール以外の四人はスキルを習得し、四人で依頼を受けたりするようになっていた。
だが、スティンギールは俺との個別訓練だ。
「どうして、できないんだ……!! 必死に考えているのに!!」
「考えすぎって何度も言ってるだろ? いいか、理屈じゃないんだ。親指を曲げるのに『親指よ曲れ』なんてお前は考えたことないだろ? それと同じだ。魔力の糸をくっつけたら、あとはもう感覚で操作するんだよ」
「それができれば苦労はしません!!」
スティンギールはヒステリックに叫ぶ。
そう、スティンギールは考えすぎてしまうのだ。
「こんな、本の知識では説明のできないチカラ……考えるなという方が無理でしょう!!」
ようやく、スティンギールはジョブに、自分の力に興味を持ったのだ。
必要と思ってなかったチカラが、説明のできないチカラが、自分から放たれていることに興味津々、その原理を解明したくて思考している。
それが、スキル発動の邪魔をしているのだ。
「教官。スキルとは何ですか? ジョブのもつ力……魔力で操作とは? 魔力とは? どうして人間はこんなことができるのですか?」
「あー……」
こりゃ参ったな……これまでこういう悩みを持つ子供を指導したことはない。
考えすぎるせいで、スキル発動の妨げになるか……ふむ。
「あ、そうか。じゃあこうしよう……スティンギール、見てろ」
「え?」
俺は水筒の水をコップに注ぎ、そのまま空中に撒いた。
いきなりの奇行にスティンギールは怪訝な顔をする。
「いいか。俺たちが今いるここ、この空間、世界の全てに水分がある」
「…………え?」
「水分だよ。空気はわかるか?」
「馬鹿にしていますか?」
「わかるんだな? いいか、空気中には僅かだけど水分がある。スティンギール、お前は石とかじゃなくて、その空気中の水分を操作しろ」
「……空中の水分を?」
「ああ。石がどう動くかとかじゃなくて、魔力の糸にくっついた水分を全て操作するんだ。それだけを考えろ」
「空中の水分を操作……? そもそも、空中の水分とは?」
「ほら、締め切った部屋で暖炉とか炊いてると、目が痛くなったり咳とか出るだろ? あれは空気中の水分が少なくて、潤いがないからだ。水ってのは沸騰させるとそのうちなくなるだろ? つまり、空中には水分がある……」
「……」
ごめん、俺もよくわかっていない。
するとスティンギール、ブツブツ言いながらスキルを発動させた。
「空気中の水分? つまり、この空中には水がある? 考えたこともなかったが……確かに教官の言う通り……」
すると、水滴がぽたぽたと魔力の糸にくっついた。
「なるほど。これは面白い……水分を操作する、これは面白い。ふむ」
作戦成功……スティンギールの興味を『空気中の水分』に逸らすことに成功した。
考えすぎてダメになるなら、思い切って考えまくってダメのさらに上にいけばいい。
「スティンギール。お前に宿題だ。『なぜ空気中に水分があるのか』を考えて答えを出してくれ。スキルを使いまくって、その原因を調査するんだ」
「面白い……わかりました教官。その答え、出して見せます」
こうして、スティンギールは『どうしてジョブの力でスキルが使えるのか? 魔力ってなんだ? どうして操作できる?』という疑問から『なぜ空気中に水分があるのか』に疑問をすり替えた。
この日からスティンギールは無意識にスキルを使い、常に水分を操作するようになった。ていうか……空気中の水分を操作なんて、普通に考えたら神業レベル。
いつの間にかスティンギールは、水分操作に関して、水魔法以上の力を発揮するようになったとさ。
◇◇◇◇◇
回想終わり。
スティンギールは、水魔法顔負けの水使いとして、S級認定された。
「結局、答えはまだ出ていませんよ。まあ……ボクにも余裕ができて、考えすぎるということはもうなくなりましたが」
「ははは。そりゃよかった。それに……お前の思考がジョブに影響を与えたことで、固有スキルも目覚めたしな」
「ええ……全くその通りですよ」
固有スキル『虚空演算』
スティンギールの『考えすぎた』ことで発現した固有スキル。
簡単に言えば『一度に三つ、同時にスキルを発動できる』のだ。
「キュレネは、スキルの連続使用を一つのスキルとして発動できるけど、お前は三つのスキルを同時に使用できるもんな。これは強いぞ」
「ははは……本当に、ボクは頭が固い。教官には、迷惑をかけっぱなしでした」
「気にすんな。それより、お前が元気そうで何より……と、いい時間だな」
結構話し込んでしまった。
なんか、スティンギールについての説明回っぽい……なんか申し訳ないな。
会計を済ませ、外に出る。
「あ、ところでスティンギール……何か困りごと、あるか?」
「困りごと? いえ、特には」
「そ、そうか?」
「しいて言うなら……知り合いが古書店を開いたので、一度顔を出したいのですが。忙しいので機会が先伸ばしになっていることぐらいですね。やれやれ、困ったものだ」
「そ、そう言う困りごとはさすがに……」
「冗談ですよ。ふふ」
こういう冗談も言えるくらい、今のスティンギールは余裕たっぷりだ。
「さて。もう夕方近いし……晩飯でも食うか。アストライアの挨拶は明日にしよう」
「アストライア。ああ……そういえば彼女、今は王都にいないようですよ。何やら、調査に出かけたとか……」
「調査?」
「興味がないので詳細は不明です」
「そ、そうかい」
なんだ、いないのか……じゃあしょうがない。明日、スーリヤに出発するか。




