第39話
ファルカは、「オレ、もっと頑張ります!!」と何故か自宅から走り去り……残された俺は家の鍵をしっかりかけ、宿屋へと戻った。
「あ~……なんか疲れた。教え子の挨拶ってこんなハードだっけか」
とりあえず、今日はもうダラダラしようかな……と思ったけど、ただ無為に時間を過ごすのはけっこう大変だ。
そして、自分の荷物を漁ってため息を吐く。
「あー……本の一冊でも持ってくればよかったな」
実は俺、こう見えて読書が趣味でもある。
当然だが三十五年もこの世界にいるので、この世界の文字も書けるし読める。ちなみに、この世界の文字、ローマ字とひらがなをもじったような形をしているので、けっこう書いたり読んだりするのに苦労はなかった。
俺は財布をポケットに入れ、宿を出る。
「せっかくだ。スーリヤで読む本を何冊か仕入れておくか」
俺は想像する……ビーチチェアに寝転がり、パラソルで日差しを遮りながら、トロピカルドリンクをサイドに置いて読書をする俺の姿……最高じゃないか。
そう思うだけで足も軽くなる。
向かったのは、王都に来た時にたまーに行く本屋。王都の中心にあり、これがなかなかデカい。
「さーて、俺に刺さる本はあるかなーと」
俺は基本的に何でも読む。
最近は恋愛系が多い。いや結婚願望とかないけど、他人の恋愛とかはちょっと見てて楽しいところがあるんだよな。
恋愛系の本が並んでいる棚へ向かおうと、棚と棚の間を曲った時だった。
「っと」
「うおっ、す、すみませ……あれ」
「おや? あなたは……教官ではありませんか」
俺を教官と呼ぶその男。
ピチッと切りそろえた薄水色のオカッパ頭に、大学生が被るような四角い学帽を乗せている。
服装は水色を基調としたシンプルなローブ。下には着物みたいな衣装。
縁の厚い眼鏡をかけた、やや神経質そうなイケメン。
「……スティンギール? おお、お前か」
「お久しぶりです。教官……そうですか、ようやく王都に来て教鞭を振るう決意を」
「いや何の話やねん。まあ、久しぶりだな」
スティンギール。俺の教え子にして、S級冒険者。
邪魔にならないよう一歩下がると、本棚に接触してしまい、本が数冊落ちてしまう。
やべっ……と思ったが、スティンギールの指先から数本の『糸』が伸び、本をキャッチして本棚へ。
「わ、悪いなスティンギール。本を傷付けたら買い取りになるし、助かったよ」
「いえ。それより、どこの大学へ?」
「どういう話の流れだよ……まあ、依頼と、バカンス……ここじゃなんだ、カフェでも行くか?」
「そうですね。久しぶりに、教官の講義を聞かせてください」
「いや講義じゃなくて世間話な。まあ、俺もお前に用事あったしちょうどいいや」
これで三人目か……行く先々で出会うのは運がいいのか悪いのか。
◇◇◇◇◇
スティンギールが「いい店を知っています」と言うので案内された場所は、壁一面が本棚になっているクラシカルなカフェだった。
穏やかな音楽が流れ、ミントみたいなスーッとする香りがまたいい。
窓際の二人席に座り、紅茶を注文……おお、この紅茶ミントティーみたいで美味い。
「教官。王都へは何をしに?」
「もちろん、依頼だよ。レグナフィリアに書類を届ける依頼でな……それが終わったから、湖の町スーリヤでバカンスの予定だ。その前に、王都にいる教え子たちに、挨拶でもと思ってな」
「なるほど。つまり、ボクたち五人に挨拶、というわけですね」
「まあな。他にも教え子いるけど、俺のこと今でも覚えてくれているのは、お前たち五人くらいだからな」
新人指導を始めたのは、二十代半ばくらいだったかな。
俺を馬鹿にするやつもいたし、新人とは思えないくらい強くて「指導なんて必要ないので」と勝手にいなくなるやつもいる。
素直に言うこと聞くやつもいるが、冒険者になって依頼をこなしていくうちに王都へ行き、B級への壁を乗り越えられず冒険者を引退するやつとか……そのまま死ぬやつもいる。
今、俺のことを覚えているのは……エルレインたち同期の五人と、アルテミウスたちくらいかな。
「まあ、俺も忘れちまった教え子もいるしな……生きているのか、死んでいるのか」
ちょっとしんみりしてしまった。
スティンギールは紅茶を啜り、カップを静かにソーサーへ。
「では……王都に移住、大学で講義をするというわけではないのですね」
「ま、まあな。ていうか、大学の講義とか、冒険者二十年やってる俺には無理だろ」
「教官、あなたは自身の評価が低すぎる。ボクの知る限り、あなた以上に語学に長けた方はいない」
まあ……うん、そうかもなあ。
この世界にも、いろんな言語はあるけど……文字は地球の平仮名とか、漢字、英語、カタカナを組み合わせたようなものばかりなんだよな。
例えば、古代ティヘレタ時代で『アルノー』と書くなら、『亜るノ―』みたいになる。そう、読めなくはないのだ。文字が微妙に曲がりくねったりして読みにくいが……俺からすれば、パズルみたいで楽しいのだ。
「教官。ボクのいる大学に来ませんか? 教官なら好待遇で……」
「悪いな。俺は、冒険者でいいさ」
「……やはり、教官の決意を崩すのは簡単なことじゃありませんね。ですが、ボクは諦めませんので」
……なんとなーくわかる。
スティンギールの『真の願い』は、『俺と一緒に大学で学ぶこと』か『俺を大学講師として迎えて一緒に働く』だ。これはもう、スティンギールのジョブを俺が得ることは絶対に無理ってこった。
話を変えるため、俺は話題を変える。
「それにしても、お前が大学の講師になって何年だ? 最年少講師の肩書はまだ残ってるのか?」
「ええ。冒険者はもう副業ですよ。ファルカやエルレインのような野蛮人とはもう、会うこともないでしょうね」
「そ、そんな言い方するなって」
や、野蛮人……ファルカはともかく、エルレインが聞いたらブチ切れそうだ。
「懐かしいな。お前と初めて会った日のこと」
「……そうですね。ボクの運命の日でした」
俺は残った紅茶を飲み干し、スティンギールと初めて会った日のことを思いだした。




